スポーツ

2018年2月16日 (金)

あさ爺の徒然日記(797) 2月15日(木) 贔屓の引き倒し

贔屓(ひいき)とする選手を応援する気持ちは、誰しも当然のことであってそれ自体は大いに結構なことだ。だが、それがマスコミによる過剰な期待を込めた応援となると、それは贔屓の引き倒しとなりはしないか?

先日も触れたが、ソチでの浅田真央選手や高梨沙羅選手の場合、そのことによる重圧があれほどの実力を兼ね備えた選手にあっても、まことに厳しいものがあった証左であろう。みんなで一丸となって応援しましょうとばかりに煽り立てるのは、明らかに行き過ぎではないか。

たとえ、重圧があろうとそれに勝る精神力があれば、何も動じることはないし、それが真の王者であると、口で云うのはいともたやすいこと。戦いの場に臨んでピリピリしているのは生身の人間なのだ。ロボットではない。NHKまでが「さあ~、いよいよ羽生結弦選手の登場で~す!、オリンピック連覇に向けて~」とボルテージを最大限に上げようとしている。心配だ。

静かに見守れとは云わないが、もう少し、何かいい声援方法はないものだろうか?

2018年2月13日 (火)

あさ爺の徒然日記(795) 2月13日(火) 沙羅ちゃん、おめでとう!

高梨沙羅選手が平昌冬季オリンピックのスキージャンプで、見事銅メダルを獲得した。心からおめでとうと云いたい。世界選手権で50勝以上を挙げる圧倒的な強さを見せ、つい金メダルをと思いがちになったものだ。しかし、ソチで表彰台間違いなしと云われながら、4位に終わり悔し涙を流した。

あの大会、真央ちゃんはフリーで挽回して6位に終わったが、彼女の方はやり切ったと云う満足感が感じられた。しかし、沙羅ちゃんは悔いを残した。2人共、試合前の極度の緊張感と国民期待のプレッシャーが原因であることは目に見えていた。

今回も、今季不調が続いた高梨選手への金メダル合唱は続き、彼女もけなげに頑張りますと応えていたものだ。しかし、あさ爺はナントか銅メダルをと願っていた。まずは、4年前の雪辱だ。それを見事に体現してくれたのだから、ホントに嬉しい。これからは韓国得意のショートトラックも始まる。開催国のメダルラッシュに地元は湧くだろう。開会式にも無関心だったあさ爺ではあるが、やはり気になる競技はある。ガンバレ!ニッポン!

2018年2月 5日 (月)

あさ爺の徒然日記(786) 2月4日(日) 朝赤龍引退披露大相撲

スー女とスー坊に、両国駅で待ち合わせたスー婆とスー爺の4人。国技館で行われた朝赤龍引退、錦島襲名披露大相撲を観戦する。本場所のチケットが手に入らなかったスー女が苦肉の策で入手した貴重な入場券。本場所の緊迫感はないが、しんみりした断髪式と華やかな花相撲。

モンゴルから高知の高校へ留学した生徒が、角界入りして関脇まで昇り最高成績は13勝2敗、三賞もすべて獲得した真面目で努力家の力士だった。娘さんの感謝の手紙朗読が良かった。モンゴル出身力士は好感の持てる人と、そうでない人との落差が大きい気がする。

枡席でお弁当をいただいたり、売店で土産物を漁ったり、相撲好きのチビを連れて相撲博物館を覗いたりと、本場所とはまた違った楽しい大相撲見物でした。断髪式を直接見たのは、蔵前時代の元大関琴ヶ浜の引退以来の2度目だったかと。学生時代だったから、半世紀以上昔のことになった。ところで今日は稀勢の里の土俵入りも見られた。館内が大いに沸いた。やはり、人気は絶大だ。

2018年1月28日 (日)

あさ爺の徒然日記(779) 1月27日(土) 栃ノ心平幕優勝

大相撲初場所は14日目で優勝が決定。しかも、栃ノ心が平幕としては旭天鵬以来の6年ぶりの優勝であった。それにしても白鵬が休場した絶好のチャンスさえ生かすことが出来なかった、日本人力士の不甲斐なさにはトホホである。同時に白鵬が休んでもシラケることがなかったことも事実。むしろ優勝争いが面白くなったことで、彼にはずっと休んでてもらってもいいとさえ思える。

御嶽海がこのまま大化けしてくれて関脇で初優勝、それもあわよくば全勝Vを夢見たが見事に裏切られた。過去、大横綱と呼ばれる力士には、20歳代前半で関脇初優勝を遂げるケースが多かった。だから、100%日本人の血ではなくとも彼には日本出身力士としての期待が大きかったのだが。血のことで言えば大関の高安も同じような立場の力士だ。

昔の名横綱大鵬も、父親は白系ロシア人と云われている。樺太からの引揚げだが、彼も堂々とした日本出身力士として認知されている。栃ノ心はジョージアの出身。ハテ、ジョージアと云うのはどの辺り?と思う人も多かろう。ヨーロッパ出身では3人目の優勝力士となった。みんな、立派なもんだ。

2018年1月 7日 (日)

あさ爺の徒然日記(762) 1月7日(日) 星野さんの追悼記事

亡くなった星野仙一さんに関する新聞記事が今日も続いた。それもかなりの紙面を割いている。故人とかかわりのあった方々へのインタビュー記事も多い。他に大きなニュースがないことにもよるが、如何に彼の死が惜しまれていたか、衝撃的であったかとも云える。

彼は野球に恋していたと語ったらしいが、多くのフアンが彼を愛していたことは確かだろう。相撲界には耳をふさぎたくなるような事件が、力士や親方だけではまだ物足りないと見えて、今度は立行司式守伊之助さんまでが割り込んできた。それは暴力や非協力とは一味違った、みっともない事件のようだ。それだけに、野球界のこの出来事は悲しいことではあるが、星野仙一と云うたぐいまれな「さわやかな」男にまつわるニュースに、多くの国民は惹きつけられたのだろう。

高校時代の岡山東商の平松、大学時代は法政の田淵、山本、プロ野球選手時代では巨人の王、長嶋と常に良きライバル、好敵手に恵まれた。やがては、そのライバルたちと良き友になるのだから、これは誠に優れた人間性によるものとしか思えない。あさ爺も多少の縁があったことを嬉しく思うのである。

2018年1月 6日 (土)

あさ爺の徒然日記(761) 1月6日(土) 星野さんの生きざま

「燃える男」の形容詞がこれほどピッタリする人は珍しい。と云うより彼の為の言葉に違いない。モチロン、星野仙一さんのことだ。プロ野球の熱烈なフアンではないが、この人には好感を持っていた。ユニフォーム姿に限らず、NHKのスポーツキャスター時代のスーツ姿もきまっていた。何より、笑顔が良かった。お茶の間のフアンも多かったと思うし、女性にももてたはずだ。

だが、奥様に先立たれると云う不運に見舞われた。それでも気力を失うことなく、中日、阪神に続いて63歳で就任した楽天の監督でリーグ優勝のみならず、彼自身悲願の日本一にも輝いた。ただの制覇ではなく、大震災に打ちのめされた被災者に大きな勇気を与えたことでも、星野さんの功績は偉大だった。

人気と実力が兼ね備わった、絵にかいたような生きざまではなかったか。死を突然に発表するなど、最後まで彼らしかったと云われている。ご冥福をお祈りしたい。あさ爺より5歳も若い70歳。まだ、心残りはあったと思うが、羨ましい最期と云う気もする。奥さんと再会できたのでは・・・。

2017年12月30日 (土)

あさ爺の徒然日記(753) 12月29日(金) 相撲界への期待

暗い話題が重なった今年の大相撲。あさ爺が一番ショックだったのは、稀勢の里の思わぬ怪我。貴ノ岩は土俵外で日馬富士にしてやられたが、同じ相手でも稀勢の里は土俵下に落とされての大怪我。あの馬鹿チカラでやられたのだから、そりゃぁ貴ノ岩さんも痛かっただろう。

ま、暗い話ばかりでも面白くないので、来年に向けての明るい話題がないものかと見渡した。貴景勝と阿武咲(おうのしょう)の若手2人が三役に坐る。北勝富士や御嶽海も目が離せない。更に将来の有望株として十両の貴源治や幕下の炎鵬(えんほう)がいる。かたや貴乃花部屋と白鵬の内弟子である。犬猿の親分の下で、子分同士の激しい鍔迫り合いが見ものだ。

特に炎鵬は初土俵以来、まだ2敗しかしていない。ただ、スピード出世の力士には思わぬ壁があるものだ。常幸龍もその内の一人だし、稀勢の里も幕下の萩原時代から騒がれた。横綱までに意外と時間がかかったのは想定外。白鵬は内弟子を取る位だから、親方になるつもりなんだろう。貴白戦争はこの先も続きそうだ。

2017年12月25日 (月)

あさ爺の徒然日記(748) 12月24日(日) 高校駅伝に思う

日本人発案とも云われる「駅伝」が面白い。新春恒例の箱根駅伝も間もなくだ。それに先立って行われたのが、都大路を駆け抜ける高校駅伝。男子は佐久長聖が雪辱。このチームの素晴らしさは日本人選手だけで優勝を勝ち取ったことだ。その点、女子優勝の仙台育英にはアフリカからの留学生選手が含まれている。

上位チームにはこのような留学生が含まれていて正直興醒めだ。身体能力が格段に優れた他国の選手を入れてまで、勝ちにこだわる学校には共感が持てない。これは人種差別ではなく、日本人の大会に水を差すものだと思うからだ。古い人間と云われましょうが、駅伝に限らず、スポーツ全般に云えるものだ。両親のいずれかが日本人なら問題はないが・・・。

大相撲のモンゴル勢に辟易しているあさ爺である。黒人、白人、関係ない。100%譲って、日本国籍を持つことを最低限の条件にすべきだと思う。また、高校野球と同じで、郷土チームとは言い難い他県からの生徒も多く含まれているのでは?大学はともかく、都道府県別対抗のスポーツである以上、弱くてもいいからその県の生徒で堂々と戦って欲しいものだ。

2017年12月22日 (金)

あさ爺の徒然日記(746) 12月22日(金) 大相撲大乱

歴史上の事件だが、「春秋園事件」と云うのがあった。手元に資料がないので正確にはわからないが、昭和8年頃に起こった事件だったと思う。世には天龍一派脱退事件と呼ばれた。

東か西か覚えていないが、出羽の海部屋(だったと思う)全盛で番付の片方半分を独占した。それを機に、当時関脇?の天龍が大相撲改革を叫んで、幕内力士の半数を率いて協会を脱退。春秋園に立てこもった。脱退力士は断髪して、独自に場所を開いた。それまでの年3場所の内、10月の関西場所が中止に追い込まれた。

世は軍部が台頭してきたきな臭い時代。世論は天龍を支持し大紛糾した。協会は妥協を余儀なくされ、後に天龍は復帰したが、多くの力士が角界を去った。この間隙を縫って彗星の如く現れたのが、双葉山であった。下位に低迷していた無名の力士が、いきなり三役に繰り上げられ力をつけた。後に69連勝と云う不滅の金字塔を打ち立てる。

この時に大相撲は改革され、戦後の栃若、柏鵬時代へと移る。さて、今度の騒動は何を生み出すのか、大山鳴動して鼠一匹になるのか、世間の耳目を集めている。

2017年11月29日 (水)

あさ爺の徒然日記(723) 11月26日(日) 白鵬の万歳三唱

今日も大相撲の話で恐縮。あさ爺の相撲観戦歴は60年になるのでお許し願いたい。白鵬批判を繰り返しているが、優勝を重ねてそれだけ目立つからでもある。今までの日本人横綱にもひどいのは沢山いた。しかし、彼らは余り実績を残せずに姿を消したから、大きな問題にはならなかったとも云える。

今日の千秋楽での優勝インタビューで余計なことを喋った。残念なのは、観客が拍手喝さいをしたこと。ブーイングは殆ど聞こえなかった。更に万歳三唱、いったいこりゃあなんだい?しかし、これにも観客は大喜びで唱和した。あの観客は全員が熱烈な白鵬フアンだったのか?イヤ、そんな筈はない。結びの一番の豪栄道コールはすさまじかった。

能天気な観客に「喝!」と云いたいが、あさ爺もあの場にいたら野次馬根性で万歳しただろう。良く云えば、白鵬はみんなを乗せるのがうまい。ショーマンシップに優れている。40回優勝の高揚感、達成感もあったとは思う。しかし、ここで又同じことを考える。日本人力士なら絶対にやらなかっただろうと・・・。白鵬が日本人ではないのだと思い起こす場面でもあった。

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