日記・コラム・つぶやき

2018年1月 3日 (水)

あさ爺の徒然日記(758) 1月3日(水) 再び、年賀状のこと

箱根駅伝は往路を制した東洋大が、復路の山下りであっさり抜かれて、結局、青学が4連覇を果たした。同校の快挙には敬意を表するが、結局は優れた指導者の存在とカネの力。高校駅伝の優秀な選手を、どれだけ集められるかが勝負なのだ。あさ爺家では早稲田と国学院に声援を送ったが、シード権を境に明暗を分けた。この大学生たちは今、青春の中を駆け抜けているのだ。

話は飛ぶが、届いた年賀状を眺めていて、面白いことに気づく。会社の関係は退職と同時に潮が引くように減るが、中学・高校・大学時代の友人たちの賀状はいつまでも続くのである。あさ爺の場合は特に4年間、同じ釜の飯を食った寮生との濃密な賀状のやり取りが健在なのだ。同じ県の出身者だが、通う大学はマチマチ。モチロン、出身高校も様々だ。だから、箱根駅伝の選手を見ていると、その大学の寮友の面影が現れる。要するに、どこのチームにも親しみが湧くから面白い。

利害のない付き合いゆえに、「年賀状」と云う新年のタスキが途切れることなく続いているのだ。あさ爺にとっては、年賀状は青春を生きた証を再確認する大切な絆ともなっているのです。

あさ爺の徒然日記(757) 1月2日(火) 年賀状の功罪

皇居の一般参賀が、平成になって最高の人出を記録したそうだ。日本の政治や民心が安定しているのは、この天皇制(立憲君主制)に負う所も大きいのではと思う。これが極左の主張する天皇制の廃止を考えた場合、日本国民の精神の拠り所はどうなるのか?宗教対立も民族対立もない日本のこうした安定は、皇室の存在と密接に関係しているのでは。天皇陛下万歳!とは云えるけど、安倍首相万歳とはとてもじゃないが唱和できない。

話変わって年賀状、これも日本独特の慣習では?過去、虚礼廃止が唱えられても、発行枚数は伸び続けた。ここへきて、SNSなどの普及で陰りは見えてきたが、それでも根強い人気がある。これは一種の安否確認なのだ。過去、かかわりのあった人との目に見えない絆を大切に、お互いが生きた証としてもこの52円の賀状は決して高いものではない。

齢を重ねる度に、枚数が減るのも自然の道理。わざわざ打ち止めを宣言しなくても、返事を出さなければ来なくなり、やがて自然に消滅する。それでいいのではないだろうか?あさ爺もかつての半分に減ったが、今でも有難いと感謝している。

2018年1月 2日 (火)

あさ爺の徒然日記(756) 1月1日(月) 年頭雑感

新年あけましておめでとうございます。平成30年(2018)の幕が明けました。まことにお目出度いと申し上げたいが、この身辺にしのび寄る不況感は一体どう云うことなんだろう。株で笑いが止まらぬ人や年末ジャンボを引き当てた強運の持ち主はともかく、その他圧倒的多数を占める人たちにとって経済的幸福感には縁遠い気がする。

特にあさ爺を含めた高齢者や社会的弱者には深刻だ。昔の△△景気などの頃は、悠々自適の隠居生活で穏やかな表情をたたえたお年寄りが多かった筈だ。旧厚生省の不手際で国民の年金が食い物にされたうえに、資金運用が行き詰まり、老人には想定外の削減や支給開始の先送りが始まった。北欧のような高度の福祉社会を夢見ることは不可能となり、医療技術の向上で少子高齢化社会が加速度的に進行。お先真っ暗なのだ。オリンピックをやる余裕はない筈なのだ。

唯一、喜んでいいのは「平和憲法」が手かせ足かせとなって、72年超の平和が保たれていること。これは日本の誇りであり、良識ある国民の不断の努力の賜物。新しい年は、それを大切に守り抜く年でありたいものだ。

2017年12月31日 (日)

あさ爺の徒然日記(754) 12月30日(土) 今年も秒読み

今年も余すところ後一日。あさ爺の家でも、息子一家は大阪へ、娘一家はあさ爺宅、つまりそれぞれの妻の実家で短い正月休みを過ごすことに。そこには老いた両親が待ちわびて、孫たちとの逢瀬を楽しむことになる。日本各地で見られる年末の風景だ。テレビやラジオでも新幹線や飛行機の混雑状況、高速道路の渋滞情報を繰り返し流している。

中国での春節(旧正月休み)に伴う民族大移動は有名なところだが、欧米はどうなんだろう。同じような光景が見られるのか?ご近所でも、娘さん一家がシンガポールから帰省したりといった話があって、国際色豊かなご時世になった。高校のOB・OG仲間では元旦早々に山頂で初日の出を拝むと云う、後期高齢者とは思えない元気な方もおられる。

あさ爺も日記では毎年、新春の抱負と年末の回顧を書き残しているが、特に新年の決意?が成就して、めでたくその年を締めくくると云うことは、いまだかつて記憶にない。トランプの出現も、日馬富士の引退も、立憲民主の結党も、誰も予想しえなかった2017年が暮れようとしている。

2017年12月15日 (金)

あさ爺の徒然日記(739) 12月15日(金) 生前葬について

体が不自由だったり高齢だったりで、葬儀に参列するのが難儀な人たちの為にドライブスルーで焼香できる葬儀が出現した。香典も渡せるらしいし、遺族席からもセンサーで来場を把握できる由、世の中もここまできたかと驚く。戸惑いも感じるが必要とされているのであれば、これもいいのかなと思う。

逆に余り感心しないのが「生前葬」。先日もある財界人が執り行った。参列者はどんな感覚なんだろう?この度は・・・なんて頭を下げるのも変だし、モチロン遺族席もないのだろう。昔、ミズノエタキコがやって話題になり、オグラケイも生前葬コンサートを行ったが、さすがにこれは広がりを見せていないようだ。

それなら古稀祝いとか喜寿、傘寿、米寿などでお世話になった方や親しい人に集まって貰えば良い。この方が断然楽しいし、明るいではないか?あさ爺も、以前お世話になった方が、池袋のホテルで喜寿祝を企画され、事前の準備や当日の司会などを担当させていただいた。

その時は深く考えなかったが、これはMさんの生前葬だったのだと思う。その3年後に亡くなられたが、懐かしい想い出を残していただいたと感謝している。

あさ爺の徒然日記(738) 12月14日(木) EFG12月例会

先月に半年ぶりで復帰した月例会に再び出る。仕事も辞め病気療養で空白期間が生じると、一挙にやる気が低下していてモチベーションの回復に時間がかかることがわかった。この会でも折角身につけた知識ノウハウを惜しげもなく捨てて?退会される方(引退ではなく)が後をたたない。

ナンデ?と戸惑って、思い止まるよう説得と云うか話し合いを試みたこともあった。なかなか理解出来なかったのだが、ナルホドこんな感覚だったのかなと今になって思い至る。モチベーションの維持がこれほど難しいものとは考えていなかった。しかし、このまま退会はしたくないなと思っている。何かの組織に属していたいと云う気持ちもあるし、更に元気になればもう一度積極的にガイドできる日もあるのではと。

それと、これが一番大きな理由なのだが、基本的に人と交わるのが好きなのだ。今日も例会の終了後の茶話会(打ち上げ)に21人も参加した。老いも若きも男も女も、同じ仲間意識でワイワイがやがやと取り留めのない会話が、賑やかにいつまでも続く。このひと時は楽しい。若い?後輩からはパワーもいただける。徐々にやる気が回復できそうな気分になってきたものだ。

2017年12月12日 (火)

あさ爺の徒然日記(735) 12月11日(月) 年の瀬に思うこと

今年も残り少なくなってきた。冬場には亡くなる方も多いとみえて、連日新聞の死亡欄に写真入りで出るのが目立つ。それだけ著名人が多いと云うことか。東芝の元社長は心筋梗塞だったとか。不正会計や半導体事業の売却などで揺れた当時の責任者だったそうで、心労が重なったことが容易に想像できる。まだ73歳だった。

話は飛ぶが、終戦直後の財閥解体で最後まで頑強に抵抗していた三菱財閥の総帥岩崎小弥太は、元々病気療養中と云うこともあったが、三井、住友、安田と歩調を合わせざるを得なくなり、GHQの指令期限ぎりぎりに遂に解体を承諾。その直後に亡くなった。財界人の多くは社員や株主のことを心配して心労が重なる。

それと比べると軍人の無責任ぶりは際立つ。多くの将兵、数多の国民を死なせながら、長く戦後を生きて天寿を全うした高級将校は多い。驚くべきことにあのインパール作戦の牟田口廉也中将は典型的だ。その点、割腹自決して全陸軍の責任を一身に受けた阿南陸相は立派だ。軍人も様々と云うことか。

果たして、昨今の政治家は民のことを考えているだろうか・・・。

2017年12月 9日 (土)

あさ爺の徒然日記(732) 12月8日(金) 真珠湾76周年

新聞にはあまり出ていないが、76年前に日本は米英相手に戦争に突入した。陸海軍共に米国に勝てるとは思っていなかった。それでも開戦に踏み切ったのは何故か?戦後、様々な形で検証はされているが、政府が公式に原因を発表した形跡はない。

ハルノートで追い詰められた挙句の果てに、窮鼠猫を嚙むたとえのように暴発したと云うのがほぼ通説のようだ。しかし、何故追い詰められたかまでは余り深入りしていない。状況はマッタク異なるが、北朝鮮を追い詰めるのは危険だと云う意見は、主にこの真珠湾攻撃が想起されるからだ。

軍部、特に陸軍主犯説が根強いが、当時の政治家やマスコミにも原因があると云われている。今でも保守派をバックにしたメディアのリベラル派叩きや北朝鮮のミサイルに関連して、自衛隊の高級幹部が頻繁にテレビに出るようになった。安倍内閣では心配ないが、もしかしてリベラル派や野党が政権を獲得したら、自衛隊によるクーデターも起こり得るかもしれない。

政治家はモチロン、マスコミもそれを止められるとは思えない。国民も大規模な反対デモを展開できるか・・・。二・二六事件はその5年前に起こっている。

2017年11月14日 (火)

あさ爺の徒然日記(710) 11月12日(日) 喪中はがき

この季節になると喪中はがきが届き始める。ご本人が家族や親族のことを知らせる場合もあれば、亡くなった本人に代わって遺族からご連絡をいただくこともある。今年も例年果物を送り届けていた盛岡のご婦人から、いつものようなお礼状が届かず「なしのつぶて」状態が続いて心配していた。

几帳面だった方が音信不通になったりすると、どうしても良くない想像をしてしまう。案の定、ご本人は既に亡くなられていた。拙宅にも2度ばかり泊まられたほどの親しい間柄だった。喪中はがきには特に詳しい事情は書かれておらず、ただ静かにご冥福をお祈りするしかない。

よくお線香を贈るのがいいとかコマーシャルで流れているが、お相手がキリスト教のこともあろうし、一概には言えないものがある。お元気だった昔を懐かしく思い出すことくらいしかできないものだ。このご近所でもご主人が亡くなられたりして、寂しくも複雑な心境になる。特に最近多いのは、年齢が自分よりも下のケース。新聞の訃報でも珍しくなくなった。

一向に進まない断捨離。他人には無価値なものなら、いっそ他人に任せてもいいかと開き直りの心境も。寝具、書籍、人形の類が一番困った。親の時の経験です。

2017年11月 4日 (土)

あさ爺の徒然日記(702) 11月3日(金) 文化の日

文化の日は晴れの特異日とされ、例年秋晴れの好天となることが多い。今年は週間予報で傘マークが出たりして、この秋の不順な傾向を引きずるかと思ったが、夜が明けると快晴に。これで文化勲章受章者の記念写真も皇居のお庭で無事に撮影できると、関係もないのに安心しているおめでたいあさ爺がいる。

戦前は明治天皇の誕生日で明治節と云った。戦後、新憲法がこの日に公布され、祝日名も「文化の日」。それが保守系の人たちには我慢がならず、「明治の日」に改めようと盛り上がっているとのこと。報道によると単なる懐古趣味ではなく、押しつけ憲法の公布日を否定したい動きのようだ。

BSフジのプライムニュースで若者の保守化について討論があった。圧倒的に自民支持が多いそうだ。それで気前よく選挙権年齢を引き下げた理由がわかった。何も知らないKYあさ爺は、若者=全共闘の感覚なので、「革新系」(この言葉も死語?)が圧勝するかと思ったものだが。

午後、秋晴れに誘われてあさ爺農園の草むしりに狩り出される。コスモス畑もきれいさっぱり無くなった。丹沢連峰が美しい。

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