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2017年7月

2017年7月20日 (木)

あさ爺の徒然日記(605) 7月20日(木) 世界一の建物は?

今日、手元に届いた雑誌の表紙に目を奪われた。世界一の超高層ビルである。ビルの名前は「バージュ・カリファ」と云い、ドバイにある高さ828mだそうだ。砂漠に咲くヒメノカリスが建物のモチーフとされているが、上空からでないと花の形は確認できないとか。

アラブ首長国連邦(UAE)のドバイは今なお進化を続ける未来都市だそうだ。あさ爺は足を踏み入れたことのない「未開」の地。歴史の舞台となった古い街を歩くのが性に合ってるあさ爺である。こんなハイテク都市には興味はないが、それにしても桁外れに高い。

あさ爺世代は何と言っても「エンパイアステートビル」であり、ニューヨークのマンハッタンである。幼い頃、西宮球場で開かれた「アメリカ博覧会」に連れられて行った。そこではアメリカの眩いばかりの巨大な展示で溢れていた。因みに生まれて初めてテレビなるものを見たのもその時で、迷子になってワンワン泣き叫んでいた苦い思い出も。

GHQによる占領政策のPRだったのだろう。迷子になったくらいだから、大混雑だった。70年前の話である。後年、そのエンパイアの最上展望階に入って、ニューヨークの街を見下ろした。そのビルの倍以上の高さのドバイのビル。因みに我が「東京スカイツリー」は高さ634mの電波塔(ビルにはあらず)。

あさ爺の徒然日記(604) 7月19日(水) 雷雨、そして梅雨明け

昨日の午後、あさ爺の居住せる藤沢市にも、猛烈な雨が降りつけた。耳をつんざくような落雷の音が間断なく鳴り響き、空けていた窓からも容赦なく雨が暴風に乗って吹き込んだ。この経験したことのないような激しい雷雨は、テレビで全国にも放映されたので、特に我が住む街はひどかったと云うことなのだろう。

すっかりお天気カメラのおかげで有名になった江の島海岸や江の島灯台(展望塔として人気が高い!)から、稲妻がこの湘南の町にギザギザの光の帯となって、天地を結ぶ様が映像にもとらえられていた。しかし、この雨は1時間足らずで去った。ニュースで報じられた雨量は32ミリとか・・・。

いかに九州北部豪雨の雨量が桁違いだったかを思い知らされる。何時間も特定の地域に豪雨が続く線状ナントやらの怖さだ。激しい雨と見慣れぬヒョウで見通しが悪くなり、昼間なのに夕暮れのような暗さに。街路樹も髪を振り乱した若い女や老婆のような気味の悪さ。映画の中の嵐のワンシーンを見るような光景であった。

そして少雨で気を揉んでいた気象庁も「一安心」したのか、今日、関東から四国までの梅雨明けを高らかに宣言した。3日前に、あさ爺夫婦が神社で雨乞いをした結果のトンデモナイ大雨だったことは、お釈迦様でも知らぬホトケのお富さんである。

2017年7月18日 (火)

あさ爺の徒然日記(603) 7月18日(火) 山麓会

「山麓会」と云う会がある。登山かハイキングを思い浮かべる名前だが、直接は関係ない。高校を昭和36年に卒業した同期会の名称。名付け親は山岳部の顧問をしていたN先生。卒業した年を好きな山に引っかけて命名したものらしい。と云うのはN先生、若くしてバイク事故で命を落とされた。だから、我々の間では、いつまでも若々しい。

英語教師の彼には、苦い思い出もある。授業中に私語していたあさ爺たちに向かって、白墨が鋭いスピードで飛んできた。直球であったが、顔をめがけず手元に当たった。目を上げると教壇の手前から睨みつけられた。大勢の生徒の中から、見事なコントロールでハクボクを投げつけてきたことに妙に感心したものだ。

事実、野球にも熱心だった。新米教師は教え子たちに慕われた。あさ爺も山岳部の末席を汚していた。当時、広島大を卒業したばかりの先生だったから、年齢も余り変わらない。若くして未亡人となられた夫人は、我々の同期生でもあった。

その教え子の内35人が、今日から乗鞍岳と上高地の山行きに出かけた。お誘いがあったが、こんなカラダであることも重なり辞退。それにしても、全員が74,5歳(内、14人は女子)。壮観だが遭難するとみっともないことになる。無事の帰還を祈っている。

2017年7月17日 (月)

あさ爺の徒然日記(602) 7月17日(月) 真夏のウグイス

「海の日」は、それにふさわしい真夏日に。列島各地では猛暑日にもなっている。朝倉や日田でも猛烈な暑さの中、大勢のボランティアも加わって後片付けに追われている。怪我を防ぐために長袖や作業ズボン、ゴム手袋を着用しているから、汗まみれの筈だ。災害ボランティアの経験がないだけに、いつものことながら頭が下がる。ましてや半病人になってしまった不甲斐なさ、何もすることが出来ない。

豪雨被害の方たちには申し訳がたたないが、あさ爺たちは昨日、神社に出かけて「雨乞い」のお願いをした。農園が深刻な水不足に襲われている。少しでも降ってくれれば有難いとのささやかなお願い。

ところで、1ヶ月ほど前から団地にウグイスがやって来て、美麗な鳴き声を聞かせてくれている。余りの見事さと声の大きさに、こう云う事例があり得るのかどうか知らないが、誰かが飼っているのか、或いはスピーカーかしらんと思ったが、去る日、電線に止まって鳴いているのを目撃した。

声はすれども姿は見えずが、森の中での一般的な鶯の生態だと思ったので、珍しい光景にしばし見とれた。近くに野鳥公園があるので、そこから出張してきたのかもしれぬ。そして止まっている蝉も目撃。今年の初セミだ。蝉とうぐいすの競演は、滅多におめにかかれぬ光景だ(と思うが)。本格的な夏到来である。

2017年7月16日 (日)

あさ爺の徒然日記(601) 7月16日(日) 梅雨明けはまだ?

連日、真夏日の暑さが続く。藤沢の週間予報を見ても、傘マークは見当たらない。梅雨明け宣言してもおかしくない天気だが・・・。梅雨前線が消えない限りは気象庁も踏ん切りがつかないのだろう。

昨夜は風もなかったから、この夏になって初めての「熱帯夜」に見舞われた。風通しの良い4階に居住しているので、ほとんどクーラーを必要としない夏を過ごしているが、それだけに風が吹かないと辛いものがある。

子どもの時、瀬戸内沿岸に住んでいたが、瀬戸の朝凪、夕凪と云われる現象に悩まされた。海風と陸風がぶつかり合うか、マッタク吹かないのか、風がピタリと止まってしまう。あの時の暑さには閉口した。

今日はぼんの送り火でもある。昨日は博多祇園山笠があり、明日は京都の祇園祭の山鉾巡行が行われ、日本の夏は最高潮に達する。各地の花火大会も始まるが、それは先祖の霊を再び送る儀式でもある。早く梅雨明けしてくれないと落ち着かないが、まだ雨が少ないままだ。豪雨被害の出た地域もあれば、日照りに頭を抱える地方もある。神さまは気まぐれだ。

あさ爺の徒然日記(600) 7月15日(土) 法務大臣の役割

2日間、死刑について愚見を述べた。世界の趨勢は死刑廃止に向かっているが、日本の世論はまだ圧倒的に制度維持を肯定している。また、被害者遺族も、裁判の始まる前から死刑を望んでいるケースが多い。何故だろうか?

あさ爺も死刑制度は「当然」と考えている。逆に、日本人で廃止論を唱えている有識者の神経を疑っている。人権活動家に多いが納得できない。それはそれとして、執行命令を下すのは法務大臣である。法律を作るのは国会であり、法に基づいてそれらを執行するのは行政であり、司法官である。

大臣が細かいことをやるわけではない。但し、死刑執行だけは法相がハンコを押さない限り、執行されることはない。過去の法相で、ハンコを押さなかった(押せなかった?)大臣が何人か見られる。大半は任期が短すぎて、その機会を逸した人たちである。しかし、己の意思で命令しなかった人も多い。旧民主党政権に見られる。

それは法相に就任したことと矛盾し、不作為を非難されてしかるべき大臣たちであろう。逆に鳩山邦夫元法相のように僅か1年で、歴代最高の13人の執行に踏み切った人も。自分の信念もあろうが、法相として真面目に務めを果たしたと云えるのではないか。民主党政権はいろんな意味で、失敗を重ねた負の遺産を抱えていることがわかる。

あさ爺の徒然日記(599) 7月14日(金) 死刑について更に考える

昨日の夕方、南の空に大きな虹がかかった。昔、ニュージランドの首都オークランドで、でっかい虹を見て感動したことがあるが、そのことを思い出させてくれた見事な虹。ご近所の奥様に教えたら、彼女も感動していた。

そして今日はパリ祭。フランスの革命記念日。話は変わるが、昨日の続き。死刑囚は自分の罪を悔い改めて、淡々と死に臨むものかと思っていたが、必ずしもそうではないと云うことだろう。それなら、本人も浮かばれないし、被害者もその遺族も気が晴れないのでは?

刑務所の日常や死刑囚の動向については、ほとんど情報公開されていないので疑心が募る。察するに、多くの死刑囚は裁判では遺族に謝罪したりしているが、本心ではなく減刑を期待してのことなのだ。実際は、被害者や世間に対して逆恨みしているのではないか?再審請求が多い一因でもあろう。

教戒師もいるのだろうが、もっと仏教やキリスト教の信仰に向かわせる努力が必要と思う。そして己が罪を認め、ホトケや神に救いを求める機会を与えるべきである。執行直前まで抵抗の限りを尽くした若い死刑囚も、過去にはいたと云う。悲惨な話である。

あさ爺の徒然日記(598) 7月13日(木) 死刑制度について考える

大阪と広島の拘置所で死刑が執行されたと発表があった。今の法務大臣は国会答弁で失態が続いているので、とても執行命令は出せないのではと思っていたが、しどろもどろの答弁とは違って果敢に決断したようである。

その内、一人は4人の女性を殺害して再審請求を繰り返していた61歳の男であり、もう一人は若い同僚女性の命を奪って遺体を損壊、遺棄し、裁判員裁判の一審で死刑判決を受け、弁護側の控訴を取り下げた34歳の男。かたや連続殺人の凶悪犯であり、かたや被害者一人の若い死刑囚(事件当時は28歳)。

最近、執行が少ないのは、再審請求が約7割に及んでいる事実があることも報道で知った。再審請求が行われている間は執行を見合わせると云う暗黙の了解があった為らしい。しかし、我らが法相はその弊害を断ち切るべく、断固決断した。英断?である。

それにしても、死刑判決を受けても、尚、生に執着して法を悪用する輩が多いのに愕然とする。確かに冤罪はあってはならない。その為の再審制度である。だが、その疑いのない凶悪犯にそれを活用して欲しくない。今の刑務所では、罪を悔いると云う教育はされていないのだろうか?このことについては前から疑問に思っていることなので、日を改めて考えてみたい。

2017年7月13日 (木)

あさ爺の徒然日記(597) 7月12日(水) 運動不足を懸念

自宅で療養を続けている身にとって、運動不足の解消が当面の課題。アルバイトをしている時には、ささやかでも収入が得られると云う気持ちは確かにあったが、それ以上に一日中カラダを動かしていると云う充実感があった。満足感と云っても良い。また、通勤電車に揺られることにより、今の社会とつながってもいると云う安心感もあった。それが今はない。

収入がなくなったことに対しては、節約をすれば解決できる。しかし、体を動かしていないことからくる運動不足だけは、負の遺産となって蓄積されそうだ。実は30年以上続けてきたラジオ体操を先月末からやめて、既に20日になる。

家族がアンチラジオ体操派で、百害あって一利なしの論法で家庭内批判を浴びてきていた。それもあるが、あの体操でさえ息切れをするようになってきたことが止めた原因でもある。不整脈を感じる症状に臆病になってしまったのである。

体力が落ちれば、気力も衰えてくる。仕事の日には朝から緊張感もあったし、気の進まない現場へ出かける時は気分も晴れなかった。そうした心の負担も失せ、モチベーションの維持も難しくなってきた。今は室内でのストレッチ体操を試みているが、やはり「歩く」のが一番と痛感する。

ウォーキングは最良の薬に違いないと思うのだが・・・。

あさ爺の徒然日記(596) 7月10日(月) 烏帽子岩遊覧

Y会の例会で、茅ヶ崎海岸の沖合にある烏帽子岩を周遊船に乗って見物した。自宅療養中の身なので最後まで参加に迷ったが、薬の効果もあって症状が安定してきているので思い切って出かける。

烏帽子岩は茅ヶ崎サザンビーチの沖合1.4kmに点在する大小30以上の岩礁群。形が昔の烏帽子に似ていることから、そのように呼ばれてきた。長い砂浜が特徴の湘南海岸にあって、江の島と共に目立つ存在でもある。

戦後は米軍の砲術訓練の標的にされて、形状が崩れる等の受難の歴史も刻んでいる。あさ爺も海岸から眺めて楽しむものと思っていたが、幹事の計らいで周遊船に乗って岩礁を一周する40分の遊覧が実現した。

普段は釣り客を運ぶ小型船なので、波をかぶったり上下に大きく揺れる中、島を廻る。なかなか得難い体験であった。正式名称は姥島(うばじま)。昔は神社の鳥居もあって、姥母神社と云う海の神様も祀られていたようだ。釣り客以外は原則として上陸はできないので、岩礁に生息する生き物などを観察することはできないが、資料によると様々な生物がいるらしい。

梅雨の合間の炎天下、楽しい体験であった。

2017年7月 9日 (日)

あさ爺の徒然日記(595) 7月8日(土) 都議選の波紋

都議選の最終日、安倍首相が秋葉原で絶叫したのが、先週の土曜日だった。安倍辞めろコールに逆切れした、例の街頭演説である。その場に居合わせていなかった人たちまでに、報道によって広く映像が拡散されてしまった。

それまでは自民の獲得予想は35~41議席程度と思われていたらしいが、あれがダメ押しとなって急落し、誰もが予想できなかった23議席に落ち込んだ。公明党と同じ数をかろうじて確保し、共産党に抜かれずに済んだというのは絶妙な位置だったと云える。

それにしても、総理(総裁)自らが蒔いた種でバタバタと戦死者が出たわけだ。これがホントの戦争だったら、最高指揮官の軽率な命令で、死者は犬死となり浮かばれないところだった。防衛大臣の失言が前座だとすれば、下村都連会長の加計献金がトリを務め、そして安倍ちゃんによるオオトリ大失態。初戦の逆風が終盤には暴風となったと云うことだ。

小池百合子代表も想定外のファースト大勝利。彼女も戸惑っているのが表情でうかがえる。今後は国政分野での政局から目が離せない。

2017年7月 7日 (金)

あさ爺の徒然日記(594) 7月7日(金) 平塚七夕祭り

今日は「小暑」。そろそろ暑さが厳しくなる頃とされているが、イヤハヤもう十分に暑い。九州北部の豪雨は、北九州市に移動して更なる被害が懸念されている。

鶴岡八幡宮では七夕祭が行われている筈だが、今年はしばらくご無沙汰していた平塚の七夕祭りを見物することに。暑さが厳しくなる前に、しかも一番空いている初日の午前中を狙って一人で出かけた。それでも駅の構内は臨戦態勢で、七夕飾りの商店街は多くの人で混雑していた。

中心部で約500本、市内全域では約2,000本と云われる七夕飾り。今年は稀勢の里に高安、藤井聡太四段も登場している。曇ってる方がいいとは思ったが、青空の炎天下。自称半病人のあさ爺は、倒れても織姫さんが助けに来てくれる保証はないので早々に引き揚げる。それでもアーケード街の中心部の飾りは堪能でき、雰囲気は十分に味わえた。

今まで、仕事が入ったりして出かける機会のなかった地元の行事やイベントに、無理のない程度に行ってみたいと・・・。生きている間に見られるものは見ておきたい。遠方であれば諦めるが、せめて近くなら・・・。

あさ爺の徒然日記(593) 7月6日(木) 九州北部豪雨

4年前の晩秋、今度の集中豪雨に遭った地帯を旅行したことがあった。山間の清流や紅葉で彩られた渓谷を楽しんだ。こともあろうにあの日本の秋の原風景みたいだった美しい野山が、梅雨前線末期特有の線状降水帯と呼ばれる大雨に見舞われた。連絡のつかない集落が多く、被害の全貌はまだわからない。痛ましいことだ。

思えば、あの時の旅行で訪ねた阿蘇神社は熊本地震で楼門が崩れ落ちた。重要文化財の古建築で、門をバックににこやかな笑顔を見せているあさ爺一行の写真がアルバムにおさまっている。地震の時は被害を免れた辺りが今回の豪雨でやられたらしい。旅行中に遭遇しなくて良かったと、安堵している場合ではない。なんともやりきれない想いを抱く。

ただ、特別警報の発令のやり方には、いまだ納得できない部分がある。今度も、福岡県朝倉市と接している大分県日田市は同じ頃に豪雨が続いていたにもかかわらず、なかなか特別警報は出なかった。テレビで見ていてもおかしいではないかと思った。なんでも県単位の壁(広域)があるらしい。しかし、自然の地形と人間が決めた行政上の境界線とは必ずしも同一ではない。

まさか、気象庁もお役所だから、国土交通省や内閣府に忖度したとは思いたくないが・・・。

2017年7月 5日 (水)

あさ爺の徒然日記(592) 7月5日(水) 居場所が見当たらない

派遣のアルバイトとは云え、コンスタントに仕事の依頼があったのが先月の初めまでのあさ爺の日常。それが救急車事件以降は仕事も辞め、唯一の趣味と実益?を兼ねたガイドの仕事からもほとんど手を引かざるを得なくなってしまった。

これが病院のベッドに伏しているならまだしも、外見はどうも病人には見えそうにないあさ爺。これまで、仕事にかまけておろそかと云うか後回しに先送りしてきた諸々の雑用も片付いてくると、自分の居場所が、また当面の目標が見当たらない状態に。

リッチに語れば悠々自適の余生であるが、家族から見れば鬱陶しい存在に転落。74歳にして遂にホントの定年退職を体験することになった。ただ、もう齢であることは事実だし、健康不安をかかえているので、居場所がないことによる居心地の悪さはあまりない。モチロン、焦りがあるわけでもない。

しかし、短いか長いかわからぬ人生行路の途中。やりたいことがないわけではない。己のカラダの状態を見極めながら、前を向いて後期高齢者として恥ずかしくない?張りのある生活を送りたいものと思っている昨今であります。

あさ爺の徒然日記(591) 7月4日(火) 台風3号接近

コンパクトな台風3号が列島を横断、今夜遅くには関東地方に襲いかかった。日本の近くで発生、昨日長崎県に上陸、九州を横切って宇和島に再上陸。四国を真横に横切って和歌山県に再々上陸。更に東海沖を東進して夜になって藤沢にも猛烈な雨風をもたらした。

スピードも速いので、一挙に襲われた感じ。今はテレビやラジオで報道されるから心の準備ができるが、昔の人は不意打ちを食らったと思うだろう。元寇の艦船が「カミカゼ」にやられたのもこんな感じだったかも。

この台風以上の暴風、逆風に襲われた都議会自民党と安倍政権。一応、反省の態度は示しているが、憲法改正に向けてひるむことなく前に進むと。全然、反省していない。国会で自民、民進の中から、多くの議員が離党しそうだ。来るべき総選挙に向けて新党を結成する動きが出てくるだろう。台風の目になることは間違いない。

オリンピックの前後に、小池百合子はファースト・公明・自民の連立政権の首班に迎えられ、日本初の女性首相が誕生。老い先短いあさ爺が、それを目撃できるかは本人の養生次第。

あさちゃんの鎌倉日記(494) 7月3日(月) 7年目のFM放送

2011年7月にYさんに誘われて、スタートした「FMかまくら」の放送番組。ささやかなローカルメディアではあるが、それでも名前を冠した冠番組。まる6年が経過して、今日放送分から7年目に入った。

実はそのYさんが6月で降板され、心細い再スタートではあった。体調を崩した時でもあり、これまでパートナーとして支え続けてくださったYさんの引退に合わせて身を引こうかとも考えたが、ガイドの方はささやかでも継続することもあり、Yさんから強く勧められたこともあって、初心に返って頑張ることを決めた次第。ただ、今回からは相手役を専門に努めて下さるパーソナリティの方が不在となり、しゃべり方に工夫が必要となった。

ガイドのつぶやきの中では、鎌倉に国立博物館がないのが残念・・・と。東京はモチロン、京都や奈良など各時代の政治の中心地に設置されてきた国立の博物館。当然、鎌倉にあってもおかしくない。奈良の平城宮跡のように、鎌倉幕府跡地も国の手で復元して欲しいものと、マイクを通して訴えた。ま、犬の遠吠えではあるが・・・。

2017年7月 4日 (火)

あさ爺の徒然日記(590) 7月2日(日) 都民ファースト圧勝

今日は自治会の草むしり。しかし、カミさんの助言に従って自重し、あさ爺は不参加。しかし、外から皆さんの和気あいあいとした楽しそうな声が聞こえてきて、却って落ち込んでしまった。炎天下でもないので、出ても大丈夫ではなかったかと後悔する。

しかし、夕方になって断捨離で部屋の片づけをした後、急に具合が悪くなって30分ほど安静。屋内でこの始末だから、やはり草むしりは無理だったかと・・・。どうも薬の副作用もあるのだろう。血の気が引いたり、ふらつきが起こったり、動悸が激しく続いたりする。

ところで、都議選は予想通り小池百合子都知事の都民ファーストが圧勝した。都民が40議席を確保した時点で、自民はまだゼロの状態。カミさんの予想は都民は無理では?との予想だった。あさ爺は小池フアン。投票できないのが悔しいくらい。今度の選挙が安倍一強衰退への潮目に変わればいいが・・・。

有権者の批判票は受け皿さえあれば、ドッと票は流れることが改めて証明された。

2017年7月 2日 (日)

あさ爺の徒然日記(589) 6月30日(金) 寒川神社へ

今日は大祓の日。寒川神社へ出かける。先日、娘は後厄でお詣りしたそうだ。最先端の医療技術に接している彼女も、ホンネの部分は神頼みか縁起担ぎがあるのだろうか?

ここの神社では大祓式は午後2時からと定められ、それまではちの輪くぐりもできない。我々は簡略化して、本殿前で後半の無病息災を祈る。今月は神様のご利益がなかったのではと疑ったりしてみるが、最悪の事態にはならず入院も免れたのは、とりもなおさず神様のお陰ではあるまいか?と、今年前半のお礼も申し上げる。

JAのわいわい市で買い物をし、農園に立ち寄ってささやかな作物を収穫。近くのゴルフ倶楽部のレストランでお昼にする。ここはゴルフされないお客さんも多い人気のお店。東京の一流ホテルの直営レストラン。有名なプロゴルファーの生花がいくつか飾られていた。

こうして早くも、今年の前半が終了しました。

あさ爺の徒然日記(588) 6月28日(水) 久しぶりに健康診断

昨年もパスした健康診断、今年は受けなければと思っていた矢先に、救急車搬送事件が起こってしまった。数年前に同じような症状に襲われた時に、軽く考え専門医の受診を怠った代償を払うことになったわけだ。

そんなわけで今回は今のかかりつけ医で搬送手配をしてくださった、Nクリニックで初めての健康診断に臨む。今までは特に医院は決めていなかったが、今回は今の状況を把握されておられる先生に、診ていただいた方がよかろうと判断。

アンチ健診派のカミさんも今年は受診に踏み切る。彼女は数年ぶりではないだろうか?何年か前に、娘が勤務していたクリニックで人間ドックを受診して以来では?あさ爺も現役時代は夫婦で人間ドックに日帰り、又は1泊で診て貰ったが、リタイアした後は、高額の健診代がネックとなって・・・。

その内、市の健診すら受けたりサボったりのここ数年・・・。そして、今年はその天罰が下った次第。結果は後日だが、もとより合格点は期待できない今の状況と心境なのです。

2017年7月 1日 (土)

あさ爺の徒然日記(587) 6月27日(火) スタジオ ライフ

「スタジオ ライフ」の公演を観る。女性だけの劇団である宝塚歌劇団には、過去に何度か通ったことがあるが、男性だけの劇団の公演を観たのは今日が初めてだった。イヤ、正確には歌舞伎も男性だけだから、初めてと云うのは当たらないかもしれないし、他にもあったかも知れない。

しかし、イケメンの若い男優が演じる舞台は、あさ爺のような年寄り夫婦には場違いかなとも思った。場所は、新宿花園通りにあるシアターサンモール。作品は「スモール ポピーズ」と云う、オーストラリアのさる小学校での日常を描いたもの。ここにはカンボジアやベトナムからの移民や難民の子どもたちも通っている。その子どもたちの中での軋轢や、教師、親たちが織り成す物語。

背の高い母親や女教師は美人でも男優とわかるが、背の高くない子供たちの中の女の子は、最後までホントの女の子ではないかと疑ったくらい。でもこの劇団には、女性は演出家の倉田淳のみとなっているから、あの可憐なベトナムの少女も間違いなくみんな男優で、その為か、ホールには若い女性やそうでない女性も多く詰めかけている。

宝塚もフアンの大半は若い女性だが、この男性劇団も観客層は同じのようだ。この歳になっていいものを見せていただいたと思っている。

あさ爺の徒然日記(586) 6月26日(月) 藤井総太四段新記録!

小学生の時に兄から教わって、駒の動かし方を覚えた程度の、門外漢のあさ爺には縁遠い話だが、藤井総太四段の快進撃が止まらない。それもプロデビュー以後負け知らずと云う、とてつもない29連勝の大記録である。

迎え撃つ先輩棋士にとっては複雑な心境だろうが、おかげで注目されてと苦笑いされておられる向きもあるし、連盟の人たちは将棋を志す子どもたちが増えてありがたいと手放しで喜んでもおられる。確かにすそ野は広がるだろうし、対局中の将棋ソフトカンニング疑惑騒動で、会長が辞任する騒ぎがあった後なので、今回の藤井フィーバーは将棋連盟にとっても「神風」であることは間違いない。

偶然かも知れないが、史上最年長の加藤一二三九段の引退と重なり、しかもデビュー戦がその「ひふみん」との歳の差63歳対決だったことも話題を呼んだ。内閣の人気が急降下してしらけムードの世の中に、一輪咲いた大輪の花なのだ。号外が出るのもうなづける。そして、何よりもこの人気沸騰の原因は、藤井総太くん自身の謙虚さにある。

あの傲慢で誠意のかけらもない某総理とは、雲泥の差なのである。連勝記録はいつかは止まる。しかし、更にその先の高みを目指す藤井少年の今後に、目を離すことができない。

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