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2013年7月14日 (日)

あさ彦の爺(じじ)放談(36) 7月8日(月)  消える古い建物

江戸時代から城下町として栄えた旧山陰街道沿いの京都府南丹市園部町と隣接する兵庫県篠山市。この2つの城下町が開発の波の中で、対照的な道を歩んでいるそうです。少し古い話になりますが、3月上旬の京都新聞に出ていた記事で知りました。

共に城下町であり、この地方の交通の要衝でもあり、街道沿いには京都の町家よりも古い築200年以上の町家が約1キロにわたって続いていたそうです。しかし、現在、町の姿を大きく変えた園部に対し、篠山は国の「重要伝統的建造物群保存地区」に指定され、多くの観光客を惹きつけているそうです。

道幅が狭く、町の将来を考えて道路の拡張とそれに伴う建物の解体撤去を進めた園部は、現在、更地が目立つそうです。再開発が始まった当時も、町家を惜しむ声があり議論があったそうですが、大きな声にはならなかったとか。

これは地域に住む人たちが生活の基盤強化と近代化を求めて選択した結果であり、我々がただ惜しいことをしたなあと批評するのは難しいところがあります。今は全国的に江戸末期から明治時代の建物の保存が叫ばれていますが、バブル期には全国に開発の波が押し寄せたものです。

現在、奇跡的にビル街の中に古い商家が残っているのを見かけることがあります。鎌倉市では景観保存建造物として指定・保存の努力がなされていますが、多くの町では開発にストップがかけられない所が多いのではないでしょうか?

新橋駅の近く、外堀通りへ向かうビル街の裏通りにもそうした商家が1軒残っています。土橋の交番の近くですが、裏通りなので残りえたのかもしれません。重厚な建物で、関東大震災以前の建築ではないでしょうか?

一昨日、友人達と銀座7丁目のギャラリーでひらかれていた高校同期の女流画家の個展に出かけた折、道すがら彼らにその建物を紹介しました。現役時代、この界隈を飲み歩いていた一流商社マンも大手自動車メーカー勤務の彼らも、この建物の存在には気付かなかったそうです。もっとも、ネオン輝く巷を彷徨しているわけですから、トテモ無理な話ではありますが・・・。

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