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2019年8月

2019年8月28日 (水)

あさ爺の徒然日記(1596)令和元年8月28日(水)自民党の良識派

京都府警が京アニ事件全犠牲者の氏名公表に踏み切った。遺族の了解は完全には得られていないようだが、犯罪史上空前の事件に対する全容解明と犠牲者への正当な鎮魂が深まるだろう。ただ、献花台が撤去されたのはどうしてだろう?事件を風化させず、献花に訪れる人たちが後を絶たないと云うのに…。話は変わるが今日の夕刊(毎日紙)に自民党石破氏が、日韓の現状は歴代の政権が戦争責任に真剣に向き合ってこなかったからと発言。早速党内からは、これで彼の総裁の目は無くなったと批判が噴出。願わくは、こうした良識派の声が押しつぶされないことを祈る。発言も自由だし、批判するも自由。それが即ち、言論の自由が保障されている証でもある。ただ、現状はA総理への忖度大合唱で、かつての自民党が見せた迫力ある姿(壮絶な権力闘争)はない。石破氏が総理になった場合、直ちにバラ色の未来が開けるとはモチロン思っていない。華やかなA外交を展開しているのと比べて、果たしてどうなのかと疑問符はつく。しかし、Aよりはマシだろう。選挙でも同じことが言えるが、理想的な政治家はこの世に存在しない。少しでも、自分の考えに近い、よりマシな候補者を選ぶしかないのだ。後がまを狙う3K(岸田、河野、小泉ジュニア)を尻目に、株を上げてるとされるS官房長官。誰がなっても今のA首相よりはマシかもしれない。野党との政権交代はまだ先の話のようだから、ポストAの争いを楽しく拝見しよう。オリンピックの金メダル争いよりも面白そうだ。あ、大事な人を忘れてた。I氏、つまり石破氏だ。とにかく、与党(せめて公明党だけでも)の中で「安倍政治は許さない!」の大合唱が起きれば、日本もまだまだ捨てたものではない(はかない夢か…)。

2019年8月21日 (水)

あさ爺の徒然日記(1595)令和元年8月21日(水)京アニ事件のその後

悲惨極まりない京アニ事件のその後について、哀悼の意味を込めて京都府警の方針に疑問を禁じ得ない。死亡者35名の内、まだ25名の氏名が公表されていないことにである。遺族との話がついていないためだとしている。数日前、地元京都の報道各社が警察に対して、速やかに公表するよう申し入れ(事実上の抗議)を行っている。新聞紙上には公表された10名の生きた証が、そのアニメの世界に果たした役割と共に連日報じられている。これは少し釈然としない。他の25名の方々にも、同じかそれ以上の功績があったに違いない。しかし、読者がそれを知る術がない。テレビで報じられる犠牲者の写真も、同じ方々のありし日の笑顔が繰り返し映し出されている。この痛ましい事件の遺族に、更に追い打ちをかけるようなことは取材はして欲しくないとの意向も理解はできる。がしかし、我々にもこの事件の全容を知ることは大切なことだと思う。性犯罪の被害者とは違うのだ。何が、公表を拒んでいるのか。いつまで、Aさん、Bさんで通す気なのだろうか?匿名では事件の悲劇性が伝わらない。25名の犠牲者本人の魂はそれでは浮かばれないのでは?マスコミの取材を避けたいと云うのは、遺族の心情であって被害者の本心ではないと思う。今回の京都府警の取った態度は、あくまで異例のことらしい。被害者を守るつもりが、事件の全貌が隠されることによって、加害者を高笑いさせることにつながらないか、とても心配している。

2019年8月13日 (火)

あさ爺の徒然日記(1594)令和元年8月13日(火)池袋事故のその後は?

少し旧聞になるが、池袋の高齢者による暴走事故で犠牲となった若い母親と幼い女の子。この痛ましい事故では何故か加害者がいまだに逮捕されていない。更に、これも不思議なことだがメディアも沈黙しているように見える。警察による説明もない。通産省の元高級官僚というだけでは、警察やマスコミを抑える力があるようには思えない。不思議な話だ。逮捕されなければ、起訴もないだろう。と云うことは罪には問われない???加害者を厳罰にと署名活動を始めた女の子の父親の悲痛な叫びが聞こえる。減刑を求める活動は聞いたことがあるが、このようなケースは初めてだ。これは警察や司法に対する被害者側の痛切な抗議では?お盆休みに入ったばかりの8月10日早朝、新東名で悲惨な多重衝突事故が発生した。追い越し車線で渋滞で止まっているか徐行している乗用車に、わき見運転(居眠り運転?)していたトラックが追突。はずみで前にいた複数の車に玉突き状態となって、女性一人が死亡。6人が重軽傷を負い、新東名高速道路は5時間不通となった。このニュースはテレビの全国ニュースでも報じられたらしいが、あさ爺はご近所の方から教えていただいた。実は我々には衝撃的な事件だった。同じ団地の奥さんだったのだ。奥さんについてはお顔を存じ上げて挨拶する程度だったが、ご主人とは比較的親しい間柄で、この春も長い単身赴任生活を卒業されて、我々飲み仲間と一緒に花見の宴を楽しんだばかりだった。奥さんはまだ50歳代、お盆の里帰りの途中だったと思われる。今、団地はお盆休みで静か。まだ知らない方も多いようだ。因みにトラックの男性運転手は63歳。まだ高齢者とは言えないが、交通事故は突然に襲って来る災難。今度のことも、詳しいことがまだわかっていない状態だ。

2019年8月 2日 (金)

あさ爺の徒然日記(1593)令和元年8月2日(金)近況報告

6月22日以降の近況報告を。長い梅雨とその後の猛暑で、家の中で静かに暮らす日々ではあったが、6月27日はガイドの下見で片瀬の龍口寺から鎌倉の小動神社、成就院、御霊神社を廻る。打ち上げは久しぶりに長谷の「三和楼」へ。30日は横浜上大岡での音楽会へ。ロシアのピアニストの演奏。7月2日は寒川神社参拝。5日は東京大田区の馬込文士村を会社のOB仲間9人と廻る。打ち上げは横浜駅東口の「北海道」。6日は慶応の七夕祭り花火大会を見物。やはり、近くで見る花火は迫力がある。7日は平塚の七夕祭りで雑踏の中を歩く。10日、初めて横浜市歴史博物館へ。企画展は太田道灌。常設展も見応えあり。夕方、会社OB仲間7人と中華街の「清香園」で暑気払い。11日はクラブの月例会に出席。久し振りにカラオケで下手な歌を4曲も。14日は平塚での千住真理子ヴァイオリンリサイタルへ。藤沢の片瀬山に兄博のアトリエがあり、よく家族で出かけていたと思い出話あり。次兄の作曲家千住明がゲスト。17日は初めて駒澤大学博物館へ。ランチは学食で。長谷川町子美術館へも足を延ばす。ここは2度目か?サザエさん一家は齢を取らないから羨ましい。21日には上野の都美術館と上野の森美術館へ。書道展と絵本展。孫ファミリーと。ランチは根岸の「笹乃雪」(豆腐料理)で。26日は銀座で国方房子画伯の個展へ。高校時代の級友。九段の昭和館へ初めて入り企画展見物。29日に漸く梅雨明け宣言が出る。昨年より1ヶ月遅れ。8月1日は初めて早稲田の歴史館と会津八一記念館へ。ランチはモチロン学食で。千住大橋の石洞美術館にも足を延ばした。規模は小さいが雰囲気は良かった。雨宿り中は伊集院静を7冊、他に川村元気、平野啓一郎を読んだ。直近40日間の近況報告でした。

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