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2018年7月

2018年7月31日 (火)

あさ爺の徒然日記(942) 7月31日(火) 寂聴まんだら対談

まだ8月を前にして、もう夏を堪能?した感がある今年の7月だった。猛暑、豪雨、台風で熱中症と豪雨合わせて約300名の犠牲者が出た。偏屈親爺のあさ爺は、これもアベ政治が悪いからだと憤慨している。人災か、天災か?トランプの君臨するアメリカでは山火事が頻発。自然災害と政治不安は無関係ではない筈だ。尤も、順序は逆かも?瀬戸内寂聴の「寂聴まんだら対談」を読む。山田詠美、川上未映子、横尾忠則、花村萬月、河野多恵子、柳美里、酒井順子、島田雅彦各氏との対談を単行本化したもの。それぞれの作家の人となりが垣間見えて面白い。それにしても寂聴さんは老いて意気益々盛んだ。対談相手から、尚、エネルギーを吸収しているから凄い。

2018年7月30日 (月)

あさ爺の徒然日記(941) 7月30日(月) 満天のゴール

今月読んだ本の中に、藤岡陽子著「満天のゴール」(小学館)がある。星空が美しい京都丹後半島。医療過疎地で働くことになったシングル―マザーの看護師が主人公だ。彼女は人生どん底と思い、人生に責められ続ける医師、人生を諦めている老女の3人の出会いが人生を変えてゆくと云う物語。どん底から希望をもたらす人間味の溢れる医療小説だ。著者自身が京都の大学(文学部)を卒業し、東京の看護専門学校を出た看護師でもある。だから医療に携わる場面の描写は現実的だ。衝撃的な事件を起こした看護師が注目を浴びている時代だが、大半のナースたちは毎日、命と向き合い、神経をすり減らしている過酷な現場で働いているのだ。笑顔を絶やさずに・・・。

あさ爺の徒然日記(940) 7月29日(日) 台風は西へ

昔、「ひかりは西へ」と云う国鉄のキャッチフレーズがあった。高度成長期を云い表わす標語でもあったかと思う。まだ、「のぞみ」の走っていない時代。超特急は「ひかり」。岡山から広島へ、そして博多へと延びてゆく。不謹慎だが、思わずその明るい時代の言葉を思い出した台風12号の動きだった。幸い、洪水被害は出なかったようだ。我が家に渦巻いていた豆台風も東京へ去った。一日延びたが、迎えに来てくれた大好きなお母ちゃんと連れ立って、バーイバイと手を振って。好奇心まる出しは母親に似てるかな?部屋を散らかすのは両親を見習ってるのか?悪さをするのはパパ似だろうかと、勝手な批評をしている爺でした。

2018年7月28日 (土)

あさ爺の徒然日記(939) 7月28日(土) 台風12号の怪しい進路

県内の湯河原、大磯、そして東京の墨田川花火大会。週末に予定されていた真夏の一大イベント、花火大会が軒並み中止、又は延期となった。台風12号が接近している。小笠原、伊豆諸島を直撃しながら、今夕に関東に接近し、東海から近畿へ上陸。更に西へ進むと云う。普通の台風とはまるで反対のコース。この不思議な台風にあさ爺の孫たちは直撃を食らった。大阪へ行ってた孫たちはこの土日に帰るつもりだったようだし、我が家に滞在中のH君も帰宅が一日延びることに。ホームシックにかかり始めていた彼には恨めしい台風となったようで・・・。それより、豪雨被災地に再びの大雨が。深刻な話だ。

2018年7月27日 (金)

あさ爺の徒然日記(938) 7月27日(金) 夏休みの記憶

小1の孫が「国内留学」で我が家に滞在中だ。息子一家の孫たちは大阪へ、娘の孫の一人は我が家で預かっている。このH君は元気一杯だ。せっかくの夏休み、何か想い出を残せるようにせねばといろいろ考えを巡らす。工作の作品展を見せにギャラリーへ、浮世絵館ですごろくゲームをしたり、近くの公園や母親の通った小学校の運動場で遊ばせたりと、彼の絵日記は楽しい絵が並んでいる。そして今日は、小田急電車に乗せて、新江ノ島水族館へ出かけた。夏休みでちびっ子を連れた若い家族連れで賑やかだ。数年前は怖がって泣き叫んだ彼も、今日は元気いっぱいに水槽を覗き込む。イルカのショーにもご満悦。想い出が又、一つ増えた。

あさ爺の徒然日記(937) 7月26日(木) オウムへの断罪

今月に入って2度目となった大量処刑。世界の人権諸国家からヒンシュクを買おうが、ほとんどの国民はこれに異を唱えない。これでオウム真理教の13名への死刑執行が終了した。平成に起きた事件を、平成の内に幕を引いたわけである。マインドコントロールされた「善良な」若者が、処刑されると云う違和感。宗教弾圧と疑われる微妙な事件。この事件の真相、原因は結局解明されないままと云う識者の意見もある。多くの謎と異論を抱えながらも、今回の大量処刑が大きな政治問題とはならないニッポンである。大逆事件、二二六事件を連想してしまうあさ爺は、昭和の戦前を引きずっているのかもしれない。

あさ爺の徒然日記(936) 7月25日(水) 猛暑も一息

史上最高気温41.1度を熊谷で記録したこの猛暑。今日は少し暑さが和らいだ。但し、関東南部の限られた地域での話。以前は山形が日本最高気温を記録した土地として記憶されていた。その時も40度を超えている。館林、熊谷、多治見、四万十としのぎを削る中で、今年大奮闘したのが京都だった。38度を超える猛暑が1週間以上も続いた。夏暑く、冬寒いのが京都の季節を表わす代名詞だったが、その京都も炎熱地獄。更に豪雨で鴨川や保津川が氾濫寸前の危機にさらされた。イヤハヤ、暑さのトップ争いをやってる場合ではないようだ。今日は滞在中の孫を、浮世絵館に連れて行った。東海道中の双六を買って貰ってご機嫌だ。

あさ爺の徒然日記(935) 7月24日(火) 考え方の溝

高校同期の友が急逝した話。I君は人なっこい性格で、高校時代はそれほど目立った存在ではなかったが、還暦を過ぎた同期生の間で存在感を示した。皆がそれぞれに老後の生きがいを見失いがちになっている時に、山に誘ったり、ハイキングを呼びかけたりして、アウトドアの楽しさを広めてくれた。その彼の予期せぬ急逝で、折角、出来上がったグループが空中分解しょうとしている。リーダーシップをとる者が忽然と姿を消した。皆、茫然自失の態なのだ。会社組織ではないので、後継者を誰にと言う話にはなかなか進まないようだ。それだけにI君の存在がいかに大きく、我々が甘えていたか。趣味のサークルも、難しいところがある。

あさ爺の徒然日記(934) 7月23日(月) 老いの暑気払い

会社のOBグループの暑気払いに顔を出す。年に4回、季節ごとに散策を楽しんだ後に、飲み会を行う。しかし、夏場は飲み会だけで「お茶」を濁す。顔を合わせた途端に、今年の暑さに愚痴がこぼれる。殆どが70歳を超え、傘寿を迎えた先輩もおられる。話題も誰それが死んだとか、イヤ、もう先がないなどと。ま、こんな話は実はあまりしないのだ。政治の話も微妙で避ける。無難な話題は、やはり今どきの事件ニュース。大口病院や相模原事件のてん末に話が及ぶ。また、西日本豪雨には、みな深刻な表情となった。殆どが関西の出身、とりわけ広島や四国のメンバーが多い。とりわけ、幼い犠牲者には胸を痛める。

2018年7月26日 (木)

あさ爺の徒然日記(933) 7月22日(日) 再び稲作の歴史を学ぶ

昨年の12月に日大生物資源科学部の藤沢キャンパスで行われた講座の続編が昨日行われた。講師は前回に引き続いて池橋教授。ご高齢にもかかわらず、この猛暑の中を我々の為に一肌脱いでくださった。ガイドとしての知識、教養を広める為の勉強会。鎌倉や江の島と違って、中国6千年の歴史が舞台であり、稲作が伝わった頃には既に黄河流域では漢王朝が全盛期を迎えていた。農耕民族の弥生人と狩猟民族の縄文人が、日本民族を構成していることはよく知られているが、今の皇室が弥生人に起源を持つことなどを改めて知ると、まことに興味深いものがある。今日から夏休みの孫の国内留学受け入れ先となる。

あさ爺の徒然日記(932) 7月21日(土) 書道展を鑑賞

昨日のことだが、乃木坂の新国立美術館と上野の東京都美術館へ出かける。共に毎日書道展の会場となっており、新国立では西郷隆盛の「敬天愛人」の書を、都美術館ではカミさんの渾身の作品を鑑賞。この書道展を目指して、日夜努力している姿を目の当たりにしていたので、入選の知らせを受け取った時は、本人以上にホッとした。たかが入選、されど入選なのだ。伊勢神宮等で数々の入選歴がある新進の書家にとっても、今回は格別の想いがあったようだ。上野公園のイベント会場も猛暑に襲われて、人影も少なめ。土用のウナギも夏バテしているのではないか?

2018年7月24日 (火)

あさ爺の徒然日記(931) 7月20日(金) 湘南海岸公園下見

9月11日に予定している江の島散策の下見を昨日行った。高校同期の集まりで昨年に引き続きの江の島。前回は岩屋が高潮被害に遭い、閉鎖されていた。今回はその岩屋を遊覧船の弁天丸で往復する。それに先立ち、ニエアールの碑となぎさ体験学習館を下見し、懇親会場のお店と打ち合わせ。ニエアールは中国国歌の義勇軍行進曲の作曲者で、若くして藤沢鵠沼海岸で事故の為客死。その碑が海岸に建てられている。しかし、湘南海岸公園が思いのほか広く、コースに組み入れるのは厳しいと。高齢者の散策会は、事故対策が欠かせない。常連のI君が急逝した後の、追悼の集まりともなる。

2018年7月23日 (月)

あさ爺の徒然日記(930) 7月19日(木) 念願の受賞

島本理生さんの直木賞受賞が決まった。もう既に有名な作家なので、まだ受賞していないことが意外だった。報道によると芥川賞には4回も候補に選ばれていたらしいし、直木賞も今度で2度目の候補だったとか。彼女は素直に受賞を喜んだ。昔、これらの賞が欲しくてたまらず、選考委員に直訴までした著名な作家がいた。太宰治だが、それほどの文学賞と云うことだ。しかし、受賞を逃しても大作家の道を歩んだ人もいれば、折角受賞の栄誉に輝いても、その後パッとしない人も多くいる。結局は、自身の研鑽しかないのだ。余談だが、賞の制定者菊池寛はあさ爺の高校の大先輩。後輩もピンキリということだ。

あさ爺の徒然日記(929) 7月18日(水) 校外学習での熱中症

愛知県で小1男児が熱中症で死亡した。その原因が校外学習にあると云う。その男の子は疲れたと云ってたらしい。始まる前から体調不良を訴えていた。終わってからも先生が手を引いて学校まで連れ帰った。その後に、校内で容態が急変したという。大勢の子どもたちを相手にしていて、一人一人の子どもに注意を払うのは確かに難しいだろうし、先生もまさか大事に至るとは想像が及ばなかったわけだ。しかし、結果は重大となった。

あさ爺の孫も同じ学年だ。孫に置き換えて想像してみるだけで、胸がつぶれそうになる。親御さんの気持ちを思うといたたまれない。同時に、これだけ熱中症が騒がれている時に、幼い子どもたちへの危険に想像力が働くことがなかったのか?これは周囲の大人、ここでは学校現場の関係者の責任でもある。教育は時に難しいこともあるが、臆病にならなければならない時もあるということだろう。

2018年7月22日 (日)

あさちゃんの鎌倉日記(536) 7月17日(火) 瑞泉寺へ

今夏の気温は異常である。35度以上の猛暑日が列島を席捲している。特に岐阜や京都で高温が続いている。それも39度超えの猛暑だ。その暑い中を鎌倉へ出かける。久し振りに勉強会で瑞泉寺へ向かった。今日の参加者は12名。当初の予定コースを、暑さ対策で短縮。熱中症を起こしてはタイヘンなのだ。参加者も、講師役のあさちゃんも決して若くはない。と云うよりかなりのお歳だ。昨日までの3連休で、全国各地では熱中症による死者が14人と伝えられる。他人ごとではない、昨今の暑さだ。

瑞泉寺は花の寺としても知られているが、今の季節は何が咲いているのだろうかと、境内を見渡すと桔梗が美しく咲いていた。本堂には徳川光圀が寄進した千手観音菩薩が安置されている。今日17日はその観音さまの縁日でもある。打ち上げは鎌倉宮の前にある「手打ちそば宮前」で。用意して下さった涼しい個室で、ジョッキを傾けながらの楽しい語らいが続いた。観音さまに守られて、体調はみなさん最後まで絶好調のようでした。

あさ爺の徒然日記(928) 7月16日(月) 浮世絵明治の東海道

西日本豪雨の死者は212人に。総理は激甚災害に指定すると云う。当たり前ではないか?まるで自身の裁量で指定するのだと云わんばかりの物言いに違和感を感じる。新聞までが首相の有難い判断で、などと提灯記事を載せる。とにかく赤坂自民亭の一件がバレてから、災害対策が一番と走り回っている。天皇陛下の被災地訪問が多くの感動を呼び起こしていると知ってからは、まるでそのお株を真似したような各地への訪問。愛媛県ではアベちゃん総理の後ろに、政敵のN知事が立っているのに思わず苦笑してしまった。イヤ、被災地は笑い事ではないのだ。飲み会をしているより、ずっと仕事をしていると云う充実感もあるだろう。

藤澤浮世絵館での講演会に出かける。テーマは「浮世絵にみる東海道 江戸の旅 明治の旅」。三代目歌川広重は幕末から明治にかけて活躍した。珍しい東海道の文明開化を描いた。浮世絵の中に、人力車や電信柱が登場する。川には橋も架けられている。興味深い明治初期の風俗が描かれている。講師は県立歴史博物館の浮世絵研究家。明治8年に刊行された「東海名所改正道中記」を解説して下さった。初代広重を意識しながら、新しい時代の息吹を感じさせる三代目の意気込みが感じられて面白い。明治初期と、終戦直後は共に新しい時代のうねりに民衆も高揚していた時代だったことがわかる。

2018年7月16日 (月)

あさ爺の徒然日記(927) 7月15日(日) 名古屋場所が熱い

いつのまにかサッカーのワールドカップが終わろうとしているし、プロ野球のオールスターゲームも始まっていた。あさ爺には大相撲の名古屋場所に目が行ってしまう。3人の横綱が休場したのも珍記録だが、俄然、優勝候補の筆頭に躍り出る筈の新大関栃ノ心、ナントこの人まで休場してしまった。土俵を締めるべき大関2人は、揃いも揃って今場所はカド番。さあ、こんな面白い場所に誰がし~た♪

八日目の今日現在では、関脇御嶽海が全勝で勝ち越し一番乗り。でも、このまま突っ走れないのがこの人の持ち味と云うか前科。大関候補の一番手になるべき力士なのに、いまだ2桁勝利がない。後半戦に息切れするのか、それともプレッシャーに弱いのか?人気力士遠藤が7勝1敗で続いている。この2人で優勝争いをしてくれれば、新時代の到来とフアンも協会の皆さんも云うことなしなのだが、そんな風にはならないだろう。しかし、新陳代謝はスポーツの世界には不可欠。大体、体力勝負の世界が、少子高齢化社会となってはいけないのだ。いつまでも横綱が無敵を誇るのもおかしいではないか?と、こんな愚痴をこぼしていても仕方がない。誰が、名古屋場所を制するか、行方定めぬ真夏の角界。熱中症になりそうだ。

あさ爺の徒然日記(926) 7月14日(土) 豪雨の夜の宴会

フランス革命が勃発した日。この猛暑でうだる日本でも、革命を起こしたくなるようなうんざりした「事件」が発覚した。気象庁が異例の大雨による緊急記者会見を開いて、全国民に警戒を呼びかけた日。西日本各地では土石流が発生し、洪水で逃げ惑う「民衆」の姿があった。その同じ夜、赤坂自民亭と云う名の飲み会が総理を囲んで、和気あいあいと楽しく開かれていたそうな。ご同慶の至りである。また、この酒宴の「女将」は、上川ママだと伝えられている。7人の死刑執行にサインした嬉しさに気分も高揚していたのであろうか。

本来なら、場所柄、時間柄も踏まえて極秘裏に開催され、政府の機密情報扱いとなって、半永久的に闇に消える筈だったのに、おっちょこちょいの自民党議員が自身も高揚したのか、SNSで拡散される引き金を引いたそうな。気の毒なことに我らがアベちゃん総理は、得意の愛妻同伴での外遊を中止せざるを得なくなったそうな。イヤ、表向きは災害対策らしい。でも、飲み会がバレたからかと能天気なあさ爺は勘違いしてしまった。メディアも飛ぶ鳥を落とす勢いの総理に忖度して、大きな騒ぎを引き起こす気はなさそうだ。イヤハヤ、赤坂の夜は更けて・・・。

2018年7月15日 (日)

あさ爺の徒然日記(925) 7月13日(金) 裏口入学

東京医科大学で起きた贈収賄事件。文科相の高官の懐に入ったのは、現金ではなく封筒の中身は息子の合格通知だった。いや、ちゃっかりお車代位は一緒に入っていたかもしれぬ。お互いの持ちつ持たれつの関係だ。息子が貴校を第一志望にして医者を目指しています!と云われれば、それを無視する聖人君子のような学校はあるまい。何のゆかりもない受験生を合格させるのと、とても大切な高官の御曹司を入学させるのとでは、敢えて迷うこともない筈だ。それら受験生の生殺与奪の権利を握っている理事長と学長。そこが私立大学の有難いところ。イヤ、これは高官側から見た場合の話。袖の下から、合格通知書を渡されて、越後屋、お主も悪よのうなんて苦笑する筈もない。

医師を目指すには、医学部の卒業試験、医師国家試験とハードルがいくつもある。中でも最大の関門が、基礎学力を問う医学部入試だ。もしかしたら、この裏口入学は氷山の一角かもしれない。まさか、越後屋のご主人も卒業試験まで面倒は見まい。週刊誌報道によると、この高官は総理に楯突いてクビになった前川元次官の子分だとか。検察による総理への忖度での摘発だと云う。もう、何が何だか訳がわからくなった。

あさ爺の徒然日記(924) 7月12日(木) 暑気払い

昨日は元会社のOB達との暑気払い。東横線の大倉山駅に集まった。駅から坂を登り詰めたところに大倉山記念館がある。公園の中で、今年初めての蝉の鳴き声を聞いた。暑さが更に身に染みる。ひんやりした記念館のロビーで一休みして梅林へ。梅の季節には大勢の人を集める、昔からの名所だ。暑気払いは東白楽の「たち花」で。女将のK子さんもお元気だ。その昔、八幡平の高原にあるホテルで一緒に働いた。このグループは毎年、ここで新年会をしたり忘年会をしたりで、何かとお世話になっている。横浜のような大都会の中で、こうした馴染みのお店があると我々も助かるし、お店にとっても有難い客だろう。

ところで今日の東横線には喪服姿が目立った。妙蓮寺で歌丸さんの告別式が行われていたのだ。国民栄誉賞をと云うあさ爺の主張は、総理に無視されてしまったが、少なくとも多くの国民には愛された落語家だった。横浜から一度も外へ引っ越したことのない、生粋のハマッ子。最後も横浜のお寺で皆さんに別れを告げた。酸素ボンベを抱えて高座に上がり続けた歌丸さん。不思議に声の張りは最後まで衰えなかった。生涯現役を貫いた落語家人生に幕を下ろした。合掌

2018年7月14日 (土)

あさ爺の徒然日記(923) 7月11日(水) 災害弱者

今回の災害で、集中的に犠牲者が出た真備町。あさ爺が岡山で暮らしていた頃は小田郡に属していたのかどうか覚えていないが、いずれにしても郡部だった。更に古くは吉備の国ではなかったか?真備と書いてまきびとも読む。その後、倉敷市に編入されて都市化が進んだのだろう。以前から洪水とは無縁の地で、その後も聞いたことがなかったから、気象庁風に云えば、数十年に一度あるかないかの災害と云うことになる。

そして排水が進んだ後に、多くの犠牲者が発見された。ほとんどが逃げ遅れた高齢者。平屋の建物に住んでた人たちが犠牲となっている。高齢者の中でも障害者やほとんど寝たきりと云う人たち。しかも水害に見舞われたのは深夜だった。これでは逃げられない。真備記念病院から救い出される映像を見ている間に、水没した家の中で多くの人たちが無念の死を遂げていたのだ。全国で死者は159人。まだ増えそうだ。平成最悪の被害。戦争と平和が昭和の代名詞なら、平成は災害の時代ということになりそうだ。

あさ爺の徒然日記(922) 7月10日(火) 平成30年7月豪雨

俳優の加藤剛さんが亡くなった。先月のことだが、公表されていなかった。80歳。これで昭和の名優がまた姿を消した。つい数日前にビデオで伊能忠敬の生涯を描いた映画「子午線の夢にかけた男」を見たばかりで、この俳優の味のある演技に深く感じいってたところだった。

西日本豪雨の死者数が125人に達した。更に安否不明が89人と云う。この甚大な被害をもたらした災害に名前がついた。地名が入らなかったのは、被害が広範囲に及んだためだ。岡山の真備や愛媛の大洲辺りは、ふだんはのどかな田園地帯だ。凡そ、災害とは縁遠い地域だと思われてた。仮にあさ爺がそこに住んでいたとしても、マッタク予測は出来なかったに違いない。中小河川の治水工事がどうだったのかとか、上流のダムの放流が周知出来ていたのかなど、いろいろ言われているがすべて結果論。しかし、被害者を犬死させてはいけない。これから、今回の教訓をどう生かすかは重要な課題だ。防ぎようのない災害ならば、尚のこと、被害者対策を強力に進めねばなるまい。

2018年7月10日 (火)

あさ爺の徒然日記(921) 7月9日(月) 看護師の犯行

横浜の病院で起こった謎の事件。目撃者もなく深夜の病棟で起こった謎めいた事件。はっきりしているのは相次いで死亡した入院患者の死因が、点滴に混入されたとみられる消毒液と云うだけで、事故なのか事件なのかも素人にはワカラナイ出来事だった。事件発生から1年10ヶ月経って、当時の当直勤務の看護師が逮捕された。警察としてもこの種の医療事件の捜査は難しかった筈だ。怪しいと云う状況証拠だけで焦って逮捕して、苦い結果を招いた過去の事例に事欠かない。昔のように容疑者を取り囲んで、早く吐け、吐いて楽になれなどと脅し続ける、テレビドラマの刑事もののような時代ではないのだ。裁判でひっくり返されることは珍しくない。ましてや人の命を預かる看護師を疑うには、相当の覚悟が求められる。だから時間がかかったのだろう。

マスコミは最初から彼女を疑っていたから、その姿を追い続けてマイクも向けている。その看護師は、一見して地味だ。大それた事件を起こすとは考えにくい。今後、起訴されて裁判で経過が明らかにされる。惜しむらくは、なんで仕事を辞めなかったのか?意識の根底に、終末期の寝たきり患者に対する嫌悪感、或いは憐憫の情があって安楽死もありと考えていたのだろうか?凶悪犯には見えない一人の女の狂った人生。凶器を持たない犯行だけに、素直に受け入れがたい事件であった。

2018年7月 9日 (月)

あさ爺の徒然日記(920) 7月8日(日) 寂聴辻説法

広島、愛媛で特に大きな被害をもたらした今度の豪雨。昨年の朝倉市の時と同じように線状降水帯と呼ばれるものによるらしい。しかも、それが1ヶ所にとどまらず中国四国から近畿、東海へと長い帯となっている。だから、被害も広範囲だ。朝倉豪雨やその前の広島安佐北区豪雨被害を大きく上回る今回の大雨。しかも、同じような地域を再び襲った。やりきれない想いだろう。

瀬戸内寂聴の「寂聴辻説法」(集英社)を読む。これは2008年から続いていると云う携帯サイト「寂聴の人生相談室」を単行本化したもの。辻説法と云うと日蓮さんのそれをイメージしてしまうが、これは1対1の身の上相談だ。人生相談を断り続けたそうだが、出家した以上、坊さんが人生相談を断るのはおかしいとかで、以来、東北や四国、京都の寂庵などで悩みの相談に応じていると云う。お釈迦様の教えをもとに、いろんな話をされるところはさすがに宗教家だ。同じ、宗教でも居場所のない若者を惹きつけ、「相談にのった」教祖とはエライ違いだ。尤も、そちらは宗教とは名ばかりと云うか、似非(えせ)宗教だったのだ。そこまでゆかなくとも、世の中には怪しい「宗教」がはびこっている。自分の悩みを打ち明けるのに、相手をよく見てお願いしなければとんでもないことになる。寂聴さんもそれには注意しなさいよと諭している。

あさ爺の徒然日記(919) 7月7日(土) さだまさし「絶対温度」

西日本各地が豪雨災害に見舞われている。刻々と伝えられる被害が、大きさを増している。浸水被害も広範囲に拡大しているが、人的被害は土砂崩れによるものが多い。特別警報が同時にたくさん発令されるのも初めて。テレビやラジオでは、命の危険が迫っていると叫び続けている。当初は少し大袈裟なと思ったが、予想以上の死者、行方不明者数に暗然とする。ただ、肝心の被災者にこの報道が届いているのか疑問なのだが。不意打ちの地震はとても怖いが、一挙に水かさが増す洪水も恐怖だ。これ以上増えないでくれと神に祈るしかできないだろう。

ところで、その地震が夕方に起こった。あさ爺の地域では震度3。東日本大震災の余震並みの揺れに驚いた。震源は千葉で震度5弱、マグニチュード6.0。不謹慎だが、西日本でなくて良かったと思った。さだまさしを読む。自身の半生を、その時々の想いとユーモアをまじえながらエッセイにまとめたもの。いつもながら、この人の随筆は楽しく読める。やはり、個人情報まるだしで自分を語ってくれるまっさんは愉快な人だ。

2018年7月 6日 (金)

あさ爺の徒然日記(918) 7月6日(金) オウム大量執行

九州、沖縄から北海道に至るまで、全国各地が大雨に見舞われている。梅雨末期の豪雨だ。ここ南関東でも大雨ではないが、降ったりやんだりの天気。気が滅入りそうなニュースが追い打ちをかけるように飛び込んだ。麻原死刑囚の死刑執行だ。朝のニュースでは麻原一人が速報として伝えられたが、13人中7人が執行されたと云う。いずれ残る6人も早晩執行されるだろう。この事件はマッタク特異な事件だった。世間を驚かせたのは彼らの華やかな学歴。一流国立大のしかも理系出身者が多かった。中には医師もいる。いずれもが麻原教祖の側近として周りを固め、凶悪事件を繰り返した。普通には考えられない犯行で、いかにオカルト教団の洗脳が恐ろしいものかを物語る。

事件には関与していなかったが、東大医学部卒もいた。その男が恩師に是非教祖に会って欲しい、教祖の素晴らしさがわかりますからと何度も勧めたと云う。その恩師は、やんわりと断った。その恩師の名は養老孟司さん。世界的な頭脳を有するであろう、これら若者の純粋な脳内世界をいとも簡単に支配し、破壊した教祖だった。30人近い犠牲者を出し、多くの被害者が今なお苦しみ続けている。上川法相は思わぬところで、死刑執行実績トップクラスの大臣となってしまった。

2018年7月 5日 (木)

あさ爺の徒然日記(917) 7月5日(木) 曽野綾子「死の準備教育」

もどり梅雨と云うより、台風崩れの温帯低気圧の影響だろう、未明から久し振りに降りだした雨。風はここ数日強風注意報が出っ放しの状態。曽野綾子のエッセイ「死の準備教育」(興陽館)を読む。彼女以外にも上坂冬子、佐藤愛子と云った女流作家は老いてますます意気盛ん。自身の老いを作品のテーマに据えるしたたかさだ。モチロン、瀬戸内寂聴さんなどは大御所的な存在だが、さすがに尼さんだ。宗教家としての筆致で、保守派の論客的婆さんとは一味違うが。

その曽野綾子さん、彼女のこれまでの講演や雑誌に掲載した随筆から、抽出したものを再編集したもので、この作家の著書にはよく見られるスタイル。だからではないが、前後の話の筋は一貫していない。彼女のホンネや主張で埋め尽くされている。サブタイトルは「あなたは死の準備、はじめていますか」だ。題名が衝撃的な割には、今云ったように過去の話を寄せ集めたものだから、特に感動はしない。恐らく、出版社に強く勧められた類のものだろう。それにしても独身の冬子女史、未亡人の綾子女史、皆さん一人暮らしを堪能しておられる。オンナは強い。老いてますます磨きがかかっている。あさ爺は死の準備教育なんて、マッタクしていない。この本を読んでも、では早速と云う気持ちにはなかなかなれないでいる。

2018年7月 4日 (水)

あさ爺の徒然日記(916) 7月4日(水) 歌丸さんに国民栄誉賞を

先日、フィギュアの羽生結弦選手に国民栄誉賞が授与された。彼の卓越した功績と、彼への賛辞と人気を考えれば当然かもしれない。しかし、以前にも触れたことがあるが現役の選手に与えるのには違和感がある。まだ、引退したわけではないので、勝負の世界で戦っている以上、今後負けることだってあり得る。スポーツ選手に限らず、囲碁将棋の世界でも同じことが言えるのだが。

まだ話は出ていないが、昨日亡くなった桂歌丸さんにこそふさわしいと思うが如何?これだけ入退院を繰り返しておられたので、生前に授与する機会はいくらでもあった筈。この国民的人気落語家にはそれだけのふさわしい条件があると考えるが、今のところ話は出ていない。残念だ。ま、基準があってないようなものが国民栄誉賞。時の総理の胸三寸で決まる。対象から外れるとしたら、それは歌丸さんに限らず落語家、特に笑点メンバーは時の政治を風刺し、笑いの種にしている。それが許せないとしたら、随分と了見の狭い話だ。もし、授与されたら太っ腹の総理として、内閣支持率は更に上昇。当然、総裁三選もあり得るが、歌丸さんは喜ばないか・・・。

あさ爺の徒然日記(915) 7月3日(火) やまゆりが見頃

11月に予定しているEFGの企画募集。リーダーを引き受けてくれたFさんとサブのIさん、同じくサブを務めるあさ爺の3人で打ち合わせと下見を行なった。当日本番でお客さまの昼食場所に考えている慶応SFCの学食で協議。このキャンパスの緑が美しい。食堂からは眼下に大きな池も広がる。天気が良くて風もあるので、学生も休み時間には木陰で涼をとっている。11月には紅葉も期待できるナンキンハゼの街路樹が続く校内を抜け、エビネやまゆり園に。

秋には閉園しているのだが、2人がまだ入ったことがないとのことで入園。紫陽花もほとんど終わって花は少ない時期だが、やまゆりは見頃を迎えていた。この後、先日オープンしたばかりの「農家レストランいぶき」を下見。ただ、席数が少なく矢張り当日のランチにはお薦めできない。近くの洋ラン栽培の温室にも立ち寄る。ところで、今日はおめでたいニュースと訃報が重なって飛び込んだ。絢子さまのご婚約会見と桂歌丸死去のニュース。歌丸さんは力尽きたと云う感じ。ご冥福をお祈りいたします。合掌

2018年7月 2日 (月)

あさ爺の徒然日記(914) 7月2日(月) 稲盛和夫「心と生き方」

財界の大御所として知られる稲盛和夫の講演集「心と生き方」。講演と云うより、自らが主宰する塾の講師として喋っている云わば講義録。だから、推敲を重ねた著作ではないので、文体も話し言葉だし同じ内容の話が再び出てくることがある。氏が一代で京セラを起ち上げ、KDDI創立に参画し、JALの再建を託される。これは既に知られたことなのだが、特に第二電電(後のKDDI)については随分悩んだと云う。この稀代の大実業家でも人間的な悩みはあったわけだ。

中小企業の経営者やベンチャー企業の人たちに向けた講義録だから致し方ないのだが、自分のこれまでの経歴、実績を繰り返し述べているのが気になった。ま、一流大学を出たわけでもない挫折の繰り返しだったこと、就職難で苦労したことが今の自分になっているのは理解できるが。在家得度して修業している姿は、テレビでも見た記憶がある。神(経営の神様として)のような存在と云われた松下幸之助氏に対し、稲盛さんはどう評価されているのか?再建の神様さまとまでは云えないし、氏が崇敬している郷土の大先達から「財界の西郷(せご)どん」と呼ばれた方が、ご本人も満足されるだろうが如何?

2018年7月 1日 (日)

あさ爺の徒然日記(913) 7月1日(日) 五木寛之「きょう一日。」

先日読んだ五木寛之の本。サブタイトルには「非常時を生き抜く究極の五木メソッド55」とある(徳間書店)。作家であり、作詞家でもあり、講演で全国を飛び歩く。もう80歳代半ばと思われるが、マルチに活躍され敬服する。その健康の秘密について独自の健康法を披露しておられる。以前から有名な話でもあるが、著者は人間ドックや健康診断を受けない主義だ。曽野綾子女史も同じことを述べておられる。女史は目を患ったり足を骨折したりと無病息災とはゆかないが、齢をとればどこか悪いのは当たり前。隠れている病源を見つけ出したところで、今更手術する気はないと云う点で共通したお考えだ。

五木寛之氏はあのふさふさしたヘアスタイルがトレードマークだが、ナント髪を洗ったことがないと云う。信じ難い話だが、痒くはないのだろうか?テレビの「五木寛之の百寺巡礼」などを見る度に、どうしても頭の方に視線が向いてしまう。市町村から健康診断を受診せよとの書類一式が毎年届く。これらも余計なお節介となる。こうした行政の方針が、この国を世界一の長寿国に押し上げ、その副作用として高齢者の莫大な医療負担で財政危機が深刻となっている。あさ爺は今年の健診を躊躇している。

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