2017年7月20日 (木)

あさ爺の徒然日記(605) 7月20日(木) 世界一の建物は?

今日、手元に届いた雑誌の表紙に目を奪われた。世界一の超高層ビルである。ビルの名前は「バージュ・カリファ」と云い、ドバイにある高さ828mだそうだ。砂漠に咲くヒメノカリスが建物のモチーフとされているが、上空からでないと花の形は確認できないとか。

アラブ首長国連邦(UAE)のドバイは今なお進化を続ける未来都市だそうだ。あさ爺は足を踏み入れたことのない「未開」の地。歴史の舞台となった古い街を歩くのが性に合ってるあさ爺である。こんなハイテク都市には興味はないが、それにしても桁外れに高い。

あさ爺世代は何と言っても「エンパイアステートビル」であり、ニューヨークのマンハッタンである。幼い頃、西宮球場で開かれた「アメリカ博覧会」に連れられて行った。そこではアメリカの眩いばかりの巨大な展示で溢れていた。因みに生まれて初めてテレビなるものを見たのもその時で、迷子になってワンワン泣き叫んでいた苦い思い出も。

GHQによる占領政策のPRだったのだろう。迷子になったくらいだから、大混雑だった。70年前の話である。後年、そのエンパイアの最上展望階に入って、ニューヨークの街を見下ろした。そのビルの倍以上の高さのドバイのビル。因みに我が「東京スカイツリー」は高さ634mの電波塔(ビルにはあらず)。

あさ爺の徒然日記(604) 7月19日(水) 雷雨、そして梅雨明け

昨日の午後、あさ爺の居住せる藤沢市にも、猛烈な雨が降りつけた。耳をつんざくような落雷の音が間断なく鳴り響き、空けていた窓からも容赦なく雨が暴風に乗って吹き込んだ。この経験したことのないような激しい雷雨は、テレビで全国にも放映されたので、特に我が住む街はひどかったと云うことなのだろう。

すっかりお天気カメラのおかげで有名になった江の島海岸や江の島灯台(展望塔として人気が高い!)から、稲妻がこの湘南の町にギザギザの光の帯となって、天地を結ぶ様が映像にもとらえられていた。しかし、この雨は1時間足らずで去った。ニュースで報じられた雨量は32ミリとか・・・。

いかに九州北部豪雨の雨量が桁違いだったかを思い知らされる。何時間も特定の地域に豪雨が続く線状ナントやらの怖さだ。激しい雨と見慣れぬヒョウで見通しが悪くなり、昼間なのに夕暮れのような暗さに。街路樹も髪を振り乱した若い女や老婆のような気味の悪さ。映画の中の嵐のワンシーンを見るような光景であった。

そして少雨で気を揉んでいた気象庁も「一安心」したのか、今日、関東から四国までの梅雨明けを高らかに宣言した。3日前に、あさ爺夫婦が神社で雨乞いをした結果のトンデモナイ大雨だったことは、お釈迦様でも知らぬホトケのお富さんである。

2017年7月18日 (火)

あさ爺の徒然日記(603) 7月18日(火) 山麓会

「山麓会」と云う会がある。登山かハイキングを思い浮かべる名前だが、直接は関係ない。高校を昭和36年に卒業した同期会の名称。名付け親は山岳部の顧問をしていたN先生。卒業した年を好きな山に引っかけて命名したものらしい。と云うのはN先生、若くしてバイク事故で命を落とされた。だから、我々の間では、いつまでも若々しい。

英語教師の彼には、苦い思い出もある。授業中に私語していたあさ爺たちに向かって、白墨が鋭いスピードで飛んできた。直球であったが、顔をめがけず手元に当たった。目を上げると教壇の手前から睨みつけられた。大勢の生徒の中から、見事なコントロールでハクボクを投げつけてきたことに妙に感心したものだ。

事実、野球にも熱心だった。新米教師は教え子たちに慕われた。あさ爺も山岳部の末席を汚していた。当時、広島大を卒業したばかりの先生だったから、年齢も余り変わらない。若くして未亡人となられた夫人は、我々の同期生でもあった。

その教え子の内35人が、今日から乗鞍岳と上高地の山行きに出かけた。お誘いがあったが、こんなカラダであることも重なり辞退。それにしても、全員が74,5歳(内、14人は女子)。壮観だが遭難するとみっともないことになる。無事の帰還を祈っている。

2017年7月17日 (月)

あさ爺の徒然日記(602) 7月17日(月) 真夏のウグイス

「海の日」は、それにふさわしい真夏日に。列島各地では猛暑日にもなっている。朝倉や日田でも猛烈な暑さの中、大勢のボランティアも加わって後片付けに追われている。怪我を防ぐために長袖や作業ズボン、ゴム手袋を着用しているから、汗まみれの筈だ。災害ボランティアの経験がないだけに、いつものことながら頭が下がる。ましてや半病人になってしまった不甲斐なさ、何もすることが出来ない。

豪雨被害の方たちには申し訳がたたないが、あさ爺たちは昨日、神社に出かけて「雨乞い」のお願いをした。農園が深刻な水不足に襲われている。少しでも降ってくれれば有難いとのささやかなお願い。

ところで、1ヶ月ほど前から団地にウグイスがやって来て、美麗な鳴き声を聞かせてくれている。余りの見事さと声の大きさに、こう云う事例があり得るのかどうか知らないが、誰かが飼っているのか、或いはスピーカーかしらんと思ったが、去る日、電線に止まって鳴いているのを目撃した。

声はすれども姿は見えずが、森の中での一般的な鶯の生態だと思ったので、珍しい光景にしばし見とれた。近くに野鳥公園があるので、そこから出張してきたのかもしれぬ。そして止まっている蝉も目撃。今年の初セミだ。蝉とうぐいすの競演は、滅多におめにかかれぬ光景だ(と思うが)。本格的な夏到来である。

2017年7月16日 (日)

あさ爺の徒然日記(601) 7月16日(日) 梅雨明けはまだ?

連日、真夏日の暑さが続く。藤沢の週間予報を見ても、傘マークは見当たらない。梅雨明け宣言してもおかしくない天気だが・・・。梅雨前線が消えない限りは気象庁も踏ん切りがつかないのだろう。

昨夜は風もなかったから、この夏になって初めての「熱帯夜」に見舞われた。風通しの良い4階に居住しているので、ほとんどクーラーを必要としない夏を過ごしているが、それだけに風が吹かないと辛いものがある。

子どもの時、瀬戸内沿岸に住んでいたが、瀬戸の朝凪、夕凪と云われる現象に悩まされた。海風と陸風がぶつかり合うか、マッタク吹かないのか、風がピタリと止まってしまう。あの時の暑さには閉口した。

今日はぼんの送り火でもある。昨日は博多祇園山笠があり、明日は京都の祇園祭の山鉾巡行が行われ、日本の夏は最高潮に達する。各地の花火大会も始まるが、それは先祖の霊を再び送る儀式でもある。早く梅雨明けしてくれないと落ち着かないが、まだ雨が少ないままだ。豪雨被害の出た地域もあれば、日照りに頭を抱える地方もある。神さまは気まぐれだ。

あさ爺の徒然日記(600) 7月15日(土) 法務大臣の役割

2日間、死刑について愚見を述べた。世界の趨勢は死刑廃止に向かっているが、日本の世論はまだ圧倒的に制度維持を肯定している。また、被害者遺族も、裁判の始まる前から死刑を望んでいるケースが多い。何故だろうか?

あさ爺も死刑制度は「当然」と考えている。逆に、日本人で廃止論を唱えている有識者の神経を疑っている。人権活動家に多いが納得できない。それはそれとして、執行命令を下すのは法務大臣である。法律を作るのは国会であり、法に基づいてそれらを執行するのは行政であり、司法官である。

大臣が細かいことをやるわけではない。但し、死刑執行だけは法相がハンコを押さない限り、執行されることはない。過去の法相で、ハンコを押さなかった(押せなかった?)大臣が何人か見られる。大半は任期が短すぎて、その機会を逸した人たちである。しかし、己の意思で命令しなかった人も多い。旧民主党政権に見られる。

それは法相に就任したことと矛盾し、不作為を非難されてしかるべき大臣たちであろう。逆に鳩山邦夫元法相のように僅か1年で、歴代最高の13人の執行に踏み切った人も。自分の信念もあろうが、法相として真面目に務めを果たしたと云えるのではないか。民主党政権はいろんな意味で、失敗を重ねた負の遺産を抱えていることがわかる。

あさ爺の徒然日記(599) 7月14日(金) 死刑について更に考える

昨日の夕方、南の空に大きな虹がかかった。昔、ニュージランドの首都オークランドで、でっかい虹を見て感動したことがあるが、そのことを思い出させてくれた見事な虹。ご近所の奥様に教えたら、彼女も感動していた。

そして今日はパリ祭。フランスの革命記念日。話は変わるが、昨日の続き。死刑囚は自分の罪を悔い改めて、淡々と死に臨むものかと思っていたが、必ずしもそうではないと云うことだろう。それなら、本人も浮かばれないし、被害者もその遺族も気が晴れないのでは?

刑務所の日常や死刑囚の動向については、ほとんど情報公開されていないので疑心が募る。察するに、多くの死刑囚は裁判では遺族に謝罪したりしているが、本心ではなく減刑を期待してのことなのだ。実際は、被害者や世間に対して逆恨みしているのではないか?再審請求が多い一因でもあろう。

教戒師もいるのだろうが、もっと仏教やキリスト教の信仰に向かわせる努力が必要と思う。そして己が罪を認め、ホトケや神に救いを求める機会を与えるべきである。執行直前まで抵抗の限りを尽くした若い死刑囚も、過去にはいたと云う。悲惨な話である。

あさ爺の徒然日記(598) 7月13日(木) 死刑制度について考える

大阪と広島の拘置所で死刑が執行されたと発表があった。今の法務大臣は国会答弁で失態が続いているので、とても執行命令は出せないのではと思っていたが、しどろもどろの答弁とは違って果敢に決断したようである。

その内、一人は4人の女性を殺害して再審請求を繰り返していた61歳の男であり、もう一人は若い同僚女性の命を奪って遺体を損壊、遺棄し、裁判員裁判の一審で死刑判決を受け、弁護側の控訴を取り下げた34歳の男。かたや連続殺人の凶悪犯であり、かたや被害者一人の若い死刑囚(事件当時は28歳)。

最近、執行が少ないのは、再審請求が約7割に及んでいる事実があることも報道で知った。再審請求が行われている間は執行を見合わせると云う暗黙の了解があった為らしい。しかし、我らが法相はその弊害を断ち切るべく、断固決断した。英断?である。

それにしても、死刑判決を受けても、尚、生に執着して法を悪用する輩が多いのに愕然とする。確かに冤罪はあってはならない。その為の再審制度である。だが、その疑いのない凶悪犯にそれを活用して欲しくない。今の刑務所では、罪を悔いると云う教育はされていないのだろうか?このことについては前から疑問に思っていることなので、日を改めて考えてみたい。

2017年7月13日 (木)

あさ爺の徒然日記(597) 7月12日(水) 運動不足を懸念

自宅で療養を続けている身にとって、運動不足の解消が当面の課題。アルバイトをしている時には、ささやかでも収入が得られると云う気持ちは確かにあったが、それ以上に一日中カラダを動かしていると云う充実感があった。満足感と云っても良い。また、通勤電車に揺られることにより、今の社会とつながってもいると云う安心感もあった。それが今はない。

収入がなくなったことに対しては、節約をすれば解決できる。しかし、体を動かしていないことからくる運動不足だけは、負の遺産となって蓄積されそうだ。実は30年以上続けてきたラジオ体操を先月末からやめて、既に20日になる。

家族がアンチラジオ体操派で、百害あって一利なしの論法で家庭内批判を浴びてきていた。それもあるが、あの体操でさえ息切れをするようになってきたことが止めた原因でもある。不整脈を感じる症状に臆病になってしまったのである。

体力が落ちれば、気力も衰えてくる。仕事の日には朝から緊張感もあったし、気の進まない現場へ出かける時は気分も晴れなかった。そうした心の負担も失せ、モチベーションの維持も難しくなってきた。今は室内でのストレッチ体操を試みているが、やはり「歩く」のが一番と痛感する。

ウォーキングは最良の薬に違いないと思うのだが・・・。

あさ爺の徒然日記(596) 7月10日(月) 烏帽子岩遊覧

Y会の例会で、茅ヶ崎海岸の沖合にある烏帽子岩を周遊船に乗って見物した。自宅療養中の身なので最後まで参加に迷ったが、薬の効果もあって症状が安定してきているので思い切って出かける。

烏帽子岩は茅ヶ崎サザンビーチの沖合1.4kmに点在する大小30以上の岩礁群。形が昔の烏帽子に似ていることから、そのように呼ばれてきた。長い砂浜が特徴の湘南海岸にあって、江の島と共に目立つ存在でもある。

戦後は米軍の砲術訓練の標的にされて、形状が崩れる等の受難の歴史も刻んでいる。あさ爺も海岸から眺めて楽しむものと思っていたが、幹事の計らいで周遊船に乗って岩礁を一周する40分の遊覧が実現した。

普段は釣り客を運ぶ小型船なので、波をかぶったり上下に大きく揺れる中、島を廻る。なかなか得難い体験であった。正式名称は姥島(うばじま)。昔は神社の鳥居もあって、姥母神社と云う海の神様も祀られていたようだ。釣り客以外は原則として上陸はできないので、岩礁に生息する生き物などを観察することはできないが、資料によると様々な生物がいるらしい。

梅雨の合間の炎天下、楽しい体験であった。

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