ニュース

2018年12月15日 (土)

あさ爺の徒然日記(976) 12月15日(土) 煽り運転判決

あおり運転による重大事件(事故ではない!)に対する横浜地裁の判決があった。懲役18年、意外と軽いのに失望する。求刑の懲役23年を5年軽くする理由がわからない。しかし、危険運転を認めたのは良かった。推測だが裁判員裁判だったから、こうした良識ある判決になったのでは?一般人の感覚では、法律の抜け穴を探したり、あら捜しをすることにはなじまない。誰が見ても高速道路の追い越し車線に停車させること自体が危険運転以外の何物でもない。原因がパーキングエリアの通行エリアに停車して、煙草を吸ってる被告の車を咎めたことにあるらしい。こうした場合、ハンドルを握ったら臆病になることだ。相手に非があっても、君子危うきに近寄らずだ。正論が通じる相手ではない。相手はヤクザなのだと思えば、普通は避ける。あさ爺もあおりや嫌がらせを受けた過去がある。その経験からも、後ろからクラクションを鳴らすのは、極めて危険と云うこと。ハンドルを握れば、態度が豹変するのは運転する人なら、皆さん経験している筈。お互いに被害者になることはモチロン、加害者にさせてもまずいのだ。車社会は安心安全な世界ではない。

2018年10月 8日 (月)

あさ爺の徒然日記(969) 10月8日(月) 教育者失格

加計理事長が記者会見された。逃げ回らずに会見したことは喜ばしいが、内容がいただけない。首相に会った時に要請はモチロン学園の話もしていないし、15年2月の面会疑惑も否定。否定の根拠も明らかにはされておられない。柳瀬秘書官と学園事務局長の面会も否定。しかし、これらが真っ赤なウソであることは多くの国民が知っている。誰もが知っていることを知らないと云い続けるのは、認知症が進行しているのか、或いは否定せざるを得ない重大な理由があるからと思われる。病気又は確信犯のいずれにせよ、学校法人の理事長と云う教育者としては重大な欠陥があるわけで、これは即辞めるべきであろう。教育者がウソを平気でついてはダメだ。日大もしかり。許されるウソとは、たわいのない可愛いウソであって、加計氏の嘘はそうではない。仮に認めても、それで首相が辞任に追い込まれるほどのものではない筈だ。ところで、政治家のウソは常識なので許される。現にアベさんは噓八百だらけだ。

2018年10月 3日 (水)

あさ爺の徒然日記(968) 10月3日(水) 閉店セール内閣?

第2次安倍内閣第4次改造内閣がめでたく発足。これで国は喜びに溢れかえってる筈なのだが、ワイドショーの話題は元貴乃花親方の去就に。捨てる神あれば拾う神ありで、総理が参議院にいかが?と打診しているとか?ま、プロレスラーの議員さんもいるわけだからお相撲さんがいても不思議ではない。将来、文科相となれば、相撲協会に「恩返し」することも夢ではない。ところで今度の内閣、在庫一掃セール内閣は失礼だからと「閉店セール内閣」と名付けた野党があった。思わず、これはウマいと思った。言い得て妙だ。これからそれぞれの新大臣のボロが出てくるだろうし、失言やセクハラで辞める大臣も何人か出そうな予感が。任期は3年あるから毎年、改造すれば12人×3回で36人の新大臣を誕生させることが出来、完全に在庫は一掃される。問題は野党が指をくわえて見ているだけかどうか、沖縄のように野党が団結すれば勝てる選挙もある。でも、政権交代は無理だろうなあ。

2018年9月14日 (金)

あさ爺の徒然日記(964) 9月14日(金) 正念場の安倍外交

総裁選に入ってから、イシバさんが勝てる見込みのない戦いを強いられている間に、大国ロシアと中国を相手に外交で渡り合って更に点数を上げる算段だったシンゾー首相。やりたくない討論会や記者会見よりも得意の外交の筈だった。しかし、雲行きが怪しくなってきた。プーチンに年内、つまりあと3ヶ月で平和条約を結ぼうといきなりの鉄槌。一緒に並んで聞いていた習近平も、こりゃあ面白そうと高みの見物。ここで顔を真っ赤にしてプーチンを怒鳴りつけるのかと思いきや、ニヤニヤ笑い(苦笑?)の日本人特有の不可思議な笑顔を見せた我らが宰相。この笑顔で、早速了解してくれたものとラスプーチン、いやプーチンさんは勘違いしたのでは?別に平和条約なんて結ばなくともよい。日ソ不可侵条約を平気で破って、火事場泥棒的に満州や樺太に雪崩れ込んだのはどこの国だ?民間人を大量虐殺し、武装解除し降伏した兵士をシベリヤ送りにした国の云うことを信用してはなりませんぞ、シンゾーさん。もう三選で終わりと足元を見られて、見くびられているようですな。

2018年9月12日 (水)

あさ爺の徒然日記(963) 9月12日(水) イルカショー

朝刊を開いて驚いた。新江ノ島水族館でのイルカショーが問題になったと云う。但し、興行そのものにではなく、セーリングワールドカップの開会式での出来事。実は昨日、そのイルカショーを見たばかりなのだ。高校同期の恒例の秋の散策会でのこと。7月にもあさ爺は孫と見物して、やんやの喝采をおくったばかり。昨日は後期高齢者の爺さん婆さん(失礼!)の集まりだったが、大勢の遠足の園児たちと一緒に手をたたいて童心にかえった。その時に、あさ爺は跳ね飛ぶイルカを見ながら、欧米人にはヒンシュクを買うだろうなと内心思ったものだ。素人の老人さえ感じたものを、セーリングの大会実行委員会の誰もが想像できなかったことに、バッカじゃないの!と呆れかえる。開会式のセレモニーでわざわざ披露したのだ。しかも、開会式の内容を慣例を無視して連盟には伝えていなかったとのこと。ダブルミスだ。ま、テスト大会だったから本番には修正すれば済む話だが。「郷に入っては郷に従え」で、そんなのイチイチ謝らなくてもいいとの意見もあるだろうが・・・。それなら国際大会を開催する資格はないだろう。

2018年9月 6日 (木)

あさ爺の徒然日記(962)  9月6日(木) 北海道で大地震

物理学者の寺田寅彦が発した警句「天災は忘れた頃にやってくる」を、マッタク反対の意味で思い起こしてくれた未明の大地震。災害の少ない極めて平穏な時代を生きた彼が、民衆の備えのなさを憂えた警鐘として有名な言葉。しかし、平成最後のこの夏は天災は忘れぬうちに襲ってくる。西日本豪雨に始まり、連日の酷暑、40度超えの連発も災害だし、台風21号では昔の室戸台風のような四天王寺五重塔崩壊の悪夢を心配した。塔は無事だったが平野神社や西本願寺で大きな被害があった。関空に続いて今度は新千歳空港が閉鎖に追い込まれる事態に。USJのようなテーマパークの休業とはわけが違う。空の玄関口なのだ。ところであさ爺が961回、あさちゃんが539回、併せて通算1500回の節目を迎えたところで、ご愛読いただいたブログもそろそろ終活の時期を迎えた。これからは、心身の具合よろしき時にのんびりと綴りたいと。

2018年8月21日 (火)

あさ爺の徒然日記(959) 8月20日(月) 尾畠春夫さん

2歳児発見救出で、一躍時の人となった尾畠さん。今度は豪雨被災地の呉市でボランティア活動を再開した。カメラが追いかけている。唐突だがこの人、鎌倉で人力車夫として有名な青木登さんに実によく似ている。豆絞り風の鉢巻や贅肉のない頑健な体つき、日焼けから顔の造作まで、まるで兄弟のような感じだ。メディアの対応も似ている。来るもの拒まず、去る者追わずと云う姿勢まで。ただ、青木さんの場合は自身の商売にプラスと考えてのことだろうが、尾畠さんはこれでボランティア活動に興味を示してくれる人が増えることを期待しておられる。対価を求めずの姿勢を貫いているとのこと。なかなかマネの出来ることではない。政治家や官僚の堕落が報じられ、簡単に人を殺す暗澹たるご時世で、一服の清涼剤となっているのは間違いない。

2018年8月19日 (日)

あさ爺の徒然日記(956) 8月17日(金) 小野田少尉発見との類似

今回の2歳児発見のニュースで、その昔ルバング島で発見「救出」された小野田陸軍少尉のことを思い出した。モチロン、直接的にはナンの関係もない。ただ、あさ爺はとても似ている共通点を感じた。よっちゃんを発見したのは前日に大分から駆けつけたばかりの78歳のボランティアさんだった。警察や地元消防団140人体制でまる2日間捜索しても見つけられなかった不明児を、この尾畠春夫さんは入山わずか30分で発見。これをどう解釈したらいいのだろうか?小野田少尉もルバング島に潜んでいることを日本政府も把握し、何度か捜索隊を派遣していた。しかし、これだけの大捜索でも音沙汰がなかったのを、世界を冒険旅行していた日本人青年が少尉を発見、その後、無事日本へ帰還させた。ずぶの素人がである。小野田さんとよしき君には共通点はないのだが、捜索側に何らかの先入観が邪魔したのではないかと云う気がする。手落ちはなかったにせよ、一刻を争う捜索に検証が必要ではないか?

2018年8月16日 (木)

あさ爺の徒然日記(955) 8月16日(木) よっちゃん、見つかる

今日は明るいニュースと悲しい出来事が交錯した一日となった。嬉しかったのは2歳児の男の子「よっちゃん」が無事保護されたこと。ナント、発見者は前日に来たばかりの78歳の男性ボランティアだった。発見されたのは3日目の昨日のことだが、詳細が分かってきたのは今日のテレビで。地元の警察や消防団が探しても見つからなかったのが、大分から到着したばかりのこの爺さんが発見したのが驚き。よっちゃんのたくましい生命力に乾杯?だ。ホッとした人は多いのではないだろうか?みんな、胸を痛めていた筈だから。悲しい話は、ご近所にお住いのGさんが2年近い闘病生活の甲斐もなく、入院先で亡くなられたとの知らせ。奥さんが献身的に看病しておられた。ほぼ一日も欠かさずに病院通いをしておられた。我々は夫人の体調を心配したものだ。ご主人はあさ爺よりも少しお若い。最期はお子さんたちに見守られての旅立ち。ご冥福をお祈りします。合掌

あさ爺の徒然日記(953) 8月14日(火) 2歳児の不明事件

山口県の島にある母親の実家に帰省中の2歳の男の子が、行方不明になる事件が発生した。爺ちゃんが海に孫たちを連れて行く途中、帰りたいと云い始めた下の孫を一人で返したのが発端。母親も半狂乱になるだろうが、祖父は一体どんな気持ちか、爺ちゃんの一人としてお察しする。まさか、こんな事態になるとは想像だにしていなかった筈だが、警察や消防団140人が探しても見つからないのが不思議。以前、北海道で似た事件があり、数日後に自衛隊の演習地の建物の中で無事保護された。しかし、あの時は小学生だったが、今度は2歳児。奇跡が起きるとすれば、どこかの空き家か物置に入っているのではと推測。遠くへ行ける筈はないから、すべての建物を再チェックできないものか?あさ爺は夜中に目が覚めた時に、テレビの映像で流れたこの子の顔が浮かんで眠れなくなってしまった。

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