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2019年6月

2019年6月30日 (日)

あさ爺の徒然日記(1582)令和元年6月30日(日)終の棲家を考える

梅雨末期の豪雨とはよく聞く話だが、梅雨入りしたばかりの九州北部が大雨にさらされている。甚大な豪雨被害に襲われた朝倉などで警戒を強めている。昨夜のブラタモリでは阿蘇の大観峰が出てきた。数年前に朝倉付近と合わせて旅行した懐かしい地域だった。そのテレビだが「ポツンと一軒家」と言う人気番組がある。日曜夜の大河裏番組だが、この番組が予想以上に人気があって、おかげで「いだてん」に出ていたマラソンの勘九郎選手(金栗四三役)も失速した。あさ爺はたまたま郷里(香川)の山の中の農家が採り上げられていたのを見たことがある。日本一狭い県内にそんな人里離れた秘境があったのかと興味深く見た。今、あさ爺は旧公団がバブル末期に建てた5階建て長屋の4階に住んでいる。エレベーターがない。80歳まで秒読みとなってきた今、これからどうするか悩み始めた。購入時からわかっていたことだが、当時は住宅難で漸く抽選で手に入れたマイホーム。働き盛りで元気もあった。なにより緑が多く生活環境が良いし、JRや小田急、相鉄、横浜市営地下鉄の駅までバスが頻繁に出ている。4階で階段は昇らねばならないが、見晴らしは悪くない。頭だけだが富士山も拝める。ただ、この生活がいつまで続けられるかが不安。そんな中で見た秘境の家の番組。なんか、自分の悩みがちっぽけなものに思えてきた。こんな交通至便な土地で、数分の距離に大型ショッピングセンターがあり、飲食店もクリニックも多い。散歩では公園のハシゴも出来る。階段以外は贅沢な場所だ。実はこの階段のおかげで、多少なりとも足腰は鍛えられてきた。これが終の棲家でいいのか、故郷のカミさんの実家で田舎の空気を吸って余生を過ごすか、はたまたどこかで暮らすか?今、この悩みを楽しんでいる。

2019年6月29日 (土)

あさ爺の徒然日記(1581)令和元年6月29日(土)留守番電話のこと

先日の報道番組で、高齢者の留守番電話が遅々として進まないと報じられていた。その理由は意外なもので、相手に失礼だからと。自分にかけてくる電話は、仲の良い人とか、ご近所の方、大事なお得意さん達であり、そのような方々に「ただいま、留守にしておりますので、ご用件を…」とはとてもとても…と言うことらしい。それの解決策として、警察などがアイディアを出して普及に努めているとのこと。ナルホド、年寄りはそんなことを気にしているのか?又、あさ爺の親戚でも理由は異なるが、留守電のセットをしない女性がいた。彼女の場合は、留守であることを公言しているようで、不用心と云うのが理由。その為、ホントに外出している時でもセットはしないそうだ。しかし、それでは用件を伝えられないし、ファックスも通じないのではと意見したこともあった。我が家でもカミさんには抵抗感があって、なかなかセットしょうとはしなかった。今では漸く普段でも留守電にしているが、それでも録音されていないケースを気にしている。あさ爺は「留守電に吹き込んでいないのは無視すべし」で通しているが、あとで友人からいつも留守なので心配してた等と云われたことがあった。それなら、そう名乗ってテープに吹き込んでくれれば良かったのにと思う。ディスプレイに表示される名前は限られた人数で、たまたま登録されていない番号だった。先般の番組でも、かけた側の心理として留守電なら、よほどの用件でない限り「頭にカチンときて」すぐ切ってしまうと云う。その心理がわかってるから、ますます留守電のセットをしないと。もしかしたら、詐欺集団はその高齢者心理も織り込み済みなのかもしれない。

2019年6月28日 (金)

あさ爺の徒然日記(1580)令和元年6月28日(金)G20開幕とその後の問題

大阪でのG20が開幕した。その前に国会も閉会、同日選もなくなり、首相は心置きなくG20に専念できる。ご同慶の至りだ。安倍嫌いのあさ爺であるが、この外交の大舞台で仮に安倍ではなく他の人ならどうなのかを想像してみた。外務官僚がすべてをお膳立てしてくれるから、誰でもホスト役は務まるだろう。問題は他の各国首脳との関係だろうか?石破は?菅は?岸田は?また当面あり得ないだろうが枝野では?アベと比較すると役不足は否めない。国民の血税を湯水のように使って、全世界に政府専用機で飛び回った我らが宰相である。イランでは思い通りにならなかったみたいで、帰国してからもほとんど成果を語らなかったようだが…。憲法改定(改正ではない)、ロシアとの平和条約締結、拉致問題の解決…。この3点が彼の悲願だろう。この中で、あとの2点は相手国の牙城を崩せず、在任中の実現は絶望的。問題は憲法だが、野党は応じる姿勢を示していない。さすがに、野党を無視しての強行突破には踏み切れない。あさ爺は、自衛隊が今の状態でいる限りは、国民の幅広い支持は得られるとみている。しかし、憲法に自衛隊が明記されれば、途端に国民の多くは警戒心を強めるのでは?そのあたりの微妙な国民感情が、今の自民党の保守派には理解できない。世襲議員が多いことも、原因だろう。ごく普通の国民の中で育っていないからだ。同時にそれらを平気で当選させている多くの自民党支持者(公明党は加担している罪でもっと責任重大)は、まことに罪が大きいと考える。

2019年6月24日 (月)

あさ爺の徒然日記(1579)令和元年6月24日(月)住みにくい日本の老後

沖縄の戦没者追悼式で挨拶に立った安倍首相に野次が飛んだ。毎年のことらしい。追悼の場でヤジをとばすのもいかがなものかとは思うが、それだけ県民と総理の間の溝が深いと云うわけだ。これは誰が見ても妙に納得できる話ではある。しかし、それでも総理就任以来、この追悼式に必ず参列しているのはエライ。逃げたくなるのが普通だろうが、その点は評価できる。昭和天皇はとうとう沖縄の地を踏むことさえかなわなかった。同じような意味で、上皇陛下、上皇后さまは韓国訪問が果たせなかった。皇太子時代に美智子さまと沖縄を初めて訪問された際に、過激派の火炎瓶を投げられた事件があった。韓国ではさすがにそんなことはなかろうが、韓国以上に日本の保守派の意向が妨げになったのではないか?特に安倍首相は保守派を裏切ることはできない。ところで、老後の生活に2千万とかイヤ3千万必要とか書かれた報告書が、政府に都合が悪いと云うことで闇に葬られようとしている。高齢者も二極化していて、優雅な約5%の富裕層と95%のそうでない層に大きく分かれているらしい。年金だけでは暮らせない高齢者が途方にくれている姿が浮かび上がってきている。あさ爺もそうだ。そもそも消えた年金から、この制度が破綻し始めてきている。日本人は長く生き過ぎた。生活が貧しいのに、平均寿命だけは世界でトップグループ。これでは国全体がおかしくなるのは当たり前だろう。その内、免許証の認知症検査に不合格の場合は、保険証も更新されなくなる時代がやってくるかも知れない。イヤそれだけではない。預貯金が2千万以下の場合も、保険証が取り上げられるかも。

2019年6月23日 (日)

あさ爺の徒然日記(1578)令和元年6月23日(日)相次ぐ逃走事件

今度は神奈川県愛川町で逃走事件が発生した。幸い、今朝になって男が横須賀市内で確保されたとのニュース。県警としては、全国に指名手配をしたが本音としては県内で解決したかった筈だ。まずは良かった。それにしても、検察官や警察官が数人も収監に向かって逃げられるとは。そもそもナンデ保釈されてたの?の疑問がある。この男は過去にも逃走した前歴があるらしいし、覚せい剤取締法違反容疑で裁判中だった。逃亡の恐れも凶悪性もあるのに、保釈されていたのである。顔が全国的知られていて凶悪性もない筈のモリカケ事件の哀れな理事長夫婦やゴーンさんが、なかなか牢屋から出してもらえなかったのに、ナゼ?。吹田の拳銃強奪犯は今は黙秘していると云う。愛川町の男は少し怖そうなイメージだが、吹田事件の関テレ常務の息子は、凶悪犯には見えない。だからこそ不気味とも言える。意識不明だった若い巡査が快方に向かったのが、せめてもの救いか。あまりに世間を騒がせる事件が続いたものだから、川崎事件も池袋の元高級官僚による母子「殺傷事故」も、農水次官による息子殺害事件や大津の保育園児お散歩事件も、なんだか過去の事件になってしまった。みんな令和になってからの事件だったと思うが、ボケボケの老人には分からなくなってしまった。大阪北部地震の1年後に起こった村上・鶴岡の震度6の地震。先週の「いだてん」では関東大震災の「映像」が流れた。倒壊した浅草の十二階もリアルだった。地震は防ぎようがないが、それ以外の事件はナントかならないものかと思う。

2019年6月22日 (土)

あさ爺の徒然日記(1577)令和元年6月22日(土)令和元年50日の日々

平成から令和に改元して、50日余が経過した。即位された両陛下は言葉は適切でないが、てんてこ舞いの忙しさでしょう。秋篠宮殿下が兄の天皇が80代で退位された場合、自分は既に70代半ばであり、もう天皇を務めることは無理と本音を漏らされている。上皇ご夫妻は特例法で退位されたが、明らかに前例が作られたのである。20年以上先のことではあるが、いつかその日はやってくる。それまでに安定的な皇室制度が整えられているのだろうか。さて話は平民の末端たるあさ爺の日々に…。5月6日は葉山町へ下見。10日には茅ヶ崎市へ書道展。12日には再び葉山と鎌倉へ。20日にはガイドの実習で藤沢市村岡地区へ。22日は葉山へバスツアー40名のガイド兼講師。24日は鎌倉の十二所を13名のガイド。26日には音楽会で横浜へ。31日にはガイドの下見で藤沢の片瀬へ。6月4日は上野でオペラ鑑賞。6日はガイドの下見で村岡へ。7日はその本番でアシスタントとして同地区を廻る。38名参加。9日は王子での津軽三味線発表会へ。孫2人とその母親が出演。10日は所用で平塚市へ。11日はガイドの実習に参加し、藤沢遠藤地区を廻る。14日は再び下見で葉山へ。16日は鎌倉国宝館と開館してまだ日が浅い鎌倉文華館へ初入館。18日にはガイド仲間の勉強会で葉山へ。12名が参加し講師を務める。20日は日本橋の三井記念美術館へ初めて入り、円覚寺展を見学。日本橋周辺が様変わりしており、カルチャーショックを覚える。この50日間にいろいろ出かけているように見えるが、4月の救急車搬送事件以来、それまでの半分程度に外出を抑えている。何はともあれ、周囲に迷惑をかけぬようにが当面の心構え。

2019年6月21日 (金)

あさ爺の徒然日記(1576)令和元年6月21日(金)近づく沖縄慰霊の日

沖縄慰霊の日が近づいてきた。自分も含めてどれだけの国民が、このことを認識しているのだろうかと自戒を込めて思う。前にも何度か、このブログでこの日は祝日にすべきと提唱した。お祝い事ではないが、祈りの為の日としてはと。同じように終戦記念日や東京大空襲の日、原爆投下の日々も合わせて日本人なら、これらの日の意味を忘れないためにも、祝日法を改正してでもと思うのだが、今の政権にはこのような発想はまるでない。沖縄戦の悲惨な状況を耳にすれば、今、国民として沖縄にどう対峙すべきなのかが見えて来る筈。しかし、繰り返しになるが現政権にとっては、いい話ではないのだ。ただ、戦勝国である米国の事実上の支配下に置かれている実態がある。それを軽く(甘く)見た鳩山由紀夫政権は、打つ手が見つからず内閣を放り出した。仮に野党が政権を奪取しても、同じ失敗を繰り返すことになるだろう。アメリカが恐れるのは、日本全体が沖縄の基地撤去を叫ぶことにある筈だ。しかし、現状では沖縄はともかく日本全体では、基地反対は少数派と見ている。つまり、自民党政権が続く限り、沖縄から基地がなくなることはあり得ない。問題はそこからだ。あさ爺は全国民が沖縄戦の戦没者に深い祈りを捧げることをすべきと。あの戦で何があったのかを記録映像を総動員して訴えること。学校現場では教えられない悲惨な歴史を、政府の責任で全国民に知らしめるのだ。それだけで、多くの国民の意識は変わり、戦争を知らない若い世代にも戦争はダメだと伝わる。その世論をバックにして政治をする方が、どれだけ多くのことを得られるか計り知れないと思うのだが。

2019年6月 4日 (火)

あさ爺の徒然日記(1575)令和元年6月4日(火)ひきこもり巡る意見

先日の事件をあさ爺は「登戸事件」と呼んでいたが、メディアはほぼ「川崎事件」で統一したみたいだ。確かに登戸事件だと旧陸軍の毒ガス研究所を想起するのかも。ところで犯人像について様々な憶測が飛んでいる。中でもその風潮にたまりかねたのか、ひきこもりの家族会や支援団体から懸念の声明が出された。尤もなことで、短絡的に結び付けるメディアの悪癖に一石を投じた形だ。しかし、間の悪いことに元農水次官の引き起こした事件が発生し、被害者はひきこもりの40代の息子で、小学校の運動会の「騒音」に「うるせ~、ぶっ殺してやる!」と叫び、父親の元次官氏(元大使でもあった)と口論になり悲劇が起こった。これらの世間の耳目を集める事件の陰に隠れて、新聞の扱いは小さかったが福岡でも同じ頃に事件があった。これはひきこもりの成人男性が、高齢の母親と妹に怪我を負わせ自らは自殺した。あたかもここ数日の社会面はひきこもりの「男たち」が加害者や被害者になった。昔もひきこもりはあったと思うが、メディアも発達しておらず余り表に出なかったのかもしれない。あさ爺の子ども時代(昭和20年代)には、どこそこの家では息子が座敷牢に閉じ込められていると云った噂を聞くことがあった。あれも噂に尾ひれがついて座敷牢になったのであって、実際にはひきこもりだったのだろう。有識者からいろんな意見が飛び交っているが、違和感を覚えることも多い。中でもなぜ警察に相談しなかったのか?という意見。過去はモチロン今でも、警察は事件が発生しない限り動くものではない。事件に至る「恐れ」だけで、警察が動くことを期待するのは無理だ。ではどうすれば良かったのか?…。残念ながら、妙案が浮かばない。   

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