2018年6月25日 (月)

あさ爺の徒然日記(907) 6月23日(土) 沖縄慰霊の日

病気療養中の翁長知事が、渾身の力を振り絞って平和宣言を読み上げた。更に「平和の誓い」を朗読した中3少女の澄んだ瞳には感動した。今日は沖縄慰霊の日なのだ。朝、そのニュースに合わせて、冥福を祈ろうとおりんを鳴らして合掌したら、家族が変な反応をした。遺族でもないのに、ふざけていると思われたらしい。戦争の悲惨さを多少でもかじっている引揚者家族の一員である戦中生まれの爺さんと、内地で空襲にも遭わずに過ごした家族の一人で戦後生まれの婆さんの微妙なすれ違いだ。それでも婆さんも無関心ではない。原爆記念日や終戦記念日の黙祷は率先して合掌している。だから、心の内はわからないし、爺さんが誤解していることも多いのだろう。

あさ爺は終戦記念日と今日の沖縄慰霊の日は祝日にすべきだと以前から思っている。祝うべき日ではないが、その後の平和を尊ぶ日として。そうすれば祝日の少ない6月や8月の為にもいいと思うのだが。昨日は藤澤宿での宿場寄席に出かけて、ゲラゲラ笑った。これも平和な時代だからこそだ。日米両軍の兵士も含めて、沖縄県民20万の御霊に心からご冥福をお祈りします。今の平和の世をありがとう。合掌

あさ爺の徒然日記(906) 6月22日(金) 匿名社会

週明けの通勤時間帯を襲った大阪地震。この時、シマウマが逃げ出したとか、在日を揶揄するネットが飛び交ったと云う。ラインとかツイッターなどをやらないので、自分で確認できたわけではない。掲示板など、そのやり方も知らないあさ爺だ。被害者にも加害者にもなれないネット時代の落ちこぼれ。フェイスブックはお友達登録したら、いろんなものが飛び込んでくるが、役に立ったものは皆無。ほとんどはくだらないものばかり。だから、見る前から邪魔になるので削除している。フェイクニュースも闇サイト殺人も、座間のおぞましい事件も、匿名が生んだネットの負の部分だろう。

かく云うこのブログも匿名だが、自分でも無責任だと反省することも多い。やっぱり小林麻央さんのように、実名でこそ共感されるのではないか?ネットに限らず、ラジオやテレビも匿名が当たり前の社会。NHKまでがキラキラネームの投稿者を受け付けている。なぜ、名前を隠したがるのかも不思議だ。責任ある社会を実現するためにも、無制限な匿名には網をかぶせるべきと思うが、いかが?公共の電波を利用するのに、遊び半分なふざけたネームには違和感を禁じ得ない。ますます、時代遅れの落ちこぼれになるか・・・。

2018年6月23日 (土)

あさ爺の徒然日記(905) 6月21日(木) ワイン工場見学

EFGの研修で、藤沢市内にあるメルシャンの工場を見学。普段は見学者を受け入れてないが、特別にガイドクラブの研修として3回に分けて工場見学が実現した。ここは日本で最大のワイン出荷量を誇る。フランスに代表される高級ワインのイメージが強いワインが、低価格化を実現して爆発的に需要が伸びた。

実はあさ爺も、ペットボトルに入ったメルシャンワインを愛飲している。コルク栓の開け方が下手なので、このスクリュータイプのねじ栓が助かるのだ。ワインの味とは別に、こんなところも案外売り上げを伸ばす秘密がある。ビール工場のようなガラス張りの通路や案内嬢はいない。食品工場への立ち入りと云うことで、ヘルメットや白い防護服に身を纏っての見学。案内員は各現場の責任者が務める。それだけに臨場感と緊張感がある。最後は座学で正しいワインの味わい方の教授もあり、赤ワインの試飲も。近い将来、ここの工場見学が一般向けに拡大されたら、これは人気コースになる予感がする。

あさちゃんの鎌倉日記(533) 6月20日(水) 雨中の案内

EFG6月募集の本番を迎える。梅雨時で致し方ないが、雨の中の花巡りとなった。紫陽花やハス、アガパンサス(クンシラン)などの初夏の花々を楽しむ筈だったが、時折、激しくなる雨に悩まされた。お客さまも予定の半数に減ってしまわれた。楽しいコースだったので、残念としか言いようがない。江ノ電のフリー切符を利用して、乗ったり降りたりしながらの花旅。

鵠沼の蓮池では白いハスの舞妃蓮が見頃を迎え、御霊神社では紫陽花が所狭しと大きな花をつける。この神社はアジサイと電車のツーショットのポイントとして人気があり、今日も大勢のカメラマンや撮り鉄で賑わっている。電車がいつもは鳴らさない警笛を最大音量で流す。これはモチロン、サービスではない。成就院のあじさいが少なくなったのは惜しいが、背景の海岸線が雨に煙って美しい。ここの262株のアジサイは、三陸町の被災されたお寺へ鎮魂の為に贈られた。2日前にも大阪で震度6弱の大きな地震があったばかり。雨はともかく、地震は突然でもあり恐ろしい。

2018年6月22日 (金)

あさちゃんの鎌倉日記(532) 6月19日(火) 60名の団体様

鎌倉のアジサイを巡る団体さまの、ガイドの一員として出動。コースは鎌倉駅西口をスタートして、六地蔵、寸松堂(鎌倉彫)、虚子庵跡、鎌倉文学館、甘縄神明神社、光則寺、そして最後は紫陽花で混雑する長谷寺。各班、10名単位であさちゃんは第5班。後輩ガイドは道順がよくわからなくてと、下見を重ねていた。その点、あさちゃんは鎌倉の裏道にも精通していると自分では思っているが、それはあくまでも中心部辺りだけ。それでも、ハンディが少ない分助かるわけで。

今日は殆どが女性客。幸い、高浜虚子のお名前をご存知の方も多かった。それでもお顔までは自信なさそうで、ガイドは写真を広げる。この後の川端邸でもしかり。川端康成の若き日の姿(一高時代)の写真も、皆さんは初めてご覧になられた。鎌倉はアジサイだけでなく、こうした鎌倉文士と鎌倉文学館の存在。そして何より歴史の舞台。説明には事欠かないし、バラ祭りが終わっても、文学館の広大な庭園の中にあるバラ園はまだ十分に美しい。平日でも人波が絶えない6月の鎌倉でした。

あさ爺の徒然日記(904) 6月18日(月) 市議会を傍聴

今日はガイド仲間のSさんのお誘いで、生まれて初めて市議会を傍聴した。議会の傍聴とか裁判の傍聴も、今までほとんど関心がなかった。この齢になるまで一度も経験がないことを、今になって体験したわけだ。議場も新市庁舎の中の議場なので、設備も整っていて興味深く拝見。冒頭の質問者がSさんのご子息で、このような縁でもない限り、なかなか議場まで足を運ぶ気は起こらない。野次も飛ばず、皆さん、随分と紳士的なやり取り。テレビで見る国会とはかなり印象が違った。

ナニセ、総理自らがヤジを飛ばす日の本の国会だ。マネをする必要はサラサラないが、それでも筋書き通りのやり取りも迫力がない。ま、今日のS議員の質問内容は、賛否が分かれるような案件ではなかった。中には紛糾することもあるんだろう。その国会は会期が延長されることになった。野党が求めて与党が反対していた筈だ。でも野党の意見を汲んだのではなく、参院自民党の要求を、総理が渋々認めたらしい。国民の為ではサラサラなく、党利党略の為(具体的には安倍三選の為)でございます。何でも出来る自民党。サスガである。

2018年6月20日 (水)

あさ爺の徒然日記(903) 6月17日(日) あじさい祭りに思う

あさ爺の住む近くで、あじさい祭りが行われた。梅雨時のシンボルフラワーが紫陽花だ。恐らく全国各地で、様々なアジサイ祭りが大小取り混ぜて開かれている筈だ。神奈川県では箱根も有名だし、鎌倉も混雑している。今年は桜だけでなく、アジサイも早かった。ただ、長持ちする花なので、長く楽しめている。藤沢市遠藤の小出川あじさい祭りも、もうダメかと思ったが、今日のイベントまで持ちこたえて、ささやかながらいろんなブースも出ている。

このような地域共同体が行うイベントには露店のお兄さん、お姉さんはお呼びではない。寅さんのような人たちは、神社のお祭りやお寺の行事が相場。今日のような会場では、福祉団体が中心となる。だからでもないが、お値段も手頃というよりかなり安いので、つい買ってしまう。ここでも少子高齢化は深刻だ。祭り太鼓は子どもが主役だが、人数が少ない。ブースを冷かしているのもあさ爺のような年寄りばかりだ。昔のように子どもたちが飴や綿菓子に群がる光景がなつかしい。戦後、これらの子どもたちが団塊の世代を象徴していた。紫陽花の花弁のように、様々な色とりどりの子どもたちが群れ遊ぶ世界に戻すことは出来ないものか?

あさ爺の徒然日記(902) 6月16日(土) 少子高齢化と皇室

若者が集まる街や大学のキャンパスならば、若さに満ち溢れた光景が見られるだろうが、そうでない場合、まことに巷には老人があふれていて、子どもたちの賑やかな歓声が聞こえてこない。これほど少子高齢化社会の到来と、それに伴う喫緊の課題が叫ばれているにもかかわらず、政府が抜本策を打ち出した形跡はない。

話は畏れ多い世界へ飛ぶが、皇室も又、今の世相を反映しているように見える。明治天皇や大正天皇には俗に云う側室の存在があった。それでも男子の後継者はなかなか誕生しなかったそうだ。一般人から配偶者を得る時代でもなく、近親結婚で健康な跡継ぎになかなか恵まれなかった。大正天皇のご生母は柳原愛子(なるこ)様で、二位の局、つまり側室だったし、明治天皇のご生母は公卿中山忠能の娘で孝明天皇の后ではない。昭和天皇のご生母もしかり。つまり戦前まではそれが当たり前の世界。それでも昭和天皇は皇后との間に多くのお子様に恵まれた。珍しく子だくさんの家庭を得られたが、それでも男子はお二人だけ。そして時代は平成へと移り、皇室も少子化で苦労されておられる。それでも、何か対策を取ろうとしているようには見えない。タブーの世界なのか?

2018年6月19日 (火)

あさ爺の徒然日記(901) 6月15日(金) 宿場歴史講座

藤澤宿交流館で行われた宿場歴史講座を受講。今回初めて出席した。江戸時代の箱根宿と関所について学ぶ。考えてみれば、江戸時代は近世だ。そんなに古い話ではない。しかし、関所の存在や東海道五十三次の世界は、余りにも現代とはかけ離れている。だからこそ、好奇心が湧く。外国人の撮影になる江戸の古写真も興味深い。ビルこそ当然のことながら見当たらないが、はるか彼方まで累々といらかの波が続く。昔から大都会だったことがうなづける。幕末に訪れた西欧人はさぞ驚いたことだろう。極東の地に高度な文明国が存在したのだから。

話は飛ぶが、今の北朝鮮には、昔の韓国の面影があると云う。すっかり近代化された韓国に古き良き時代の面影はもうない。しかし、それがそっくりそのまま北朝鮮には残っているらしい。今後、国が開放されれば、どっと西側の毒々しい文化もなだれ込むだろう。それが彼の国にとって、果たして幸せなことになるのか?江戸時代の日本は、まことに平和な国だったと云われている。今は、凶悪犯罪の横行する、恐ろしい治安の良くない国に成り下がってしまっている。

あさ爺の徒然日記(900) 6月14日(木) ネット殺人

再び、残虐な事件が繰り返された。ネットでの呼びかけに応じた看護師殺害遺棄事件だ。数年以上前に愛知で起きた闇サイト事件を思い起こさせる。いずれも被害者は若い女性。闇サイト裁判では命乞いをする女性を、平然と殺害したことが明らかになっている。しかも、犯人同士はお互いに名前も素性も知らなかったとか。ネットの掲示板の呼びかけに応じたもので、以後、法改正が行われ不適切な書き込みは直ちに削除できるようになった。しかし、今回はカネ儲けの呼びかけで表面上は犯行を思わせるものではなかったらしい。要するに、イタチごっこなのだ。

今回の被害者は29歳の女性看護師。命を預かる崇高な医療従事者だけに痛ましい。難しい国家試験に合格して、病院勤務をしていた筈だ。こうしたごく普通の平穏な生活を営む一般人が毒牙にかかる。スポーツジムの駐車場で自分の車に乗り込もうとするところを3人以上の男達に襲われた。なんともやりきれない事件。モチロン、呼びかけた男が主犯だが、もうこれは共犯も何もない。死刑に値する事件。刑を重くしても犯罪抑止力は働かないのか?少なくとも、怨恨によるものではなく面識のない被害者の事件については重罪化を求めたい。理不尽な犯行の撲滅が求められる。

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