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2018年12月

2018年12月30日 (日)

あさ爺の徒然日記(981) 12月30日(日) 野党は自民を見習ったら…

平成最後の師走も残すところ後一日。故郷を目指す民族大移動に年末寒波が不安の種となっている。テレビなんかではいつもの今年一年の回顧に加えて、平成を振り返る番組も目立つ。災害が多く、象徴の在り方を模索されてこられた天皇皇后両陛下のこれまでの映像記録が放映されている。一方で政治の動きも伝えられているが、安倍長期政権の異常さが際立つ。戦後の吉田茂、佐藤栄作、小泉純一郎各首相とも肌合いが異なる。決して人気があるわけでもなく、優れた政治をしているわけでもない。しかし、与党内では権力を握り続け、選挙では圧勝を繰り返す。国民がバカなのか、野党がだらしないのか?あさ爺は野党に大きな責任があると思っている。そもそも小選挙区制は二大政党を想定していた。しかし、それを体現したかに見えた民主党が空中分解してしまった。この責任は大きい。策士小沢一郎に振り回されたのだろう。何故、自民党のように大きなかたまりになれなかったのか?歯がゆくて仕方がない。反面教師にも優れた見習うべきところがたくさんあると思えるのだが…。

2018年12月29日 (土)

あさ爺の徒然日記(980) 12月29日(土) エスカレーター考

JR東日本が「正しいエスカレーターの乗り方」の啓発活動を開始した。まことにお節介なことである。阪急梅田駅で始まった現在のエスカレーターの乗り方は、日本人の謙譲の美徳が生み出した「日本文化」そのもの。関西と関東で右左の違いはあるようだが、急ぐ人たちに片側を空ける習慣は、国民が長年に渡って生み出した生活の知恵なのだ。それを事故防止を建前にJR東日本が、この美しいニッポンの習慣を潰そうとしている。まことに遺憾である。今までの駅構内のエスカレーター事故で、JR側の責任を追及したことがあったとは思えない。故障による事故ならともかく、乗客が起こした事故では責任を負ったことはないと思われるのだが。駅では何故か皆急ぐ。発車間際に飛び込むのは女も年寄りも負けてはいない。そんなお急ぎの方の進路をふさぐのは、却って不測の事件を引き起こす恐れがある。イライラしている人が、うしろで舌打ちするだけならともかく、押しのけようとしたらそれこそ大惨事になる。そんな乗客の極限の気持ちを、JRは理解していない。

2018年12月28日 (金)

あさ爺の徒然日記(979) 12月28日(金) パイロットの飲酒

パイロットの飲酒についてのニュースが報じられているが、昨日のテレビ報道では女性の客室乗務員が勤務中に飲んでいたことが発覚したそうだ。しかし、今日の新聞には何故か報じられていない。47歳?と云うからベテランなんだろう。ナンデも昔は乗客にワインを出す前に試飲する習慣があったらしく、その時の癖をカラダが覚えてしまったのではないかとコメンテータさんは解説している。国際線も今は現地での滞在が短く、時差もあってなかなか寝付けない。それでついついお酒の力を借りる。なんだかよくわかる話だ。そのアルコールが翌日の搭乗の際に、まだ抜けてないのか?あさ爺の兄は航空会社でパイロットの世話役をやっていたが、さすがにそんな内輪話は漏らさなかった。でも、昔もあったに違いない。荒っぽい飛行もあったが、乱気流ばかりではなかったのかも?客室乗務員さんも飲まずにはおれなかったのだろうが、どうやら以前にも疑いがあったと云うから、アル中なのかもしれない。でも、酩酊状態では緊急時の対応は出来ないだろう。だから、これは矢張りまずいのだ。

2018年12月27日 (木)

あさ爺の徒然日記(978) 12月27日(木) 中国の恐るべき発展

最近、中国が我々の想像以上に発展していることに恐れおののく。今日の朝刊(毎日)に高速道路の総延長が13万キロを超えていると出ていた。国土が広大なため、数千キロに達するハイウエイが多いのが特徴。新幹線とも云うべき高速鉄道や都市部の地下鉄路線もはるかに日本を凌いでいるようだ。もともと、都市インフラが脆弱な国だと思っていたが、もう様変わりしているわけだ。あさ爺が最後に中国へ行ったのは25年くらい前になるが、まだ、人民服も普通に見かけたし、自転車は多かったが、車は渋滞するほどは走っていなかった。上海などの高層ビルもなかった。キャッシュレス化も凄い。中国人観光客が日本は不便だと嘆いている。そして今夜のNHKニュースを見ていて、全土に張り巡らされた監視カメラの数が半端じゃないと。日本では一応防犯カメラとなっているが、中国は「監視」そのもの。GDPで追い抜かれてから、中国の「躍進」ぶりはもう日本なんぞ眼中になく、狙うは世界一だろう。宇宙でも米ロを抜く日が近い予感がする。人民解放軍は陸のイメージが強かったが、もう海軍、空軍でも米ロと肩を並べているのだろう。漸く、小さな空母を1隻持った我が自衛隊は可愛らしいものだ。飼育パンダが世界で548頭になったと云う話、これは中国のおかげだ。

2018年12月25日 (火)

あさ爺の徒然日記(977) 12月25日(火) 高輪ゲートウエイに反対

東京駅丸の内側でイルミネーションが始まった。新聞によると「光のゲートウエイ」とか名付けられているらしい。いかにもJR東日本のやりそうなことだ。山手線の新駅の名称が「高輪ゲートウエイ」と発表されてから、評判が芳しくないことを気にしているのだろうか?ナントカ、ゲートウエイを定着させたいと云う魂胆に違いない。あさ爺は学生時代に田町駅が通学の最寄り駅だった。だから、今回の募集に応募こそしなかったものの、新駅は「高輪」しかあり得ないと確信していた。会社の云うように世界への窓口を意識しているのかもしれないが、外国人にも評判がいいとは思えない。江戸の昔を偲ばせる「高輪」だけで、何故ダメだったのか?反対の署名活動が始まったと聞くが、おおいにその輪を広げて撤回に追い込んで欲しいと思う。何も高輪が否決されたからではない。これが芝浦や芝浜ならまだ仕方ないか…と思う程度でガマンも出来たのだが。そんなにゲートウエイが好きなら、有楽町は銀座ゲートウエイに、渋谷はハロウィーンゲートウエイと改名したら良かろうと思うが如何?

2018年12月24日 (月)

あさちゃんの鎌倉日記(551) 12月20日(木) 祇園山ハイキングコース 

鎌倉のハイキングコースの中では、最も手頃な祇園山をAKB仲間と歩いた。「あさちゃん鎌倉勉強会」の略称である。今日は途中までの人、途中から参加の人と何度かメンバーの入れ替わりがあったが、総勢13名(内、女性7名)でまず宝戒寺を拝観。続いて旧東勝寺跡と腹切りやぐらで、鎌倉幕府最後の模様を語る。炎に包まれ、凄惨な状況だったと想像するが、もう685年前の昔の事件。腹切りやぐらは立入禁止となっており、修学旅行の学生さん達が残念がっていた。我々は祇園山に入り、見晴台を経て八雲神社へ。数年前の研修でこのコースを歩いた参加者が、以前と違って体力が落ちたとぼやいていたが全く同感。このコースで息を切らしているようでは、別のコースはもっときついからと不安がよぎる。ランチは迫文代さんのカレーのお店「copepe」で。店主を囲んで記念撮影をしたが、彼女の魅力あるスピーチに、皆さん笑顔に包まれる。今年の勉強会は今日が千秋楽。駅前の別の店に移って、ささやかな忘年会で今年を締めくくった。

2018年12月15日 (土)

あさ爺の徒然日記(976) 12月15日(土) 煽り運転判決

あおり運転による重大事件(事故ではない!)に対する横浜地裁の判決があった。懲役18年、意外と軽いのに失望する。求刑の懲役23年を5年軽くする理由がわからない。しかし、危険運転を認めたのは良かった。推測だが裁判員裁判だったから、こうした良識ある判決になったのでは?一般人の感覚では、法律の抜け穴を探したり、あら捜しをすることにはなじまない。誰が見ても高速道路の追い越し車線に停車させること自体が危険運転以外の何物でもない。原因がパーキングエリアの通行エリアに停車して、煙草を吸ってる被告の車を咎めたことにあるらしい。こうした場合、ハンドルを握ったら臆病になることだ。相手に非があっても、君子危うきに近寄らずだ。正論が通じる相手ではない。相手はヤクザなのだと思えば、普通は避ける。あさ爺もあおりや嫌がらせを受けた過去がある。その経験からも、後ろからクラクションを鳴らすのは、極めて危険と云うこと。ハンドルを握れば、態度が豹変するのは運転する人なら、皆さん経験している筈。お互いに被害者になることはモチロン、加害者にさせてもまずいのだ。車社会は安心安全な世界ではない。

2018年12月10日 (月)

あさ爺の徒然日記(975) 12月10日(月) 平成最後の師走

一段と冷え込みが厳しくなってきて、師走の本番を迎えた実感がする。皇室では秋篠宮さまや雅子さまの誕生日が続き、それぞれ会見やコメントがなされた。とりわけ、秋篠宮の発言が波紋を呼んでいる。我々平民の感覚からすれば極めて真っ当なご意見と推察されるが、宮内庁長官は面白くない。まるで政府高官とは思えない小役人根性まる出し。民草から見れば、雲の上の戦いで面白い。尤も、このような事例は歴史上、数え切れないほどあるらしい。幕末の孝明天皇に至っては、政府(幕府?討幕派?)方針に抵抗して攘夷を叫び続けた挙句、暗殺(謀殺?)されてしまった。黒幕は鶴瓶?イヤ岩倉具視だとする説が根強いが、真相は闇の中。雅子さまは記者会見を忌避、書面を寄せられた。まだ、自信が持てないのだろう。それはともかく皇太子ご一家の写真に、必ずお犬様がおさまっているのには違和感がある。皇族がペットを飼われること自体、あまり感じのいいものではない。ペット以前に、国民にもっと寄り添う努力をされるべきかと思う。

2018年12月 9日 (日)

あさちゃんの鎌倉日記(550) 12月9日(日) 鎌倉ゆかりの芸能と儀礼

ケンパク(神奈川県立歴史博物館)特別展「鎌倉ゆかりの芸能と儀礼」の最終日に駆け込み見学する。一人で出かけるよりもと思い、勉強会(AKB)の番外編を企画。3人の仲間が参加してくれた。今年の勉強会で実際に現地で見学した御霊神社の面掛行列のお面が、実は複製品とは知らなかった。貴重な文化財なので現物は別に保管されており、今日初めて対面。山ノ内にある八雲神社の祭礼や円覚寺で60年ごとに行われる洪鐘祭行列に関する展示など、普段は目にすることのできない展示があった。ボランティアガイドによる展示解説で説明をじっくり聴けたのも良かった。最終日ではあるがマイナーな企画でもあり、それほど混雑していなかったのも助かる。博物館を出た後は、現役時代にこの付近が仕事場だったと云うSさんが街並みの解説を。弁天通りから日本大通りへ入り、やや峠を越しながらも十分に黄葉が見事な銀杏並木を愛でながら中華街へ。お昼は行きつけの関帝廟通りにある「新楽」で。番外編は日曜日ということもあり、参加者は少なかったが、博物館もランチも中身の濃い男女各2人のミニ勉強会となった。

2018年12月 8日 (土)

あさちゃんの鎌倉日記(549) 12月8日(土) 鎌倉で2件のガイド

今日は太平洋戦争の開戦日だが、殆どのメディアは黙殺。終戦記念日とは対照的。保守派には大東亜戦争だが、緒戦の相次ぐ大勝利を蒸し返されても困るから、致し方ないか?今月に入ってガイドが3回あり、内2回は鎌倉。まず、4日(火)は12回目となる清仙会のミステリーツアーで長谷駅から最後は妙本寺へと15名のお客さま(内、男性2名)をご案内。お昼は由比ガ浜通りの「橘」で。予報が不安定で心配された天気も、晴れ女の女将さんのお陰で好天に。妙本寺の総門付近の参道で、青木登氏による人力車体験試乗会&撮影会を催した。今回は初体験が多く、皆さん歓声を挙げて乗り込まれた。昨日は13回目となったご婦人方の鎌倉散策で、今回は長谷駅から極楽寺、稲村ケ崎のコース。お正月を前にしての買い物ツアーも兼ねた企画は楽しさいっぱいとなって喜ばれた。お昼は稲村ケ崎の「和食処つきやま」。男性はガイドを含めて2名だけ、総勢16名で個室をすべて借り切っての会食に。毎回、ほとんど同じ顔触れなので話も弾んで賑やかなこと…。紅葉はイマイチの鎌倉だが、いろんな愉しみ方があってガイドも助かる。

2018年12月 3日 (月)

あさちゃんの鎌倉日記(548) 12月3日(月) 祇園山ハイキング

一昨日、下見で鎌倉の祇園山ハイキングコースをガイド仲間のI氏と歩く。腹切りやぐら側からスタート。やぐらは崩壊の危険ありとかで立ち入り禁止に。いつのまにか宝戒寺による立派な石碑が建てられていた。ここにはかつて高倉健が供えた卒塔婆があった。ご先祖が高時の配下であった。子孫が九州まで落ち延びて高倉健に至る。その所縁による。以前はナントも思わずに軽く歩いたコースだったが、今回は予想以上にきつく感じる。それだけ齢をとったということか。妙本寺の紅葉はまだまだ。或いはこれ以上今年は期待できないかも。それだけ台風の威力はすさまじかった。自然には勝てない。昨日は夕方から江の島でのガイドがあった。旅行社の日帰りツアーで円覚寺を経て、江の島のライトアップを見物された。展望塔(シーキャンドル)を中心に、カウントダウンと共に幻想的できらびやかな夢の世界が出現。お客さまは歓声を挙げられた。バス1台を3人のガイドでご案内。この夜景は「湘南の宝石」と呼ばれ、旅行社のチラシにもそのタイトルが躍っていた。

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