日記・コラム・つぶやき

2018年6月25日 (月)

あさ爺の徒然日記(906) 6月22日(金) 匿名社会

週明けの通勤時間帯を襲った大阪地震。この時、シマウマが逃げ出したとか、在日を揶揄するネットが飛び交ったと云う。ラインとかツイッターなどをやらないので、自分で確認できたわけではない。掲示板など、そのやり方も知らないあさ爺だ。被害者にも加害者にもなれないネット時代の落ちこぼれ。フェイスブックはお友達登録したら、いろんなものが飛び込んでくるが、役に立ったものは皆無。ほとんどはくだらないものばかり。だから、見る前から邪魔になるので削除している。フェイクニュースも闇サイト殺人も、座間のおぞましい事件も、匿名が生んだネットの負の部分だろう。

かく云うこのブログも匿名だが、自分でも無責任だと反省することも多い。やっぱり小林麻央さんのように、実名でこそ共感されるのではないか?ネットに限らず、ラジオやテレビも匿名が当たり前の社会。NHKまでがキラキラネームの投稿者を受け付けている。なぜ、名前を隠したがるのかも不思議だ。責任ある社会を実現するためにも、無制限な匿名には網をかぶせるべきと思うが、いかが?公共の電波を利用するのに、遊び半分なふざけたネームには違和感を禁じ得ない。ますます、時代遅れの落ちこぼれになるか・・・。

2018年6月22日 (金)

あさ爺の徒然日記(904) 6月18日(月) 市議会を傍聴

今日はガイド仲間のSさんのお誘いで、生まれて初めて市議会を傍聴した。議会の傍聴とか裁判の傍聴も、今までほとんど関心がなかった。この齢になるまで一度も経験がないことを、今になって体験したわけだ。議場も新市庁舎の中の議場なので、設備も整っていて興味深く拝見。冒頭の質問者がSさんのご子息で、このような縁でもない限り、なかなか議場まで足を運ぶ気は起こらない。野次も飛ばず、皆さん、随分と紳士的なやり取り。テレビで見る国会とはかなり印象が違った。

ナニセ、総理自らがヤジを飛ばす日の本の国会だ。マネをする必要はサラサラないが、それでも筋書き通りのやり取りも迫力がない。ま、今日のS議員の質問内容は、賛否が分かれるような案件ではなかった。中には紛糾することもあるんだろう。その国会は会期が延長されることになった。野党が求めて与党が反対していた筈だ。でも野党の意見を汲んだのではなく、参院自民党の要求を、総理が渋々認めたらしい。国民の為ではサラサラなく、党利党略の為(具体的には安倍三選の為)でございます。何でも出来る自民党。サスガである。

2018年6月20日 (水)

あさ爺の徒然日記(903) 6月17日(日) あじさい祭りに思う

あさ爺の住む近くで、あじさい祭りが行われた。梅雨時のシンボルフラワーが紫陽花だ。恐らく全国各地で、様々なアジサイ祭りが大小取り混ぜて開かれている筈だ。神奈川県では箱根も有名だし、鎌倉も混雑している。今年は桜だけでなく、アジサイも早かった。ただ、長持ちする花なので、長く楽しめている。藤沢市遠藤の小出川あじさい祭りも、もうダメかと思ったが、今日のイベントまで持ちこたえて、ささやかながらいろんなブースも出ている。

このような地域共同体が行うイベントには露店のお兄さん、お姉さんはお呼びではない。寅さんのような人たちは、神社のお祭りやお寺の行事が相場。今日のような会場では、福祉団体が中心となる。だからでもないが、お値段も手頃というよりかなり安いので、つい買ってしまう。ここでも少子高齢化は深刻だ。祭り太鼓は子どもが主役だが、人数が少ない。ブースを冷かしているのもあさ爺のような年寄りばかりだ。昔のように子どもたちが飴や綿菓子に群がる光景がなつかしい。戦後、これらの子どもたちが団塊の世代を象徴していた。紫陽花の花弁のように、様々な色とりどりの子どもたちが群れ遊ぶ世界に戻すことは出来ないものか?

2018年6月 9日 (土)

あさ爺の徒然日記(895) 6月8日(金) こころ痛む幼児虐待

今日は報道によれば、池田小学校事件、秋葉原ホコ天無差別殺傷事件が起こった日だそうだ。被害者家族にとってはあれ以来時計の針は止まったままだろう。家族にとっては風化はあり得ないのだ。ところがその家族が加害者なら?両親に虐待され、命を落とした5歳の女の子。事件は3月に起こったらしい。あさ爺の故郷でもある香川県から都内目黒に移り住んだ一家。

今、双方の児童相談所の引継ぎがどうだったのかが問われている。言った聞いていないの水掛け論だが、失われた命は戻らない。痛ましいと云うより、どうすればいいのかワカラナイ事件。母親の連れ子で、父親から日常的に虐待されていたらしい。いつもそうだが、事件が起こって初めて問題が明るみに出る。モチロン、懸命に手を尽くして事件を未然に防いでいる事案もあるのだろうが。あさ爺も孫4人がいる。みんなまだ幼い。こんなニュースを聞くと堪えがたい気持ちに襲われる。育児ノイローゼの度を越した事件なのか?ホントにどうすれば、こうした不幸な子どもたちを救えるのか?

あさ爺の徒然日記(894) 6月7日(木) 不可解な政治家

以下、敬称略で失礼する。何故なら敬称をつけるに値しないと考えるからだが。安倍や麻生を批判するのではない。彼らは確信犯で刑事罰に問われないこともわかっているので、逃げ切りを図っているのだ。あさ爺はこの2人よりも重大な責任があるのは総裁候補と呼ばれている人たちと考えている。

石破を筆頭に、岸田、野田、河野、ついでに云えば小泉ジュニア。彼らは世論調査で安倍以上の人気がある人も。岸田は安倍べったりの協力者だったから除外。野田、河野は閣内に取り込まれてすっかり骨抜きにされているから論外。小泉は犬の遠吠え(但し、鳴き声はキャンキャン)で、将来はともかく今は圏外。問題は石破だ。この人は静かに時が経つのを待っているのか?時期尚早と考えているのか?総理を本気で目指していないのか?マッタクワカラナイ男だ。戦うなら今でしょ!と言いたい。だから高みの見物を決め込んでいるこの男の罪は誠に深いとしか言いようがない。安倍が自滅してからでは遅かろう。その時、麻生は岸田と組んでキングメーカーを目指す筈だ。

2018年6月 4日 (月)

あさ爺の徒然日記(890) 6月2日(土) 交通事故を目撃

90歳の交通事故のことに触れたが、今日は車の運転中に事故を目撃してしまった。交差点で右折か左折をしょうとした乗用車が、横断歩道を突っ走ってきた自転車を跳ねたのだ。ガチャンと大きな音がしてすぐ気づいたが、あさ爺車は交差点を直進中。停まるわけにもゆかず横目でチラッと眺めただけで走り去った。見えた範囲では自転車は小学生で車は女性が運転していたようだ。子どもはすぐに起き上がって、運転手も車から降りてきたし、周囲に人もいたからなんらかの事後処理はあったと思う。車も徐行していたので衝撃は大きくはなかった筈で、子どもも起き上がってきたから大怪我ではなかろう。

見た感じでは、坂道を下ってきた自転車がそのまま青信号の横断歩道に突入した。車の方は誰もいないと思ってた横断歩道に突如自転車が飛び込んできたと云うのが、事故の顛末かなと推察する。確かに運転していて怖いのは、自転車の動きが読めないことだ。右折左折で合図しているのはほとんど皆無。車道との分離も進まない後進国ニッポン。警察も自治体もチャリンコには冷たいことは確かだ。

2018年6月 2日 (土)

あさ爺の徒然日記(886) 5月28日(月) イチゴ摘み

夏場所は余り面白くなかった。初三役の遠藤がどこまで通用するかが、あさ爺には唯一の楽しみだったが、ご覧の通りの途中休場を含む惨憺たる成績。途中からでも出てくる意気込みを買うべきか、じっくりと怪我の治療をしないのは却って無責任か、評価は分かれるところだ。自身に人気力士としての自覚があり、フアンや協会に迷惑をかけたくない気持ちも理解できるが、それは自惚れだろう。稀勢の里と同じだ。逆風の中でただ一人、「日大ブランド」を守り続けようとした力士が潰れようとしている。ドンT理事長に可愛がられていたので、それが精神面に動揺をきたしたと素人解説者のあさ爺はみる。北の富士さんも舞の海さんも気づいていない迷解説だ。

久し振りに畑に出る。今年はイチゴが豊作だった。家庭菜園のド素人農夫は鈴なりに実をつける苺摘みにご満悦だった。いちご大好きの孫M嬢に体験させてあげたかったが、それもほぼ収穫期を終えたようだ。野鳥が群れ飛び、イチゴのような真っ赤な車体のツインライナー(メルセデスベンツ社製の連結バス)が近くを走る農園は、もうすぐ梅雨の季節を迎えようとしている。

2018年5月21日 (月)

あさ爺の徒然日記(881) 5月21日(月) 鍵っ子

大相撲夏場所が中日を過ぎて、大関を目指す関脇栃ノ心が一人全勝で快進撃。二桁勝利はモチロン、2度目の優勝もあり得る。ご丁寧に大関が不在となった。あとは白鵬らの対横綱戦がカギとなる。彼の本心は優勝にあるだろう。大関は結果として付いてくると。そこが肝っ玉の小さい日本人力士との違いだ。悔しいが・・・。

昨日、引越した孫の家を知りたがる男の子がいた。保育園にいた時の「友達」だ。下のチビもじゃれついたりしてふざけているので、爺もよほどの仲良しと勘違いしたが。新居のマンションの中にまで入り込もうとしたので、爺も驚いて「おうちの人が心配しているよ、早く帰りなさい」と追い返したが、何故か無視された。家の鍵も見せびらかして自慢している。変な子だなと思ったが、要するに帰宅しても誰もいない鍵っ子だったのだ。淋しいからみんなの家に入って遊びたがる子のようだ。たまたま、爺が孫と一緒だから事なきを得たが、孫兄弟だけでは彼の強引な「侵入」は防げなかったのでは。彼は淋しがり屋で友達が欲しいのだろう。親たちは問題児だと云うだろうが。鍵っ子だった爺の子ども時代を思い出した「事件」だった。

あさ爺の徒然日記(880) 5月20日(日) ママ友パパ友は若くていい

保育園のママ友パパ友の輪に入った。みんな若くて当然ながら元気いっぱいだ。殆どが30代だろう。従って、美人でもありイケメンでもある。眩いくらいだ。その中に白髪少なく殆ど禿状態の老人がちん入したのには、やむにやまれぬ事情があった。場所は東京北区の豊島公園。ここで第26回(それなりに歴史がある)カッパ祭りがあった。孫のチビ共にせがまれて爺一人で連れて行くハメに。彼らの両親は昨日今日は引っ越しの真っ最中。婆も手伝っている。足手まといの爺とチビ2人は追い出された。当初、祖父母は孫と4人で上野の動物園を考えていたが、チビはカッパを主張。

ナルホド、そこには彼らの仲良しのちびっ子たちが続々と登場。その保護者たちのグループの末席を汚したと云うわけ。下町の地域の祭りは面白い。孫の友達の親たちも仲良しだ。婆が朝早く起きて丹精込めて用意した手作りパンとおにぎりが役立った。動物園で4人で食べるつもりだったが多めに準備して良かった。H君のおばあちゃん手作りは人気の的になった。保育園、幼稚園、小学校以外の場所で、こんなにたくさんの子どもたちを見たのは久しぶりだった。美しいママ友たちと、走り回る孫の相手もしてくれたパパ友たちに乾杯。

2018年5月19日 (土)

あさ爺の徒然日記(877) 5月17日(木) 友の死を考える

高校同期で急逝したI君のことが頭から離れない。先月24日、一緒に横浜の低山ハイキングで歩いたばかりなので、いまだに信じられないと云うか変な感じなのだ。その2日後に出発して米大陸を自転車で横断。ゴールのシカゴで自転車を頭上高く掲げ、満面笑顔の写真が仲間から流れてきた。亡くなる3日前の最期の姿。脚だけでなく全身を極限まで酷使した結果ではなかったかと思う。それでもツーリング中ではなく目標を達成させ、長い飛行機の中ではなく成田から埼玉に帰宅し、その2日後の就寝中の死。彼を守り続けた女神がいたのではないかとも思う。

同期の仲間たちに衝撃が広がったのは容易に想像できる。メールが飛び交っている。誰も口には出さないが、彼らしい最期ではなかったか?世界を巡った冒険人生と多くの仲間を得て、大満足ではなかったか?それにしてもあんな死に方ができるなんて・・・。ピンコロ以上の壮絶な最期であり、あっけない幕切れでもある。我々は呆然としつつも、あっけにとられたような想いだ。今年一杯、予定が詰まっていた。きっとまだ走り続けているのだろう。合掌

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