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2013年5月 4日 (土)

あさちゃんの鎌倉日記(129) 5月4日(土) 世界遺産から外れる

鎌倉が世界遺産候補から外れる(事実上の確定)ことになりました。同時に推薦していた富士山は文化遺産として登録されることがほぼ決まりました。明暗を分けた形になりました。

鎌倉は日本では初めてと言う「不登録」との烙印を押された形ですから、将来の巻き返しに望みをつなぐ為には、推薦の取り下げがあるそうで過去そのような形で矛を収めているケースも多いそうです。

あさちゃんは、このニュースを聞いて思わず苦笑してしまいました。地元ではほぼ登録間違いなしの楽観ムードが強かったからです。しかし、大半の市民は冷めていました。お祭り騒ぎを演出していたのは、主に商工業者の団体。マジメに長年、地道な活動を続けてきた風致保存会のような団体もありますが、政治家でも世界遺産に批判的か消極的な人たちが、今回の市議選でも上位に名を連ねて当選しています。それだけ、鎌倉市民には世界遺産ノー!の声なき声が強かったわけです。

あさちゃんはここで逆転の発想をしてはと思います。放送大学の五味教授が提唱していた「日本遺産」の考え方です。角館・大内宿・川越・高山・郡上八幡・妻籠・津和野等々、日本各地には小京都と呼ばれたり、伝統的建造物群や素晴らしい城下町がたくさんありますが、今度の審査基準からみて世界遺産に立候補すら絶望的な町々です。

これらは外国人観光客も呼べるし、後世に残すべきニッポンの貴重な遺産であることは誰が見ても納得できるでしょう。これらは「日本遺産」にふさわしいのではないでしょうか?

外れたことは正直残念ですが、鎌倉の価値を否定されたわけではないし、イコモスやユネスコが鎌倉そのものにケチをつけたわけでもありません。災害や相次ぐ内乱、南都焼き打ち・廃仏稀釈のような政治的な暴挙で、木造の歴史的な建造物が残りにくい日本です。

お隣韓国では2008年に放火で全焼した国宝第1号の南大門(ナムデムン)が復元されたそうです。植民地時代にソウル(当時は京城)に住んでいた両親から、その素晴らしさをよく聞かされていて、あさちゃんもその生まれ故郷を仕事で訪れた際に、改めて眺めることが出来た立派な城門でしたから、放火のニュースには飛び上がる程驚いたものです。

わが国でも世界遺産を気にする必要のない復元を、金閣寺のように可能な限り進めて後世の人たちに残すべきだと、今度の鎌倉落選のニュースに接して痛感しました。

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