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2019年9月

2019年9月29日 (日)

あさ爺の徒然日記(1599) 9月29日(日)近況報告(続き)

9月後半の近況報告を。17日、今年、2度目の京都旅行。西京区の善峯寺(西国第二十番札所)へ。かつて暮らした向日町が最寄り駅で山の中へ入る。夕方、鞍馬寺へ。出町柳からの鞍馬電鉄も初体験。18日、大津の石山寺(西国第十三番)へ。紫式部ゆかりの古寺だが、手入れが行き届いていない感じ。台風の影響かもしれない。東山の今熊野観音寺(西国第十五番)参拝。併せて泉涌寺と東福寺の名刹も訪ねる。19日、五条坂の六波羅蜜寺(西国第十七番)へ。今回廻った西国観音霊場はカミさんが若かりし頃に廻り、ご朱印もその時にいただいていたが、あさ爺は今回が初めて。昨秋に納経帖のうえでは結願を果たしていたが、漸くこれで夫婦で満願となる。昭和、平成、令和三代に渡る観音巡礼の旅であった。この日は河井寛次郎記念館と渉成園(枳殻邸)にも出かけた。京都と奈良の巡礼はエンドレスの旅になるのだろう。観音巡礼としては秩父が残るが…。20日は通院日。旅行の疲れか、不整脈の兆候が。22日、地元の小出川彼岸花祭へ。明日のお彼岸を前にしても、今年は一分咲き。主宰者は少ない来場客に頭を抱えていた。23日、台風17号が長崎を通過。15号で大被害を受けた千葉県は厳戒態勢。25日、満77歳の誕生日。数えだけでなく満年齢でも喜寿を迎えた。最晩年に突入。余生の過ごし方を真剣に?考えるべきなんだろう。26日、ガイドクラブの実習で江ノ電沿線の龍口寺、成就院、光則寺を廻る。本番は10月3日でガイドを予定。27日、高校時代の友人と4人で埼玉県日高市の巾着田(きんちゃくだ)に彼岸花見物。開花遅れで予定も変更になっていた。見頃を迎えたが、それでも6分咲きか?28日は孫の運動会で王子へ。夜は娘家族が我々を招待してくれて新宿で「喜寿の祝い」を。29日、昨夜は神田のホテルに泊まり、この日は学生時代を過ごした街を散策。生まれて初めて、ニコライ堂を上空から見下ろした。

あさ爺の徒然日記(1598) 9月29日(日)近況報告(8月~9月前半)

8月~9月(前半)の近況を。8月5日から9日まで娘一家の孫2人を預かる。恒例の?実家への夏休み国内留学。近所の散歩で過ごす。猛暑で海浜散策は断念。10日は鎌倉覚園寺の黒地蔵縁日へ、ガイド仲間と10人で。13日、半月ぶりの雨に一息つく。15日の終戦記念日、台風10号が西日本を縦断。関東も大荒れの天気。16日、逗子での川嶋一成写真展へ夫婦で。毎年、ご案内をいただく。直近の著書「海浜の生きもの大探検!」(PHP研究所)を購入。青少年向けの環境問題を含めた力作。全国の図書館で購入してくれると有難い。18日、宿場講談会に。出演は一龍齋貞橘、田辺銀冶(ぎんや、女性講談師)。21日は通院日。22日、自動車学校で認知症機能検査を受ける。結果は後日。夕方、時宗総本山遊行寺での薪能へ夫婦で出かける。27日、茅ヶ崎の病院での医学公開講座へ。28日、3ヶ月振りで床屋へ。不思議に齢を取っても白髪は生える。30日、胃の内視鏡検査。異常なし。31日、多摩大学市民講座に。午後、団地でのお別れの会に(既報)。9月1日、浮世絵館の企画展へ。夕方、江の島灯籠の見物に。幻想的な光景。人出が多いのに驚く。5日、向井潤吉アトリエ館(世田谷区)へ。7日、多摩大公開市民講座。午後、上大岡でのコンサートに。8日、義妹が四国から上京。台風15号が関東に上陸。夜半、猛烈な暴風雨に。義妹は以前にも娘の結婚式で上京してくれて、東日本大震災に遭遇した過去を持つ。11日、孫発熱で看病できない両親に代わり、ヘルプに上京。12日、ガイドクラブ月例会。13日、マッサージ治療に。14日、多摩大講座最終日。修了証をいただいた。15日、交流館での浮世絵講座に。17~19日は初秋の京都へ。9月後半については続報でお知らせします。

2019年9月 7日 (土)

あさ爺の徒然日記(1597)令和元年9月7日(土)お別れの会

1週間前のことになるが、団地の集会所でささやかな「お別れの会」が催された。故人は8月のお盆帰省中に新東名高速道路での多重衝突事故で不慮の死を遂げられたTさん。喪主はご主人だが、自身も重傷を負われた。葬儀は事故のあった静岡県で、身内だけで慌ただしく営まれたそうだ。郷里は香川県だが、喪主も動けず親族が現地へ駆けつけ荼毘に付された。痛々しいご主人と遺された娘さんが気丈に応対されておられたが、なんともやりきれない想いにとらわれた。偶然のことだが、喪主はあさ爺の高校の12年後輩。つまり一回り年下となるが、それでも今年65歳になられた筈で、奥様はまだ50代の「若さ」であった。還暦を目前にして命を落とされたわけで、無念だったことだろう。団地のメンバーがお手伝いする手作りのお別れ会だったが、少し胸のつかえがとれたとの感想が、漏れ聞こえてきた。あさ爺もそんな感じを受けた。義理で大勢集まるような葬儀ではなく、葬儀はごく内輪で執り行い、後日少し落ち着いてから親しかった方向けのお別れ会を用意されたことに感動すら覚えた。最近は、喪中はがきでのお知らせや、或いはそれすらもなく、親しかった人たちは釈然としないこともあるものだが、このような小さなお別れの会なら遺族の負担も少なく、参列者も心からお別れができる。特に、故人に親交のあった人たちが多くいる場合は、このような地域のコミュニティーの場を借りるのもいいのではと思えた。故人は地元の有名ワインメーカーに20年も勤めておられたそうで、モチロン、職場の仲間も駆けつけて夏休み中の突然の別れと言う悲劇に、言葉もなく遺影に語りかけておられた。合掌

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