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2018年8月

2018年8月22日 (水)

あさ爺の徒然日記(961) 8月22日(水) 夢を与えた金足農業

第100回記念の夏の甲子園が終わった。秋田代表としては103年ぶりの決勝進出と云うことでも話題になったが、県立の農業高校としても戦後初。加えて東北勢悲願の白河越えの期待もあって、最後までフィーバーが続いた。大阪桐蔭の関係者を除けば、メディアも含めてほとんどが金農の優勝を夢見たのではないか?あさ爺は絶対に優勝すると信じていた。そうでなければ、この雑草軍団甲子園物語は完結しないからだ。だが、多くの人はそれでも無理かもしれない、イヤ、準優勝でも夢を与えてくれてありがとうと、戦う前から思っていたに違いない。プロ野球風に云えば、人気のカナノウ、実力の桐蔭と。総裁選挙に例えれば、石破に勝たせたいが、安倍の圧勝間違いなしと同じだ。国全体ではカナノウ、イシバが断トツ人気だが、甲子園のフィールド、永田球場では怪物がデンと構えている構図だ。久々に夢を与えてくれた甲子園。カナノウ、よくやった!

2018年8月21日 (火)

あさ爺の徒然日記(960) 8月21日(火) Gさんご夫妻のこと

昨日、Gさんを斎場でお見送りした。71歳だったそうだ。肺がんは治ったが、喉頭がんが発症して、治療の甲斐もなく帰らぬ人となられた。ご本人とは花見で飲んだりした程度のお付き合いだったが、奥さんとはカミさんの友達仲間と云うことで、あさ爺も親しく?させていただいている。団地のごみ置き場で顔を合わせた奥さんに、入院中のご主人の病状をお尋ねしたら、彼女の話が止まらなくなったことがあった。元々お話し好きなのだが、胸の中にいろんな想いが募って、話を聴いてもらいたかったようだ。次から次へとゴミを捨てに来る奥さん方が、怪訝な顔や笑顔で横目に見てくれるが、話しの内容が深刻であさ爺は笑えないのだ。一日も欠かさず2年近く病院通いされた。さすがに棺に寄り添っておられるお姿はやつれておられるようにお見受けした。悲しみが癒されるのは時間がかかりそうだが、早くお元気になって欲しいものだ。

あさ爺の徒然日記(959) 8月20日(月) 尾畠春夫さん

2歳児発見救出で、一躍時の人となった尾畠さん。今度は豪雨被災地の呉市でボランティア活動を再開した。カメラが追いかけている。唐突だがこの人、鎌倉で人力車夫として有名な青木登さんに実によく似ている。豆絞り風の鉢巻や贅肉のない頑健な体つき、日焼けから顔の造作まで、まるで兄弟のような感じだ。メディアの対応も似ている。来るもの拒まず、去る者追わずと云う姿勢まで。ただ、青木さんの場合は自身の商売にプラスと考えてのことだろうが、尾畠さんはこれでボランティア活動に興味を示してくれる人が増えることを期待しておられる。対価を求めずの姿勢を貫いているとのこと。なかなかマネの出来ることではない。政治家や官僚の堕落が報じられ、簡単に人を殺す暗澹たるご時世で、一服の清涼剤となっているのは間違いない。

あさ爺の徒然日記(958) 8月19日(日) 二十四の瞳

この夏、テレビとラジオで「二十四の瞳」が流れている。テレビでは映画で上映された黒木瞳主演の作品。以前に田中裕子主演の映画も見たが、やはり何度も見た高峰秀子の印象が強い。木下恵介監督の代表作としても名高い作品だった。今年は壺井栄の没後50周年にあたる年だそうで、NHK第二放送の平日午前9時45分から作品の朗読も放送されている。朗読は女優の藤澤恵麻。彼女はあさ爺の高校の後輩でもある。つまり、舞台の小豆島と同じ香川県出身の俳優が、作品に忠実に讃岐弁まる出しで朗読。だから西郷どんのように、わざとらしい薩摩弁とは違って、耳にすんなりと入って来る。大石先生のモデルは原作者壺井栄の妹と云われている。そして、この季節に放送されたり放映されたりするのは、一女教師の眼で戦争を鋭く見つめ、戦死を美化したりしない反戦小説だからなのだ。未来にも読み継がれて欲しい作品である。

2018年8月19日 (日)

あさ爺の徒然日記(957) 8月18日(土) 甲子園の魔物

甲子園には魔物が棲んでいると云う話がある。それに勝利の女神も翻弄されているようだ。9回の攻防が面白いと先日書いたが、それを地で行く試合が今日も繰り返された。近江と金足農業の試合。9回の表の近江の絶好機を抑えて追加点を防いだ金足農。その裏、無死満塁としてツーランスクイズと云う奇策で逆転サヨナラを演じた。解説者の話によると無死満塁でのスクイズはあまり考えられないそうだ。それを見事に成功させたのは9番打者。それで2人の走者が生還した。あさ爺も初めて見た光景だ。近江にとっては魔物に取りつかれた思いだろう。開会式に見事な選手宣誓をしたこのチームは、しかし、甲子園に強烈な印象も残した。琵琶湖ブルーのユニフォームが躍動した。今日のレジェンド始球式は中西太さん(85歳)。小学3年生のあさ爺を、甲子園に目を向けさせてくれたスーパースターだった。彼のチーム(高松一高)は、準決勝で平安に敗れた。昭和26年(1951)のことだった。

あさ爺の徒然日記(956) 8月17日(金) 小野田少尉発見との類似

今回の2歳児発見のニュースで、その昔ルバング島で発見「救出」された小野田陸軍少尉のことを思い出した。モチロン、直接的にはナンの関係もない。ただ、あさ爺はとても似ている共通点を感じた。よっちゃんを発見したのは前日に大分から駆けつけたばかりの78歳のボランティアさんだった。警察や地元消防団140人体制でまる2日間捜索しても見つけられなかった不明児を、この尾畠春夫さんは入山わずか30分で発見。これをどう解釈したらいいのだろうか?小野田少尉もルバング島に潜んでいることを日本政府も把握し、何度か捜索隊を派遣していた。しかし、これだけの大捜索でも音沙汰がなかったのを、世界を冒険旅行していた日本人青年が少尉を発見、その後、無事日本へ帰還させた。ずぶの素人がである。小野田さんとよしき君には共通点はないのだが、捜索側に何らかの先入観が邪魔したのではないかと云う気がする。手落ちはなかったにせよ、一刻を争う捜索に検証が必要ではないか?

2018年8月16日 (木)

あさ爺の徒然日記(955) 8月16日(木) よっちゃん、見つかる

今日は明るいニュースと悲しい出来事が交錯した一日となった。嬉しかったのは2歳児の男の子「よっちゃん」が無事保護されたこと。ナント、発見者は前日に来たばかりの78歳の男性ボランティアだった。発見されたのは3日目の昨日のことだが、詳細が分かってきたのは今日のテレビで。地元の警察や消防団が探しても見つからなかったのが、大分から到着したばかりのこの爺さんが発見したのが驚き。よっちゃんのたくましい生命力に乾杯?だ。ホッとした人は多いのではないだろうか?みんな、胸を痛めていた筈だから。悲しい話は、ご近所にお住いのGさんが2年近い闘病生活の甲斐もなく、入院先で亡くなられたとの知らせ。奥さんが献身的に看病しておられた。ほぼ一日も欠かさずに病院通いをしておられた。我々は夫人の体調を心配したものだ。ご主人はあさ爺よりも少しお若い。最期はお子さんたちに見守られての旅立ち。ご冥福をお祈りします。合掌

あさ爺の徒然日記(954) 8月15日(水) 藤田嗣治展

シルバーデーの特典を利用して、東京都美術館の「藤田嗣治展」に出かける。大混雑を予想したが、お盆休みのせいかそれほどの混雑ではなくて助かった。その後、山手線で田町に移動。先日の巡礼で廻り切れなかった御府内八十八ヶ所霊場の三田にある大聖院へ。お盆でお寺さんが在宅されておられるか心配だったが、玄関に巡礼者宛に掲示があり、紙でご朱印を用意しておいてくれていた。指示通りにご朱印代はポストへ。今日はカミさんと一緒なので、学生時代の4年間を過ごした県人寮を再び訪ねる。舎監さんに無断立ち入りを詫びてお聞きしたら、今の寮生の男女比は6:4だそうだ。昔は男子寮で、女子寮は代々木にあった。モチロン、全室個室。1,2年生だけで、ほぼ満室。寮の人気は衰えずだ。今月は期せずしてノスタルジアウオークで、懐かしい三田界隈を2度も歩くことができた。

あさ爺の徒然日記(953) 8月14日(火) 2歳児の不明事件

山口県の島にある母親の実家に帰省中の2歳の男の子が、行方不明になる事件が発生した。爺ちゃんが海に孫たちを連れて行く途中、帰りたいと云い始めた下の孫を一人で返したのが発端。母親も半狂乱になるだろうが、祖父は一体どんな気持ちか、爺ちゃんの一人としてお察しする。まさか、こんな事態になるとは想像だにしていなかった筈だが、警察や消防団140人が探しても見つからないのが不思議。以前、北海道で似た事件があり、数日後に自衛隊の演習地の建物の中で無事保護された。しかし、あの時は小学生だったが、今度は2歳児。奇跡が起きるとすれば、どこかの空き家か物置に入っているのではと推測。遠くへ行ける筈はないから、すべての建物を再チェックできないものか?あさ爺は夜中に目が覚めた時に、テレビの映像で流れたこの子の顔が浮かんで眠れなくなってしまった。

あさ爺の徒然日記(952) 8月13日(月) 阿波踊り騒動

阿波踊りがもめている。ワイドショーで格好のネタとなって、経緯が面白おかしく報道されている。よく知らなかったが、総踊りを市長の鶴の一声で中止になったのが発端。演舞場が何ヶ所も存在するのも知らなかったし、その内の1ヶ所だけで総踊りが行われ、それが見る方も踊る方にも大人気だと云うことも。民放各局がこれまでの経緯を伝えているが、元人気アナである市長が出身の四国放送系列のキー局は、さすがに市長悪者説は採ってはいないのだろう。あさ爺も「仕事」で阿波踊りに参加したことがあるが、素人連だから当然演舞場では踊らなかった筈だ。もう50年前のことだから忘れてしまった。盆踊りは観客も一緒に踊って楽しむのが原点だから、有料観覧席をたくさん設営して金儲けに走るのにも違和感がある。ま、花火と一緒で、ショー化した盆踊りも地元にとっては、一大イベントと云うわけ。観光協会勤務の経験があるあさ爺は、哀れにも市長に潰された協会が気の毒でならない。

2018年8月14日 (火)

あさ爺の徒然日記(951) 8月12日(日) 9回の攻防

日航ジャンボ機墜落から、まる33年が経った。確かにあれ以来、旅客機の大きな事故はない。安全対策が格段に向上したのだろう。520名の尊い犠牲が教訓として生きているなら、この悲劇も無駄ではなかった。甲子園が佳境に入ってきた。あさ爺の故郷である四国は半分の2校が生き残り、更に上を目指している。ただ、野球狂でもないので、1回から9回までテレビの前に座っていることはほとんどない。面白いのは9回の攻防。両軍が死力を尽くす最終回こそ、このトーナメント試合の面白さだと思っている。この回にそれまでの両軍の戦いぶりが凝縮されている。仮に延長戦に持ち込まれたなら、それはそれで尚面白い。双方の力が拮抗しているわけで、タイブレークも見る側からは楽しい。済美が13回の裏に逆転満塁サヨナラ本塁打と云う劇画的幕切れを見せたのも、塁上の走者2人はタイブレークなのだ。負けた側はやはり後味が悪いに違いない。

2018年8月13日 (月)

あさ爺の徒然日記(950) 8月11日(土) 山の日

山の日は月曜日かと思っていたが、今日の土曜日だった。サンデー毎日の身分になってしまってから、祝日の有難さがなくなった。特にこの祭日は、お盆休みと引っかけたのだろうが、もっと気の利いたやり方はなかったものか。あさ爺は山男ではないが、それでも何座くらい登っただろうか。大滝山、石鎚山、三ツ峠、梶ケ森、大川山、谷川岳、大菩薩嶺、飯盛山、那須連峰、乾徳山、蒜山高原、霧ヶ峰、御岳、伯耆大山。これらは学生時代に単独行かパーティで登った山々。その前の高校時代には山岳部にも入っていたが、基礎体力が不足してバテまくっていた。石鎚、伯耆大山、梶ケ森、三ツ峠にはそれぞれ複数回訪れた相性のいい山でもあった。殆どが2000m程度の低い山だったが、懐かしい想い出になっている。ここ数年、誘われて信州の山々を訪ねることもできた。今は亡きI君のおかげだ。彼の新盆、多分、今も夏山を巡っているのではないだろうか。

2018年8月11日 (土)

あさちゃんの鎌倉日記(539) 8月10日(金) 覚園寺黒地蔵縁日

定例の勉強会で覚園寺に。今日は黒地蔵縁日です。駅からのバスも混んでいましたね。旧知のE氏、O氏、K氏にも出会いました。AKB勉強会も番外編を含めると今回で6回目となりました。今日が初参加の方もおられます。11名でお寺に入りました。いつもと異なり、お寺さんの案内はありませんのであさちゃんがガイドします。薬師堂に何度も入ったり、旧内海家の縁側で皆さん、朝粥を召し上がったりと縁日を楽しんでいただきました。その後は前回、猛暑でパスした鎌倉宮の神苑を拝観しました。今日も暑いですが、風があるので幾分過ごし易い。お昼は小町通りの「あじたろう鎌倉店」に入りました。既にガイドクラブを退会された方やガイドではない方も含めて、ジョッキを傾けながらの語らいは楽しいものです。男女半々と云うことも、女性が参加しやすいのでしょう。来月は面掛行列を予定。

2018年8月 9日 (木)

あさ爺の徒然日記(949) 8月9日(木) 檀ふみ、下重暁子

台風接近の予報で、クラブの例会とその後の暑気払いが中止となった。例会の方は来週に延期だが、結果的には今朝から雨も降らず風も心地よいものに変わって、予定通りでも実施は出来た。避難命令が空振りに終わったようなものだが、相手が自然現象だから致し方ない。檀ふみの「どうもいたしません」と下重暁子の「家族という病2」を読む。共に幻冬舎発行。ふみちゃんは日常をユーモラスに描いたエッセイ。吹き出しそうになるくだりも多い。女優が本業なのか、作家志望なのか?さすがは「火宅の人」の娘さんだ。暁子さんは理想の家族像にとらわれ、ストレスをかかえる日本人に、充実した人生の送り方を示唆する。しかし、肩の凝らないふみさんの後に読んだせいか、こちらは多少肩が凝ってきた。大塚家具のお家騒動に触れていたが、この部分はリアルタイムで興味津々。

2018年8月 8日 (水)

あさ爺の徒然日記(948) 8月8日(水) 台風13号接近

強い台風13号が今夜、関東に最接近しそうだ。猛烈な大型台風とまでは云えないのだが、何せこれまでに災害が続き、まだ復旧に時間がかかりそうな日本列島なのだ。たとえ規模がそれほどでなくても、被災地は不安をかかえている。その大事なニュースに割り込む形で、ボクシング連盟が世間を騒がせる。悲しいニュースでは津川雅彦さんや翁長知事の訃報が飛び込んできた。かたや名優で保守派に近い人、かたや現職の知事で沖縄の辺野古移設に病身をおして、最後まで反対を叫び続けた方。津川さんの「マルサの女」は面白かった。甲子園では初めてタイブレークなるルールが初適用された。これであっさり勝負がつくかと思いきや、両チームともバント失敗を繰り返す小細工戦法。ナルホド、長打がタイムリーに出ないから延長になったわけだ。だからか、負けた側も腑に落ちない様子だった。

あさちゃんの鎌倉日記(538) 8月7日(火)台風接近中のぼんぼり祭り

午前中は11月に予定しているEFGの募集企画の打ち合わせを、Fさん、Iさんとの3人で。午後からはカミさんと鎌倉へ出て、鶴岡八幡宮のぼんぼり祭りを見物。台風13号の接近で、風も強く小雨もパラつく怪しい天気。果たして予定通り開催されているのか心配で、観光案内所で確認したが、中止の情報は入っていない由。以前は段葛でもぼんぼりがぶら下がっていたが、今はやってないようだ。祭り見物の人出も少なく、やや寂しい今年のぼんぼり祭り。時折、小雨が降っては神職や巫女さんたちが、ぼんぼりの片づけに走り回ってタイヘン。半分近くは既に片付けられていた。致し方ないが、何かもっと方策がないものかと残念な想い。駅前で、旧知の鎌倉のベテランガイドCさんと偶然お会いし、立ち話に花が咲いた。我々夫婦も彼女のフアンなのだ。ぼんぼりは寂しかったが、彼女との再会でほんわかした、楽しい気持になった。

2018年8月 7日 (火)

あさ爺の徒然日記(947) 8月6日(月) 釈宗演そして御府内霊場巡り

広島での平和式典に合わせて黙祷。東京の慶応三田キャンパスでの「釈宗演と近代日本」特別展に出かける。今日が最終日なので、駆け込み見学となった。慶応に学び、世界を駆けた若き禅僧の息遣いを改めて感じることができた。その足で、あさ爺が学生時代を過ごした県人寮を訪ね、現代的な寮の陰に当時の建物が廃屋のように残っているのを見て、嬉しいやら懐かしいやら複雑な気持ちも。更に、御府内八十八ヶ所霊場の龍生院、長延寺、宝生院、明王院の4ヶ寺の札所を巡拝。果たして東京の札所を回り切れるかどうか、この歳では何とも言えないが。この辺りは寺町なのだが、学生時代にはトンと興味を示さなかった。寺が多いとは感じていたが、関心があったのは隣の普連土学園(女子校)。

2018年8月 5日 (日)

あさ爺の徒然日記(946) 8月5日(日) 甲子園始まる

台風13号の影響ではなさそうだが、北東北で豪雨が降ってるとのニュース。ちょうど東北の夏を彩る祭りの最中なので心配。ねぶたも竿灯も雨には弱い。一方で炎天下の球宴、夏の甲子園が開幕。久し振りに開会式を通しでテレビ観戦。水分補給タイムを設けたのは良かったが、国旗掲揚と皇太子殿下のお言葉で脱帽を求めるのはいかがなものか?今回は特別措置で着帽のままでも良かったのではないかと。いつも思うが、関係者の挨拶は一人に絞るべきだ。大臣と審判委員長は必要なし。近江高校の主将の宣誓は良かった。花丸だ。カメラが出陣前の彼をとらえていたが、一緒に映ったプラカードのお嬢さんが可愛いかったですね。見てる方も得した気持ち。

あさ爺の徒然日記(945) 8月4日(土) メディアの及び腰

日大のアメフト騒ぎが一段落したら、今度はボクシング連盟である。民放のチャンネルを回しても(イヤ、今はリモコンだが)どこもかしこもボクシング。てっきりお顔を拝見して、会長さんはヤクザの親分かと思ったら、単にお付き合いしてるだけの清廉潔白なお方でした。しかし、あさ爺は自民党のM議員の美しいお顔を見たいのに、どこもやらない。ナゼでしょうね?怖い顔よりも、アベちゃんが贔屓にしている女性に興味があるが、どこの放送局も取り上げない。せめてNHKがとも思うが、いくら会長が代わっても相変わらず、及び腰なのか?

2018年8月 3日 (金)

あさ爺の徒然日記(944) 8月3日(金) 花へんろ

今、NHKBSプレミアムで、早坂暁の特集を組んでいる。テレビドラマ「花へんろ」を流している。実は、断片的にしか見ておらず、ラストシーンが印象に残っているので、再放送がないものかと心待ちにしていたところだ。松山に勤務していた頃、舞台となった風早町(当時は北条市で、現在は松山市)を車で何度か通った。モデルとなった建物も実在していたが、今はどうか?主役の桃井かおりが良かった。早坂暁の世界には欠かせない女優となった。おかげで遅ればせながら見ることができて、往年の名優たちに再会もできた。ナレーションも渥美清から小沢昭一に代わったが、彼もまた物故者となってしまった。昭和の名作だ。

あさちゃんの鎌倉日記(537) 8月2日(木) 吉兆庵美術館

鎌倉と関わりを持って15年近くが経つが、吉兆庵美術館に入ったのは今回が初めて。いつも通り過ぎるだけだった。北大路魯山人にそれほどの関心を持っていなかったせいだ。今日、近くの居酒屋に下見で出かけたついでに覗いてみた。入館者は我々2人だけで、静かに鑑賞できたのは良かった。企画展で「幕末から明治の人々と工芸品」を開催中。特に相撲の錦絵が多く展示され、相撲ファンのあさちゃんとしては満足できるものだった。真夏でも、小町通りは混んでいる。ただし、多くは外国人で中国語や韓国語が周囲から聞こえてくる。小町通りのお店も新しい店舗に入れ替わっているのが多く、15年前当時と様変わりしてしまった。

2018年8月 1日 (水)

あさ爺の徒然日記(943) 8月1日(水) 考え方は様々

政権与党の女性議員が、LGBTの人たちを批判したとかでバッシングを受けている。ハテ?聞いたことのない議員だと思ったら、案の定、複数の政党を渡り歩いて比例で議員になったとか。又、その「非常識」な彼女をかばった大物議員とは自民党のN幹事長だったらしい。ただ、メディアが魔女狩りのようにバッシングするのにも違和感がある。そんな考えの持ち主は議員であってはならないとの論法。弁護する気はサラサラないが、議員がすべて健全な考え方の持ち主でないことは皆さん先刻ご承知のこと。雑誌かネットで発表したから面倒なことになった。国会議員の影響力を勉強できていない未熟さが招いた「失言」。数少ない女性議員が、また、イジメを受けているようにも見える。

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