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2017年5月 8日 (月)

あさ爺の徒然日記(561) 5月7日(日) 戦災孤児を思う

過日のNHKテレビの特集番組で、戦災孤児のその後が取り上げられていた。当時の記録映像をはさみながらではあるが、明日ならぬ昨日の我が身もそうなっていたかもしれぬ身である。あの頃、戦災孤児なんて言い方はあまりされず、すべて「浮浪児」と呼ばれていた筈だ。

子どもには何の罪もないのに、両親を戦争で失った幼子や少年少女がどうやって生きてゆけばいいのか。その子どもたちをまるで汚いものでも見るような目つきで、追い払ったり目をそむけてきた日本人である。映像を見ているだけでも、胸が締め付けられる。

自国民の子供たちにすら、救いの手を差し伸べようとしなかったほとんどの日本人。アフリカの難民の子どもたちを助ける気持ちは、あまりないのではないか?あさ爺自身もそうだ。ユニセフ募金にどれだけ協力したのか?日本の戦災孤児は推定で12万人いたそうだ。そして、そのほとんどの人が多くを語りたがらないと云う。

余りに悲惨だった境遇を後世の為にも語れと云っても、それは無理な話だろう。その万分の一例かもしれないが、野坂昭如の「蛍の墓」は貴重な作品だ。自伝小説だが、主人公は浮浪児のまま栄養失調で亡くなる。幼い妹を守ることが出来なかった責任で、自らを責めるが誰が咎めることができようか?映画化もされた。

同じように、引揚者の苦難を描いた藤原ていの「流れる星は生きている」も涙なしには読めなかった。こちらは幼い3人の子供を連れて、内地に引き揚げることができた物語。満州からの悲惨な逃避行だ。今の時代こそ、こうした体験を顧みることをしなければならない時ではないだろうか?憲法改正は時代の流れで、止むを得ないかもしれない。しかし、9条は断じて変えてならない。

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