« あさ爺の徒然日記(1586)令和元年7月8日(月)監視カメラの効用 | トップページ | あさ爺の徒然日記(1588)令和元年7月15日(月)皇室の今後を考える »

2019年7月 9日 (火)

あさ爺の徒然日記(1587)令和元年7月9日(火)大阪城のエレベーター問題

G20がその後の板門店会談で少し影が薄くなってしまったが、そのレセプションでA総理の発言内容が話題になった。大阪城のエレベーターはミス、つまり誤って取り付けたかのような例の発言である。総理はジョークのつもりだったから、メディアが揚げ足取りをするのには賛成できない。下手な冗談として片づければ済むものを、いろんな人の反論を掲載したから、首相が慌てて訂正したりした。ところで、鉄筋コンクリート造の復興天守はエレベーターの設置は珍しくないので、要するに設計のミスではなかった筈。あさ爺は小学校の修学旅行で大阪城の天守閣でエレベーターのお世話になった。もう65年前の昔の話。とてもクラシックなドアだった記憶があるが、今はどうなのか?なんだか、又、天守閣に昇りたくなった。復興天守と復元天守は似て非なるものだ。復元は昔の通りに建てることだと思うので、名古屋城が今の鉄筋コンクリート造の天守を取り壊して、木造による復元を目指しているのがそれだ。この場合、エレベーターはどうするのだろう。常識的にはあり得ない話だが、バリアフリー対策で特別に設置されるのか?これは河村市長に聞けばいいのかな?文化庁は、城郭の復元について厳しい態度で臨んでいるので、「へんなもの」をくっつけるなんて論外となるのでは?ところでA総理の話に更にいちゃもんをつけたい。まるで昔のままに建てたように言ったらしいが、あの天守閣は豊臣時代のものでも徳川時代のものでもなく、強いていえばその折衷案的なものだと聞いたことがある。ついでに江戸城の天守閣復元運動もあるが、徳川幕府も無用の長物として再建しなかったものを、なんで今更?  天皇のお住まいが上から覗かれて、別な意味で恐れ多いトンデモナイ話ではないかと思っている。

« あさ爺の徒然日記(1586)令和元年7月8日(月)監視カメラの効用 | トップページ | あさ爺の徒然日記(1588)令和元年7月15日(月)皇室の今後を考える »

ニュース」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« あさ爺の徒然日記(1586)令和元年7月8日(月)監視カメラの効用 | トップページ | あさ爺の徒然日記(1588)令和元年7月15日(月)皇室の今後を考える »

無料ブログはココログ
2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30