地域活動

2013年7月19日 (金)

asajiroの湘南日記(67) 7月13日(土) ポイ捨てなくし隊に参加

市内一斉に行なわれる清掃活動の一つ、「ポイ捨てなくし隊」に参加して地元校区の清掃を行ないました。暑い中での屋外の活動ですから、時間をいつもより短縮して実施します。

今日は小学生の参加が多く、それに伴って親も参加しています。まだ夏休みには入っていない筈ですが、3連休のせいでしょうか? 4つの方面に班編成して、にぎやかにスタートしました。

いつも思うことですが、どうして平気でゴミを捨てるのだろうかと考え込んでしまいます。それも気がつかずに、落としたゴミとは考えられません。歩道の植え込みの中に、隠すように捨てられています。トングや軍手は用意していますが、植え込みの枝で思わぬケガをすることもありますから、asajiroは必ず長袖シャツを着用します。

今日は更に悪質なケースがありました。植え込みの奥に、レジ袋が丸まっていますので、悪戦苦闘の末にトングで引っ張り出しました。しかし、レジ袋だけかと思ってたら、中に犬の糞を詰め込んでいます。悪臭が周囲にたちこめました。大半の愛犬家はきちんと持ち帰っているとは思いますが、こんな非常識な人もいるわけです。

吸殻についても同じことが言えるかと思います。大量の吸殻を植え込みの上に捨てていました。交差点の所ですから、恐らく信号待ちしている車が車内の灰皿の中身を捨てていったもののようです。白昼では目立ちますから、深夜の若者(普通の愛煙家ではとても考えられない・・・)の車に違いないと推測します。

愛犬家も愛煙家も1字違いではありますが、ナントモ情けない話です。ポイ捨て清掃活動には、今日のように大勢の子ども達も参加します。みにくい大人の所作をナント説明すればよいやら・・・。

2013年6月26日 (水)

asajiroの湘南日記(63) 6月23日(日) 団地の草むしり

梅雨の季節、草は伸び放題です。asajiro農園も雑草に侵蝕されつつあります。気になってはいますが、諦めています。

今日は団地の草むしりがありました。自治会の年2~3回の恒例の行事ですが、先週雨の為に延期になっていました。命拾いしていた草は、更に背丈を伸ばしています。55世帯の小さな団地ですが、それでもなかなか普段顔を合わすことがない人もたくさんいます。又とない交流の機会でもあります。

築20年になる集合住宅。当時は働き盛りの人たちがローンを組んで、やっと手に入れたマイホームでした。まだバブルがはじける前で、asajiroも公団や公社などを中心に家探しで走り回っていました。銀座の松屋デパートに、こうした公団等の住宅斡旋の窓口があり、昼休みや終業後に資料を貰いに出かけていました。殆ど全部が抽選方式で、それがなかなか当たらず、50回近く挑戦を続けていたものです。

埼玉県や千葉県・茨城県まで足を伸ばして現地を見たり、集合住宅や戸建てと言った贅沢も言っておれずに片っ端からチャレンジしていました。今の時代とは大違いです。公団や公社の物件は信用度が高く、値段も当時としては割安でした。現在のように民間の大型マンションが増えるのは、バブルが弾けて以降のことです。

その時に入居した人たちは、asajiroも含めて高齢化しました。しかし、エレベーターがないため、出てゆく家族も後を絶ちません。asajiroの住んでる建物は51号棟で、この地域の公団住宅はすべて5階建て以下の中低層住宅。エレベーターは元々設置されていません。その為に、新陳代謝が繰り返されて、当時のメンバーは半分程になりました。代わって入居した人たちは、当然のことながら大半が若い世帯です。20年前の新築と違って、中古住宅として購入したのでしょう。

ですから、小学生も中学生もそれなりに住んでいます。若返ると言うのはいいことです。今日の草むしりも小さな子どもたちが一生懸命お手伝いしていました。

終わって汗をかいた後は、冷たい飲み物を自治会で用意して、皆さんの労をねぎらいます。お父さんたちが缶ビールに手を伸ばしている横で、若いお母さん方や子どもたちはジュース・お茶等のペットボトルを貰ってニコニコ顔です。

梅雨の晴れ間の、小さな自治会での楽しい労働のひと時でした。

2012年12月10日 (月)

asataroおでかけ日記・湘南編(28) 12月9日(日) 避難施設訓練

たまたま今読んでいる本、三木卓著「鎌倉日記Ⅱ 2001~2005」の中に、著者が歌舞伎座の中村勘三郎襲名披露公演に出かけた日のことが書かれていました。2005年3月3日のことだそうです。

5日早朝のテレビで衝撃的なニュースを知った時の驚き・・・。起きてきたカミさんに「‘勘九郎,さんが亡くなったよ!」と言ったら、彼女「えっ?」と思わず絶句。モチロン、それは今の勘三郎さんと判ったらしく、すぐ再びテレビをつけてニュース画面に流れる在りし日の映像を食い入るように見つめていました。

しばらく入院されておられることは判っていましたが、全く想像もしていなかった想定外のオドロキです。関係者やフアンの嘆きはいかばかりかと・・・。浅草在住の方のブログ(mamataroおでかけ日記)に平成中村座が度々登場し、羨ましく思っていました。彼女も、恐らく驚愕し、嘆き悲しんでおられる筈です。合掌・・・。

今日は地元小学校での避難施設開設訓練に参加しました。昨日は、同じ小学校の校区内の美化清掃活動に参加。これまでは、週末は鎌倉へ出かけていることが多かったのですが、今は地域の活動になるべく参加することに務めています。昨年は実行委員会の立場でしたが、今年は一般参加です。150名が集まりました。冷え込みのきつい日、小さな子どもたちは起震車に大はしゃぎで元気なものです。

2日前にも夕方に地震があったばかり。津波警報が出て、冬の夜に高台へ避難された東北の人たち、大変だったと思います。でも、被害がなかったのがせめてもの救いでした。

この衆議院選挙の最中に、もし東日本大震災級の災害が発生したなら、どうなるのでしょう? テレビではそんな仮定の話はなかったですが、思わず考えてしまいました。

2012年6月 9日 (土)

asataroおでかけ日記・湘南編(5) 6月9日(土) 防災リーダー

関東地方も、今日梅雨入りしました。今年は、地域によっては平年よりもかなり雨量が少なく、夏場の水不足が懸念されています。やはり、降るべきものは降って欲しいところです。

地域の防災リーダーの集まりがありましたので、市民センターに出かけます。今までは、地域の活動よりも他に優先したいことがあって、現役をリタイアした後もあまり積極的には係わってこないままでした。しかし、昨年自治会の仕事に携わって、顔見知りも増え、自分でも何か出来るのではないかとの思いから、姿勢を改めてみることにしました。防災リーダーは、その一環です。

関東大震災の犠牲者(10万超)の大半は焼死、阪神淡路(6千)は圧死、そして東日本(2万)は溺死と、それぞれに無念の死を遂げた犠牲者の死因は異なります。asataroの地域では、ニュータウン特有の多くの問題も抱えています。今日は、その対策の勉強も行なわれました。

いつ起きてもおかしくない大地震、しかし、心の片隅では今すぐには起こらないだろう・・・との気持ちもあります。科学の進歩は、プレートや断層の存在、周期的な可能性の存在も、人々に知らしめることになってしまいました。何も知らなかった昔の人と、どちらが良かったのか?との疑念も感じます。

ただ、今も昔も変わらないのは、「備えあれば憂いなし」の気持ちでしょう。その備えの程度について、これから大急ぎで考えてゆくことになります。

防災のテリトリーは地震だけではありません。梅雨豪雨、台風災害もあります。まさに地域の危機管理が問われます。

2011年12月11日 (日)

asataroおでかけ日記(37) 12月10日(土) 自主防災訓練

東日本大震災発生9ヶ月を前にして、地域の防災訓練が行われました。様々な防災訓練がありますが、今回はK小学校が有事の際の避難施設になりますので、その小学校が訓練会場となります。

避難者でごった返すであろう小学校で、少しでも早く秩序ある体制を作り上げて、避難生活をスムーズに進めるのが狙いです。その為に、校区の8つの自治会で避難施設運営委員会が組織され、今回は持ち回りでasataroがその副会長兼総務班長に指名されてしまいました。

震度5強の地震が発生した場合、各学校に避難施設が開設されるわけですが、不意打ちに襲ってくる大地震に、果たしてうまく図面通りにコトが進むのだろうかとの危惧は、当然あります。でも、何も手を打たないよりは、日頃から頭の片隅にでも入れておいた方がいいわけです。

訓練では、asataroが司会進行の大役を仰せつかりました。各自治会の旗を先頭に、約120名が小学校に集合し、訓練が開始されました。消防署、消防分団、市役所、小学校の関係者が更に加わります。あらかじめ決められたスケジュールに従って、訓練は進行します。本番の時に、このようにスムーズにゆかないのは織り込み済みですが、それでも皆さん、真剣な表情で行動されていました。

大震災が発生したこともあり、参加者は昨年の3割増しです。ところで、asataroの住んでいるF市は、湘南の長い海岸線をかかえています。そのため、今年の市の災害対策予算が急を要する津波対策に回され、asataroが暮らしている内陸部はすべて後回しにされてしまいました(。>0<。)。恐らく、来年以降も同じでしょう。

こうなると、もう自分の身は自分で守れ、自分たちの自治会はそれぞれ、備蓄を強化せよとの指導です。この度の大震災のように、自治体が機能マヒに陥ることも十分に予測されます。警察や消防も、自衛隊の出動もすぐには期待できないそうで、ホントにアタマが真っ白になって、パニックに陥り、途方に暮れそうです。

でも、毎年こうした訓練を繰り返すことにより、延べ参加者が増え、イザと言う時に少しでも落ち着いて行動出来るようにとの主旨ですが、やはり不安です。

訓練は無事終わりましたが、小学校の体育館には200名余りが生活するのがやっとだそうです。教室も使うことになりますが、有事の際に避難してくるのは、地元の住民だけとは限りません。

いろんなことを考えると、解答の出ない検定試験を受けているみたいです。しかしながら、先人たちは今までたくましく乗り越えてきたのですね。

どうぞ、生きている間には起こらないでよと、情けないことを考えてしまうasataroです。

2011年9月11日 (日)

asataroおでかけ日記(23)  9月10日(土)  敬老会

生まれて初めて「敬老会」に出ました。asataroも年齢的な資格は十分に備えていますが、所謂、会員としての出席ではありません。今期、自治会の会長をしていますので、招待されての敬老会デビューです。従って、会員席ではなく、厚かましくも来賓席に着席です。

この地域の年に一度の敬老会です。地域全体の人口は約3万5千人ほど、65歳以上の高齢者の占める率は約20%だそうです。市民センターの体育館で行われました。広い会場に、ほぼ満員です。でも、ざっと見渡したところ、75歳以上の後期高齢者(この言い方は無くなったのでしたけ?・・・)が大半です。やはり、元気な高齢者は老人クラブにもあまり入っていないのでしょう。asataroもその一人です。入会したら、きっと若造扱いで、使い走りをさせられるに違いありません。

第1部の式典は、市長さんも顔を見せての(市も共催者)セレモニーです。第2部はお楽しみの演芸が繰り広げられます。この間に、お弁当やお菓子が配られます。意外にお弁当の中身が充実しています。皆さん、特におばあちゃん達、食べられるのかしら・・・と余計な心配をしました。お赤飯なんぞは、モチモチ感があって、半分くらいを残して、家に持ち帰りたいところでしょうが、主催者が声を枯らして、持ち帰らないで、ここで召し上がってくださ~い・・・と。

演芸は、可愛いらしい子供たちのフラダンスから、小中学生の女の子たちのエネルギッシュなダンス、民謡サークルや日舞の披露など、盛り沢山の内容です。皆、アマチュアと言うより地元の同好会の協力で進められています。でも、結構、見ていて楽しいものです。すっかり、童心に帰ってではなく、年寄りになりきって、楽しませていただきました(◎´∀`)ノ。

感心したのは、地元の2つの中学校から、ボランティアの中学生たちがお手伝いに来ていることでした。これは、得難いいい経験になる筈です。

今年は、自治会のおかげで(大変でもありますが・・・)いろんな体験をさせていただいております。今まで、役員は何度か経験していますが、会長は地域の中での役割がたくさんあるんだなあ・・・と。まだ、残り任期は半年、asataroの地域活動はこれからも続きます。

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