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2018年11月

2018年11月30日 (金)

あさ爺の徒然日記(974) 11月30日(金) 弘法山ハイキング

秦野駅から歩いて行ける弘法山ハイキングコースを、高校時代の同期仲間7人で歩いた。水無川の河川敷遊歩道で秋の花を愛でながら、最初の急坂にとりつく。標高235m程度の低山だが、息が切れる。登り切ったところは権現山で立派な展望台があり、ここのテーブル席で弁当を広げる。この山行きは今年亡くなったI君ゆかりの地を偲んで歩こうと企画された。彼はこのコースをいずれも冬の2回、みんなを案内した。あさ爺は体調不全でいずれのハイクも欠席。念願かなった今回、既に彼は亡い。尾根沿いにモミジが彩られて美しい。曇り空で富士山を臨むことはかなわなかったが、浅間山、権現山、弘法山、我妻山とアップダウンを繰り返して、ラストは鶴巻温泉の弘法の里湯で汗を流す。冷え込みと強風の予報に、万全の態勢で臨んだが穏やかな天気となってかなり汗をかいてしまった。小田急沿線にあって、共に最寄り駅まで近いこのコースは初めてだったが満足。女子2名、男子5名は高校時代の想い出と、老いの現状を語る打ち上げを楽しんだ次第。

2018年11月28日 (水)

あさ爺の徒然日記(973) 11月28日(水) 西国三十三所巡礼結願

念願の西国三十三所巡礼の旅をようやく結願。満願寺院は岐阜県の谷汲山華厳寺。大垣から樽見鉄道で山深く分け入り、バスに乗り継いで到着。平安の昔に霊場巡りは始まったと聞くが、こんな奥地によくぞと思う。そして真紅のモミジが参道を彩っていた。二人の女人との3人連れ。足かけ20年余りかかった西国霊場巡礼の旅、70代半ばとなって体力的にも先延ばしはできなかった。次いで美濃の正倉院と云われる横蔵寺にも参拝。ここも真っ赤に染まった紅葉が出迎えてくれた。この日は岐阜羽島温泉に宿をとり、翌日は岐阜市へ向かう予定を急きょ変更して、滋賀県長浜市木之本の鶏足寺と石道寺に向かった。モミジ祭り最終日に間に合った。湖北地方の紅葉の名所として名高い。平日にもかかわらず大勢の団体客も押しかけて、遊歩道に人の列が続く。鶏足寺は無住の寺だが、里人が文化財を守り、秋にはこうして紅葉狩りの観光客のもてなしをする。素朴な接待が有難い。諦めていた今年の紅葉だが、ようやく、それもモミジ三昧の旅となった。感謝、南無観世音菩薩。合掌

2018年11月25日 (日)

あさちゃんの鎌倉日記(547) 11月25日(日) 晩秋の扇ガ谷

今年の紅葉は台風にやられて痛々しい。先日、勉強会で廻った鎌倉駅からほど近い扇ガ谷も同じだった。例年、見事なモミジで彩られる寿福寺の墓地や参道もこの秋は枯葉が目立つ。色づく前に枯れてしまった。奥まった谷戸にある海蔵寺も、そこへ至るアプローチの段階で真っ赤に染まった紅葉が見られ、鎌倉の隠れた風物詩にもなっていたのだが、こんな奥深い土地でも被害は免れなかったようだ。浄光明寺やその奥に位置する日蓮宗の妙伝寺も例外ではなかった。この日は観光客の数が少ない寺々で、ライトアップとかにも縁のない場所。静かに散策を楽しむにはお薦めの場所。亀ヶ谷切通の坂道も寄る年波には逆らえず、いささか辛くなってきた。扇ガ谷から山ノ内に抜ける道は、21世紀の今日に至っても、この切通ししかない。700年以上に渡って活用されている生活道路でもある。車両の通行がないのがいい。鎌倉街道と交わる所に長壽寺がある。ここの紅葉は他に比べると美しかった。ランチは門前の「kamakuraさくら」で。その名も美しい彩子さんは看板娘。本職は女優さん。8名の仲間で打ち上げとなりました。

2018年11月15日 (木)

あさちゃんの鎌倉日記(546) 11月15日(木) 藤沢遠藤をガイド

雲一つない快晴の下、藤沢市の北部に位置する遠藤地域を、EFGの募集案内本番で廻った。澄み切った青空で富士山が至る所で良く見え、お客さまはそれだけでも満足された。この地区には果樹園が多く、今は柿の最盛期。柿の直売所にも立ち寄り、大勢のお客さまが買い求められた。この果樹園は2年連続で藤沢市の共進会で優等賞を獲得されたIさんが手塩にかけて育て上げたもの。また、藤沢マイスターの茶師Sさんのお店で美味しいお茶の淹れ方のデモンストレーションも。これら産直ショッピングはその前に古刹の寶泉寺や御嶽神社を回った後の、云わばプラスアルファ。リーダーを務めたのはクラブの大型新人と期待されるF嬢。更にガイドデビューされたM姫、野鳥専門家で観察会以外ではこれも初ガイドとなったK氏等、いずれも若手が中心に企画から本番までをこなされた。F嬢は晴れ女として仲間内では全幅の信頼を得ているが、今日も見事なお天気を実現させた。偶然なのか、必然なのか・・・。不思議にこういった事例はあるものだ。最後は慶応大学SFC構内の南京ハゼの紅葉を愛でる。我々にも楽しいガイドとなった。

2018年11月12日 (月)

あさ爺の徒然日記(972) 11月12日(月) 前途多難の横綱

大相撲九州場所が始まった。そしてまさかの連敗発進。稀勢の里はもう再起不能なのかもしれない。白鵬、鶴竜の2横綱が休場。ま、稀勢の里の為にお膳立てしてくれたようなこの場所を、自らがシラケさせるような体たらく。もう、休場は許されないのではないか?残念だが、引退の2文字が現実味を帯びてきた。あの怪我さえなければ・・・との思いは、本人ならずとも誰しも抱くものだが不運の横綱と云う評価を後世に残すことになりそうな予感がする。初日も2日目も必死に相撲を取って、結果土俵上に転がされたり土俵下へ投げ飛ばされた。惜敗や取りこぼしではない。よく横綱が尻から落ちると引退は間近とささやかれる。結果的に休んでいる間に体力は落ち、若手がどんどん伸びてきた。実力からしてもう勝てなくなってきたのだろう。せめて一花だけでも咲かせて欲しかったが・・・。あの無敵を誇った幕下、十両時代の若手のホープ萩原の颯爽たる姿は過去の栄光に。何度も昇進や優勝のチャンスを逃してきた勝負弱さ、神経の細さが、あの怪我につながり、素質ある天分を消耗してしまったのだろう。優勝2回ではあまりにも寂しい横綱だ。

2018年11月 9日 (金)

あさ爺の徒然日記(971) 11月9日(金) 日本民族を考える

テレビの歴史ものを扱った教養番組を見ていて、つくづく日本人のDNAと云うか、血を考えることがある。それが良くもあり悪しきことにもなる。特に現代史において、その日本民族(保守派なら大和民族か)の習性が大きな悲劇を生み、特にアジア諸国に多大の犠牲を強いたのは紛れもない事実だ。しかし、内外にこれだけの犠牲を払いながらも、嵐が過ぎ去ればあっけらかんとしている(ように見える)。負けても相手をとことん恨みもせず、勝っても必要以上の報復はしない。これは美徳にも見えるが、他国にはなかなか理解が出来ない。だから隣国とのいさかいは果てることなく続く。昨日のガイドクラブの勉強会で「朝鮮通信使」を学んだ。秀吉の朝鮮征伐の傷跡を双方が歩み寄って、関係を修復しょうとした平和な時代もあったのだ。西郷どんは英雄だが、彼は韓国を無礼な国として征伐しょうとした。いわゆる「征韓論」である。トランプの中間選挙が注目を浴びた。さすがは民主主義国家である。アメリカ国民は下院を民主党に勝たせた。日本がそのようなバランスを次期選挙で見せるなら、まだ捨てたものじゃないと云えるのだが・・・。

2018年11月 7日 (水)

あさちゃんの鎌倉日記(545) 11月7日(水) 稲村ヶ崎の和食処

12月7日にガイドを予定しているご婦人グループの下見で晩秋の鎌倉を歩く。暦の上ではもう立冬だ。そのグループの幹事さん、実はカミさんなのだが彼女の意見を聴きながら江ノ電の稲村ヶ崎で下車して、食事場所の「つきやま」へ。開店して10年以上になるそうだが、初めての入店。個室があるのが気に入った。しかも窓の外側が江ノ電の線路。毎回10名前後の参加者だが、気に入ってくれるだろう。食後は長谷駅へ向かって、本番とは逆のルートで下見。ベーカリーショップなどを覗きながら歩いたところで、市会議員の長嶋氏に会う。カミさんも面識があるのでしばし歓談。彼の実兄が作家デビューされているとのことで、早速、帰り道の大船駅の駅ナカの本屋さんで2冊買い求めた。「仇花」「脳科学捜査官 真田夏希」。前者は花魁物の時代小説、後者は警察小説。夏希さんの方は警察物が好きな息子に進呈することにしょう。作家の名前は鳴神響一。昨日の宝物風入れでも旧知の男性2人E氏とI氏に出逢った。お互いに歳は重ねてきているが、それぞれに鎌倉の歴史散策を楽しんでおられる。

2018年11月 6日 (火)

あさちゃんの鎌倉日記(544) 11月6日(火) 宝物風入れ

昨日、円覚寺と建長寺の宝物風入れに出かけました。毎年出かけているわけではないが、円覚寺はこれまでとほぼ同じ展示方法だったのに対し、建長寺は展示場所が少し変わっていた。蘭渓道隆の頂相(ちんぞう)や法語規則が「国宝の間」と呼ばれる部屋に展示され、お寺さんによる解説も。照明も明るくて鑑賞するには有難かった。連休は人出も多かったと思われるが、最終日は平日で天気も良くなかったこともあり、心配した混雑はなかった。実はAKBと我々が呼ぶ勉強会の番外編として急きょ実施したもので、提案されたのはE子さん。その前の2日間は孫のお泊り保育を引き受けていて、宝物風入れの行事が行われることすら頭の中から消えていた。募集時間が少なかったが、それでも10人近くが集まった。国宝舎利殿も雨の中ではあったが、杮(こけら)葺きの屋根の曲線が雨に煙るのもまたよし。700余年の間、守り続けられた寺宝に感慨もひとしお。ランチは久しぶりに「kamakuraさくら」へ。11月は無休で頑張っておられる。

2018年11月 1日 (木)

あさちゃんの鎌倉日記(543) 11月1日(木) 逗子をガイド

先月17日に実習を行った逗子でのガイドを、旅行から戻ってきた28、30日の両日実施。いずれも天候に恵まれ、ハーフマイルビーチの別名がある逗子海岸の砂浜歩き、披露山公園からの湘南の絶景をお客様に楽しんでいただいた。特に30日は空気も乾燥して、富士山や伊豆大島もきれいに見えて皆さんご満足されたことと思う。この2日間で120名近くのお客さまが参加された。殆どが女性だが日曜日のコースにはご夫婦や家族連れも参加。なぎさホテル跡地で夏目雅子の話をしたが、若いお客さまはこの伝説の女優をご存知なかった。薄命の佳人も昭和の歴史と共に忘れられてゆくとすれば寂しい。徳冨蘆花もさくら貝の歌も同じように通じない。七里ヶ浜哀歌の悲しい物語を歌った「真白き富士の根 緑の江の島♪」も湘南の人たちにも通じない時代になってしまったようだ。鎌倉と違って、この逗子海岸周辺はお寺も少なく、こうした文人や芸能人などのエピソードがガイドの実力発揮になるのだが、どうも不発に終わることも多くなった。そして平成の時代も終わろうとしている。昭和は歴史の彼方に去り、明治大正に至っては江戸時代と変わらぬ昔の話になりそうだ。「吹く風や昭和も遠くなりにけり」(盗作?)

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