日記・コラム・つぶやき

2017年11月14日 (火)

あさ爺の徒然日記(710) 11月12日(日) 喪中はがき

この季節になると喪中はがきが届き始める。ご本人が家族や親族のことを知らせる場合もあれば、亡くなった本人に代わって遺族からご連絡をいただくこともある。今年も例年果物を送り届けていた盛岡のご婦人から、いつものようなお礼状が届かず「なしのつぶて」状態が続いて心配していた。

几帳面だった方が音信不通になったりすると、どうしても良くない想像をしてしまう。案の定、ご本人は既に亡くなられていた。拙宅にも2度ばかり泊まられたほどの親しい間柄だった。喪中はがきには特に詳しい事情は書かれておらず、ただ静かにご冥福をお祈りするしかない。

よくお線香を贈るのがいいとかコマーシャルで流れているが、お相手がキリスト教のこともあろうし、一概には言えないものがある。お元気だった昔を懐かしく思い出すことくらいしかできないものだ。このご近所でもご主人が亡くなられたりして、寂しくも複雑な心境になる。特に最近多いのは、年齢が自分よりも下のケース。新聞の訃報でも珍しくなくなった。

一向に進まない断捨離。他人には無価値なものなら、いっそ他人に任せてもいいかと開き直りの心境も。寝具、書籍、人形の類が一番困った。親の時の経験です。

2017年11月 4日 (土)

あさ爺の徒然日記(702) 11月3日(金) 文化の日

文化の日は晴れの特異日とされ、例年秋晴れの好天となることが多い。今年は週間予報で傘マークが出たりして、この秋の不順な傾向を引きずるかと思ったが、夜が明けると快晴に。これで文化勲章受章者の記念写真も皇居のお庭で無事に撮影できると、関係もないのに安心しているおめでたいあさ爺がいる。

戦前は明治天皇の誕生日で明治節と云った。戦後、新憲法がこの日に公布され、祝日名も「文化の日」。それが保守系の人たちには我慢がならず、「明治の日」に改めようと盛り上がっているとのこと。報道によると単なる懐古趣味ではなく、押しつけ憲法の公布日を否定したい動きのようだ。

BSフジのプライムニュースで若者の保守化について討論があった。圧倒的に自民支持が多いそうだ。それで気前よく選挙権年齢を引き下げた理由がわかった。何も知らないKYあさ爺は、若者=全共闘の感覚なので、「革新系」(この言葉も死語?)が圧勝するかと思ったものだが。

午後、秋晴れに誘われてあさ爺農園の草むしりに狩り出される。コスモス畑もきれいさっぱり無くなった。丹沢連峰が美しい。

2017年10月30日 (月)

あさ爺の徒然日記(698) 10月30日(月) 台風一過

季節外れの台風22号、日本列島に沿うように太平洋沿岸を猛スピードで駆け抜けた。明け方が暴風雨のピークと覚悟していたが、もう前夜の8時頃にはお月様が出ていた。風も弱くなっていた。ただ、上陸しなくても暴風雨の圏内にすっぽり入っていたから、列島各地は特に大雨に見舞われたようだ。

明けて今日は木枯らし1号が吹き、北海道には再び猛烈な吹雪が。おかげであさ爺の住む地域も空は晴れたが、風が冷たかった。急いで近くのスタンドに灯油を買いに走る。

政治の話。希望の共同代表は当面空席で、首班指名は民進出身で当選回数の最も多いベテランの渡辺議員に決めたらしい。彼もまた大島氏以上にWho?だ。事務局もまだ決まっていないという。

かたや自民党は、議席配分に応じて委員会の質問時間を決めると言い出した。つまり、自公で全体の3分の2の時間を充てると云う。これではモリかけの答弁は反比例してとても短時間に封じ込められるわけだ。丁寧に説明したいと言ってた安倍ちゃんにとっては、とても残念なことに違いない。何とかしてあげられないか?気の毒で仕方がない。

2017年10月15日 (日)

あさ爺の徒然日記(686) 10月15日(日) 亡父生誕114年

今日は亡父の生誕114年の日。明治36年生まれで、既に鬼籍に入って28年になる。享年86歳だった。四国の商業学校を出て、長男だったが親を弟に託し、自身は朝鮮に渡った。鮮鉄と呼ばれた朝鮮鉄道会社に奉職。国策会社だったので、官舎に住んでいても朝鮮人の女中を雇ったりして生活はそれなりに裕福だったらしい。

本社のあった京城(現ソウル)が長かったらしいが、清津(現北朝鮮の港町)勤務中に敗戦が近いことを知り、一家を挙げてソウルまで逃げた。鉄道マンは情報が早かった為、38度線を早く南下することが出来た。その頃、既にソ連侵攻の噂があり、南へ南へと急いだと云う。

戦後、日本人難民輸送の任務に当たった父は、家族より遅れて内地に引き揚げた。既に管理職だった為、引揚げ後国鉄への再就職を拒否され、やむなく県庁に職を見つけ定年まで勤めあげた。軍隊には現地召集され、衛生上等兵だったと云う。さすがに包帯巻きは早かった。父も引き揚げ後の生活に追われていたのか、自分の生い立ちや軍隊の話を殆どしなかった。

あさ爺家のファミリーヒストリーの一端でございました。

2017年10月14日 (土)

あさ爺の徒然日記(685) 10月14日(土) 政治家の言葉

昨夜のBSフジプライムニュースで、小池百合子が例の「排除します」の発言について後悔しているようなことを言った。この言葉で一気に潮目が変わって、希望ムードがしぼんでしまい、逆に「排除された」人たちへの同情と枝野新党待望論がSNSで拡散された。

百合子はんも、どこやらのマスコミの女性記者に排除ですね?と水を向けられて、思わずその単語をオウム返しに使って答えたのが真相のようだ。司会の反町氏がすぐに訂正できたのではと尋ねたが、彼女もこれが重大発言になるとはその時は気づかなかった。政界に大激変を起し、安倍政権打倒も視野に入れてた小池百合子一世一代の大失敗。

かつて晋三くんも「こんな人たち」発言で支持率が急落。メディアもこれ見よがしに同じ個所を切り取って何度も流すから、政治家さんもたまったものではないだろう。麻生君のような失言常連の大物になるとナチス発言位ではへこたれないが、多くの新米大臣が不用意な発言で、気の毒にも虎の子の座を追われた。自分は偉いんだと云う自惚れが、お粗末発言の原因なんだろう。

あさ爺の徒然日記(684) 10月13日(金) 図書館に文庫本は?

全国図書館大会で文芸春秋社の社長が講演し、どうぞ図書館には文庫本を置かないでと懇願した。講演と云うより陳情だ。出版社のドル箱である文庫本が図書館のせいで、売れ行きが落ち込み版元のみならず作家も苦しんでいるそうだ。

昔、高名な作家にフアンが図書館でいつも貴方の本を借りて読んでいますと云われて、ガッカリしたと云う話がある。その作家曰く、物書きにとって図書館は不俱戴天の仇なのだ。文庫本に限らず、せめて新刊本は置かないでくれと云う作家側の話はよく耳にする。難しい問題だ。

あさ爺のようなビンボー老人にとっては、図書館は貴重な知識のオアシス。今日読み終えた野坂昭如の「終戦日記を読む」も、風化させてはならない、語り継いでゆかねばならないと云う著者の思いが詰まった図書館本だった。

今度の一件、文春の創業者で自らも人気作家であった菊池寛は、後輩社長の頼みをどう聞いたか?余計なことではあるが、菊池寛はあさ爺の母校(高校)の大先輩でもある。更に、浅田真央ちゃんが今年の菊池寛賞を受賞した。あさ爺こと真央爺にとっても嬉しい話だ。

2017年10月 6日 (金)

あさ爺の徒然日記(677) 10月6日(金) 懐かしい記憶

昨日のブログの後日談。一昨日の中秋の名月はやはり、満月ではなかった。今夜が満月となっていて、日めくりカレンダーが正しかったのだ。そして、新聞に記事訂正のお詫びが出ていた。残念ながら今夜は本降りの冷たい雨で、しかも風が強いのでお月さまは拝めない。

昨日の朝刊で各党の公認候補者追加発表のあった中に、オヤと思える名前が載っていた。某党の比例東京ブロックに出た女性の名前。右翼団体の党首だった人の姪御さんとのこと、矢張りと思った。

配下の17歳だった党員が、社会党の委員長を白昼日比谷公会堂のステージ上で暗殺すると云うショッキングな事件を起こした。犯人も獄中で自殺したが、テレビ黎明期に衝撃的な映像が全国に流れた。

そのA氏から名刺を貰ったことがある。ハチ公前で演説を終え、聴衆に名刺を配り始めた。ミーハーで政治信念のなかったノンポリ学生のあさ爺は争って名刺を受け取った。昭和30年代のことだった。新聞には右翼団体の名前は出ておらず、元衆議院議員とあった。その時はナント共産党員、有名な話である。

2017年9月26日 (火)

あさ爺の徒然日記(667) 9月25日(月) いよいよ後期の秋へ

かつての仕事仲間から、あさ爺は親しみを込めて「真央爺」と呼ばれていた。浅田真央選手と同じ姓なのと誕生日もたまたま一緒なので。その真央ちゃんが新商品のコマーシャルテレビの記者会見で、引退後の生活の現況と今後の生き方を模索していると語った。少女時代からスケートで完全燃焼した半生だったのだろう。これから先の長い人生の新たな生き方を懸命に考えていると云う。

かたや同じ日生まれで、今日から後期高齢者となったあさ爺。先の無い短い人生をどう生きるべきか・・・、迷っても詮無いことと諦めた。明日をも知れぬ身の上だ。

病気になっても延命治療はお断りだなんて云いながら、具合が悪くなればクリニックに駆け込んでいる。長生きしたいのか?早くお迎えがくればいいと思ってるのか?はっきりしろやい、このべらぼうめ!と、自問自答している毎日でございます。

豪栄道も琴勇輝(十両)も手の内からするりと優勝が逃げ失せた。もう、ノーコメントだ。それより小池劇場が突然幕開け。こっちの方が断然面白そう。

2017年9月14日 (木)

あさ爺の徒然日記(658) 9月14日(木) 初物に弱い性格

初物と云うより新しいものが苦手なあさ爺である。心の内なる保守性と云うか引っ込み思案と云うのか、小さい頃からの性癖と云ってよい。

だから、これだけスマホが普及しても今だに変えようとしない。現状で困らないし、不自由もしていないから。洋式トイレが出現した時、大いに抵抗を感じた。しかし、今や和式では脚を曲げるのに難渋している。

コンビニが出現した時、スーパーがあるのに何故?と思った。しかし、今やコンビニのない過疎地が問題になっている。

写真機もそうだ。デジカメが出現した時、フィルムのないカメラなんてとバカにした。ましてや現像焼き付け引き伸ばしと注文してのDPEではないか?しかし、息子が見かねてデジカメをプレゼントしてくれて、今はそれにハマっている。

飛行機のボーディングブリッジも。タラップで見送りの人に手を振ってこその別れではないか?連絡船が消えて、別れのテープもなくなった。連絡船の中のうどんもなくなった。故郷も遠くなってしまった。

2017年9月13日 (水)

あさ爺の徒然日記(656) 9月12日(火) 不倫党に政活党・・・

旭山動物園ならぬ永田町動物園では、様々な動物の生態が観測できる。「バカヤロー、違うだろ!このハゲー!」はさしづめ暴言党。内輪の集まりで、つい本音をしゃべったら、誰かがリークして釈明に汗をかくのが「失言党」。

同じ汗でも下半身に汗をかいていたのが「不倫党」、今や時代の寵児だ。不倫にあらずんば議員にあらず・・・。

みみっちくも善戦しているのが「政活党」。政務活動費をせっせと私用に流用している。昔、「国民の生活が第一」と云う崇高な理想をかかげた政党が存在した。その流れを汲んでいるのかもしれない。正式の党名は「国民の血税による政活費は自分の為に使うが第一」だろう。

今や、地方議会にまで蔓延している花形だ。地方の議員で、全国的に知名度を上げる野心をお持ちなら、国会の女性議員にターゲットを絞って、自らに支給された政務活動費を、例えばホテルの宿泊費や休憩費用に充てる等すれば、一気に著名人への仲間入りだ。モチロン、男女は逆であっても問題ない。

結論としては、政治家はヒマとカネを持て余していると云うことだ。

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