2018年4月17日 (火)

あさちゃんの鎌倉日記(524) 4月17日(火) 鎌倉を下見

昨日、5月にガイドを考えてる企画の下見で、瑞泉寺方面を久し振りに歩く。もう今更下見しなくてもわかりそうな場所ではあるが、やはり最新の状況だけは把握しておくべきかと。ほとんどご婦人ばかりの10名から15名近くのグループ。今度は紫陽花の季節に合わせようかと考え、混雑を避けて5月下旬の平日で。

今年はアジサイも例年よりは早い気がする。案外、見頃にぶつかるか?リピーターのお客さまで、6年前に食事して好評だった「凛林」を予約した。月日の経つのは早いもので、このグループの2回目の鎌倉散策だった。今回で12回目かな?

下見は午後2時半頃から始めたので、瑞泉寺には入らず。観光客も少なく、大塔宮(鎌倉宮)からの帰りのバスはあさちゃん一人。途中で乗り込んできたのは通学の小学生二人だけ。珍しいこともあるものだ。平山郁夫画伯のご自宅の表札を入れて、記念写真を撮っておられるご婦人がいた。泉下の画伯も苦笑しておられるに違いない。あさちゃん夫婦が偶然、画伯と言葉を交わしたのもこの場所。もう何年前のことだろうか?

あさ爺の徒然日記(849) 4月16日(月) 泥沼のシリア

トランプがシリアの化学兵器施設を攻撃。メイさんの英国とマクロン氏のフランスも追随。トランプが怒れば、ただでは済まんぞと、これは北朝鮮への威嚇にも見える。そのトランプに100%共にあると仲良しぶりを誇示しているシンゾーさんは誠に危なっかしい。もう我々を利用する時代ではないぞと云われたばかりなのに。

それにしてもシリアの内戦はISも加わって三つ巴だ。平和はいつ訪れるのか?ダマスカスへは行ったことはないが、美しい街だったようだ。シリアには西郷も勝海舟もいないのか?徳川慶喜のように時局に鑑み自ら身を引いて、自国を諸外国の侵略から守ろうとする者はいないのか?日本も彼らの判断が誤れば、明治ニッポンは内乱で明け暮れて、文明開化どころか列強の植民地化で荒廃していたかもしれぬ。先人のぎりぎりの選択でこの国は廃墟とならずに済んだ。

ベトナムやカンボジアも今はとても美しい国だ。もう若い世代はそれこそ戦後生まれの戦争を知らない人たち。改めて、シリアに早く平和を。罪なき子供たちを国際社会は見捨ててはならない。トランプは攻撃よりも和平会議開催を呼びかけるべきなのだ。でもトランプには無理だろう。やるせない思いだ。

あさ爺の徒然日記(848) 4月15日(日) 愛新覚羅一族の書画

時宗総本山遊行寺の参道(いろは坂)は、この季節には八重桜が爛漫と咲いてる筈なのだが、昨日今日の強風ですっかり花びらを散らしてしまった。まことに今年の春は、種類を問わずサクラは咲き急いで、そして散って逝った。

季節は違うが年の暮れの12月に天城山で若い花の命を散らせた心中事件が起こった。愛新覚羅慧星さんの天城山心中で、この世で結ばれない想いを天国でと、学習院大学生の二人が命を絶った。とりわけ女性が旧満州国皇帝の血を引く姫君とあって、世の人々の涙を誘った。あさ爺は中学3年生だったが、新聞には美しくも愁いを含んだ女性の写真が。あさ爺より上の世代は満州国の皇帝を、そしてあさ爺世代は慧星さんを思い出す「愛新覚羅」のお名前である。

その一族の書画展が竹橋のアートサロン毎日であり、最終日に駆け込みで出かけた。数日前には天皇皇后両陛下もご覧になられた。不覚にも一族が各方面で活躍されておられることを知らなかった。桜美林大学の所蔵品だそうで、誠に味わいのある書画が並ぶ。日中平和友好条約締結40周年に合わせた記念の展示だった。会場には「書画でみるラストエンペラーの系譜」とあった。

あさ爺の徒然日記(847) 4月14日(土) モリかけの変・番外編

江戸の昔から先の世を見た。昭和元禄と云う時代が現れ、次の平成には元禄どころか幕末動乱の気配が。世はモリかけの変で混乱の極み。何代目の将軍か不明だが、どうもその公方様と奥方様が騒動の種を撒き散らしていると。少し前の時代に君臨した角栄将軍はじゃじゃ馬の姫が後に外国奉行となって、周辺諸国を振り回したとある。おなごはスゴイものよ。

ところで、モリかけの変は上様の茶坊主が伊予の守の家臣らに江戸城奥の間で、これは上様案件なるぞ、大船に乗ったつもりでどんどん前え進めよとの有難いご託宣。ところがその茶坊主は、とんと覚えていないと云う。ま、何はともあれ「上様案件」の獣(けもの)治療学問所は無事伊予の今治城下で開塾。サスガは上様のご威光、日の本は太平の世に・・・とはならなかった。

ナントこともあろうに勘定筆頭奉行が瓦版のおなごに手を握らせろとか胸を触らせろとか、ハシタナイ振る舞いに及んだとか。奉行は言葉遊びじゃと強弁し、アソウ大老もま、いいじゃないかと。上様は慌ててメリケンの大統領に朝貢に出かけ事の鎮静化を図らんとしているが、はてさて足元を見られて、さあタイヘン。

2018年4月14日 (土)

あさ爺の徒然日記(846) 4月13日(金) 老いては夫を従え

昨日は久し振りにEFGの月例会に出席。4月から新しい体制がスタートした。新人の9期生も世話人(役員のようなもの)に加わって、徐々に組織も若返っている。同時にベテランの古参会員が何人か退会。寂しいことではあるが、新しい血が入らないとその組織は尻すぼみになるからこれも時代の必然。

今日は藤澤浮世絵館で「藤沢と義経伝説」、藤沢市アートスペース(ミニ美術館のようなもの)で「海を渡った版画家山岸主計(かずえ)」展をそれぞれ鑑賞。漫画家柴門(さいもん)ふみの「老いては夫を従え」(小学館)を読み終える。別に齢を取らなくとも女房の尻の下に敷かれっ放しの世の大多数の男たちから見れば、わざわざ大層な題名をつけなくてもとの思いもある。

因みに著者のダンナさんも有名な漫画家。このご主人がなかなかの発展家で家庭を顧みない、モチロン育児にも手を染めない、浮気はする(これには触れていないが・・・)元気者だ。タイトル通りに操縦するのにタイヘン苦労している模様。著者は徳島出身。瀬戸内寂聴さんと同郷だ。お茶の水出身の才媛でもある。絶対に離婚はしないそうだから、いずれはこのダンナの介護をするのだろうか?

あさ爺の徒然日記(845) 4月12日(木) 記憶喪失した高級官僚

東大卒で国家公務員上級試験に合格して、霞が関の官庁に入った人たちは文句なしの秀才と自他共に認めるところだ。しかし、最近それが怪しくなっている。多忙なせいかもしれないが、記憶を喪っていることが多いのだ。それもてんてこ舞いの中堅幹部ではなく、ふんぞり返っている筈の高級幹部に目立つ。

サガワもヤナセも肝心な所は覚えていないらしい。それも記憶の限りではとの不思議な日本語を駆使している。ま、忘れてしまったのは仕方ない。いくら責めて(攻めて)も、記憶は蘇らないのだろう。人間、イヤなことは脳の中で消去されることが多いと云う。本人にとっても、それは辛いことだったのだろう。

ただ、脳裏の記憶を喪った能吏は、早く辞めてもらわねばならない。国民の血税をとことん吸い上げて高給を貪り、挙句の果てに億近い退職金を持ち逃げされることは、貧窮に喘ぐ民衆には耐えられないことだ。それにしても獣医学部に加えて刑務所からの脱走と、愛媛県今治市は注目の的だ。タオルの街だけのイメージではなくなった。これもアベ内閣目玉の地方創生国家戦略特区認定の成果で、タイヘン喜ばしいことかも。

2018年4月11日 (水)

あさちゃんの鎌倉日記(523) 4月11日(水) 大船界隈を歩く

一日違いでラッキーだった。今日は荒れ模様の天気なのだ。強い風と時折横殴りの雨が降る。昨日は穏やかな天候に恵まれた中を、かつての会社の仲間たち6人で大船界隈を歩いた。市街地の中に点在する庚申塔や神社を廻る。案内は地元に住むU氏。

鎌倉街道「中の道」をたどる史跡巡りで、昔は道端や分れ道に祀られていたであろう延命地蔵、お不動さま、様々な年代の庚申塔などの石塔や石碑を見て廻り、いずれも高台にある青木神社や厳島神社で手を合わせ、横須賀線沿いにあって茅葺きの山門が印象的な成福寺へ。

この浄土真宗のお寺は笠智衆が眠ることでも知られる。小津映画では初老の父親を渋く演じ、山田洋次監督作品では帝釈天の御前様として寅さんに説教を繰り返した。街のシンボルだった松竹大船撮影所が消えたのがいかにも残念だが、映画全盛時代の残影を求めた今回の散策でもあった。いたち川や砂押川では八重桜がたわわな花を咲かせ藤棚では紫色のフジも咲き始めて、いよいよ季節は春から初夏への移ろいを見せている。

2018年4月10日 (火)

あさ爺の徒然日記(844) 4月10日(火) 車の運転が慎重に・・・

今日は両陛下のご成婚記念日。59年前の慶事、特に馬車パレードは多くの国民に記憶されていることと思う。又、30年前には瀬戸大橋が開通した日として、当時、高松で勤務していたあさ爺には忘れることができない。陸上から、或いは船上から建設中の巨大な橋を逐一眺めることもできた。車を運転して橋を渡ったことは数知れず。その中で風の強い日の運転は正直怖かった。

ところで、昨日は久し振りにやや遠出をした。藤沢から藤沢バイパス、国道一号、横浜新道と走って横浜市旭区の息子宅へ。更に孫母子を乗せて保土ヶ谷区の市民病院へと往復したが、最近は運転が明らかに慎重になった。高齢者マークもつけている。特にアクセルとブレーキの踏み違いがないように、意識しながら足を右に左にと動かしているのだ。今までは、こんなことは考えてもおらず、ほとんど無意識の動作だった。齢をとるとはこんなところにも影響を及ぼす。情けないとは思わないまでも、とっさの時にどうなのかと不安はある。

子供達はハラハラしているが、カミさんは助手席で案外平気な顔をしている。ま、安全第一は絶対命題だが、高速道の運転、日没後の運転は昔からあまり好きじゃない。

2018年4月 9日 (月)

あさ爺の徒然日記(843) 4月9日(月) 行政の机上の空論に喝!

全国の老人ホームや老人保健施設で、ショートステイ等のお泊り介護を相次いで取りやめていると云う。由々しき問題だ。義務付けられることになったスプリングクラ―設置の費用が賄えられない為だ。行政からは補助金が出るらしいが、スズメの涙。数百万円の負担はとても出来ないと。

消防庁と厚労相の役人が相談して取り決められたものだろうが、このように実態に即していない政策を机上の空論と云う。何年か前に、警察庁が打ち出した自転車3人乗りの禁止令。覚えておいでの方も多いと思う。これは全国の子育て中のママさんたちから総スカンを食らった。結局は条件付きで渋々承認することとなった。いずれもやろうとした主旨は間違っていないのだが、詰めが甘かった。

今度も急いで何らかの手を打たねば、大変なことになるのでは。ニュースでは利用者に戸惑いが出ていると云うが、そんな甘いものではない筈だ。新たな施設を建設する費用を考えれば、全額補助しても安いものだと思う。トランプに押し付けられたミサイル防衛施設の発射台1基分を回せばおつりが出てくると推測するが如何か?それとも不祥事相次ぐ霞が関の予算を回せば済むことだ。

2018年4月 8日 (日)

あさ爺の徒然日記(842) 4月8日(日) 改心しない受刑者?

女優の菊池桃子さんをストーカーしていた男が逮捕された。彼女は恐怖心を抱いていると云う。想いを強くすればいずれは通じるとでも思っているのか?こうした変質者に想われては、たまったものではなかろう。今の法律ではどうせ軽い刑で出所してくる。そして再犯の恐れがあるから、彼女も恐怖は消えないのだ。

日本の刑罰は総じて軽いし、妙なところで重罪を科す。立法府から見て、政治犯には厳しく、その他はどうでも良いのだ。刑期を終えて出所した人たちの再犯が後をたたない。前科者を容易に雇い入れない世間にも問題はあるだろうが、服役中の教育が殆ど為されていないのが問題では?

特に死刑囚への対応が疑問だ。争って再審請求を繰り返すのは、執行を延ばしたいからでは?本当に冤罪なら大変なことだが、これだけ数が多いとおかしい。自身の犯した罪を認めていないのだ。贖罪の意識が低い。これは本人にとっても不幸だ。地獄に落ちるだけだ。毎日、読経をしているとか、神に祈りを捧げ懺悔しているのか、塀の中のことがわからない。そう云うことであればまだ救いがあるのだが・・・。

«あさ爺の徒然日記(841) 4月7日(土) 朴正煕の記憶

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