日記・コラム・つぶやき

2020年7月 1日 (水)

あさ爺の徒然日記(1672) 7月1日(水) 近況報告(6月分)

今日からレジ袋が有料に。庶民にとっては首相の交代より切実な問題。さて先月の近況報告を。と言っても巣ごもり生活の身に、大きな変化はないのだが。9日(火)アベノマスクを地元NPOに寄贈。介護施設か、児童福祉施設に届けられる筈。総理のおかげでいいことが出来た。11日(木)梅雨入り。暦とは1日違い。19日(金)ジェイコム電話のモデム交換。24日(水)市内羽鳥にオープンしたスーパー「オーケーストア」。混雑が一段落した1週間後に初めて入店。市内で4店舗目。昔の電電公社・社宅跡地が再開発されている。26日(金)家族が体調不良となりクリニックへ送迎。以後、ほぼ連日…。30日(火)自身の通院日。この間、天気さえ良ければ家庭菜園での農作業に夫婦で出かけていた。

「今日はなんの日?」(浅田昭物語) 平成8年(1997)英国の植民地だった香港が中国に返還。あさ爺の家族は駆け込みで前年3月に英領香港へ出かけた。当時は日本人観光客も多かったが、返還後は激減。更に今日からの香港にはもはや魅力はない。

2020年6月 1日 (月)

あさ爺の徒然日記(1666) 6月1日(月) 近況報告(5月分)

新型コロナウイルスによる巣ごもり生活で、特に報告できるような出来事はありませんが…。1日(金)、かかりつけ医で持病の薬のみ2ヶ月分。2日(土)、車で10分の家庭菜園に通勤。花粉がほぼ収まった4月の下旬から再開し、今月は2日に1度のペースで通うことになる。主導権は農婦にあり、農夫は水汲みと草抜きに専念。6日(水)、持病の不整脈が再発。大型連休と休診日で漸く8日(金)にクリニックに駆け込む。心電図と投薬で翌週の15日(金)に再度診察。ナントカ安定してきた。この間に緊急事態宣言が月末まで延長された。18日(月)、悪名高い検察庁定年延長法案(通称クロカワ法案)が先送りに。全国に安堵の声が広がる。20日(水)、夏の大会も中止が決定。2020年は五輪だけでなく熱闘甲子園も消えた。歴史に刻まれる年になる。26日(火)、宣言解除。終息したわけではない。後期高齢者で持病ある人間としては、「終活」を日々の新しい目標にして、完全にウイルスが収束するであろう3年後まで生き延びられるか?

2020年5月 7日 (木)

あさ爺の徒然日記(1655) 5月7日(木) 近況報告(4月分)

GW期間中に警戒していた持病が再発。不整脈だが、脈の乱れのみならずブログのアップも乱れてしまった。前兆はあった。今月に入ってから息苦しいと感じることがあった。しかし、それは外出自粛による運動不足だろうと、更に近くの散歩や自家農園での軽作業に精を出す。結果、息切れが尋常ではなくなり胸の圧迫感や脈の乱れが起こってきた。かかりつけ医はずっとお休みだ。文字通り、ガマンのウイーク。幸い、今朝も平熱。巣ごもり状態の日々だったが一応先月の近況報告を。3日(金)満開の桜が見たくて、近くの親水公園へ。両岸を埋め尽くす満開の桜並木が圧巻。7日(火)7都府県に緊急事態宣言が出される。9日(木)眼科に通院。10日(金)大林宣彦監督が死去。12日(日)満開の八重桜を求めて、広大な市営墓地を散策。18日(土)終日大荒れの天気。桜も散り果てた。21日(火)花粉シーズン終了と共にカミさんの畑作業が再開。以降、連日のように爺も農作業の手伝い。主役はあくまでも彼女。23日(木)と28日(火)には寒川町へ買い物に出かける。その23日には女優の岡江久美子さんが新型コロナウイルスによる肺炎で死去。驚きが広がる。

2020年4月 1日 (水)

あさ爺の徒然日記(1639) 4月1日(水) 近況報告(3月分)

1日(日)寒川町へ買い物に出かける。春場所が無観客開催に決定。3日(火)通院。コロナ感染防止の為、薬のみ2ヶ月分に変更。待合室も危ない。4日(水)所用で藤澤宿交流館へ。5日(木)ガイドクラブの下見で江の島道を歩く。11人参加。常立寺の青じく(梅)が見頃だった。6日(金)中国・韓国からの入国者は2週間待機要請。韓国は猛反発。コロナが理由でも納得せず。7日(土)49回目の結婚記念日。韓国ビザ免除停止。対日対抗措置。国同士がギクシャクしている時は何をやってもうまくゆかない。韓国もだが、日本も事前に一言云えば済む問題だったのでは? 8日(日)名古屋女子マラソンで一山選手が独走で優勝。こんな勝ち方は高橋尚子以来。春場所が史上初の無観客で始まった。なんだか悲しい風景。そういえばマラソンはびわ湖の男子も含めて雨のせいもあって少ない観客。9日(月)真帆しぶき死去。87歳だった。宝塚の華麗な舞台が懐かしい。10日(火)雨の中、車を走らせ寒川町へ買い物。11日(水)14時46分黙祷。政府主催の慰霊祭はコロナで中止。センバツも中止が決定。12日(木)WHOがパンデミック宣言。18日(水)ガイドクラブ2回目の下見。9人参加。21日(土)横浜みなとみらいでの「かながわ書道まつり」へ。カミさんが出品。22日(日)春場所千秋楽。朝乃山11勝で大関昇進確実。三役(小結・関脇)を3場所で通過。23日(月)マッサージ通院。宮城まり子さん死去。93歳。24日(火)東京五輪1年延期決定。25日(水)理髪店へ。28日(土)この週末は外出自粛要請。所用で鎌倉へ。長勝寺へ立ち寄り8分咲きの桜を見る。29日(日)季節外れの雪。午後には雪景色に。30日(月)コロナで志村けん急死。70歳だった。列島に衝撃走る。新型コロナウイルスで全世界が緊張状態になった1ヶ月。我が家の老夫婦もほぼ引きこもり状態。

2020年3月14日 (土)

あさ爺の徒然日記(1630) 3月14日(土) 近況報告(2月分)

世はコロナ一色だが、ここで一息ついて2月の近況報告を。3日(月)はガイドクラブの実習で藤澤宿と遊行寺を廻る。本番は9日で9人参加。4日(火)は寒川町へ買い物。7日(金)はクラブの野鳥観察実習に参加。20人参加で境川遊水地公園を中心に廻る。9日(日)神奈川県ガイド協議会の訪問ガイド研修の本番。県内各地のガイド77名が参加。藤沢のガイド16人が案内し、藤澤宿と時宗総本山遊行寺を廻る。横浜や鎌倉から旧知のメンバーも。10日(月)クラブの実習で長後から横浜市泉区の天王森泉館での吊るし雛見物。24人参加。12日(水)高校時代の仲間と横浜市の京急金沢文庫駅から金沢自然公園・氷取沢市民の森ハイキングコースを歩く。金沢区と磯子区にまたがり、満開の梅と菜の花を堪能。男女7人参加。13日(木)クラブの月例会と救急救命講習に参加。16日(日)藤沢市長選挙投票日。現職が三選。17日(月)茅ヶ崎の芹沢地区を夫婦で散策。蓮妙寺、腰掛神社を参拝。梅、菜の花、河津桜が今を盛りと咲き誇る。加えて白銀の富士山も。22日(土)この日、関東に春一番が吹く。23日(日)即位後初めての天皇誕生日だが、コロナウイルス蔓延で一般参賀が中止。24日(月)藤沢税務署で確定申告。午後は地名の会講演会に出席。25日(火)寒川町で買い物。コロナ騒ぎでJリーグ全試合を延期。26日(水)大型イベントの中止・延期を政府が要請。27日(木)全国の小中高校に対し、翌週からの一斉休校を要請。世の中、てんやわんやの大騒ぎに。子どもも孫もいない総理ならではの勇気ある決断。現場を知らない人間は怖いもの知らずだ。29日(土)大相撲春場所土俵まつり。明日から無観客の大阪場所が始まる。待ち遠しかった春はトンデモナイ春に。

2020年3月 2日 (月)

あさ爺の徒然日記(1624) 3月2日(月) 不要不急とは?

いよいよ弥生3月。例年ならば終業式・卒業式・春休みと涙と希望が溢れる悲喜こもごもの季節。同時に受験や異動と云った厳しい時でもある。それに伴う転勤や引っ越しもあるだろう。1年の内で最も慌ただしい時期と言ってよい。それを知ってか知らずにか首相は伝家の宝刀を抜いた。今は学童保育で騒がれているが、モチロン問題はそれだけではない。記者会見で首相はそんな細かい「小さな」問題は無視した。本来なら2時間位かけて記者の質問が出尽くすまでやれば、首相の決意や誠意は広く国民に伝わった筈だ。しかし、そうはしなかった。江川紹子さんが「まだ~、質問がありま~す」と手を挙げても黙殺された。ややこしい質問者は相手にしないと云う官邸の強い意思表示。さて不要不急の外出を控えるようにと、何度も政府が言っている。それでスポーツや文化イベントが軒並み中止か延期、又は異例の無観客開催を余儀なくされた。つまり、サッカーも大相撲も、ライブも不要不急なのだ。あさ爺の住む街でも、各施設のイベントがほとんど中止となった。歴史講座、寄席、健康イベント、料理教室、コーラス、史跡巡り…と。これらは今まで考えたこともなかったが、みな不要不急だったのだ。ハイキングや旅行も不要不急。我々は、ナントこれらの不要不急なことにお金と時間を費やしていたのか、あさ爺は一人反省しているところだ。これからの残された短い余生、さあ~て何をして過ごそうか? そう言えば、今度のコロナウイルス、武漢からチャーター機で戻ってきた人たちを除けば、ダイヤモンドプリンセスもスポーツジムも屋形船もヨガ教室も、みんな不要不急の場所だったわけだ。東京マラソンの自粛要請を無視した7万人の観客も、不要な外出をしていたことになる。イヤ、子どもたちが外で遊ぶのは、成長するための大事な「仕事」かもしれない。

2020年2月11日 (火)

あさ爺の徒然日記(1615)2月11日(火) 近況報告(1月分)

1日、令和最初の元旦は穏やかないい天気。宇都母知(うつもち)神社に参拝。甘酒をいただく。妙福寺、御嶽大神と廻る。2日、箱根駅伝の往路を辻堂で応援。5日、銀座で画廊巡り。書道展のハシゴ。初水天宮のお詣りで人形町界隈を歩く。7日、EKB番外編で藤沢七福神を巡る。8人参加。8日、藤澤宿交流館で印刷作業。9日、ガイドクラブの月例会と新年会に顔を出す。10日、交流館の歴史講座受講。11日、再び交流館へ。江の島弁財天講座。12日、横浜在住の息子の家族が訪ねてくれる。孫2人とゲーム。爺は負け続け。13日、カミさんと江島神社へお詣り。大相撲初場所で遠藤が白鵬をひっくり返す。溜飲が下がる。15日、かねて準備中だったクラブのふじさわ七福神巡りの本番。総勢65名。リーダーの大役を終える。17日、交流館の歴史講座へ。18日、初雪。19日、四国から義妹が来宅。20日、多摩大学市民講座最終日。21日、寒川神社へ義妹と3人でお詣り。22日、義妹帰郷。午後、通院。23日、新橋で高校時代の同期新年会。34名出席。24日、交流館宿場寄席へ。三遊亭楽之助と三遊亭ぽん太(二つ目)の落語を愉しむ。26日、初場所は幕尻の徳勝龍が14勝1敗で初優勝。想定外だが痛快。奈良県民でなくても嬉しい。朝乃山は10勝。27日、会社OB仲間を鎌倉へ案内。歴史文化交流館見学と鶴岡八幡宮参拝。恒例の新年会は小町通りで。28日、交流館で2月9日予定のガイド打ち合わせ会議。29日、クラブの実習で江の島へ。五輪開催予定地のヨットハーバー周辺を廻る。24名参加。30日、カミさんと横浜の鴨居へ。杉山神社参拝。こうして、令和2年のお正月は七福神巡りを中心に、家族の平安、孫たちの健やかな成長、そして世界の平和を願う日々となった。

2020年1月12日 (日)

あさ爺の徒然日記(1610)令和2年1月12日(日)近況報告(12月)

令和元年12月2日は大荒れの天気、大雨の中を多摩大学市民講座に出席。いつもは穏やかな引地川が濁流の状態。講師は税務署長。3日、ももこ先生に腰痛の治療をしていただく。6日、眼科に通院。午後、玄関ドアの改修工事。9日、多摩大学の市民講座出席。講師は商工会議所の会頭さん。10日、第14回目となる清仙会鎌倉散策のガイド。円覚寺の塔頭を巡る。時々雨宿りしながら見事な紅葉を愛でる。15人参加。11日、理髪店へ。3ヶ月に1度の散髪。禿状態だからそれで十分。12日、ガイドクラブの月例会と班の忘年会。16日、多摩大学市民講座。講師は観光協会。17日、第17回EKBで円覚寺。今日も始めの内は雨に降られる。まだ、紅葉が美しかった。8人参加。19日、午前は市議会の傍聴。午後は市内の寺社や施設7ヶ所に挨拶回り。来月の七福神巡りの件で。20日、引き続き4ヶ所の挨拶回り。21日、納めの大師で真言宗の成就院に参拝。鎌倉にも同名の寺院があるが、今日は藤沢のお寺さん。23日、多摩大学市民講座。今日は和ハーブの女性社長が講師。夕方、かかりつけ医に通院。24日、リーダーを務める七福神実習の講師(ガイド)を務める。新人が大勢参加してくれて、総勢28人。約半数のメンバーが反省会にも出席。令和最初のクリスマスイブである。25日は所用でふじさわ宿交流館へ。26日は車を走らせて、寒川町へ買い物に。28日、納めの不動で今度は鎌倉の成就院へ。大晦日は地域のお寺である曹洞宗の宗賢院に。大庭墓園に知人の墓参。夜はわけのわからないグループが大挙出場する紅白ではなく、演歌の民放長時間歌番組を聴く。最後はNHKの「ゆく年くる年」で新しい年令和2年を迎えた。

2019年12月25日 (水)

あさ爺の徒然日記(1609)令和元年12月25日(水)年の瀬に思う

令和元年最後の投稿になるやも知れない。今年も身辺でいろんなことが起こったようにも思うし、いや、何も起こらなかった平穏無事の平成から令和への代替わりだった気もする。老人には日々の速さが感じられて、世の中の動きについてゆけない自分がいる。部屋の片づけをしなければならない。少ない部屋の小さな空間、それさえもいつの間にか埃がたまる。捨てられないのではなく、不精なのだ。何年か前のこと、実家を処分するにあたって部屋の中を片付けた。なんでこんなものを後生大事に…と思ったが、今や自分の周辺がその状態。ガラクタは自分で処分はできないものらしい。他人には身内と云えどガラクタはあくまでもガラクタ。しかし、何十年もそこにあるものは、彼らにとってそこが居場所。風景の中に溶け込んでいて、突然踏み込んできた家財処分人にはただのゴミにしか見えない。だから処分は彼らに任せようかとさえ思う。しかし、老人には時間がある。幸い、寝たきりではない。手足も動くし、ゴミ置き場までも往復できる。ま、急がずにボツボツやれば、その内すっかりキレイに空間が広がることもあるだろう。数日前にたまった録画を思い切って消去した。見たいと思って録画したものが、いつのまにか見なければならないと云う強迫観念になり、苦痛にさえなってきた。あれほど見たいと思ってた番組がなんぼのもんぞと思えた途端に、一挙に消去の作業に入った。消したところで後悔の念は湧いてこない。この調子で片づけてゆけばはかどるのだろう。だんだんときれいになった空間と云うものを見たくなってきた。

2019年12月13日 (金)

あさ爺の徒然日記(1607)令和元年12月13日(金)難しい潮時

桜の季節にガイド中、体調を崩して救急車で運ばれたことがあった。ガイド仲間での勉強会だったのが不幸中の幸いだった。以後、もうこれが潮時ではないかと考え始めた。今、77歳。世間では後期高齢者でしかも喜寿。だが、クラブには現役で93歳のガイドがいて、80歳代も10人ほど活躍している。あさ爺は漸く中堅。この組織では齢を理由にはできない。体調の問題も表向きは伏せているので、当時の勉強会参加者しか知らない。家族には年度末で退会する宣言をした。しかし、困った問題がいくつか出てきた。クラブは辞めてもフリーとしてのガイドは続けるつもりなのだが、登録証を失うことは大きなデメリットになる。多くの場面で支障をきたしそうだ。更に、市内の老人福祉センターで歴史講座を担当しているが、その後継者探しも困難になる。前述の93翁から引き継いだ大仕事であり、後任に引き継ぐとすれば現在所属のガイドクラブのメンバーしか考えられない。と云うわけで、今、頭を抱えている。潮時と云うものは意外と簡単ではない。政治家や会社経営者でなくとも、思い通りに運べない時がある。政治家では中曾根さんに引導を渡す小泉首相が、大きなニュースになったことがある。自民党が定年制を導入した時の話だが、あの時の中曾根さんは73歳。意外と若かったんだと思うが、あの時は爺さん、見苦しいぜと思ったものだ。その小泉さんはさっさと辞めてしまった。彼の美学なんだろう。辞めろの大合唱が起きても、辞めないどころか議会を解散し、圧勝した首相がいた。安倍さんの話ではなく、ジョンソンさんのイギリスだ。トランプも再選を果たせば80近い老人となる。みんな元気だ。羨ましい。

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