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2017年9月

2017年9月29日 (金)

あさ爺の徒然日記(670) 9月28日(木) 希望の党

臨時国会が漸く開かれた途端に冒頭解散。民進の野党共闘がもたつき、小池新党の準備が整わない内にやっちゃえ!と安倍ちゃんは機先を制した。そこで勝負あったとならなくて、有権者もメディアも大喜びとなった。

新党の代表者に小池百合子自身が就任。更に前原民進が事実上の解党に踏み切って、小池さんに合流(百合ちゃんは選別するわよと息巻いている・・・)することに急展開。これには愛すべき安倍ちゃんも動転した。

政権を盤石にするつもりが、与野党伯仲か最悪の場合は政権交代に追い込まれそうな雲行きに。日々、情勢が変わるのでまだ先は読めないが、面白い総選挙になってきたのは確かだ。都知事は辞めないと云ってるが、政治家の約束は破られて当たり前の世界。かつての慎太郎さんと同じように、出馬待望論が沸き起こって、更にメディアが騒ぎ立てるのをご本人はじっくりと楽しんでおられる。

シンゾーたまらず街頭に飛び出して絶叫を始めたが、新党をこき下ろす毎に更に票は百合子に流れることがワカっていない。風雲児?小池百合子の真骨頂第一幕だ。

2017年9月28日 (木)

あさ爺の徒然日記(669) 9月27日(水) 足の激痛に襲われる

未明の午前2時頃の就寝中に、左足の甲と足裏に激痛が走った。トイレに行く以外にはあまり目が覚めないものだが、余りの痛さに跳ね起きた。イヤ、痛くて起きられない・・・。やっとこさの思いで湿布薬を貼り付けたが、しばらくは痛みを我慢しながらの浅い眠りとなった。明け方にトイレに行ったが、歩けずに四つん這い。

朝になって「家庭医学事典」を取り出して目を通す。一番恐れたのは、脳梗塞の前触れではないかと云うこと。読めばそんな気がしてきて、ますます陰鬱な気分に。薬で血圧が下がり過ぎたかと危惧して、かかりつけ医に走る。そこで痛風の恐れありと宣告され、今度は整形外科へ。結果的には、その心配もなく今まで歩き過ぎて?の後遺症みたいなものでは?との診断。X線でも異常はなかった。

75歳になった途端の洗礼だ。要するに加齢によるものだろう。75歳と同時にいろんな病気が襲ってくると脅かされているが、単なる脅しではなかった。今回は延命治療ではなく、痛み緩和だ。終日、杖なしでは歩けないあさ爺でございました。幸か不幸か、小池劇場で気が紛れています。

2017年9月26日 (火)

あさ爺の徒然日記(668) 9月26日(火) 小池劇場幕開け

洞爺丸、狩野川、伊勢湾で何を思い浮かべるか?あさ爺世代ならば、お分かりいただけるだろう。台風の名前である。この3つの台風で、数千人の命が奪われた。これらが上陸し猛威を奮ったのが、いずれも9月26日のことだった。従ってこの日は、台風特異日とも云われている。

今年は18号の後、この日をめがけて襲来する台風はなさそうと安心してたら、ナント小池台風が襲ってきた。しかも台風の目は巨大で、10月22日まで列島を縦断したりUターンしたりして、各地はくまなく荒れ狂いそうだ。

今日のテレビ各社はこれで持ち切り・・・。当分、視聴率が稼げそうで、政治評論家やジャーナリストも掛け持ちで走り回っている。自民だけでなく、民進も大きな高潮に呑まれそうだ。公明までが右往左往している。この台風で原発までが止まりそうな勢い。

家族なんかは小池さんは好きじゃないと冷静だが、遺憾ながらメディアや大衆は大喜びだ。投票率はアップするだろうし開票後の23日には、各地(各選挙区)の被害状況に国民は息をのむかもしれない。

あさ爺の徒然日記(667) 9月25日(月) いよいよ後期の秋へ

かつての仕事仲間から、あさ爺は親しみを込めて「真央爺」と呼ばれていた。浅田真央選手と同じ姓なのと誕生日もたまたま一緒なので。その真央ちゃんが新商品のコマーシャルテレビの記者会見で、引退後の生活の現況と今後の生き方を模索していると語った。少女時代からスケートで完全燃焼した半生だったのだろう。これから先の長い人生の新たな生き方を懸命に考えていると云う。

かたや同じ日生まれで、今日から後期高齢者となったあさ爺。先の無い短い人生をどう生きるべきか・・・、迷っても詮無いことと諦めた。明日をも知れぬ身の上だ。

病気になっても延命治療はお断りだなんて云いながら、具合が悪くなればクリニックに駆け込んでいる。長生きしたいのか?早くお迎えがくればいいと思ってるのか?はっきりしろやい、このべらぼうめ!と、自問自答している毎日でございます。

豪栄道も琴勇輝(十両)も手の内からするりと優勝が逃げ失せた。もう、ノーコメントだ。それより小池劇場が突然幕開け。こっちの方が断然面白そう。

あさ爺の徒然日記(666) 9月24日(土) 初秋に聴く筝の音色

所用で王子に出かけたその足で、上野の森美術館で昨日から始まった「金澤翔子書展」を鑑賞する。ダウン症の書家として活躍されておられる。彼女の作品展は鎌倉の建長寺でも拝見し、彼女を挟んで家族で撮らせていただいた写真もいい記念になった。

今日は図録にサインもしていただいた。ご本人の努力はモチロンだが、お母さまの存在なくして今日はなかった。建長寺以外にも日本の代表的な神社仏閣に奉納された作品が会場いっぱいに並ぶ。長蛇の行列がこの天使のような書家の人気を物語っていた。

メトロで人形町に移動。日本橋公会堂での生田流筝曲「紀の会演奏会」へ。高校同期のSさんが出演。16名の仲間が駆けつけた。四国の学校だが、同期の絆は男女を問わず強い。夫婦同伴はあさ爺だけだが、カミさんもSさんとは2度目のご対面。

スポーツ万能で文武両道だったSさんは、邦楽の大家ともなられた。今日も登山家・冒険家・写真家・画家・国連元幹部など多彩な仲間が彼女の舞台に魅入った。やはり筝の音色は秋の季節によく似合う。

2017年9月25日 (月)

あさ爺の徒然日記(665) 9月23日(土) 豪栄道の不甲斐なさ

秋場所が混迷を続けた。結局、14日目に大関豪栄道が3敗、横綱日馬富士が4敗で明日千秋楽結びの一番で雌雄を決することに。それにしても低レベルだ。幕の内最高優勝の天皇賜杯が泣く。この責任は豪栄道にあると云ったら酷か?

今場所に関する限り、№2の大関だ。カド番だから8勝できればいい問題ではモチロンない。許せないのは終盤の平幕相手の連敗だ。サッカーに例えれば、オウンゴールの連発だ。

おかげで本人もスッカリ諦めていた、逆転による自力優勝の目が出てきた横綱が張り切るのは目に見えている。日馬富士は優勝がかかると馬鹿チカラを出す。自身が優勝できずとも弟弟子を勝たせる為には、対立する稀勢の里にも遠慮なく大怪我をさせた前科がある。しかも今場所は一人横綱だ。金星配給連発で、協会から睨まれていた借りも返さなければいけない。

もっとも避けなければならない千秋楽対決を、豪太郎さんは自ら招いてしまった。十両はひいきの琴勇輝が単独トップだがこれも4敗の低レベル。明日、危ない気がする。

あさ爺の徒然日記(664) 9月22日(金) 真鶴半島を歩く

 U会の企画で真鶴を歩く。炎天下なら不安だが、幸か不幸か今日は終日曇り空の予報。実は相模湾に面した地域で、唯一、真鶴町のみが未踏の地だった。小田原と熱海の間にある街だが、今まで出かける機会がなかった。

午後の集合なので帰りが遅くなるのを懸念して、打ち上げ(これがみんなの目的だが)には参加しない約束で加わる。駅前からバスで半島の先端にあるケープ真鶴へ向かい、岬まで下る。三ツ石を眺めて、海沿いの遊歩道を散策。

貴船神社を参拝し、しとどの窟(いわや)へ。頼朝が挙兵した際の負け戦で隠れた場所と伝えられる。石橋山の近くの山中にもあり、その方が有名でここの窟は知らなかった。品川台場の礎石に使われた小松石は、この辺りで切り出されたと云う。

打ち上げのメンバーと別れ、駅へ向かう。折から、町会議員選挙で何台かの選挙カーに出くわし、その都度手を振られたが無視する。向こうも地元民でないことはわかっている筈なので、余計なことはしない。早くも1ケ月後には総選挙か?

2017年9月21日 (木)

あさちゃんの鎌倉日記(502) 9月21日(木) 海蔵寺のハギ

昨日の彼岸花は盛りを過ぎたかイマイチだった。しかし、今日廻った鎌倉扇ガ谷の海蔵寺と浄光明寺のハギは見頃だった。とりわけ海蔵寺の萩は山門前の石段の両側から覆いかぶさるように咲いているので、カメラスポットにもなっている。

一方、この付近の彼岸花は、山の陰になっているせいか今がちょうど満開。この花の名所で知られる英勝寺にも立ち寄ろうかと思ったが、残念ながら拝観お休みで正門の扉から真っ赤な曼珠沙華を眺める。海蔵寺では芙蓉やシオンも今が盛りと咲いている。

今日は鎌倉駅前で所用があり、ランチは西口のマッチポイントのカレーで。付添人なしだ。出かける時にカミさんから疲れたら休むのよ!と忠告(警告?)を受けていた。その言葉に従い、浄光明寺と川喜多映画記念館の外のベンチで休憩。

空気は爽やかだが日差しが強く、まだまだ残暑が厳しい。暑さ寒さも彼岸までと云われるが、いよいよ夏から秋への季節の移ろいを見せる今日の鎌倉でした。

2017年9月20日 (水)

あさ爺の徒然日記(663) 9月20日(水) 小出川の彼岸花

湘南における彼岸花の名所、小出川を散策する。今年は開花が早かったとみえて、もう峠を越した感じだ。多くの花がしおれており、23日に予定されている彼岸花まつりではどの程度の花が咲いてるかだ。モチロン、蕾もそれなりに見られるから期待はできるが、肝心の天気が雨マークになっている。

ちょうど1年前の今日、あさ爺はガイドとしてこの彼岸花案内をした。しかし、台風16号の接近で雨にたたられ、58名の参加予定者が20名足らずに激減してしまった。しかもお目当ての花が2分咲き程度と、散々だった苦い思い出がある。

季節の花だけはその年のお天気次第で、春の桜も当たり外れがよく起こる。ガイド泣かせだが、お客さまにも申し訳ない気持ちになる。その点、梅やアジサイ、紅葉は、鑑賞できる期間が長いのでまだいい。

ここの彼岸花は藤沢、茅ヶ崎、寒川と2市1町にまたがる。距離が長いので、老夫婦は藤沢エリアで引き返した。彼岸入りの今日、近くの宝泉寺墓地には墓参の人たちが多く見られた。南無釈迦牟尼仏・・・。

2017年9月19日 (火)

あさ爺の徒然日記(662) 9月19日(火) フラリーマン

フラリーマンなる単語を初めて知った。テレビで報じられていたものだ。我らが宰相安倍ちゃんの提唱で始まった「働き方改革」。この政府主導の有難い改革でサラリーマンの残業が減った。

しかし、まっすぐには自宅に帰らない、イヤ帰れないサラーリマン(殆どは男性)が多いそうだ。そして、公園や繁華街を一人でさ迷い歩くことになる。この人たちをフラリーマンと呼ぶらしい。つまり外で時間つぶしをしているわけだ。

最大の理由は家に早く帰っても居場所がないこと。育児期間中ならともかく、子供が成長すると家族は子供中心に回る。ダンナ(父親)はいない方がいいと云うことのようだ。同僚と飲み屋をハシゴしているのであればまだ理解できるが、ナントも寂しい話ではないか?

残業代が無くなって、使えるカネもないのだ。夜間の図書館があればと云う切実な声も。老いも若きも関係なく、一人夜の巷を彷徨している。働きバチが巣に戻れないでいる。

高齢者だと趣味にとも思うが、ストレスの発散の方が現役世代には切実なのだろう。

2017年9月18日 (月)

あさちゃんの鎌倉日記(501) 9月18日(月) 面掛行列

今日は「敬老の日」。知らなかったが今日とは別に、15日は老人の日となっている。以前の敬老の日はたしか15日だった。そしてその日から老人週間が制定されているそうな。更に云えば今週はシルバーウィークでもある。これは5月のゴールデンウィークに対してのもので、要するに旅行にお出かけになって下さいなとの意味。

台風一過の抜けるような青空に誘われて、鎌倉御霊神社の面掛行列を見物した。3度目だが、じっくりと見物したのは初めてだ。付添人のカミさんがいるので、安心して福禄寿、ひょっとこ、鬼、鼻長、異形、翁、烏天狗、女、更にあさちゃん夫婦のような爺とおかめの面を被った行列が、神輿などと一緒に町内を練り歩くのを見る。

妊婦に扮した女(実は男性)の大きなお腹に触ると、安産間違いなしと・・・。しかし、出産不可能と見られる婆さんや爺さんまでが触って喜んでいる。

江ノ電の車窓から見る七里ヶ浜は台風の余波で、大きな波が押し寄せていた。鎌倉に本格的な秋が訪れたようだ。

2017年9月17日 (日)

あさ爺の徒然日記(661) 9月17日(日) 台風18号と冒頭解散

本来なら臨時国会冒頭解散か?のニュースで埋め尽くされる筈のテレビ・ラジオの報道が、台風18号の暴風に吹き飛ばされてしまった。北のミサイル発射や核実験のニュースが、アメリカではハリケーンイルマで消し飛んだのと同じで、自然の脅威は人間社会の思惑をぶっ潰した。

衆院解散は民進党やファースト潰しが見え見えで、ついでにモリかけ騒動も吹っ飛ばすのが目的だ。自民の圧勝がわかっているから、投票率も伸びないだろうし、山口公明も今度は自民に大協力して都議選の借りを返す魂胆。

安倍首相の保身と更なる長期政権維持が目的の「安倍一強選挙」で、有権者の良識が問われる選挙ともなる。恐らく、総理はモリかけを封印し、外交成果とミサイル防衛の軍備強化を前面に出すだろう。とにかくテロリストみたいに、油断を突いて撃ち込んでくる北朝鮮は、安倍さんにとっては応援部隊とも言える。

選挙中も空襲警報(Jアラート)が鳴り響けば、それが追い風となって安倍自民は盤石だ。そんなことより台風の直撃を受けている故郷の四国が心配だ。

あさ爺の徒然日記(660) 9月16日(土) 大相撲空き場所

今日の見出しは、あさ爺が名付け親ではない。新聞に掲載された投稿者による命名である。言い得て妙なので、お借りした。

3横綱に加えて高安、照ノ富士の大関が休場。優勝争いから目が離せなくなった。気の毒と云うべきか下位の力士はラッキーと思っているか、横綱と大関が各一人だけの場所になった。しかも一人横綱となった日馬富士が序盤に3連敗。休むに休めずだが、どうぞ遠慮することはない。生き恥をさらすよりゆっくり養生すればいい。

前にも触れたが、これで残った大関と関脇から優勝者が出なければ、それほど情けないことはないと思っている。空き場所が下剋上の戦国場所になれば、それはそれで面白いが、これを機会に新しいヒーローが出て欲しいものだ。それも日本出身力士の・・・。

序の口からのタタキ上げ組と大学出の付け出し組とが、切磋琢磨して新時代を築けることが出来たら、この秋場所の意味も無駄にはならない。

あさ爺の徒然日記(659) 9月15日(金) 民進党離党者に疑問

民進党代表は党内保守派の前原氏に決まったにも拘わらず、細野氏系の議員の離党者が相次いでいるのは解せない。枝野氏が勝ったわけでもないので、一致して新代表を支えるのかと思いきや、足を引っ張る理由がイマイチよくわからない。ならば、代表選の前に一緒に辞めるのが筋だろう。

小池さんのファーストも都議選では公明の支援もあって圧勝したが、彼女が表に出ない総選挙で勝てるとは思えない。橋下徹氏が表舞台から消えた大阪維新が、右往左往しているのと同じになる筈だ。ファーストも維新も、地域政党のままの方が存在感ある。いずれにせよ反安倍一強の受け皿には無理だ。

中道層が民進、左派層が共産とはっきりした方がよい。共産の政権奪取はあり得ないから、反自民で政権交代を期待する人たちはおのずとどこに投票すればいいか判断できる。但し、自民でもリベラル派の総裁が実現したら、もう自民には勝てないだろう。

次期総選挙は安倍を支持するか、ノーかの選択選挙であるべきと思っている。

2017年9月14日 (木)

あさ爺の徒然日記(658) 9月14日(木) 初物に弱い性格

初物と云うより新しいものが苦手なあさ爺である。心の内なる保守性と云うか引っ込み思案と云うのか、小さい頃からの性癖と云ってよい。

だから、これだけスマホが普及しても今だに変えようとしない。現状で困らないし、不自由もしていないから。洋式トイレが出現した時、大いに抵抗を感じた。しかし、今や和式では脚を曲げるのに難渋している。

コンビニが出現した時、スーパーがあるのに何故?と思った。しかし、今やコンビニのない過疎地が問題になっている。

写真機もそうだ。デジカメが出現した時、フィルムのないカメラなんてとバカにした。ましてや現像焼き付け引き伸ばしと注文してのDPEではないか?しかし、息子が見かねてデジカメをプレゼントしてくれて、今はそれにハマっている。

飛行機のボーディングブリッジも。タラップで見送りの人に手を振ってこその別れではないか?連絡船が消えて、別れのテープもなくなった。連絡船の中のうどんもなくなった。故郷も遠くなってしまった。

2017年9月13日 (水)

あさ爺の徒然日記(657) 9月13日(水) 大河ドラマは必要か?

NHKの看板番組である大河ドラマ。これに苦言を呈したい。まことに長丁場をだらだらと流している感じだ。真田幸村は主演の男優に惹かれて、最後まで付き合ったが、途中どうでもいい話を織り交ぜて退屈した。

今年のおんな城主は、初めから今に至るも、マッタク見ていない。もう、役割は果たし終え、惰性で続けているとしか思えない。視聴料はもっと有効に使って欲しい。

1年間を退屈せずに放映できるのは、太閤秀吉の出世物語と赤穂浪士の討ち入りくらいだ。それ以外は無理。初回の「花の生涯」だけは、後に続く作品に期待を持たせてくれたが結局それで終わり。

ヒントは「坂の上の雲」。手を抜かず、重厚な作品だった。日本人は戦国物が好きだと云うが、それに迎合せず忘れてはならない近現代史を取り上げることだ。幕末から終戦に至る歴史は、風化させてはいけない貴重なものだ。それを茶の間に流しても、重苦しい感じを避け、ダイナミックに描き、あとは視聴者に考えさせる、そんな作品を期待したい。

あさ爺の徒然日記(656) 9月12日(火) 不倫党に政活党・・・

旭山動物園ならぬ永田町動物園では、様々な動物の生態が観測できる。「バカヤロー、違うだろ!このハゲー!」はさしづめ暴言党。内輪の集まりで、つい本音をしゃべったら、誰かがリークして釈明に汗をかくのが「失言党」。

同じ汗でも下半身に汗をかいていたのが「不倫党」、今や時代の寵児だ。不倫にあらずんば議員にあらず・・・。

みみっちくも善戦しているのが「政活党」。政務活動費をせっせと私用に流用している。昔、「国民の生活が第一」と云う崇高な理想をかかげた政党が存在した。その流れを汲んでいるのかもしれない。正式の党名は「国民の血税による政活費は自分の為に使うが第一」だろう。

今や、地方議会にまで蔓延している花形だ。地方の議員で、全国的に知名度を上げる野心をお持ちなら、国会の女性議員にターゲットを絞って、自らに支給された政務活動費を、例えばホテルの宿泊費や休憩費用に充てる等すれば、一気に著名人への仲間入りだ。モチロン、男女は逆であっても問題ない。

結論としては、政治家はヒマとカネを持て余していると云うことだ。

2017年9月12日 (火)

あさちゃんの鎌倉日記(500) 9月11日(月) FM放送に出演

久し振りにあさちゃんの登場、しかも500回の大台です。北海道旅行の為に1週間ずらしていただきました。その旅の話も少しさせていただきました。

前回から専任のお相手役(パーソナリティ)の女性がいなくなり、殆どを一人でおしゃべりしましたが、さすがにしんどかったので、今日は番組担当のTさんに助け舟を出してもらいました。永六輔や桂歌丸のようなお喋り上手の大ベテランなら何時間でも大丈夫でしょうが、あさ爺には15分足らずの独演会は荷が重い。

鎌倉の駅前で所用を済ませ、逗子へ向かいます。旧知の写真家の個展を鑑賞。ご夫妻ともお元気なご様子に、お互い再会を喜び合いました。写真家は川嶋一成氏で磯辺に生きる生物に愛情を注ぎ続けておられます。退職後のライフワークですが、著作もありプロのカメラマンと云っていいでしょう。

逗子はモチロン、鎌倉を歩いたのも久しぶりのことでした。来月からボチボチ鎌倉でのガイドを再開できるかなと思っております。

あさ爺の徒然日記(655) 9月10日(日) 大相撲秋場所

プロ野球やサッカーなどのスポーツ観戦に殆ど関心のないあさ爺が、唯一楽しめるのが相撲。スー女ならぬスー爺である。大相撲秋場所の初日を迎えた。日馬富士を除く3横綱が初日から休場と云うことで、協会は頭を下げている。

しかし、あさ爺はこれも又一興と思っている。誰にでも優勝のチャンスがあるわけだ。これで大関や関脇の誰も優勝できなくて、結局ハルちゃんが優勝となれば、その時は興ざめだ。

しかし、横綱が負けない内から、先に大関以下がバタバタと負けてしまってるのが、これまでのいつものパターン。今場所もそんな予感がする。特に高安か御嶽海が優勝できれば、興行的にも大成功だが・・・。名力士と呼ばれる人は、関脇以下で初優勝を飾るのが通例。

白鵬が休むのもあさ爺には嬉しい。強くても大鵬や千代の富士、貴乃花は好きだった。みんなに強すぎて嫌われた北の湖や朝青龍も愛嬌があった。しかし、白鵬だけは好きになれない。尊大な態度がイヤなのだ。何回も言ってるが、引退が待ち遠しい。

2017年9月11日 (月)

あさ爺の徒然日記(654) 9月9日(土) 暁の超特急

東洋大の桐生祥秀が10秒の壁を突破した。「純粋」の日本人選手が、その偉業を成し遂げたことを先ず喜びたい。アフリカ出身で国籍変更した選手には悪いが、相撲のモンゴルと同じでどうも好きになれない。我ながら了見が狭いものだと、よく自覚しております。

ところで、あさ爺世代の一昔前には「暁の超特急」と呼ばれた名選手がいた。吉岡隆徳だ。惜しくもオリンピックでメダルには届かなかったが、肉薄したことで国民を歓喜させた。その日本記録は長い間破られなかった。

ところで、桐生選手。高校時代に彗星のごとく現れたが、重圧に弱いとかで、いつも惜しいところで大記録に見放されていた。しかし、リオ五輪の400mリレーは格好良かった。健在ぶりを見せてくれて安心したものだ。何故か、マラソンが低迷している中で、この短距離陣の層の厚さは頼もしい。

因みに運動オンチのあさ爺は、校内マラソンは云うに及ばず、100m競走も亀さんより遅かった。トホホ・・・である。

あさ爺の徒然日記(653) 9月8日(金) 北海道旅行を終えて

久し振りに乗った飛行機だった。浦島太郎のようにまごまごするかと心配したが、9年前と大きくは変わっていなかった。強いて云えば、ネット予約が一般化した為か、カウンターでの手続きが殆ど無人化されている。

荷物の機内預けも係員は呼ばないといけない感じで、乗り慣れた人たちには便利そうだが、あさ爺のような人種はまごついて当たり前。よくJRや私鉄の券売機の前でオロオロしているお年寄りを見かけるが、空港版と云うだけでおんなじだ。

トマムのような山の中のリゾート地にも中国人観光客が押し寄せている。基本的にはみんな団体客なんだろう。彼らの存在がなければ、このような大規模リゾートホテルは立ち行かない。

オプションで出かけた観光地も十勝の農場を除いて、やはり北京語や広東語、台湾語で溢れていた。もっとも、あさ爺にはその区別はつかない。想像しているだけだ。鎌倉もそうだが、今やインバウンド客のいない観光地はやって行けないことは確かだ。有難いことなんだろう。

2017年9月10日 (日)

あさ爺の徒然日記(652) 9月7日(木) 馬と戯れる

娘夫婦は、雲海に再度チャレンジ。暗い内から出かけて行った。年寄り夫婦と孫たちは部屋に残る。兄弟は親がいなくても爆睡している。部屋面積が100㎡超で年寄り夫婦には中に別の部屋がある。

ワンフロアに角部屋4室だけと云うのが売りだ。今の季節でも、客の半数以上は中国人。雰囲気はすっかり外国だ。

空港に向かう前に、苫小牧市にある「ノーザンホースパーク」を訪ねる。今まで、放牧された牛や、野生のエゾシカ、旭山動物園の動物たちは見たが、馬がまだだった。ここで乗馬体験、馬車に乗っての園内周遊、ポニーショーなどを楽しむ。大人の男2人は、専らカメラマンだ。

ばあちゃん(あさ爺のカミさん)は乗馬姿が様になってる。記念写真がプレゼントされて、本人は大満足。娘が遺影にふさわしいと遠慮なく云えば、本人もその気になっている。あっという間に北海道の旅は終わった。順調なフライトで夕刻羽田に到着。

今日はその娘の誕生日。第2ターミナルのイタリアンレストランで、旅行の無事終了と併せて乾杯をしました次第。

あさ爺の徒然日記(651) 9月6日(水) 念願の旭山動物園へ

宿泊しているリゾナーレトマム31階のレストランで朝食。雲海の発生はゼロ。天気の微妙な動きに左右されるようだ。高層階から見下ろす形で、熱気球が上がっているのが眺められる。

野生動物の楽園のような広大な敷地なので、自然はたっぷりだ。特に北海道特有の樹木が珍しい。昨日は東へ向かって車を走らせたが、今日は北に向かう。孫よりも大人が楽しみにしている旭山動物園を訪ねた。途中の十勝岳の噴煙が、幼い子どもたちには印象に残ったようだ。

動物園ではテレビで話題になったアザラシやペンギンなどの生態が面白い。早ければ1時間で廻れる園内だが、ちびっ子たちのペースなので3時間半。トンボが都会の子には珍しいのか、夢中になってる。折角の猛獣よりも、トンボを怖がっている3歳の子ども。

帰りは美瑛町にある青い池公園に立ち寄って、ミルキィブルーの不思議な湖面に魅せられる。十勝岳の泥流によって出現したらしい。あさ爺の住んでいた頃にはなかった筈だ。今回の旅は札幌などの都会ではなく、雄大な景色が広がる原野を堪能している。

ホテルには日が暮れてから到着。闇の中に高層のタワーホテルが輝いていた。

2017年9月 9日 (土)

あさ爺の徒然日記(650) 9月5日(火) 十勝で農場ピクニック

今回の北海道は3泊4日。ホテルの移動はないが、日中は様々なアクティビティプランが用意されている。

まずは早起きして雲海の見物に出かける。孫共も眠い目をこすりながら、4時過ぎのゴンドラに乗り山頂を目指す。雲海はここの名物。様々なガイドブックで紹介されているので、是非、見たいと思っていた。今朝の発生率は50%でまずまずか?

朝はエゾマツやシラカバの森の中にあるレストランでバイキング。貧乏人根性丸出しで、ついつい食べ過ぎてしまう。孫は「もうお腹いっぱい」と正直だ。

日中は足を延ばして、十勝の音更町にある川野農園を訪ねた。農場ピクニックに参加して、トウモロコシや枝豆のもぎ取りも。ランチはそのもぎたてを茹でていただき、十勝産のチャバタサンドで。

チビ共は、走り回って元気だ。ホテルに戻ってからも、楽しみにしていたプール遊びに余念がない。あさ爺夫婦も?十年ぶりかで、水着を着た。孫の相手も、命がけだ。ディナーは別のレストランでバイキング。体重は無差別級に。

あさ爺の徒然日記(649) 9月4日(月) 久し振りに北海道へ

孫兄弟を交えた6人で、北海道に出かける。幼い子どもと年寄り連れを考慮して、移動の少ない滞在型家族旅行。行き先はトマム。北海道は9年ぶりだが、ジパング派のあさ爺は空の旅もそれ以来かな?と。

レンタカーで由仁町にある「ゆにガーデン」に立ち寄る。ランチバイキングとコスモスや秋の花々が満開の広い園内を散策。

トマムに到着してからは、夕食前にサファリカートツアーに参加した。夜行性の野生動物を観察するのだが、エゾシカが10数頭、加えてユキウサギにも遭遇した。暗い中、あさ爺ファミリーのカートを運転するのは婿さんで、ガイドさんのカートに続いて、数台のカートが続く。皆さん、運転が上手なのに感心。あさ爺なら、追突、エンスト、脱輪何でもござれで、エゾシカ一家も逃げまどったに違いない。

トマムはいかにもバブル全盛期に建てられた豪華リゾート(4棟の高層タワーが目を引く)だが、その後は経営が代わり、現在は星野リゾートが運営。夜、山間に花火が打ち上がった。

2017年9月 3日 (日)

あさ爺の徒然日記(648) 9月3日(日) 眞子さまご婚約会見

眞子さまのご婚約会見が行われた。皇族の減少などの懸念はあるものの、まずはおめでたいことだ。懸念の方は、代々の政権が先送りしてきたツケであり、ご当人たちに責任はない。

小泉政権や野田政権で、成立寸前にまでこぎつけていた案があった。女系天皇の容認や女性宮家の問題である。これが安倍政権で白紙に戻された。頑強に抵抗する保守層に配慮して、結局、お流れになった。天皇のお言葉をも軽視する安倍首相である。陛下のご心痛は如何ばかりかとお察しする。

あさ爺は旧宮家の復活だけはご免蒙りたい。いくらGHQの指令とは言え、特権階級の復活は国民の理解は得られない。万世一系と云っても、長い歴史の中で太いパイプでつながってきたわけではない。女性宮家や女系天皇の方が、はるかに広く支持されるのでは?

河野首相や小池首相、或いは前原首相が誕生すれば、問題解決に向かって前進するかもしれない。それに期待するが、今日の佳き日に北は核実験の祝砲を撃ってきた。刈り上げ坊ちゃんには困ったものだ。

2017年9月 2日 (土)

あさ爺の徒然日記(647) 9月2日(土) 裕次郎記念館閉館

小樽の石原裕次郎記念館が26年の歴史に幕を閉じた。映画スターの記念館は珍しい存在だった。時代が変わると、往年の名優も知名度が下がってしまう。追っかけフアンも高齢化してしまうか、この世を去ってしまう。一代のスーパースター裕次郎も例外ではなく、入館者が減ってしまったらしい。

ミーハーのあさ爺は、特に裕次郎シンパではなかったが、1999年(平成11)7月3日の鶴見総持寺での裕次郎13回忌法要には参列した。長蛇の行列で4時間くらい待って漸く焼香した。

何のことはない、ほとんどの参列者は記念のワインがお目当てだったが、最初の2千本で在庫が底を尽き、残り4千人には当たらなかった。モチロン、あさ爺にも。炎天下で、帰宅後血尿が出て仰天した。ご苦労なことだった。

9年後、カミさんと娘の3人で小樽の記念館を見学。2008年(平成20)8月のことだが、もう混雑はしていなかった。総持寺の墓地にも2度ばかり参拝。逗子の旧宅跡地を数回ガイドした経験も。やはり、稀代のスターだったわけだ。

2017年9月 1日 (金)

あさ爺の徒然日記(646) 9月1日(金) 秋本番?

台風15号の影響か、涼しい風がかなり強く吹いている。今までタオルケットを巻いたままで寝ていたが、余りに寒い?ので夜中に薄手の掛布団を引っ張り出した。

あさ爺は夏の暑さは鬼門だが、冬の寒さはもっと苦手だ。花粉の飛びまくる春はマスクが欠かせないし、なんとか生きられるのは秋だけ。どうか爽やかな秋が長く続きますように。9月生まれだからかな?

市役所から後期高齢者医療保険の新しい保険証が届いた。昨日の新聞のコラムには、子どもや青少年にかける予算の10倍以上が高齢者にかかっているとの記事が。ホントに困った問題だ。どうすればいいのか?

世界に誇る医療水準、国民皆保険制度が生み出した長寿世界一の重いツケなのか?それとも元凶は少子社会に問題があるのか?政治家は自分の利益目当てに走り回り、面倒な問題は満場一致で先送りしてきたニッポンである。

そして今日は防災の日。これも待ったなしの喫緊の課題だ。

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