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2013年10月26日 (土)

あさ彦の爺(じじ)放談(45) 10月24日(木) 台風の名前

大型で強い台風27号が、南大東島付近の海上をゆっくりと進んでいる。先日の26号で甚大な被害を出した伊豆大島では警戒を強めています。

ところで台風の名前が、無機質な通し番号になってから極めて覚えにくくなってしまった。戦後の一時期のようにアメリカさんの女性の名前を付けて欲しいとは言わないが、なんとかならないものか?

特別な名前を付けるのには被害規模が死者百名以上とかの基準があるのかもしれない。しかし、河川改修・護岸工事が進んで以前のような堤防決壊・集落水没と言った光景は少なくなった。人的被害も減って、名前をつける基準を満たさなくなったのだろうか。

被害が少なくなったのは何よりだが、数字台風ではいつどこで起きた台風か、わかりゃしない。どんな被害をもたらしたのか、気象予報士の受験者でない限り、覚えられるものでもない。

何が言いたいか。あさ彦はたとえば台風26号は「伊豆大島台風」と命名すべきだと思う。そうすれば、後世いつまでも火山灰の土石流で多くの人命が失われた悲劇は伝わるのではないか?避難勧告が一度も出なかった教訓も語り伝えられる筈である。平成25年の26号台風と言うだけでは記憶に留められない。

昭和9年(1934)、室戸岬に上陸して近畿を直撃した台風は中心気圧が記録的に低く、超猛烈な台風だったと言われている。死者2500人に達し、大阪四天王寺の五重塔が倒壊した。「室戸台風」と名づけられた。

昭和24年(1949)、関東を襲ったキティ台風(死者135人)、昭和25年(1950)、関西を直撃したジェーン台風(同336人)、昭和26年(1951)、西日本に甚大なつめ跡を残したルース台風(同943人)。

終戦直後の脆弱な国土を突かれ、毎年のように大被害を出した。皮肉にもGHQはアメリカ女性の名前で日本を再度あざ笑い、傷めつけたようなものだった。

そして、昭和29年(1954)の洞爺丸台風(同1172人)。犠牲者は大半が青函連絡船4隻の転覆によるものだった。

台風ではないが「諫早水害」と名づけられた九州西部豪雨(同992人)は昭和32年(1957)のことだった。

そして戦後最大の被害を出した昭和34年(1959)の「伊勢湾台風」は中部地方にとって未曽有の大惨事(同5041人)となった。

昭和36年(1961)の第二室戸台風(同202人)以後は大きな被害を出す台風は少なくなったが、なくなったわけではない。数字台風は毎年のように被害を出している。枕崎台風・カスリン台風・狩野川台風も苦い記憶として、多くの人たちは覚えていることだろう。

今でも台風の名前を聞いただけで、その時の情景が目に浮かぶ。名前とはそうしたものではないのか?誰も趣味でつけたわけではない。

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