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2017年9月17日 (日)

あさ爺の徒然日記(661) 9月17日(日) 台風18号と冒頭解散

本来なら臨時国会冒頭解散か?のニュースで埋め尽くされる筈のテレビ・ラジオの報道が、台風18号の暴風に吹き飛ばされてしまった。北のミサイル発射や核実験のニュースが、アメリカではハリケーンイルマで消し飛んだのと同じで、自然の脅威は人間社会の思惑をぶっ潰した。

衆院解散は民進党やファースト潰しが見え見えで、ついでにモリかけ騒動も吹っ飛ばすのが目的だ。自民の圧勝がわかっているから、投票率も伸びないだろうし、山口公明も今度は自民に大協力して都議選の借りを返す魂胆。

安倍首相の保身と更なる長期政権維持が目的の「安倍一強選挙」で、有権者の良識が問われる選挙ともなる。恐らく、総理はモリかけを封印し、外交成果とミサイル防衛の軍備強化を前面に出すだろう。とにかくテロリストみたいに、油断を突いて撃ち込んでくる北朝鮮は、安倍さんにとっては応援部隊とも言える。

選挙中も空襲警報(Jアラート)が鳴り響けば、それが追い風となって安倍自民は盤石だ。そんなことより台風の直撃を受けている故郷の四国が心配だ。

2017年8月30日 (水)

あさ爺の徒然日記(643) 8月29日(火) 平成の空襲警報

午前6時過ぎ、けたたましい音声で飛び起きた。北のミサイル発射で出された、「Jアラート」と呼ばれる政府からの緊急警報。しかし、内容は無責任極まりないシロモノだ。範囲は北海道、東北から関東甲信越のほぼ東日本全域。頑丈な建物に避難せよと叫び続ける。

余りに漠然としていて、避難のしようがないではないか?これは恐らく、被害があっても政府の命令に従わず、呆然と何もしなかったお前さんが悪いのであって、行政にはナンの落ち度もないと・・・。

でも、昔の空襲警報の方が、もっと地域限定で具体的だった(そうだ)。普段から、防空壕も作られていたし、防空ズキンもあった。バケツリレーの訓練も怠りがなかった。もっとも、実際には殆ど役に立たなかったそうだが。

今度の警報に際しての事前の訓練は、一切何もされてなかったからみんな戸惑ったに違いない。小学校の体育館があさ爺地区の避難場所だが、あの屋根がミサイルを弾き返すとは到底思えない。むしろ被害は拡大されそうだ。

そして政府の発表には苦笑した。「破壊措置は実施せず」・・・と。要するに間に合わなかったと云うことだろう。それを実施せず・・・とは。これでは大本営発表とおんなじだ。

そう云えばモリからカケに至る大本営発表は、ことごとくウソの上塗りだった(と思える)。歴史は着実に繰り返されている。

2017年7月26日 (水)

あさ爺の徒然日記(607) 7月23日(日) 訃報に接して

日野原重明さんと平尾昌晃さんの訃報が相次いだ。日野原さんは105歳、職場の聖路加国際病院で亡くなられたのかと思ったが、意外にご自宅で息を引き取られたそうだ。あるがままに生きるを最後まで貫かれた生涯だった。平尾昌晃さんは79歳。

お二人には共通点がある。「生涯現役」、「生涯青春」をモットーとされておられたことだ。このフレーズを聞くと、半病人のあさ爺は反省しきりだ。現役はとっくに退き、青春時代はもう思い出せないくらいの大昔だ。お二人の気力、体力には脱帽以前の神々しいものを感じる。しかし、これも神から与えられた人生だったのだろう。

日野原さんは京都帝大医学部の出身だが、あさ爺はこの学歴を耳にすると、若くしてガンで亡くなった高校時代の同期生S君を思い出す。秀才の彼とはクラスは別だったが、一学年の時に生徒会活動のサークルで何度か話をする機会はあった。それだけに母校京大の教授か、高名な医学博士にとの期待があったので、彼の訃報に接した時の衝撃は今も記憶している。

医師でも病に勝てなかったのかとの思いだった。この時のサークルでの記念写真の中に、満面笑顔の彼がいる。これもまた、神の思し召しだったのかもしれない。お二方と共に、ご冥福をお祈りします。

2017年7月16日 (日)

あさ爺の徒然日記(599) 7月14日(金) 死刑について更に考える

昨日の夕方、南の空に大きな虹がかかった。昔、ニュージランドの首都オークランドで、でっかい虹を見て感動したことがあるが、そのことを思い出させてくれた見事な虹。ご近所の奥様に教えたら、彼女も感動していた。

そして今日はパリ祭。フランスの革命記念日。話は変わるが、昨日の続き。死刑囚は自分の罪を悔い改めて、淡々と死に臨むものかと思っていたが、必ずしもそうではないと云うことだろう。それなら、本人も浮かばれないし、被害者もその遺族も気が晴れないのでは?

刑務所の日常や死刑囚の動向については、ほとんど情報公開されていないので疑心が募る。察するに、多くの死刑囚は裁判では遺族に謝罪したりしているが、本心ではなく減刑を期待してのことなのだ。実際は、被害者や世間に対して逆恨みしているのではないか?再審請求が多い一因でもあろう。

教戒師もいるのだろうが、もっと仏教やキリスト教の信仰に向かわせる努力が必要と思う。そして己が罪を認め、ホトケや神に救いを求める機会を与えるべきである。執行直前まで抵抗の限りを尽くした若い死刑囚も、過去にはいたと云う。悲惨な話である。

あさ爺の徒然日記(598) 7月13日(木) 死刑制度について考える

大阪と広島の拘置所で死刑が執行されたと発表があった。今の法務大臣は国会答弁で失態が続いているので、とても執行命令は出せないのではと思っていたが、しどろもどろの答弁とは違って果敢に決断したようである。

その内、一人は4人の女性を殺害して再審請求を繰り返していた61歳の男であり、もう一人は若い同僚女性の命を奪って遺体を損壊、遺棄し、裁判員裁判の一審で死刑判決を受け、弁護側の控訴を取り下げた34歳の男。かたや連続殺人の凶悪犯であり、かたや被害者一人の若い死刑囚(事件当時は28歳)。

最近、執行が少ないのは、再審請求が約7割に及んでいる事実があることも報道で知った。再審請求が行われている間は執行を見合わせると云う暗黙の了解があった為らしい。しかし、我らが法相はその弊害を断ち切るべく、断固決断した。英断?である。

それにしても、死刑判決を受けても、尚、生に執着して法を悪用する輩が多いのに愕然とする。確かに冤罪はあってはならない。その為の再審制度である。だが、その疑いのない凶悪犯にそれを活用して欲しくない。今の刑務所では、罪を悔いると云う教育はされていないのだろうか?このことについては前から疑問に思っていることなので、日を改めて考えてみたい。

2017年7月 7日 (金)

あさ爺の徒然日記(593) 7月6日(木) 九州北部豪雨

4年前の晩秋、今度の集中豪雨に遭った地帯を旅行したことがあった。山間の清流や紅葉で彩られた渓谷を楽しんだ。こともあろうにあの日本の秋の原風景みたいだった美しい野山が、梅雨前線末期特有の線状降水帯と呼ばれる大雨に見舞われた。連絡のつかない集落が多く、被害の全貌はまだわからない。痛ましいことだ。

思えば、あの時の旅行で訪ねた阿蘇神社は熊本地震で楼門が崩れ落ちた。重要文化財の古建築で、門をバックににこやかな笑顔を見せているあさ爺一行の写真がアルバムにおさまっている。地震の時は被害を免れた辺りが今回の豪雨でやられたらしい。旅行中に遭遇しなくて良かったと、安堵している場合ではない。なんともやりきれない想いを抱く。

ただ、特別警報の発令のやり方には、いまだ納得できない部分がある。今度も、福岡県朝倉市と接している大分県日田市は同じ頃に豪雨が続いていたにもかかわらず、なかなか特別警報は出なかった。テレビで見ていてもおかしいではないかと思った。なんでも県単位の壁(広域)があるらしい。しかし、自然の地形と人間が決めた行政上の境界線とは必ずしも同一ではない。

まさか、気象庁もお役所だから、国土交通省や内閣府に忖度したとは思いたくないが・・・。

2017年7月 1日 (土)

あさ爺の徒然日記(586) 6月26日(月) 藤井総太四段新記録!

小学生の時に兄から教わって、駒の動かし方を覚えた程度の、門外漢のあさ爺には縁遠い話だが、藤井総太四段の快進撃が止まらない。それもプロデビュー以後負け知らずと云う、とてつもない29連勝の大記録である。

迎え撃つ先輩棋士にとっては複雑な心境だろうが、おかげで注目されてと苦笑いされておられる向きもあるし、連盟の人たちは将棋を志す子どもたちが増えてありがたいと手放しで喜んでもおられる。確かにすそ野は広がるだろうし、対局中の将棋ソフトカンニング疑惑騒動で、会長が辞任する騒ぎがあった後なので、今回の藤井フィーバーは将棋連盟にとっても「神風」であることは間違いない。

偶然かも知れないが、史上最年長の加藤一二三九段の引退と重なり、しかもデビュー戦がその「ひふみん」との歳の差63歳対決だったことも話題を呼んだ。内閣の人気が急降下してしらけムードの世の中に、一輪咲いた大輪の花なのだ。号外が出るのもうなづける。そして、何よりもこの人気沸騰の原因は、藤井総太くん自身の謙虚さにある。

あの傲慢で誠意のかけらもない某総理とは、雲泥の差なのである。連勝記録はいつかは止まる。しかし、更にその先の高みを目指す藤井少年の今後に、目を離すことができない。

2017年6月28日 (水)

あさ爺の徒然日記(583) 6月23日(金) 全国に感動広がる

歌舞伎俳優市川海老蔵さんの妻、小林麻央さんが2年間の闘病生活の末に亡くなられた。幼い子供2人遺しての旅立ちであった。それだけでとても悲しく、いたたまれない気持ちになるが、彼女は闘病生活をブログで発信することにより、多くの国民に感動と勇気を呼び起こしたと伝えられている。

あさ爺はそのブログを拝見したわけでもなく、生前、テレビに出ておられた当時の麻央さんをマッタク存じ上げていないのであるが・・・。海老蔵さんと婚約されたニュースで初めて知った次第だが、それもあの暴れん坊で親泣かせの歌舞伎役者によく嫁ぐ気になったものだと、そんな失礼な感想を抱いた次第。

しかしながら、ブログを通じてテレビで報道される闘病中のニュースには、感動もし、心配もした。掲載されているご自身の写真には笑顔があり、極端に痩せておられる風にも見えなかったので、こんなに早くこの日を迎えることになろうとは想像もできなかった。お堅いNHKもトップで扱ったことは、このニュースが国民に大きな関心と悲しみを、同時に言いようのない感動をもたらしたことによるものだろうと思う。心からご冥福をお祈りします。

2017年6月21日 (水)

あさ爺の徒然日記(581) 6月20日(火) 総理迷走

国会が閉会し、総理が記者会見で珍しく謝罪した。しかし、口先だけの陳謝であることはいつもと同じ。現首相は憲法改正で、歴史に名を残すことに執念を燃やされておられる。しかし、名を残しても名声とは限らない。

戦後の長期政権を考えてみると、吉田茂はサンフランシスコ条約に調印して、西側の一員としての地位を確保した。佐藤栄作は沖縄返還を実現した。但し、非核三原則のノーベル平和賞は殆ど評価されていない。中曽根康弘は国鉄民営化を実現した。小泉純一郎は郵政民営化を実現したが、派遣法の改正は多くの国民を苦しめる結果となって今日に至る。

そして安倍晋三。アベノミクスは既に消え去り、仮に改憲が実現したとしても、後世に悪名を轟かせるだけの評価となりそうだ。それが本人にはわからない。祖父の岸信介も日米安保で混乱を招いた。評価は散々であるが、孫は祖父のおかげでニッポンの平和が保たれたと胸を張り、じいちゃんを尊敬している。

身内で尊敬するのは勝手だが、それにしても誠意の感じられない人だ。記者会見も、内閣支持率が逆転して目前の都議選に悪影響しそうだとの判断で、得意の口先だけの謝罪会見となった。モリかけ騒動も文科省も、総理のご意向もそんたくも、すべては安倍茶番劇と国民は思っているから、多くの人々は苦々しく思っていることだろう。それ以上に野党が寂しい。フランスが羨ましい。

2017年6月17日 (土)

あさ爺の徒然日記(578) 6月16日(金) 野際陽子さん

女優の野際陽子さんが、3日前に亡くなられていたことが報じられた。テレビ画面でお目にかかる程度ではあったが、逗子時代に親族の方との接点があった。また、古代歴史研究家のTさんから、若い頃の野際さんの思い出を聞かされたことがあって、直接のかかわりあいはなかったものの、少々気になる女優さんであった。

Tさんは逗子から東京まで横須賀線で通勤されておられたが、若い頃、帰りはしばしばグリーン車に乗られたそうだ。それは役員をされていた上司のかばん持ちと云うか、ゴマすり的おつきあいか、とにかくその車両でしばしば野際さんと目が合ったそうだ。彼女の眼は、若造のくせに生意気にグリーン車に乗って・・・と、そんな目つきだったそうで、それがトラウマになったそうだ。

野際さんはもう女優として知られた存在。さすがにその話は親族の方には話せなかったが、テレビの中の女優さんが、身近に感じられて面白かったことを覚えている。最後まで現役を貫いた女優さんだった。ご冥福を祈ります。

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