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2018年6月

2018年6月30日 (土)

あさ爺の徒然日記(912) 6月30日(土) 京都ぎらい

井上章一の「京都ぎらい」(朝日新書)を読む。著者に関して詳しくは知らない人だと思っていたが、NHKBSプレミアムの「英雄の選択」によく出演する人だった。急になんだかテレビの喋りが重なって親しみが湧いた。著者は京都の嵯峨で育ち、今は宇治に住む。これを洛中の人たちは田舎もんと蔑む。この洛中と洛外の意識が根底に漂う。お坊さんは舞子さんが好き、五山の送り火はホントは大文字焼きと呼ばないかんのどすえ、嵯峨の天龍寺は足利尊氏が後醍醐天皇の怨霊を鎮める為に建てたんや、それをちゃっかり利用したのが夢窓疎石で、結局は自分のツイの棲家を確保したと云うことや・・・と。

最後はその嵯峨への思い入れと後醍醐への親しみから南朝正統つまり大覚寺党を支持する。幼い時から洛中の人たちにバカにされ続け、その鬱屈した思いから「京都ぎらい」と題名にまで及ぶが、しかし、首都東京に対しては「京都人」の誇りを前面に出すのである。そう云えば、テレビでも京都弁まる出しの憎めない人なのだ。サテ、来月の鎌倉勉強会は瑞泉寺。天龍寺の前に鎌倉で夢窓疎石ハンが開山となった古刹だ。お堂の中の開山像は苦虫をかみつぶしておられるやもしれぬ。

あさ爺の徒然日記(911) 6月29日(金) 続・下流老人

関東甲信地方は今日梅雨明けした。これはまた、随分と早い梅雨明けだ。確かにこの地方では25日以降は晴天続き。昨日の鎌倉は雲が多くて日差しが弱く、おかげで楽しい散策だった。しかし、一転今日は真夏のギラギラした日差しだ。一日違いで助かった。

藤田孝典の「続・下流老人」を読んだ。実は続編の前の本は読んでいないのだが、サブタイトルは「一億総疲弊社会の到来」。著者はまだ若い。これだけの若さで、深く社会の問題点を探り当てている。自身、NPOの活動を通して貧困と向き合っている。大学の先生ではない。だから説得力もある。あさ爺は単純に、こんな貧困社会を到来させたのは、他でもないアベ政治と歴代の自民党政権と云うところだが、著者は一方的な政権批判はしていない。もっと、ニッポン社会が抱える病根について訴える。高級老人ホームに入居して、優雅な老後を楽しむごく一部の富裕層と、老後の先行きに多大な不安を抱える大半の下流老人。モチロン、あさ爺は正真正銘の下流老人である。スーパーでのお惣菜は中身ではなく割引のレッテルで選び、賞味期限切れ大歓迎、文化施設も無料が大好き、安い私鉄でのルート探しをする時は根っからの乗り鉄となる。富裕層の暮らしでは味わえない、江戸時代の長屋暮らしを堪能している。

2018年6月29日 (金)

あさちゃんの鎌倉日記(535) 6月28日(木) 浄明寺から十二所へ

鎌倉勉強会で浄明寺から十二所の光触寺を目指した。雨も降らず風の強い曇り空。湿度も気温も高めだが、日差しが弱い分、散策には好都合。開園を待って最初に旧華頂宮邸へ。バラが見頃。カミさんが皆さんへと準備した手作りのパンをお配りしたら、参加者13名の男女に大いに喜ばれた。報国寺では夏こそふさわしい孟宗竹林の涼やかさを味わい、金沢街道を渡って稲荷道へ入る。バス通りと違って静かな住宅街を歩き、大慈寺跡の石碑を見て、修道院の前から足利公方舊邸跡へ。

次に向かったのは明王院。今日は不動明王縁日であり、午後からの護摩供養に出るわけではないが、それでもいつもよりご利益は多くいただける気がする。ご住職親子が準備に忙しそうだった。メンバーには腕利きのカメラマンが多いが、ここでの撮影は不可。境内の可憐な白い花(銀杯草)も瞼に焼き付けるだけ。ラストは光触寺(こうそくじ)。藤沢遊行寺末の時宗のお寺さん。阿弥陀さまやお地蔵さまにまつわる物語を説明。打ち上げのランチは駅前の「仕立屋」で。やや強めの爽やかな風が吹いて、平均年齢高めの淑女6名、紳士7名が楽しく歩けた鎌倉での勉強会でした。

2018年6月27日 (水)

あさ爺の徒然日記(910) 6月27日(水) 長いお別れ

中島京子の小説「長いお別れ」(文芸春秋)を読んだ。元中学校の校長で、図書館長もした初老の男性が主人公。しかし、主人公とは云っても本人はアルツハイマー型認知症となり、徐々に症状が進む。だから、ホントの主人公は介護に振り回されている妻と3人の娘と云うことになる。「恍惚の人」以来、これは重くて普遍的なテーマとなった。多くの作家が採り上げている。恐らく、身内や周りに題材となるケースは事欠かないのでは。初めの内は、本人も周囲もうすうすおかしいと感づいているのだ。しかし、加齢による物忘れとの区別がはっきりしないので、治療が手遅れになることも。尤も、完治できる病気ではない。これだけの長命社会になったのだ。昔は大半が70歳までに生涯を終えた。だから70歳に達すると、古稀として祝った。古来稀なる長寿・・・。

この認知症は70の坂を越えてから、急激に増える。だから、昔は騒がれることも少なかった「ボケ老人」が、今や誰でも罹りうる国民病になってきている。本人も辛いが、何もわからなくなると辛さもわからず、恍惚状態の境地に至る。深刻なのは周囲だ。題名は、認知症になってから亡くなるまで、ゆっくりと進む時間を指している。いかに一人の人間としての尊厳を失うことなく、過ごすことができるかを問いかけた作品。患者は、「先生」と呼ばれた時だけに、返事や反応を示したと言う。悲しい話ではある。

2018年6月26日 (火)

あさ爺の徒然日記(909) 6月26日(火) 終わった人

映画「終わった人」を観る。定年退職した男の悲哀を描く。こうした題材の映画やテレビドラマはよくあるケースだ。昔は、「濡れ落ち葉」と云う名単語も生まれた。古くて新しいテーマ。団塊の世代が大量に定年退職をする時代だ。昔は55歳だったが今は65歳辺りで、この映画も現代版として見せている。主人公(舘ひろし)は東大卒で大手銀行に就職したが、役員にはなれず子会社の専務で定年。妻(黒木瞳)は念願の美容院をオープンさせようとしている。物語の紹介はここまでとしたいが、暗くならないようにコメディ風に仕上げている。

故郷は岩手で、あさ爺にとっても懐かしい「さんさ踊り」が度々登場するし、舘ひろし自身がハマっていたラグビーも。高校時代の試合前にチームメイトと喧嘩する原因が、反則してでも勝とうという主将(当時の主人公)の命令。このやり取りは日大アメフト部を連想させる。広末涼子や高畑淳子と云った四国出身の女優さんが、岩手弁まるだしで喋る面白さ。映画館を出て、スーパーを覗いたり、無料で入館できる浮世絵館に入ったり。主人公とおんなじような暮らしをしているあさ爺でした。

あさ爺の徒然日記(908) 6月25日(月) 奇跡の人

久し振りに重厚な本を読む。原田マハの「奇跡の人」。題名を見た時に、ヘレン・ケラーの物語かと思ったが、内容はまさしくその日本版みたいな内容。モデルとなる人物が日本に実在するのかは知らない。ま、史実を織り交ぜたフィクションだろう。主人公の去場愛は明治初期の岩倉使節団に同行した日本最初の女子留学生の一人と云った設定。帰国後は弘前の盲聾唖の三重苦を背負った地方名士の娘、れんの家庭教師として奮闘する物語。広い屋敷の奥の蔵に閉じ込められていたこの少女を救い出して教育する、途方もなく困難な任務を背負った帰国子女。

更に物語はこの少女のたった一人の友となる盲目の旅芸人が登場する。この旅芸人の少女は後に三味線の人間国宝となる。確かに以前、似た話をニュースとして耳にしたことがあり、それらを下敷きにしてこの小説は生まれたのだろう。7歳で吠えることしかできなかった少女が、後にアメリカの大学を卒業し、この旅芸人と劇的な再会を果たす寸前で、物語は終わっている。共に老人となり、モチロン、自らも弱視で晩年は全盲となってしまった女教師も、アメリカに同行し既に生涯を終えている。実際にこんなことがあるのかと思うが、だからこそ著者は奇跡の人と呼んだのだろう。その少女だけでなく、家庭教師も、みなしごの盲目の旅芸人キワも、奇跡の人だったのだ。

あさちゃんの鎌倉日記(534) 6月24日(日) 常盤山文庫名品展

鎌倉国宝館で開催中の常盤山文庫名品展、前期の最終日に見学。墨蹟の精華とうたい書画の展示が今回の見どころ。常盤山文庫は、鎌倉山の開発に尽力した菅原通濟のコレクション。今年は文庫創立75周年だそうだ。書に造詣の深いカミさんはくぎ付けとなって展示品に見入る。あさ爺はまず常設展示の鎌倉の仏像群を鑑賞。先般、横浜の県立博物館での展示には模造品が展示されていた鎌倉仏像、ここでは本物に接することができる。書の鑑識眼がないあさ爺は、どうしても国宝、重文などの指定内容が展示品の質の高さを知る目安となる。

文庫には国宝2点、重要文化財23点が所蔵され、前期には国宝「清拙正澄墨蹟遺偈」が公開されている。書画の中には天神に関するものも多く含まれている。それにしても禅僧の達筆は素人にも理解できる。中国の禅僧によるものも多く、日中の漢文は言葉の障壁を乗り越えるのに十分だったのだろう。6月の日曜日、相変わらず鎌倉は人出が多い。八幡宮の鳥居前では、人力車の青木さんが婚礼の記念写真などに立ち会って忙しそうだ。ジューンブライドで大安でなくても結婚式は多いものと見受ける。あさ爺たちは更に下見で浄明寺方面に足を延ばした。

2018年6月25日 (月)

あさ爺の徒然日記(907) 6月23日(土) 沖縄慰霊の日

病気療養中の翁長知事が、渾身の力を振り絞って平和宣言を読み上げた。更に「平和の誓い」を朗読した中3少女の澄んだ瞳には感動した。今日は沖縄慰霊の日なのだ。朝、そのニュースに合わせて、冥福を祈ろうとおりんを鳴らして合掌したら、家族が変な反応をした。遺族でもないのに、ふざけていると思われたらしい。戦争の悲惨さを多少でもかじっている引揚者家族の一員である戦中生まれの爺さんと、内地で空襲にも遭わずに過ごした家族の一人で戦後生まれの婆さんの微妙なすれ違いだ。それでも婆さんも無関心ではない。原爆記念日や終戦記念日の黙祷は率先して合掌している。だから、心の内はわからないし、爺さんが誤解していることも多いのだろう。

あさ爺は終戦記念日と今日の沖縄慰霊の日は祝日にすべきだと以前から思っている。祝うべき日ではないが、その後の平和を尊ぶ日として。そうすれば祝日の少ない6月や8月の為にもいいと思うのだが。昨日は藤澤宿での宿場寄席に出かけて、ゲラゲラ笑った。これも平和な時代だからこそだ。日米両軍の兵士も含めて、沖縄県民20万の御霊に心からご冥福をお祈りします。今の平和の世をありがとう。合掌

あさ爺の徒然日記(906) 6月22日(金) 匿名社会

週明けの通勤時間帯を襲った大阪地震。この時、シマウマが逃げ出したとか、在日を揶揄するネットが飛び交ったと云う。ラインとかツイッターなどをやらないので、自分で確認できたわけではない。掲示板など、そのやり方も知らないあさ爺だ。被害者にも加害者にもなれないネット時代の落ちこぼれ。フェイスブックはお友達登録したら、いろんなものが飛び込んでくるが、役に立ったものは皆無。ほとんどはくだらないものばかり。だから、見る前から邪魔になるので削除している。フェイクニュースも闇サイト殺人も、座間のおぞましい事件も、匿名が生んだネットの負の部分だろう。

かく云うこのブログも匿名だが、自分でも無責任だと反省することも多い。やっぱり小林麻央さんのように、実名でこそ共感されるのではないか?ネットに限らず、ラジオやテレビも匿名が当たり前の社会。NHKまでがキラキラネームの投稿者を受け付けている。なぜ、名前を隠したがるのかも不思議だ。責任ある社会を実現するためにも、無制限な匿名には網をかぶせるべきと思うが、いかが?公共の電波を利用するのに、遊び半分なふざけたネームには違和感を禁じ得ない。ますます、時代遅れの落ちこぼれになるか・・・。

2018年6月23日 (土)

あさ爺の徒然日記(905) 6月21日(木) ワイン工場見学

EFGの研修で、藤沢市内にあるメルシャンの工場を見学。普段は見学者を受け入れてないが、特別にガイドクラブの研修として3回に分けて工場見学が実現した。ここは日本で最大のワイン出荷量を誇る。フランスに代表される高級ワインのイメージが強いワインが、低価格化を実現して爆発的に需要が伸びた。

実はあさ爺も、ペットボトルに入ったメルシャンワインを愛飲している。コルク栓の開け方が下手なので、このスクリュータイプのねじ栓が助かるのだ。ワインの味とは別に、こんなところも案外売り上げを伸ばす秘密がある。ビール工場のようなガラス張りの通路や案内嬢はいない。食品工場への立ち入りと云うことで、ヘルメットや白い防護服に身を纏っての見学。案内員は各現場の責任者が務める。それだけに臨場感と緊張感がある。最後は座学で正しいワインの味わい方の教授もあり、赤ワインの試飲も。近い将来、ここの工場見学が一般向けに拡大されたら、これは人気コースになる予感がする。

あさちゃんの鎌倉日記(533) 6月20日(水) 雨中の案内

EFG6月募集の本番を迎える。梅雨時で致し方ないが、雨の中の花巡りとなった。紫陽花やハス、アガパンサス(クンシラン)などの初夏の花々を楽しむ筈だったが、時折、激しくなる雨に悩まされた。お客さまも予定の半数に減ってしまわれた。楽しいコースだったので、残念としか言いようがない。江ノ電のフリー切符を利用して、乗ったり降りたりしながらの花旅。

鵠沼の蓮池では白いハスの舞妃蓮が見頃を迎え、御霊神社では紫陽花が所狭しと大きな花をつける。この神社はアジサイと電車のツーショットのポイントとして人気があり、今日も大勢のカメラマンや撮り鉄で賑わっている。電車がいつもは鳴らさない警笛を最大音量で流す。これはモチロン、サービスではない。成就院のあじさいが少なくなったのは惜しいが、背景の海岸線が雨に煙って美しい。ここの262株のアジサイは、三陸町の被災されたお寺へ鎮魂の為に贈られた。2日前にも大阪で震度6弱の大きな地震があったばかり。雨はともかく、地震は突然でもあり恐ろしい。

2018年6月22日 (金)

あさちゃんの鎌倉日記(532) 6月19日(火) 60名の団体様

鎌倉のアジサイを巡る団体さまの、ガイドの一員として出動。コースは鎌倉駅西口をスタートして、六地蔵、寸松堂(鎌倉彫)、虚子庵跡、鎌倉文学館、甘縄神明神社、光則寺、そして最後は紫陽花で混雑する長谷寺。各班、10名単位であさちゃんは第5班。後輩ガイドは道順がよくわからなくてと、下見を重ねていた。その点、あさちゃんは鎌倉の裏道にも精通していると自分では思っているが、それはあくまでも中心部辺りだけ。それでも、ハンディが少ない分助かるわけで。

今日は殆どが女性客。幸い、高浜虚子のお名前をご存知の方も多かった。それでもお顔までは自信なさそうで、ガイドは写真を広げる。この後の川端邸でもしかり。川端康成の若き日の姿(一高時代)の写真も、皆さんは初めてご覧になられた。鎌倉はアジサイだけでなく、こうした鎌倉文士と鎌倉文学館の存在。そして何より歴史の舞台。説明には事欠かないし、バラ祭りが終わっても、文学館の広大な庭園の中にあるバラ園はまだ十分に美しい。平日でも人波が絶えない6月の鎌倉でした。

あさ爺の徒然日記(904) 6月18日(月) 市議会を傍聴

今日はガイド仲間のSさんのお誘いで、生まれて初めて市議会を傍聴した。議会の傍聴とか裁判の傍聴も、今までほとんど関心がなかった。この齢になるまで一度も経験がないことを、今になって体験したわけだ。議場も新市庁舎の中の議場なので、設備も整っていて興味深く拝見。冒頭の質問者がSさんのご子息で、このような縁でもない限り、なかなか議場まで足を運ぶ気は起こらない。野次も飛ばず、皆さん、随分と紳士的なやり取り。テレビで見る国会とはかなり印象が違った。

ナニセ、総理自らがヤジを飛ばす日の本の国会だ。マネをする必要はサラサラないが、それでも筋書き通りのやり取りも迫力がない。ま、今日のS議員の質問内容は、賛否が分かれるような案件ではなかった。中には紛糾することもあるんだろう。その国会は会期が延長されることになった。野党が求めて与党が反対していた筈だ。でも野党の意見を汲んだのではなく、参院自民党の要求を、総理が渋々認めたらしい。国民の為ではサラサラなく、党利党略の為(具体的には安倍三選の為)でございます。何でも出来る自民党。サスガである。

2018年6月20日 (水)

あさ爺の徒然日記(903) 6月17日(日) あじさい祭りに思う

あさ爺の住む近くで、あじさい祭りが行われた。梅雨時のシンボルフラワーが紫陽花だ。恐らく全国各地で、様々なアジサイ祭りが大小取り混ぜて開かれている筈だ。神奈川県では箱根も有名だし、鎌倉も混雑している。今年は桜だけでなく、アジサイも早かった。ただ、長持ちする花なので、長く楽しめている。藤沢市遠藤の小出川あじさい祭りも、もうダメかと思ったが、今日のイベントまで持ちこたえて、ささやかながらいろんなブースも出ている。

このような地域共同体が行うイベントには露店のお兄さん、お姉さんはお呼びではない。寅さんのような人たちは、神社のお祭りやお寺の行事が相場。今日のような会場では、福祉団体が中心となる。だからでもないが、お値段も手頃というよりかなり安いので、つい買ってしまう。ここでも少子高齢化は深刻だ。祭り太鼓は子どもが主役だが、人数が少ない。ブースを冷かしているのもあさ爺のような年寄りばかりだ。昔のように子どもたちが飴や綿菓子に群がる光景がなつかしい。戦後、これらの子どもたちが団塊の世代を象徴していた。紫陽花の花弁のように、様々な色とりどりの子どもたちが群れ遊ぶ世界に戻すことは出来ないものか?

あさ爺の徒然日記(902) 6月16日(土) 少子高齢化と皇室

若者が集まる街や大学のキャンパスならば、若さに満ち溢れた光景が見られるだろうが、そうでない場合、まことに巷には老人があふれていて、子どもたちの賑やかな歓声が聞こえてこない。これほど少子高齢化社会の到来と、それに伴う喫緊の課題が叫ばれているにもかかわらず、政府が抜本策を打ち出した形跡はない。

話は畏れ多い世界へ飛ぶが、皇室も又、今の世相を反映しているように見える。明治天皇や大正天皇には俗に云う側室の存在があった。それでも男子の後継者はなかなか誕生しなかったそうだ。一般人から配偶者を得る時代でもなく、近親結婚で健康な跡継ぎになかなか恵まれなかった。大正天皇のご生母は柳原愛子(なるこ)様で、二位の局、つまり側室だったし、明治天皇のご生母は公卿中山忠能の娘で孝明天皇の后ではない。昭和天皇のご生母もしかり。つまり戦前まではそれが当たり前の世界。それでも昭和天皇は皇后との間に多くのお子様に恵まれた。珍しく子だくさんの家庭を得られたが、それでも男子はお二人だけ。そして時代は平成へと移り、皇室も少子化で苦労されておられる。それでも、何か対策を取ろうとしているようには見えない。タブーの世界なのか?

2018年6月19日 (火)

あさ爺の徒然日記(901) 6月15日(金) 宿場歴史講座

藤澤宿交流館で行われた宿場歴史講座を受講。今回初めて出席した。江戸時代の箱根宿と関所について学ぶ。考えてみれば、江戸時代は近世だ。そんなに古い話ではない。しかし、関所の存在や東海道五十三次の世界は、余りにも現代とはかけ離れている。だからこそ、好奇心が湧く。外国人の撮影になる江戸の古写真も興味深い。ビルこそ当然のことながら見当たらないが、はるか彼方まで累々といらかの波が続く。昔から大都会だったことがうなづける。幕末に訪れた西欧人はさぞ驚いたことだろう。極東の地に高度な文明国が存在したのだから。

話は飛ぶが、今の北朝鮮には、昔の韓国の面影があると云う。すっかり近代化された韓国に古き良き時代の面影はもうない。しかし、それがそっくりそのまま北朝鮮には残っているらしい。今後、国が開放されれば、どっと西側の毒々しい文化もなだれ込むだろう。それが彼の国にとって、果たして幸せなことになるのか?江戸時代の日本は、まことに平和な国だったと云われている。今は、凶悪犯罪の横行する、恐ろしい治安の良くない国に成り下がってしまっている。

あさ爺の徒然日記(900) 6月14日(木) ネット殺人

再び、残虐な事件が繰り返された。ネットでの呼びかけに応じた看護師殺害遺棄事件だ。数年以上前に愛知で起きた闇サイト事件を思い起こさせる。いずれも被害者は若い女性。闇サイト裁判では命乞いをする女性を、平然と殺害したことが明らかになっている。しかも、犯人同士はお互いに名前も素性も知らなかったとか。ネットの掲示板の呼びかけに応じたもので、以後、法改正が行われ不適切な書き込みは直ちに削除できるようになった。しかし、今回はカネ儲けの呼びかけで表面上は犯行を思わせるものではなかったらしい。要するに、イタチごっこなのだ。

今回の被害者は29歳の女性看護師。命を預かる崇高な医療従事者だけに痛ましい。難しい国家試験に合格して、病院勤務をしていた筈だ。こうしたごく普通の平穏な生活を営む一般人が毒牙にかかる。スポーツジムの駐車場で自分の車に乗り込もうとするところを3人以上の男達に襲われた。なんともやりきれない事件。モチロン、呼びかけた男が主犯だが、もうこれは共犯も何もない。死刑に値する事件。刑を重くしても犯罪抑止力は働かないのか?少なくとも、怨恨によるものではなく面識のない被害者の事件については重罪化を求めたい。理不尽な犯行の撲滅が求められる。

2018年6月16日 (土)

あさちゃんの鎌倉日記(531) 6月13日(水) 一条恵観山荘

EFGの実習で、藤沢の鵠沼から片瀬を廻り、更に江ノ電を乗り継いで極楽寺から最後は鶴岡八幡宮へと廻る。梅雨の中休みで雨には降られなかったが、本番でもと云うわけにはゆくまい。小町で反省会を行った後に、みんなと別れバスで浄明寺へ向かった。28日に予定している私的な勉強会での食事場所を探す為だが、それというのもアテにしていたレストランが休業している為。元々、少ない場所だ。心当たりを数軒訪ね歩いたが、結局、この辺りでは適当な店が見当たらなかった。その日が定休日だったり、他の予約と重なったりでうまく合わなかった。

その途中で、以前から気になっていた一条恵観(いちじょうえかん)山荘が公開されていたので、迷わず飛び込む。江戸初期の公卿一条恵観の京都西賀茂の別邸を戦後に鎌倉へ移築したものだ。茶道宗徧流の財団が管理保存していて、ちょうど1年前の6月に公開されたもの。国指定重文でもある。公開は庭園部分のみだが、滑川に面して緑が美しい。紅葉もキレイだろう。拝観料は500円。結局、勉強会のランチは駅前の行きつけの店にお願いした。

あさ爺の徒然日記(899) 6月12日(火) 羊と鋼の森

昨日に続いて映画館へ通う。原作が本屋大賞を受賞して話題となった「羊と鋼の森」。主人公のピアノ調律師に山崎賢人、先輩調律師に鈴木亮平。他に三浦友和や吉行和子も。全編を通じてピアノ曲が流れ、それが北海道の原生林の映像に溶け込む。殺伐とした世相の中で、調律師と云う自らの仕事を見つけ、成長してゆく姿を描いた橋本光二郎監督の話題作だ。心洗われる作品。

しかし、スッキリと心が洗われた気がしないのが、シンガポールで行われた米朝会談だ。ともかく核実験やミサイルの脅威が少なくなったのはいいが、激しく敵対し罵り合ってきた2人が握手したのが驚きだ。これで一番点数を稼いだのは北の金君ではないか?トラさんは中間選挙を睨んでナントカ実績を作っておきたかったと云うところだろう。体制保証を勝ち取った(と思っている)金正恩は未来永劫に北で君臨することになった。つまりは南北統一なんてハナから考えていない筈だ。朝鮮半島は昔の三韓時代から、統一された時代は短い。南北に分かれていても不自然ではない。そして拉致はどこへ向かうのか?日本は益々難しい立場になった。

2018年6月13日 (水)

あさ爺の徒然日記(898) 6月11日(月) 万引き家族

新幹線殺傷事件の犯人は、ドストエフスキーの「罪と罰」の本も読んだ可能性があるらしい。しかし、この主人公ラスコーリニコフは、悪徳金貸しだかに追い込まれて、罪を犯した。深い個人的な怨恨によるもので、およそ今回の社会を敵とした無差別殺傷事件とは内容が根本的に異なる。犯人の心理描写に優れ、この主人公の青年に自己投影する若者が多いのは事実だろう。通常は、だからこそ犯罪は犯さないものだが。

カンヌ映画祭で最高賞のパルムドール賞を獲得した是枝監督の「万引き家族」を観る。社会の底辺で暮らす「一家」が、「祖母」の年金と「夫婦」の時給暮らしで生計をたて、足りないものは万引きで補う生活。子ども2人を含めて6人の家族は、実は本当の家族ではなかったのだ。万引きと云う軽犯罪を繰り返すことでしか暮らせない切なさ。凶悪事件ではない。弱い人間が「絆」で結びついている。ここでは幼児虐待から助けられた女の子も暮らしていた。今の日本の世相をしっかりと投影した作品でもあった。

あさ爺の徒然日記(897) 6月10日(日) 新幹線車内での惨劇

梅雨らしい天気が続く。午後から横浜市港南区のひまわりの郷へ出かける。今日のコンサートはイタリアのフランチェスカ・デゴによるヴァイオリン・リサイタル。ピアノはフランチェスカ・レオナルディで共に女性アーティスト。舞台が華やぐ。

しかし、世間では大変なニュースが。東海道新幹線のぞみの車内で考えられない事件が起こったのだ。犯人は東京駅から乗車。新横浜駅から乗車して隣の席に座った20代の女性に、無言で切りかかったと云う。他に通路反対側の女性も襲われ、止めに入った男性が滅多切りにされて命を落とした。38歳のサラリーマンで出張帰りの悲劇。こんな事件は防ぎようがない。高速の密室内だけに逃げ場も限られる。考えられるのは全列車に警官か警備員を乗せて、巡回させるのが関の山ではないか?昔の鉄道公安官はそれなりに抑止力があったが、民営化後に姿を消した。鉄道警察隊に衣替えしたが、駅構内での警備が主だ。専門の民間鉄道警備会社を立ち上げるしかないだろう。手荷物検査は困難だし・・・。

2018年6月 9日 (土)

あさ爺の徒然日記(896) 6月9日(土) 内憂外患の首相

昨日は午後から関内のケンパクを覗いてきた。神奈川県立歴史博物館のことだ。所蔵品の選りすぐりを再展示して、若手の学芸員が見どころをアピールすると云う、悪く云えば手を抜いた安上がりの企画だが、それなりに努力のあとは見える。

ところで安倍首相がトランプと会談し、その足でG7のカナダに向かった。G7首脳の集合写真が夕刊に出ている。悔しいが我らが宰相は、様になっている。背丈でも負けていない。長身のトランプさんとカナダの首相には負けるが、他の首脳とは同じくらいだ。昔、竹下さんなんかが一人おチビさんで、なんだか我々までが恥ずかしい思いをした。中曽根さんも格好良かった。ま、問題は背丈ではなく中身だ。米朝会談で心ここにあらずのトラさんだけでなく、アベちゃんもなんだか焦り気味だ。いつのまにか最大限の圧力が消えて、日朝首脳会談がしたいと言い出した。もう、北の刈り上げ坊ちゃんからは足元を見られ、これ見よがしの挑発が続いている。内にモリかけ、外ではカヤの外。果たして拉致を解決し、歴史に名を残せるかどうか・・・。悲願の憲法「改正」実現までは、辞めるわけにはいかないのだ。仮にワタシや妻が関係していてもだ。

あさ爺の徒然日記(895) 6月8日(金) こころ痛む幼児虐待

今日は報道によれば、池田小学校事件、秋葉原ホコ天無差別殺傷事件が起こった日だそうだ。被害者家族にとってはあれ以来時計の針は止まったままだろう。家族にとっては風化はあり得ないのだ。ところがその家族が加害者なら?両親に虐待され、命を落とした5歳の女の子。事件は3月に起こったらしい。あさ爺の故郷でもある香川県から都内目黒に移り住んだ一家。

今、双方の児童相談所の引継ぎがどうだったのかが問われている。言った聞いていないの水掛け論だが、失われた命は戻らない。痛ましいと云うより、どうすればいいのかワカラナイ事件。母親の連れ子で、父親から日常的に虐待されていたらしい。いつもそうだが、事件が起こって初めて問題が明るみに出る。モチロン、懸命に手を尽くして事件を未然に防いでいる事案もあるのだろうが。あさ爺も孫4人がいる。みんなまだ幼い。こんなニュースを聞くと堪えがたい気持ちに襲われる。育児ノイローゼの度を越した事件なのか?ホントにどうすれば、こうした不幸な子どもたちを救えるのか?

あさ爺の徒然日記(894) 6月7日(木) 不可解な政治家

以下、敬称略で失礼する。何故なら敬称をつけるに値しないと考えるからだが。安倍や麻生を批判するのではない。彼らは確信犯で刑事罰に問われないこともわかっているので、逃げ切りを図っているのだ。あさ爺はこの2人よりも重大な責任があるのは総裁候補と呼ばれている人たちと考えている。

石破を筆頭に、岸田、野田、河野、ついでに云えば小泉ジュニア。彼らは世論調査で安倍以上の人気がある人も。岸田は安倍べったりの協力者だったから除外。野田、河野は閣内に取り込まれてすっかり骨抜きにされているから論外。小泉は犬の遠吠え(但し、鳴き声はキャンキャン)で、将来はともかく今は圏外。問題は石破だ。この人は静かに時が経つのを待っているのか?時期尚早と考えているのか?総理を本気で目指していないのか?マッタクワカラナイ男だ。戦うなら今でしょ!と言いたい。だから高みの見物を決め込んでいるこの男の罪は誠に深いとしか言いようがない。安倍が自滅してからでは遅かろう。その時、麻生は岸田と組んでキングメーカーを目指す筈だ。

あさ爺の徒然日記(893) 6月6日(水) 事件捜査の行方

ベトナム女児誘拐殺害事件。警察では黙秘を貫き、裁判では全面否定を始めた。例の保護者会の会長だ。DNA鑑定すら真っ向から否定。線路に遺棄した新潟の事件も、今後の捜査はどうなるのか?和歌山では紀州のドン・フアンと呼ばれた資産家が謎の死を遂げたそうだ。あさ爺は世情に疎くて、このドンさんを知らなかったけど、どうやら有名な人らしい。この事件は自殺、事故、他殺説入り混じって今後の展開は不透明。そう云えば和歌山では毒入りカレー事件でも状況証拠で死刑が確定しているが、決定的な物証はなかったのではないか?

疑わしきは罰せずの近代の法則が揺らいでいる。いまだに確定事件の冤罪が絶えないのはどうしてなのだろう?テレビ報道を見ているとみんな犯人に間違いないと「錯覚」するが、そうではないこともあるのか?確かにメディアには無責任報道も見られるし、事実のしっかりした解明が求められる。テレビ桟敷の我々も無責任かもしれない。事件の被害者に加えて冤罪被害者も生んではならないが、平気で犯行を犯す性格異常者や反省の言葉すら知らない鉄面皮犯人もいるだろう。これは人間の良心の戦いだ。

あさちゃんの鎌倉日記(530) 6月5日(火) アジサイを巡る

先月スタートしたあさちゃん鎌倉勉強会の番外編を企画。年間予定に入っていないので番外編。鎌倉駅西口時計台広場に集合。ほぼ10年前にボランティアガイドを始めた懐かしい場所だ。六地蔵、寸松堂、虚子庵跡を経て鎌倉文学館に入る。急きょ呼びかけた番外編なので、都合がついた女性3名、男性2名の全員で5名の小グループ。特別展やバラ園をゆっくりと回り、旧諸戸邸、川端邸から甘縄神明神社へ。石段を登ったが、樹木の葉も生い茂って海は意外と見え辛い。懐かしいFMスタジオからはトークの音声が流れてくる。

山あじさいが最盛期を迎えている光則寺へ。紫陽花だけでなく菖蒲や孔雀とも対面。土牢への石段のあじさいもキレイ。最後は観光客で混雑する長谷寺へ。幸い、待ち時間なしでアジサイ散策路へ登ることが出来た。多国籍言語が飛び交う。他国では紫陽花はあるのかな?西洋あじさいも元は日本から伝わったものだし。江ノ電長谷駅手前の「カンパネラ」でランチ&打ち上げ。FFG仲間の2名が更に加わって賑やかに歓談。普段は静かなこのお店も今月は混んでいるようだ。好天に恵まれたあじさい日和になった。

2018年6月 4日 (月)

あさ爺の徒然日記(892) 6月4日(月) 妻よ薔薇のように

カンヌ映画祭で最高賞を獲得した「万引き家族」が話題となっている。行きつけのシネコンではまだ上映されていない。それに先立って山田洋次監督のコメディ三部作の「妻よ薔薇のように 家族はつらいよⅢ」を観る。寅さんと同じように、この映画も続いてくれると嬉しいのだがと思ってるフアンは多い筈だ。

今回は今まで地味な役回りが多かった長男の嫁にスポットを当てている。夏川結衣演じる史枝が夫婦喧嘩(と云っても夫の心ない言い方が原因だが)の末に家出をして、てんやわんやを演じる平田家の物語。自身は独身の夏川が主婦役をしっかりと演じている。コメディだから安心してみておれるのだが、史枝が戻ってきた時には笑いながら涙が出てしまった。齢をとると涙腺も緩んでしまう。今どき、長男幸之助のような亭主関白は珍しいのだが、山田監督はおかまいなしだ。懐かしい柴又帝釈天も登場させるサービスぶり。その内、参道の団子屋の後を継いだサクラが登場してくるかもしれない。楽しみは広がる。

あさ爺の徒然日記(891) 6月3日(日) 「白洲正子 鶴川日記」 

「白洲正子 鶴川日記」を読む。晩年はタイトルの鶴川で暮らした。現在の町田市で旧居は「武相荘」として公開されている。武蔵と相模にまたがる地域だと云うことが名前の由来だ。その鶴川での日々やかつて暮らした東京の赤坂、六本木、麻布周辺の想い出を東京の坂としてまとめ、最後には心に残る人々ということでそれまでの交流録の中から印象に残っている思い出を、三部作にまとめたエッセイである。

著者は白洲次郎の夫人としても知られているが、実の祖父は樺山資紀。あさ爺は西南戦争で熊本城に籠城した官軍谷干城の参謀として記憶している。その祖父は薩摩の大恩人西郷隆盛と戦ったこの戦が、彼の心に大きな禍根を残したと悔いている。また、自分は元勲ともてはやされたりしているが、本当に偉い人は御維新で皆死んでしまい、残ってるのは自分も含めてカスばかりだと。後世の我々もそう思っているが、当事者の本人もそう考えていたわけだ。後に伯爵を賜り、新華族と呼ばれたが、孫娘がエッセイストと云う偶然で、我々はこの軍人伯爵の心の底にある想いを知ることになった。

あさ爺の徒然日記(890) 6月2日(土) 交通事故を目撃

90歳の交通事故のことに触れたが、今日は車の運転中に事故を目撃してしまった。交差点で右折か左折をしょうとした乗用車が、横断歩道を突っ走ってきた自転車を跳ねたのだ。ガチャンと大きな音がしてすぐ気づいたが、あさ爺車は交差点を直進中。停まるわけにもゆかず横目でチラッと眺めただけで走り去った。見えた範囲では自転車は小学生で車は女性が運転していたようだ。子どもはすぐに起き上がって、運転手も車から降りてきたし、周囲に人もいたからなんらかの事後処理はあったと思う。車も徐行していたので衝撃は大きくはなかった筈で、子どもも起き上がってきたから大怪我ではなかろう。

見た感じでは、坂道を下ってきた自転車がそのまま青信号の横断歩道に突入した。車の方は誰もいないと思ってた横断歩道に突如自転車が飛び込んできたと云うのが、事故の顛末かなと推察する。確かに運転していて怖いのは、自転車の動きが読めないことだ。右折左折で合図しているのはほとんど皆無。車道との分離も進まない後進国ニッポン。警察も自治体もチャリンコには冷たいことは確かだ。

あさ爺の徒然日記(889) 6月1日(金) 90歳女性の運転事故

お隣の茅ヶ崎で90歳の女性が運転する車が、赤信号を無視して通行人ら4人を死傷させたとの「全国ニュース」。大概の交通事故は新聞にも載らないご時世だが、これは恐らく全国ニュースだろう。通行人がまだ渡り始めていなかったので、通過できると思い赤信号で突入したらしい。黄色で突入するのはよくあることだが、これもモチロン違反だ。今年の免許更新でも特に問題なかったと云うから、これまでは優良ドライバーだったに違いない。自分でも自信があった筈だ。

実は高齢者のこの過信が要注意らしい。あさ爺は75歳で無事故無違反?の実績を積み重ねているが、今は運転に慎重になってきている。ところが80歳を過ぎたドライバーは何故か自信満々だと云う。過疎地はモチロンだが、都市部でも交通機関の不便な地域は多い。その辺りを同時に解決してゆかないとなかなか免許自主返納は進まない。あさ爺の住んでる地域はバス路線も充実、JRや私鉄もバスを組み合わせれば、日常生活に殆ど支障はない。それでも返納には慎重になってしまう。どうしたものかと考えさせられる「事件」だった。

2018年6月 3日 (日)

あさ爺の徒然日記(888) 5月31日(木) 野毛でI君を偲ぶ

高校時代の友人たちが桜木町駅に参集。今月急逝したI君を偲ぶため。彼には自らが「隊長」を務めた山仲間もいるが、今日は飲み仲間が集った。I君とヨーロッパ60日間の親爺2人旅をしたM君が呼びかけた。山仲間もいるが殆どは山には余り縁がない連中だ。紅一点として我らが誇りの画家も駆けつける。彼女は二紀会展でI君がいつも絵を見てくれたと思い出話をする。追悼会場は野毛にある小さなカウンターだけのお店、ジンギスカン料理の「羊ながし」。献杯に先立ち、彼の家があるさいたま市の方向に向けて黙祷を捧げた。

鉄人でありながら運動神経の鈍い人(たとえばあさ爺)や足腰の弱い人(これもあさ爺)達にも等しく細やかな配慮を示した。75歳前後の30人近い集団を山に連れて行く際は、ケーブルやリフトを駆使した。自らは麓からでも登りたかった筈だが、少しでも多くの人に山の魅力を伝えたかったのだと思う。そして鉄板やビールを担ぎ上げて、焼肉パーティもした。山だけなく、サイクリングや飲み会での中心メンバーでもあった。生前の彼が好んだように、我々は賑やかに彼を見送った。我々に手を振る、人懐こい彼の笑顔が見えた気がした。合掌

あさ爺の徒然日記(887) 5月30日(水) ヤクルト化粧品工場見学

実習で藤沢市内にあるヤクルト化粧品工場の見学に出かけた。あさ爺自身としては2度目の訪問。本番は2回設定されているが、両日とも既に満員御礼で締め切られている。相変わらずの人気だ。市内にはいすゞ自動車、メルシャン、武田薬品等の工場や研究所があるが、工場見学に力を入れてくれているのはここだけ。訪問販売が主体の化粧品なので、工場も決して大規模なものではない。それでも清潔な製造部門での機械化された作業をガラス越しに興味深く拝見。製品を使った即席の講習会もあり、爺さん婆さんたちも差別なく美に挑戦することになる。

工場を出た後は、長久保公園都市緑化植物園、引地川緑道、鵠沼運動公園(通称・八部(はっぺ)公園)と歩き、浄土宗寺院の本真寺で解散。ここでは藤沢が生んだクリスチャン画家長谷川路可の作品にも触れる。路可の名は洗礼名ルカに因み、彼自身、1967年(昭和42)教皇パウロⅥ世に拝謁後、ローマで倒れ帰天した。このお寺との縁は実母の墓があることによる。鵠沼文士の定宿「東屋」との関係がある方々でもあり、ガイドの定番コースにもなっている。

2018年6月 2日 (土)

あさちゃんの鎌倉日記(529) 5月29日(火) 明月院ブルー

第2回目となるあさちゃん鎌倉勉強会(AKB)。今回は早くも見頃を迎えた紫陽花の名所明月院と大船の古刹常楽寺を廻った。参加者は9名。明月院は5代執権北条時頼ゆかりの寺院であり、常楽寺は3代執権北条泰時ゆかりのお寺さんである。祖父と孫のこの両者は、鎌倉幕府の土台を築き上げた点で共通している名執権であり、それが今日の勉強会のテーマにもなったが、やはりメインはアジサイだ。アジサイ寺の別名を持ち、明月院ブルーの名で知られるこのお寺は、梅雨時の6月がピークとなる。

早くも境内は大勢の入山者で混雑していた。昨年までは5月中は拝観料300円で、6月は500円に値上がりする。それを見込んでの日時設定だったが、もう500円に改定されていた。しかも通年と云うことで、鎌倉も京都、奈良と肩を並べる500円時代に突入したのか?しかも、方丈裏手の菖蒲庭園も前倒しで明日から公開されると云う。いささか情報不足で参加者に迷惑をかけてしまった。まだ全体的には小ぶりだったが、透き通るような明月院ブルーの美しさは堪能できた。それで良しとしょう。これから週末には大行列が出現する筈だ。

あさ爺の徒然日記(886) 5月28日(月) イチゴ摘み

夏場所は余り面白くなかった。初三役の遠藤がどこまで通用するかが、あさ爺には唯一の楽しみだったが、ご覧の通りの途中休場を含む惨憺たる成績。途中からでも出てくる意気込みを買うべきか、じっくりと怪我の治療をしないのは却って無責任か、評価は分かれるところだ。自身に人気力士としての自覚があり、フアンや協会に迷惑をかけたくない気持ちも理解できるが、それは自惚れだろう。稀勢の里と同じだ。逆風の中でただ一人、「日大ブランド」を守り続けようとした力士が潰れようとしている。ドンT理事長に可愛がられていたので、それが精神面に動揺をきたしたと素人解説者のあさ爺はみる。北の富士さんも舞の海さんも気づいていない迷解説だ。

久し振りに畑に出る。今年はイチゴが豊作だった。家庭菜園のド素人農夫は鈴なりに実をつける苺摘みにご満悦だった。いちご大好きの孫M嬢に体験させてあげたかったが、それもほぼ収穫期を終えたようだ。野鳥が群れ飛び、イチゴのような真っ赤な車体のツインライナー(メルセデスベンツ社製の連結バス)が近くを走る農園は、もうすぐ梅雨の季節を迎えようとしている。

2018年6月 1日 (金)

あさ爺の徒然日記(885) 5月27日(日) 大相撲夏場所千秋楽

昨日、今日と2日続けて王子へ通う。孫の子守だ。イヤ、孫の遊び相手と云った方が正しいか。事情があって家の引っ越しをしたのだが、婿殿の仕事の関係で荷物の片づけが進まない。母親は自らも忙しい仕事を抱えている。貴重な休みを利用して段ボールの山と格闘している。わんぱく盛りのチビ2人がおとなしくしているわけがない。そこで彼女の両親が実家から応援に駆け付ける。荷物の中身までは責任が持てないから、手伝いたくても却って足手まといになる。ジジババはもっぱらチビのお相手をすることになる。近くの公園をハシゴ。暑い昼下がりでそれにも限度がある。手を振りほどいて飛び出そうとするチビを押さえつける?のはタイヘンだ。

夏場所が終わった。白鵬が優勝できなくても、そこに日本人力士が漁夫の利をとはならなかった。鶴竜が連覇を果たし、栃ノ心が準優勝の成績で大関昇進を決定づけた。あ~、こんな大相撲に誰がし~た♪ 稀勢の里を連続7場所休場に追い込んだ元横綱のH富士か、イヤ、怪我をキチンと治せずにいる稀勢ちゃん自身か? 八角か? 貴乃花か? 無敵の大横綱H鵬か? 栃若時代が懐かしい。

あさ爺の徒然日記(884) 5月26日(土) 日大アメフト事件

連日のように世間を騒がせている日大アメフト事件。日本の国政の中枢で、政府自らがのらりくらりと逃げ切りを図っているのを反面教師にするのかと思いきや、それをそっくり真似てこちらもほとぼりが冷めるのを待って、それまではなんとか逃げ切ろうとしている日大の首脳陣。監督、コーチで収まらないと見るや、遂に学長が「謝罪」会見。とうとうトップがと思いきや、私立の場合はその上に絶対君主の理事長が君臨している。日大の場合は、学長は常務理事の内田監督よりも下のランクであるヒラ理事。これでは上司が出てきたのではなく、部長クラスが出てきたようなもので、しかも相変わらずの誠意の無さから藪蛇の態。火に油を注ぎ続けている有様。

記者団からは日大ブランドに傷がつきますよと忠告を受けているが、そもそもそんなブランドが存在するとは知らなかった。K大やW大ではあるまいに。繰り返しになるが、政府自ら逃げの一手を決め込んでいるから、みんなマネしたがるのだ。あ~、こんなニホンに誰がし~た♪  モチロン、誰がとは我らが宰相シンゾー君のことだ。日本国民が熱狂的に支持している党の総裁であらせられる。

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