心と体

2017年7月13日 (木)

あさ爺の徒然日記(597) 7月12日(水) 運動不足を懸念

自宅で療養を続けている身にとって、運動不足の解消が当面の課題。アルバイトをしている時には、ささやかでも収入が得られると云う気持ちは確かにあったが、それ以上に一日中カラダを動かしていると云う充実感があった。満足感と云っても良い。また、通勤電車に揺られることにより、今の社会とつながってもいると云う安心感もあった。それが今はない。

収入がなくなったことに対しては、節約をすれば解決できる。しかし、体を動かしていないことからくる運動不足だけは、負の遺産となって蓄積されそうだ。実は30年以上続けてきたラジオ体操を先月末からやめて、既に20日になる。

家族がアンチラジオ体操派で、百害あって一利なしの論法で家庭内批判を浴びてきていた。それもあるが、あの体操でさえ息切れをするようになってきたことが止めた原因でもある。不整脈を感じる症状に臆病になってしまったのである。

体力が落ちれば、気力も衰えてくる。仕事の日には朝から緊張感もあったし、気の進まない現場へ出かける時は気分も晴れなかった。そうした心の負担も失せ、モチベーションの維持も難しくなってきた。今は室内でのストレッチ体操を試みているが、やはり「歩く」のが一番と痛感する。

ウォーキングは最良の薬に違いないと思うのだが・・・。

2017年7月 2日 (日)

あさ爺の徒然日記(588) 6月28日(水) 久しぶりに健康診断

昨年もパスした健康診断、今年は受けなければと思っていた矢先に、救急車搬送事件が起こってしまった。数年前に同じような症状に襲われた時に、軽く考え専門医の受診を怠った代償を払うことになったわけだ。

そんなわけで今回は今のかかりつけ医で搬送手配をしてくださった、Nクリニックで初めての健康診断に臨む。今までは特に医院は決めていなかったが、今回は今の状況を把握されておられる先生に、診ていただいた方がよかろうと判断。

アンチ健診派のカミさんも今年は受診に踏み切る。彼女は数年ぶりではないだろうか?何年か前に、娘が勤務していたクリニックで人間ドックを受診して以来では?あさ爺も現役時代は夫婦で人間ドックに日帰り、又は1泊で診て貰ったが、リタイアした後は、高額の健診代がネックとなって・・・。

その内、市の健診すら受けたりサボったりのここ数年・・・。そして、今年はその天罰が下った次第。結果は後日だが、もとより合格点は期待できない今の状況と心境なのです。

2017年6月15日 (木)

あさ爺の徒然日記(577) 6月14日(水) 再び、かかりつけ医へ

6月13日(火)、救急搬送されてから1週間後のこの日、再び市民病院で検査と診察を受ける。採血は4本とられて目が回りそう・・・。心電図の波は規則正しく波打って、運び込まれた時のような滅茶苦茶な波動ではなくなってきた。

担当の先生も、N医院に戻っていいでしょうとの話。市民病院通いを覚悟していたので、それほどの重症にはならなかったものとホッとする反面、もうしばらくは大病院で診てもらってた方が良かったのにと云う気持ちも。

そして、今日、そのクリニックへ報告に出向いた。これからは息の長い「闘病生活」が始まる。同時に、何年続くかわからないが、人生最終版の余生を生きることになるわけだ。目の前の仕事にかまけて、何も考えていなかった人生の締めくくりについて、いろいろ思いを巡らすことになりそうだ。

2017年6月14日 (水)

あさ爺の徒然日記(575) 6月9日(金) 自宅で静養

救急搬送されて、その日の夜に帰宅してから3日経った。やはり、病院で適切な治療を受けたおかげで、諸々の数値も下がり、心電図の折れ線グラフも規則正しくなってきた。

3年半前に、同じような症状で倒れかけたことがあった。真夏の仕事中での出来事、熱中症ではと思い小康状態となったので、自分の判断で医院には行かなかった。しかし、その為かしばらく「後遺症」が続いた。軽い麻痺もあった。大事には至らなかったものの、その時のことが今度の伏線になったに違いないと思っている。素人が過信することの怖さを、今回思い知らされたと反省。

処方されたお薬は「治る」まで、飲み続けなければならないシロモノだ。加齢が原因で、そもそも完治を目指すと云うより、最悪の事態を予防することにあるので、結局は生涯飲み続けることになるのだろう。何のことはない、血圧を下げるのと同じようなもの。薬には頼りたくないと思ったが、その効果はテキメンであることは確か。

老人に医療費がかかることに、ホントに申し訳ない気持ちが先に立つ。しかし、もう先は長くないとわかったようなもの。先延ばししてきた身辺整理に、精を出そう。

2017年6月12日 (月)

あさちゃんの鎌倉日記(490) 6月6日(火) 救急搬送される

F旅行社の紅葉の時期に企画するツアーの下見で、永福寺跡から獅子舞の入口辺りを歩いた。お客様の反応を代弁していただく形で、いつものようにカミさんに同行して貰った。結果的にそれが良かった。いや、ガイドの話ではない。

鎌倉宮を出たあたりから急にカラダに異変を感じた。ふらつく感じがあり、車の道を避けて急ぎ永福寺旧跡への道に入った。どうにもおかしくカミさんに告白。休憩したくとも木陰はない遺跡である。しばらく見ない間に、随分と整備されて案内板も増えたが、じっくり読む余裕はなくなった。

タクシーを勧めるカミさんに「大丈夫!」と見栄と我を張って、バス・電車・バスと乗り継いで、自宅まで無事辿り着いた。1時間ほど横になってから、かかりつけ医を訪ねる。それからがタイヘンだった。

医師の診断で、緊急を要する事態と判明。帰宅したカミさんを呼び戻して医院が緊急手配してくれた救急車で、総合病院に搬送されてしまった。まだ、パトカー、救急車、霊柩車には乗ってないあさちゃんが、74歳にして初めて救急車に。医師も救急隊員も病院との連絡の中で、「74歳男性、意識あり」と連絡するのを聞いて、ま、どこの爺さんかと思ったが・・・。

救急外来で応急措置が施され、夜遅く、帰宅が許された。とにかく生きて帰れた。昼から、付きっ切りのカミさんには感謝の言葉しか浮かばない。

2016年3月 8日 (火)

asajiroの湘南日記(132) 3月8日(火) 全快宣言

年末に手術をしてから今日でまる3ヶ月が経過しました。本日、高らかに全快宣言を発します。

一番リハビリが遅れていた山歩きも、桃の節句の今月3日に湘南国際村から子安の里を経て立石海岸へ、更に浄楽寺~淡島神社を巡る約7kmのコースを踏破できました。全体的には下りですがアップダウンの繰り返しもあって、リハビリの成果を測るバロメーターにはなりました。時折、脇腹がチクチクと痛みはしましたが、その程度で収まり翌日に持ち越すこともなく、今日の空のように晴れて全快を確信するに至ったわけです。

古稀を過ぎてからの生まれて初めての開腹手術。手術は外科の一般的な手術で命に関わる恐れは少ないが、手術を先送りして手遅れになった場合は救急車で運ばれ緊急手術になり、最悪の場合命に関わる恐れがある。この医師の一言で手術を決断。師走に入って世間さまは慌ただしく走り回っておられるのに、asajiroは「快適な?」入院生活を6日間送らせていただきました。

この歳になって手術をしてまで、お前は長生きしたいのかと自問自答することもなく、手遅れになって激痛に襲われる恐怖感がまさり、あっさりと手術台に登る体たらく・・・。カミさんがこんなに優しい女性だったのかと、必死になって身の回りの世話をしてくれたことにオドロキと感謝。逆の立場になった場合、果たして自分には出来るだろうか??

日本が今日世界一とまで云われる長寿大国になったのは、乳幼児の死亡率が減ったのと同時かそれ以上に、高齢者への手厚い医療と介護のせいだと思っているasajiroです。それが悪いとまでは云わないけれど、何かがおかしいと内心思っていることは事実。そのあげくに寝たきり老人や5人に一人が認知症になると云う恐ろしい現実。

ニュースが伝える老人を取り巻く悲惨な事件や悲しい結末。中には介護者による悲しい事件も後を絶たない。asajiroはもう少し生きてみたいと未練たらたらで手術に踏み切ったが、このように自分の明確な意思で判断できる場合はまだいい。しかし、そうではない場合、深刻な事態になっているのではないか?

現在、わが国の法律制度では安楽死は容認していないし、災害時も本人の意思に関係なく救命が最優先。だけど、asajiro爺さんは、多分瀕死の重傷ならそこまでして助けていただかなくともOK。近くに子どもや若い女性が助けを求めているならそちらを先にと叫ぶ(声がでればの話)だろう。でも、救助隊員には老人は見捨てよとの倫理観はモチロン無い。イノチの重さは等しい・・・と。

たいした重病ではなかったasajiroが無責任なことを云ってるとは思うけど、病気、災害を問わず、まずは無抵抗な幼い命を助け、更に子どもたちを助ける。老人が穏やかに施設で余生を送る。モチロン悪いことではないし、むしろ理想社会と言える。asajiroも好むと好まざるとに関わらず、そのような終末期を迎えるのだろう。でも、老人の一人として複雑な気持ちもかかえているのであります。

今度の手術・入院で医療従事者の素晴らしさも知ることができました。医師も看護師も皆さん懸命でした。疲れていても笑顔を絶やさず・・・。医療現場が過酷な状況の中で、現場の人たちは崇高な精神で日々働いておられることは、今さらながらよくわかった・・・と。asajiroの長女も医師の一人としてガンバってくれている。生まれてくる新しいイノチの為に全力を傾けて・・・。

全快宣言が、いつもの悪い癖で四方八方話が飛んでしまいました。申し訳ない。リハビリ中は出来るだけ控えていた「あさちゃんのブログ」。その中でむずむずしているメンバーの為にも、これからはちょくちょく「啓蟄」の虫のように、春を求めて顔を出すことと思います。よろしくね。

2014年5月17日 (土)

asajiroの湘南日記(107) 5月15日(木) 体調すぐれず

71歳を過ぎて8ヶ月が経過しました。体力が落ちてきたのか、それとも抵抗力が弱ってきたのか、健康面での不具合が目立ってきました。今日も一日、本調子ではありません。

季節の変わり目なので、カラダがついてゆけずにどうも風邪をひいたようです。こんな暑い時期にひく風邪は、不摂生以外の何物でもありますまい。それこそいい歳をして、自身の健康管理ができていない証拠です。

それでも気合いが入るとどうにかなるもので、兄弟分のあさ爺は昨日一日ちゃんとガイドの務めを果たしていました。前の日にかかりつけのお医者さんに診て貰って、いつものように処方してもらったお薬でとりあえずはしのぐことができました。

しかし、今日からは再び寝たり起きたりの生活に逆戻りです。時間に追われた生活が少し途切れてゆっくり出来るといろんなことを考えてしまいます。それも、国の行く末を・・・。最近の少子高齢化社会をホントに心配しています。ドーシテ我がニッポンはこんなことになってきたのか・・・と。

新宿や池袋等の繁華街を歩いている分には気づきませんが、一歩横丁へ入ったり、地方の町を歩いてみたりして、人影が見当たらないことには云いようのない不安を感じてしまいます。

NHKの番組で「鶴瓶の家族に乾杯」を見ていると、地方都市で誰にも出会えず途方に暮れている光景が映ります。たまに会えても、たいていはお年寄りです。子どもの少ない社会が、どんなに活力が少ないか実感される今日この頃なのです。

中国や東南アジアでは街に人々が溢れているし、農村でも人を見かけないこと自体が珍しい。ニッポンもかってはそんなイメージがありました。自分が高齢者の一人になってしまった今、大袈裟でもなんでもなく一体この国はどうなるんだろうと思ってしまいます。

asajiroは戦時中の産めよ増やせよの掛け声の中で生まれました。ナンの自慢にもなりませんが、スローガンで増やせるならそれもありかと悩む昨今です。

2014年2月 4日 (火)

asataroおでかけ日記(129) 2月3日(月) 健診を受ける

丸ノ内線後楽園駅は地上にあります。東京の地形は台地あり谷ありですから、大江戸線のように地下深く走る地下鉄はともかく、歴史の古い地下鉄は広い道路の下を掘り下げながら建設されましたからそんなに深くはありません。従って、丸ノ内線のように時々地表に顔を出す地下鉄があるわけです。

ちょうど東京ドームを北側から眺める形になります。よく東京ドーム何杯分などと形容されますが、こんな広い土地がよく確保できたものと思います。ここは元々徳川御三家の一つ水戸藩徳川家上屋敷の跡だそうですから、維新後に新政府が没収したのでしょう。建物は壊されたのですが、隣の庭園はよくぞ残してくれたものです。小石川後楽園で、水戸光圀ゆかりの回遊式泉水庭園です。

この近くのクリニックで健診を受けました。夫婦で一緒に受診するのは、10年以上前の人間ドック以来です。現役時代は健保のおかげで毎年のように人間ドックに泊まりがけで入っていましたが、リタイア後はとてもそんな余裕はありません。市の定期健診を夫婦バラバラ且つ細々と受けていました。

今回は思いがけずも娘が健診をプレゼントしてくれましたので、始発のバスに乗って早朝の電車で上京。彼女の勤め先の病院に入りました。asataroは生まれて初めてのMRI検査を受けて、脳を調べて貰います。元々、空っぽの脳ですが、最近更に物忘れがひどくなってきましたので、ムダを承知で頼みました。

内視鏡はasataro2年に1度程度、胃や大腸を調べて貰っているベテランです。しかし、この冬は風邪で苦しめられ、最近も喉の痛みで医院をハシゴする有様でした。とても、いつものように喉からカメラを通されるのでは、そのまま三途の川を渡りかねません。迷ったあげく初めて鼻から通すことにします。ベテランも情けないことに一挙にビギナーに転落です。

今回はカミさんも一緒ですから心強い筈ですが、彼女は胃カメラが大の苦手なので余り頼りにはなりません。血圧検査では、白衣の女性に優しく測って貰っただけで緊張(興奮?)してしまい、最高血圧が跳ね上がり何度もやり直しです。

身長・体重検査では20代と比較して云々と言われましたが、体重はともかく身長だけは間違いなく低くなっていました(泣)。

どうにかこうにか夫婦は無事生還し、心配して駆けつけてくれた娘と感激の再会をしました。昨日の夕方から、一滴の水も一粒のごはんも入っていないカラダは、体内を思う存分に探検した内視鏡という名の小さなカメラでこねまわされて、もう限界寸前でした。

いつも孫の世話でマゴマゴしているジジババに、ささやかとは言えない高額のプレゼントをしてくれた娘。検査結果が吉と出ればいいのですが、自己破産しそうな老体です。どうなることやら・・・。

2013年3月25日 (月)

asajiroの湘南日記(50) 3月21日(木) 闘病?生活

いつもなら4日あれば治る筈の風邪に、まだ悩まされています。大体、近所のクリニックで診てもらった後に処方してくれるお薬が4日分。これでいつもなら全快です。

しかし、今度はどうも治まりません。もう、ひき始めてからだと1週間が経ちました。asajiroの推理では、家族からの伝染と思っていますが、今年に限るとインフルエンザの予防接種を怠ったのです。意識的に取りやめたわけではなく、どこの医院でも在庫切れを理由に断られてしまいました(´Д⊂グスン。

もう、その内にイイやとなってこの始末です。やはり、秋口にきちんと注射を打ってもらうべきでした。ただ、熱があまり出ないので、日常生活には支障がありません。夜中に微熱とめまいで苦しみはしましたが朝には下がり、なんとか仕事に出かけることが出来ました。

以前のようにボランティアでしかもフリーの仕事の場合なら、その日の体調次第で簡単に休むことができましたが、今はお給金をいただいていますし、急に代わりのメンバーをお願いすることもできません。それがボランティアに慣れた身には辛いところです。

若い頃に比べて回復力も落ちています。asajiro!いつまでも若いつもりで無理するんじゃない!と、どこからか聞こえてきました。そ、咳はまだとまりません・・・(;´д`)トホホ…。

2012年10月18日 (木)

asataroおでかけ日記・湘南編(22) 10月16日(火) 胃がん健診

久し振りに胃がん健診でバリウムを飲みました。以前に胃潰瘍を患った時に、胃カメラ診療を受けてからはバリウムから遠ざかっていましたが、市の健康診断(藤沢市では特定健診とよんでいますが)では昔ながらのバリウムです。財政的に胃カメラ、つまり内視鏡検査はやってくれません。

更に今年からasataroは、胃がん健診が無料になりました。カミさんはおカネがかかってもS先生(胃腸科)の所で内視鏡をやれば・・・と勧めますが、ビンボー症のasataro、無料には弱く近所の診療所に出かけました。

バリウムは苦手の人が多く、カミさんのようにもう2度とやらないと広言する人も多い嫌われ者です。飲み干すのが大変、ゲップは我慢しろ、器械の上で斜めにされたりお腹を押さえつけられたりで、言わば三重苦のシロモノです。

今回はナント、asataroのお腹を器械が締め付けたままの状態で、先生がハ~イ!asataroさん終わりましたよ~と言って、さっさと部屋を出て行ってしまいした。オドロイたasataro、お疲れさんでした~とレントゲン室に入ってきた女性の看護師さん(ややこしいですね、看護婦さんの言い方がナイチンゲールっぽくて好きですけど)に助けを求めます。彼女驚いて、センセイ~と呼びに走り、哀れな受診者(まだ断じて患者ではない)は漸く救出されました。

器械に挟まれてる間、口からバリウムが噴き出すのを必死にこらえました。三重苦プラスおまけの苦しみ、更にその後は便秘との戦いと言う苦しみも始まります。

ヤレヤレの胃がん健診、健康なカラダもホントにガンに襲われそうな一日でした。

無料ブログはココログ
2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31