2017年12月18日 (月)

あさ爺の徒然日記(742) 12月18日(月) 母の生涯

今日は母の誕生日。父の時にも触れたので、少しその生い立ちを辿ってみる。1909年(明治42)に福岡県八女郡岡山村大字蒲原で三女として出生している。しかし、まもなく大陸に渡ったらしく母から幼い頃の話は聞きそびれた。その時代に満州に渡ったには何らかの事情があったのだろう。

母の口から時々「本渓口」と云う地名がでてきた。そこで育ったのかもしれない。懐かしがっていて、内地のことは殆ど知らずにいたようで、息子のあさ爺はてっきり母は満州生まれと思っていたが、詳しい話を聞くことはできなかった。姉や兄が健在なので確認することは可能だが、父も母も外地の話を積極的には語らなかった。

すべてを失い、辛酸をなめた引揚げ体験で、心の中ではリセットしてしまいたかったのではないか?従って、こちらも敢えて聴こうともしないまま、15年前に父の十三回忌を目前に他界した。享年93歳だった。今、家の中で何枚かの写真を掲げている。その中に両親があさ爺の家族と自宅前で撮ったものがある。訪ねてきた孫たちとの記念写真。大きなぬいぐるみをかかえた幼稚園児の孫娘と中学生のその兄。それぞれ今では2児の親になっている。

2017年12月17日 (日)

あさ爺の徒然日記(741) 12月17日(日) 北朝鮮の技術力

国連安保理の閣僚級会合で、河野太郎外相が議長を務めた。役者顔で童顔の人だが、なかなか様になっている。英語がペラペラ喋れると、国連の大舞台でも物おじすることなくかっこ良い。議題は度重なる北朝鮮の挑発行為だ。

ところでいつも不思議に思うのは、ミサイルや核を進化させる北朝鮮の技術力。貧しいと伝えられている国家のどこにそんな力があるのか?ロシアや中国の技術供与と大勢の技術者の存在があると云う説が根強いが、幕末の日本で蘭学が盛んとなり反射炉で大砲を鋳造できる位の技術を持ち外国人を驚かせたように、北朝鮮の潜在的な技術が元々高いことも考えられるのではと、あさ爺は睨んでいる。

古くは高句麗の血を引いている優秀な民族なのだ。木造の古い漂着船に惑わされるが、あれも北の港から来たと云うより、大きな母船で日本海の真ん中まで運ばれて一斉に下ろされたに違いない。南氷洋の捕鯨船とキャッチャーボートのような関係。それ位のことを考えるのは朝飯前だろう。

鉄道トラブルが相次ぎ、ノーベル賞が途切れた斜陽のニッポンの方が実は深刻なのかもしれない。

2017年12月16日 (土)

あさ爺の徒然日記(740) 12月16日(土) 鉄道トラブルが多い

京浜東北線が7時間ストップし、22万人に影響が出たそうだ。我が家の家族も巻き込まれて大変だった。週末の足に大きな打撃を与えたわけだ。平日だと通勤客に影響したが、土曜日だと家族連れや若い人たちの行楽の足が奪われた格好だ。

原因は架線切断事故。相次いだ田園都市線のトラブルも架線が原因だった。新幹線のぞみ号の台車亀裂は重大事故寸前だったと云う。これらに共通した要因があるのかどうか?橋梁関係では高度成長期に架設された橋の耐用年数が過ぎて、修理や架け替えが追い付かず、全国の橋が満身創痍だと云うし、中央高速のトンネルの天井落下のようにインフラ全体が危ない事態に陥っているのかも。鉄道では電車の増発や高速化で、架線のみならず軌道や台車にひずみと過重がかかっているのだろう。

ところで、カミさんはのぞみの「代車」の事故と勘違いし、全体の意味が良く分からなかったと云う。車の修理や点検の時に用意されるようにのぞみ号に代車が来て、それにも亀裂が入ったと思ったらしい。笑い話で済ませられない沖縄の米軍ヘリの窓枠落下も起こった。小学生も命がけのアブナイ世の中に暗然とする。

2017年12月15日 (金)

あさ爺の徒然日記(739) 12月15日(金) 生前葬について

体が不自由だったり高齢だったりで、葬儀に参列するのが難儀な人たちの為にドライブスルーで焼香できる葬儀が出現した。香典も渡せるらしいし、遺族席からもセンサーで来場を把握できる由、世の中もここまできたかと驚く。戸惑いも感じるが必要とされているのであれば、これもいいのかなと思う。

逆に余り感心しないのが「生前葬」。先日もある財界人が執り行った。参列者はどんな感覚なんだろう?この度は・・・なんて頭を下げるのも変だし、モチロン遺族席もないのだろう。昔、ミズノエタキコがやって話題になり、オグラケイも生前葬コンサートを行ったが、さすがにこれは広がりを見せていないようだ。

それなら古稀祝いとか喜寿、傘寿、米寿などでお世話になった方や親しい人に集まって貰えば良い。この方が断然楽しいし、明るいではないか?あさ爺も、以前お世話になった方が、池袋のホテルで喜寿祝を企画され、事前の準備や当日の司会などを担当させていただいた。

その時は深く考えなかったが、これはMさんの生前葬だったのだと思う。その3年後に亡くなられたが、懐かしい想い出を残していただいたと感謝している。

あさ爺の徒然日記(738) 12月14日(木) EFG12月例会

先月に半年ぶりで復帰した月例会に再び出る。仕事も辞め病気療養で空白期間が生じると、一挙にやる気が低下していてモチベーションの回復に時間がかかることがわかった。この会でも折角身につけた知識ノウハウを惜しげもなく捨てて?退会される方(引退ではなく)が後をたたない。

ナンデ?と戸惑って、思い止まるよう説得と云うか話し合いを試みたこともあった。なかなか理解出来なかったのだが、ナルホドこんな感覚だったのかなと今になって思い至る。モチベーションの維持がこれほど難しいものとは考えていなかった。しかし、このまま退会はしたくないなと思っている。何かの組織に属していたいと云う気持ちもあるし、更に元気になればもう一度積極的にガイドできる日もあるのではと。

それと、これが一番大きな理由なのだが、基本的に人と交わるのが好きなのだ。今日も例会の終了後の茶話会(打ち上げ)に21人も参加した。老いも若きも男も女も、同じ仲間意識でワイワイがやがやと取り留めのない会話が、賑やかにいつまでも続く。このひと時は楽しい。若い?後輩からはパワーもいただける。徐々にやる気が回復できそうな気分になってきたものだ。

2017年12月13日 (水)

あさ爺の徒然日記(737) 12月13日(水) 白根公園のモミジ

12月に入ってからは冬型の気圧配置もあって、関東地方は快晴が続く。今日も午前中は鎌倉扇ヶ谷の史跡巡りに行こうか、それともEFGの神奈川宿に参加してみようかと思ったが、結局は午後からカミさんと相鉄電車で鶴ヶ峰駅へ向かい、白根公園の中にある白糸の滝、白根神社、白根不動のモミジ狩りに。

あるツイッターで見頃だとの情報があり、早速、ヒマな老人は最後の紅葉を求めて出かけたわけだ。やや盛りは過ぎた感だが、それでも日差しを受けて眺める裏モミジは美しかった。更に、帷子(かたびら)川緑道の紅葉も楽しみ、駅前の商店街で買い物。約4時間のじいさんばあさんの小さな旅だった。

日本海側や北日本はもう真冬で吹雪いてもいるようだ。北海道や東北で過ごした通算7年に及ぶ暮らしを振り返ると、春から夏、そして秋へと至る絵のような美しさは、厳しい冬の裏返しなんだと気づく。雪国の人たちには申し訳ないが、もうあの頃の元気は取り戻せない。

純白に衣替えした富士山を毎日眺めながら、雪のない「幸せ」を享受させていただいている。かくして、季節は晩秋から初冬へと移り変わった。

あさ爺の徒然日記(736) 12月12日(火) 貴乃花親方の着地点は?

富岡八幡宮事件は、有名神社の富豪ぶりを教えてくれた。ウソかホントかわからぬが、加害者の前宮司の豪遊ぶりが伝えられている。本業以外にも駐車場収入だけで月700万もあったと云う。宗教法人は税制優遇で守られているが、それを社会や神社に還元せずに自分のフトコロに入れてしまえば、これは笑いが止まらないだろう。ビンボー老人のあさ爺は羨ましくて仕方がない。しかし、この事件はまだ解明段階。

同じように現在進行形なのが日馬富士事件。しかし今やこれは「貴乃花事件」と呼んでもいい展開。県警の捜査が終わった段階には貴ノ岩の聴取に協力する筈だったが、今度は地検の捜査終了に先送り。年内決着は絶望的。初場所以降に持ち越しだ。彼の着地点が見えない。

各局のワイドショーも右往左往だ。寒い中、貴乃花部屋の張り番をしている記者、カメラマンは気の毒。その記者らにねぎらいの言葉一つかけず平然としているのはさすが元大横綱だ。彼の頭の中には、弟子を守ると云うよりもっと大きな野望があると、あさ爺はみたがどうだろう?図星の筈だ。モンゴル勢の駆逐と貴乃花主導による相撲道の確立を目指しているとみた。

2017年12月12日 (火)

あさ爺の徒然日記(735) 12月11日(月) 年の瀬に思うこと

今年も残り少なくなってきた。冬場には亡くなる方も多いとみえて、連日新聞の死亡欄に写真入りで出るのが目立つ。それだけ著名人が多いと云うことか。東芝の元社長は心筋梗塞だったとか。不正会計や半導体事業の売却などで揺れた当時の責任者だったそうで、心労が重なったことが容易に想像できる。まだ73歳だった。

話は飛ぶが、終戦直後の財閥解体で最後まで頑強に抵抗していた三菱財閥の総帥岩崎小弥太は、元々病気療養中と云うこともあったが、三井、住友、安田と歩調を合わせざるを得なくなり、GHQの指令期限ぎりぎりに遂に解体を承諾。その直後に亡くなった。財界人の多くは社員や株主のことを心配して心労が重なる。

それと比べると軍人の無責任ぶりは際立つ。多くの将兵、数多の国民を死なせながら、長く戦後を生きて天寿を全うした高級将校は多い。驚くべきことにあのインパール作戦の牟田口廉也中将は典型的だ。その点、割腹自決して全陸軍の責任を一身に受けた阿南陸相は立派だ。軍人も様々と云うことか。

果たして、昨今の政治家は民のことを考えているだろうか・・・。

2017年12月11日 (月)

あさ爺の徒然日記(734) 12月10日(日) 世界のクリスマス

冬晴れの一日となった今日は、訪問ガイド研修で横浜山手へ。案内して下さるのは横浜シティガイドの皆さん。ここには友人のT氏が在籍しておられるが、彼は奥多摩の御岳山登山に出かけている。あさ爺もお誘いを受けた山行きだが、体調を崩して以来ハードな山歩きは自粛、と云うよりとても登れないのでお断りした。

今回の研修は山手の西洋館に飾り付けられている各国のクリスマスを楽しむ趣向。EFGからは8名が参加。女性ガイドのIさんが案内。山手111番館(フランス)、横浜市イギリス館(イギリス)、山手234番館(アメリカ)、エリスマン邸(デンマーク)、ベーリックホール(オランダ)、外交官の家(ルーマニア)、ブラフ18番館(ドイツ)と廻る。

大勢の参加者に加えて、日曜日とあって一般の観光客も重なって大混雑。平日にやって欲しかったですねぇ。終わってからは仲間を中華街行きつけのお店にご案内。

その後は藤沢の遊行寺の大書院に駆け付け、「桂歌助東海道先達寄席藤沢宿の会」へ。知人でゲスト出演の笑風亭かん治さんの落語も拝聴。クリスマスの後は、時宗総本山での落語を楽しんだ一日となりました。

2017年12月 9日 (土)

あさ爺の徒然日記(733) 12月9日(土) 富岡八幡宮事件

深川の八幡様で知られる富岡八幡宮で、凄惨な事件が起こった。お正月を控えて、神社が一年で最も忙しくなる季節に発生した想定外の事件。神様にお仕えする神職を、元の神職が夫婦で襲うと云うなんともおぞましい出来事だ。犯人は自殺し、被害者も殺害されてしまったから、事件の真相解明には時間がかかりそうだ。

氏子総代などの関係者への聴取も、なんだか一方的になりそうな感じ。余りにも親しまれた神社で、今、話題の貴乃花、日馬富士や白鵬など歴代の横綱の名前が刻まれた横綱碑も有名だ。モチロン、あさ爺も何度か参拝したことがある。神社本庁を脱退したと云うのも気になる。宮司の交代を認めていなかったと云うから、捜査はそちらへも行くんだろう。

年の瀬を控えて、なんとまあトンデモナイ事件が起こったものだ。親会社?の鶴岡八幡宮も仰天しただろうし、これから事件の行方がどうなるか、又、ワイドショーから目が離せなくなった。民放や週刊誌、スキャンダル大好きの夕刊専門紙も、貴ノ岩探しだけでなく忙しい師走になってしまった。

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