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2017年7月16日 (日)

あさ爺の徒然日記(599) 7月14日(金) 死刑について更に考える

昨日の夕方、南の空に大きな虹がかかった。昔、ニュージランドの首都オークランドで、でっかい虹を見て感動したことがあるが、そのことを思い出させてくれた見事な虹。ご近所の奥様に教えたら、彼女も感動していた。

そして今日はパリ祭。フランスの革命記念日。話は変わるが、昨日の続き。死刑囚は自分の罪を悔い改めて、淡々と死に臨むものかと思っていたが、必ずしもそうではないと云うことだろう。それなら、本人も浮かばれないし、被害者もその遺族も気が晴れないのでは?

刑務所の日常や死刑囚の動向については、ほとんど情報公開されていないので疑心が募る。察するに、多くの死刑囚は裁判では遺族に謝罪したりしているが、本心ではなく減刑を期待してのことなのだ。実際は、被害者や世間に対して逆恨みしているのではないか?再審請求が多い一因でもあろう。

教戒師もいるのだろうが、もっと仏教やキリスト教の信仰に向かわせる努力が必要と思う。そして己が罪を認め、ホトケや神に救いを求める機会を与えるべきである。執行直前まで抵抗の限りを尽くした若い死刑囚も、過去にはいたと云う。悲惨な話である。

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