ニュース

2018年9月14日 (金)

あさ爺の徒然日記(964) 9月14日(金) 正念場の安倍外交

総裁選に入ってから、イシバさんが勝てる見込みのない戦いを強いられている間に、大国ロシアと中国を相手に外交で渡り合って更に点数を上げる算段だったシンゾー首相。やりたくない討論会や記者会見よりも得意の外交の筈だった。しかし、雲行きが怪しくなってきた。プーチンに年内、つまりあと3ヶ月で平和条約を結ぼうといきなりの鉄槌。一緒に並んで聞いていた習近平も、こりゃあ面白そうと高みの見物。ここで顔を真っ赤にしてプーチンを怒鳴りつけるのかと思いきや、ニヤニヤ笑い(苦笑?)の日本人特有の不可思議な笑顔を見せた我らが宰相。この笑顔で、早速了解してくれたものとラスプーチン、いやプーチンさんは勘違いしたのでは?別に平和条約なんて結ばなくともよい。日ソ不可侵条約を平気で破って、火事場泥棒的に満州や樺太に雪崩れ込んだのはどこの国だ?民間人を大量虐殺し、武装解除し降伏した兵士をシベリヤ送りにした国の云うことを信用してはなりませんぞ、シンゾーさん。もう三選で終わりと足元を見られて、見くびられているようですな。

2018年9月12日 (水)

あさ爺の徒然日記(963) 9月12日(水) イルカショー

朝刊を開いて驚いた。新江ノ島水族館でのイルカショーが問題になったと云う。但し、興行そのものにではなく、セーリングワールドカップの開会式での出来事。実は昨日、そのイルカショーを見たばかりなのだ。高校同期の恒例の秋の散策会でのこと。7月にもあさ爺は孫と見物して、やんやの喝采をおくったばかり。昨日は後期高齢者の爺さん婆さん(失礼!)の集まりだったが、大勢の遠足の園児たちと一緒に手をたたいて童心にかえった。その時に、あさ爺は跳ね飛ぶイルカを見ながら、欧米人にはヒンシュクを買うだろうなと内心思ったものだ。素人の老人さえ感じたものを、セーリングの大会実行委員会の誰もが想像できなかったことに、バッカじゃないの!と呆れかえる。開会式のセレモニーでわざわざ披露したのだ。しかも、開会式の内容を慣例を無視して連盟には伝えていなかったとのこと。ダブルミスだ。ま、テスト大会だったから本番には修正すれば済む話だが。「郷に入っては郷に従え」で、そんなのイチイチ謝らなくてもいいとの意見もあるだろうが・・・。それなら国際大会を開催する資格はないだろう。

2018年9月 6日 (木)

あさ爺の徒然日記(962)  9月6日(木) 北海道で大地震

物理学者の寺田寅彦が発した警句「天災は忘れた頃にやってくる」を、マッタク反対の意味で思い起こしてくれた未明の大地震。災害の少ない極めて平穏な時代を生きた彼が、民衆の備えのなさを憂えた警鐘として有名な言葉。しかし、平成最後のこの夏は天災は忘れぬうちに襲ってくる。西日本豪雨に始まり、連日の酷暑、40度超えの連発も災害だし、台風21号では昔の室戸台風のような四天王寺五重塔崩壊の悪夢を心配した。塔は無事だったが平野神社や西本願寺で大きな被害があった。関空に続いて今度は新千歳空港が閉鎖に追い込まれる事態に。USJのようなテーマパークの休業とはわけが違う。空の玄関口なのだ。ところであさ爺が961回、あさちゃんが539回、併せて通算1500回の節目を迎えたところで、ご愛読いただいたブログもそろそろ終活の時期を迎えた。これからは、心身の具合よろしき時にのんびりと綴りたいと。

2018年8月21日 (火)

あさ爺の徒然日記(959) 8月20日(月) 尾畠春夫さん

2歳児発見救出で、一躍時の人となった尾畠さん。今度は豪雨被災地の呉市でボランティア活動を再開した。カメラが追いかけている。唐突だがこの人、鎌倉で人力車夫として有名な青木登さんに実によく似ている。豆絞り風の鉢巻や贅肉のない頑健な体つき、日焼けから顔の造作まで、まるで兄弟のような感じだ。メディアの対応も似ている。来るもの拒まず、去る者追わずと云う姿勢まで。ただ、青木さんの場合は自身の商売にプラスと考えてのことだろうが、尾畠さんはこれでボランティア活動に興味を示してくれる人が増えることを期待しておられる。対価を求めずの姿勢を貫いているとのこと。なかなかマネの出来ることではない。政治家や官僚の堕落が報じられ、簡単に人を殺す暗澹たるご時世で、一服の清涼剤となっているのは間違いない。

2018年8月19日 (日)

あさ爺の徒然日記(956) 8月17日(金) 小野田少尉発見との類似

今回の2歳児発見のニュースで、その昔ルバング島で発見「救出」された小野田陸軍少尉のことを思い出した。モチロン、直接的にはナンの関係もない。ただ、あさ爺はとても似ている共通点を感じた。よっちゃんを発見したのは前日に大分から駆けつけたばかりの78歳のボランティアさんだった。警察や地元消防団140人体制でまる2日間捜索しても見つけられなかった不明児を、この尾畠春夫さんは入山わずか30分で発見。これをどう解釈したらいいのだろうか?小野田少尉もルバング島に潜んでいることを日本政府も把握し、何度か捜索隊を派遣していた。しかし、これだけの大捜索でも音沙汰がなかったのを、世界を冒険旅行していた日本人青年が少尉を発見、その後、無事日本へ帰還させた。ずぶの素人がである。小野田さんとよしき君には共通点はないのだが、捜索側に何らかの先入観が邪魔したのではないかと云う気がする。手落ちはなかったにせよ、一刻を争う捜索に検証が必要ではないか?

2018年8月16日 (木)

あさ爺の徒然日記(955) 8月16日(木) よっちゃん、見つかる

今日は明るいニュースと悲しい出来事が交錯した一日となった。嬉しかったのは2歳児の男の子「よっちゃん」が無事保護されたこと。ナント、発見者は前日に来たばかりの78歳の男性ボランティアだった。発見されたのは3日目の昨日のことだが、詳細が分かってきたのは今日のテレビで。地元の警察や消防団が探しても見つからなかったのが、大分から到着したばかりのこの爺さんが発見したのが驚き。よっちゃんのたくましい生命力に乾杯?だ。ホッとした人は多いのではないだろうか?みんな、胸を痛めていた筈だから。悲しい話は、ご近所にお住いのGさんが2年近い闘病生活の甲斐もなく、入院先で亡くなられたとの知らせ。奥さんが献身的に看病しておられた。ほぼ一日も欠かさずに病院通いをしておられた。我々は夫人の体調を心配したものだ。ご主人はあさ爺よりも少しお若い。最期はお子さんたちに見守られての旅立ち。ご冥福をお祈りします。合掌

あさ爺の徒然日記(953) 8月14日(火) 2歳児の不明事件

山口県の島にある母親の実家に帰省中の2歳の男の子が、行方不明になる事件が発生した。爺ちゃんが海に孫たちを連れて行く途中、帰りたいと云い始めた下の孫を一人で返したのが発端。母親も半狂乱になるだろうが、祖父は一体どんな気持ちか、爺ちゃんの一人としてお察しする。まさか、こんな事態になるとは想像だにしていなかった筈だが、警察や消防団140人が探しても見つからないのが不思議。以前、北海道で似た事件があり、数日後に自衛隊の演習地の建物の中で無事保護された。しかし、あの時は小学生だったが、今度は2歳児。奇跡が起きるとすれば、どこかの空き家か物置に入っているのではと推測。遠くへ行ける筈はないから、すべての建物を再チェックできないものか?あさ爺は夜中に目が覚めた時に、テレビの映像で流れたこの子の顔が浮かんで眠れなくなってしまった。

あさ爺の徒然日記(952) 8月13日(月) 阿波踊り騒動

阿波踊りがもめている。ワイドショーで格好のネタとなって、経緯が面白おかしく報道されている。よく知らなかったが、総踊りを市長の鶴の一声で中止になったのが発端。演舞場が何ヶ所も存在するのも知らなかったし、その内の1ヶ所だけで総踊りが行われ、それが見る方も踊る方にも大人気だと云うことも。民放各局がこれまでの経緯を伝えているが、元人気アナである市長が出身の四国放送系列のキー局は、さすがに市長悪者説は採ってはいないのだろう。あさ爺も「仕事」で阿波踊りに参加したことがあるが、素人連だから当然演舞場では踊らなかった筈だ。もう50年前のことだから忘れてしまった。盆踊りは観客も一緒に踊って楽しむのが原点だから、有料観覧席をたくさん設営して金儲けに走るのにも違和感がある。ま、花火と一緒で、ショー化した盆踊りも地元にとっては、一大イベントと云うわけ。観光協会勤務の経験があるあさ爺は、哀れにも市長に潰された協会が気の毒でならない。

2018年8月 8日 (水)

あさ爺の徒然日記(948) 8月8日(水) 台風13号接近

強い台風13号が今夜、関東に最接近しそうだ。猛烈な大型台風とまでは云えないのだが、何せこれまでに災害が続き、まだ復旧に時間がかかりそうな日本列島なのだ。たとえ規模がそれほどでなくても、被災地は不安をかかえている。その大事なニュースに割り込む形で、ボクシング連盟が世間を騒がせる。悲しいニュースでは津川雅彦さんや翁長知事の訃報が飛び込んできた。かたや名優で保守派に近い人、かたや現職の知事で沖縄の辺野古移設に病身をおして、最後まで反対を叫び続けた方。津川さんの「マルサの女」は面白かった。甲子園では初めてタイブレークなるルールが初適用された。これであっさり勝負がつくかと思いきや、両チームともバント失敗を繰り返す小細工戦法。ナルホド、長打がタイムリーに出ないから延長になったわけだ。だからか、負けた側も腑に落ちない様子だった。

2018年7月30日 (月)

あさ爺の徒然日記(940) 7月29日(日) 台風は西へ

昔、「ひかりは西へ」と云う国鉄のキャッチフレーズがあった。高度成長期を云い表わす標語でもあったかと思う。まだ、「のぞみ」の走っていない時代。超特急は「ひかり」。岡山から広島へ、そして博多へと延びてゆく。不謹慎だが、思わずその明るい時代の言葉を思い出した台風12号の動きだった。幸い、洪水被害は出なかったようだ。我が家に渦巻いていた豆台風も東京へ去った。一日延びたが、迎えに来てくれた大好きなお母ちゃんと連れ立って、バーイバイと手を振って。好奇心まる出しは母親に似てるかな?部屋を散らかすのは両親を見習ってるのか?悪さをするのはパパ似だろうかと、勝手な批評をしている爺でした。

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