映画・テレビ

2018年6月16日 (土)

あさ爺の徒然日記(899) 6月12日(火) 羊と鋼の森

昨日に続いて映画館へ通う。原作が本屋大賞を受賞して話題となった「羊と鋼の森」。主人公のピアノ調律師に山崎賢人、先輩調律師に鈴木亮平。他に三浦友和や吉行和子も。全編を通じてピアノ曲が流れ、それが北海道の原生林の映像に溶け込む。殺伐とした世相の中で、調律師と云う自らの仕事を見つけ、成長してゆく姿を描いた橋本光二郎監督の話題作だ。心洗われる作品。

しかし、スッキリと心が洗われた気がしないのが、シンガポールで行われた米朝会談だ。ともかく核実験やミサイルの脅威が少なくなったのはいいが、激しく敵対し罵り合ってきた2人が握手したのが驚きだ。これで一番点数を稼いだのは北の金君ではないか?トラさんは中間選挙を睨んでナントカ実績を作っておきたかったと云うところだろう。体制保証を勝ち取った(と思っている)金正恩は未来永劫に北で君臨することになった。つまりは南北統一なんてハナから考えていない筈だ。朝鮮半島は昔の三韓時代から、統一された時代は短い。南北に分かれていても不自然ではない。そして拉致はどこへ向かうのか?日本は益々難しい立場になった。

2018年6月13日 (水)

あさ爺の徒然日記(898) 6月11日(月) 万引き家族

新幹線殺傷事件の犯人は、ドストエフスキーの「罪と罰」の本も読んだ可能性があるらしい。しかし、この主人公ラスコーリニコフは、悪徳金貸しだかに追い込まれて、罪を犯した。深い個人的な怨恨によるもので、およそ今回の社会を敵とした無差別殺傷事件とは内容が根本的に異なる。犯人の心理描写に優れ、この主人公の青年に自己投影する若者が多いのは事実だろう。通常は、だからこそ犯罪は犯さないものだが。

カンヌ映画祭で最高賞のパルムドール賞を獲得した是枝監督の「万引き家族」を観る。社会の底辺で暮らす「一家」が、「祖母」の年金と「夫婦」の時給暮らしで生計をたて、足りないものは万引きで補う生活。子ども2人を含めて6人の家族は、実は本当の家族ではなかったのだ。万引きと云う軽犯罪を繰り返すことでしか暮らせない切なさ。凶悪事件ではない。弱い人間が「絆」で結びついている。ここでは幼児虐待から助けられた女の子も暮らしていた。今の日本の世相をしっかりと投影した作品でもあった。

2018年6月 4日 (月)

あさ爺の徒然日記(892) 6月4日(月) 妻よ薔薇のように

カンヌ映画祭で最高賞を獲得した「万引き家族」が話題となっている。行きつけのシネコンではまだ上映されていない。それに先立って山田洋次監督のコメディ三部作の「妻よ薔薇のように 家族はつらいよⅢ」を観る。寅さんと同じように、この映画も続いてくれると嬉しいのだがと思ってるフアンは多い筈だ。

今回は今まで地味な役回りが多かった長男の嫁にスポットを当てている。夏川結衣演じる史枝が夫婦喧嘩(と云っても夫の心ない言い方が原因だが)の末に家出をして、てんやわんやを演じる平田家の物語。自身は独身の夏川が主婦役をしっかりと演じている。コメディだから安心してみておれるのだが、史枝が戻ってきた時には笑いながら涙が出てしまった。齢をとると涙腺も緩んでしまう。今どき、長男幸之助のような亭主関白は珍しいのだが、山田監督はおかまいなしだ。懐かしい柴又帝釈天も登場させるサービスぶり。その内、参道の団子屋の後を継いだサクラが登場してくるかもしれない。楽しみは広がる。

2018年3月21日 (水)

あさ爺の徒然日記(827) 3月21日(水) 林真理子の西郷どん

暑さ寒さも彼岸までとは、昔から言われていた季節を表わす言葉。これに関する限りは今の新暦でも余り違和感がなかった。ところが今日の「春分の日」は、とんでもはっぷんだ。朝の雨が雪に変わって、お昼前の今も降り続いている。屋根や車のアタマは既に薄化粧だ。関東の南を南岸低気圧と前線が通過している為。県内では箱根、丹沢の山間部だけと予想していたが、平野部でも広く降っているわけだ。ブルブル・・・である。

林真理子の「我らがパラダイス」は、高級老人ホームを舞台に繰り広げられる人間模様をコメディタッチで描いている。流行作家は世間の流行を取り入れて描くから、そう呼ばれるのだろう。その作家の原作になる「西郷どん」、初回で呆れて見るのを止めたが10回目から再び見始めた。

一橋慶喜が品川の遊郭で西郷吉之助と会うなど、相変わらずの架空物語だが。宮尾登美子の篤姫でもそうだった。大河ドラマは、歴史を借用した娯楽フィクションなのだ。目くじらは立てないことにした。内容よりも俳優に注目することにしている。松重豊や遠藤憲一らの演技派男優陣もかつての大河で知った俳優だ。

2018年3月14日 (水)

あさ爺の徒然日記(821) 3月14日(水) 空海の映画を見る

昨日に続いての映画館通い。吉永小百合主演の映画を見た後で、180度ガラッと違った娯楽作品を見るのはどうかと思ったが、「空海」の名に惹かれて・・・。唐に留学した空海の物語とは云えないシロモノ。題名は「空海ーKU-KAI-美しき王妃の謎」と云うアクションものだ。ただ、中国映画と云うことに興味があった。中国語で日本語字幕を読むのを期待したが、すべて吹き替えされてしまっていたのは残念。

宣伝では空海、白楽天、楊貴妃あたりが主人公とされていたが、それ以上に大活躍したのは猫だった。妖術を使う猫で「中国版鍋島藩化け猫騒動」と云ったところか。ただ、壮大なセットとか特撮技術には感心した。中国にそんな映画製作の力があるとは知らなかったので、それだけでも見た甲斐はあった。染谷将太、阿部寛、松坂慶子、火野正平らが日本人俳優として出演。

真面目に弘法大師空海について学びたい方には無縁の映画。それにしても映画館で予告される映画(特に外国映画)は奇想天外なアクションドラマばかりで、小津映画が懐かしい。

2018年3月13日 (火)

あさ爺の徒然日記(820) 3月13日(火) 北の桜守

麻生財務大臣がシャーシャーと全ての責任は佐川にある、と。適材適所で国税庁長官に任命したのは、麻生なのか安倍なのかは知らないが、あの無責任かつ鉄面皮ぶりはサスガ実力大臣である。何と言っても総理経験者なのだ。過去、総理を経験して後に大蔵大臣、つまり今の財務大臣を務めたのはかのダルマ宰相高橋是清翁に宮澤喜一位なものでは?

官邸に人事権を握られた官僚はいかにも哀れとしか言いようがない。開成、東大法科、財務省と人も羨むエリートコースを突き進んでいる彼らに、ノンキャリアで夜間の大学を苦学して卒業した自殺職員の無念さは到底理解不能なのだ。

今日はカミさんと映画「北の桜守」を観に出かける。吉永小百合120本目の記念すべき出演作品だ。戦争の悲劇、それも余り知られていない樺太引揚者の物語をテーマにしている。吉永小百合にとっても、思い入れの強い作品。中学校の同級生だったNが、撮影所で可憐な彼女とツーショットした写真を自慢して持ち歩いていた。それが羨ましくて仕方がなかった。パソコンで合成なんかできなかった62年前の話。今も昔も、あさ爺世代のアイドルなのだ。

2018年2月 3日 (土)

あさ爺の徒然日記(784) 2月2日(金) わが青春に悔いなし

一昨夜のことになるが、赤銅色に染まった皆既月食を眺めることができた。昨夜は一転して雪空となり、冷たい雨が夜半には雪となった。一日違いで珍しい天体ショーを目撃できたことになる。

阪大に続いて京大入試でも出題ミスがあって、11人の追加合格者が出たとのこと。これは昨年の入試、つまり1年を受験生は棒に振ったことになる。あさ爺のような劣等生にはお呼びではないが、1点を争う秀才受験生にはたまらない話だ。当然、浪人をしたり他の大学や学科に不本意ながら進んだ人もいたであろう。

京大と云えば、最近2度も見た昔の映画で「わが青春に悔いなし」と云うのがあった。黒澤監督で原節子主演の作品。戦前の京大事件を描いた作品で、民主化を進めるGHQ推奨の映画でもあった。その映画の中で「逍遥の歌」が繰り返し流れる。♪紅もゆる岡の花♪~、三高寮歌としてあさ爺も好きな歌。大河内傅次郎、杉村春子等往年の名優が出ている。その映画の題名がわが青春に悔いなし。しかし、受験生にとっては悔やみきれない、灰色の青春となってしまったのではあるまいか?サクラサクが1年延びたのだから。

2018年1月 1日 (月)

あさ爺の徒然日記(755) 12月31日(日) 紅白歌合戦

正月休みで帰省した娘一家の孫たちと、茅ヶ崎の里山公園に出かけてキャッチボールの相手をした。爺が投げるボールもどこへ飛ぶかわからないが、保育園児の孫が打つ球もどこへ転がるかわかったものではない。幸い、公園は広い。爺も婆も行方定めぬ球を追いかけて走るのではなく、よたよたと腰をさすりながら歩くのである。

ところで、夜になって孫たちが遊び疲れて寝てくれた後に、彼らの母親たる娘に付き合って、「紅白」をほとんど通しで見ることとなった。何十年ぶりかの快挙?である。感想は、意外に面白かったと云うところか。若い、知らない歌手のオンパレードではあったが、娘の解説もあって今様の歌い手さんたちを観察することができた気がする。

これまで知らなかったことで最大の驚きは、○○○48や△△△46といったダンスをしながら歌うグループは、ほとんどが「口(くち)パク」だと云うこと。NHKの紅白では、まさかそんなことは・・・と信じられない気持ちだったが、常識なのだと云う。何も知らずにあの激しい踊りと歌を感心してみていたあさ爺は、化石的なおめでたい爺さんだと悟ったのであります。

2017年12月27日 (水)

あさ爺の徒然日記(751) 12月27日(水) NHKのバラエティー番組

今日もNHKの番組について一言。最近、特に気になるのが民放並みのバラエティー番組だ。視聴率が欲しいのは理解できるが、かと云ってタレントを出してきてお笑い番組みたいなことをやっているのには違和感がある。

「鶴瓶の家族に」や「ブラタモリ」はまだ真面目さや温もりが感じられるが、「日本人のお名前」や「偉人の健康診断」などは、最初の期待が裏切られた感じだ。スタジオにお笑いタレントを呼んでキャーキャー騒ぐのは、民放の得意とする領域であろう。NHKがマネをするのはいかがなものか?

受信料を徴収することが憲法違反ではないとのお墨付きを得た理由を、しっかりと受け止めて貰いたいものだ。たとえ、高い視聴率が取れなくとも、知的欲求を満足させる番組に特化して欲しい。それらはEテレやBSプレミアムの方でどうぞとなるのかも知れないが、総合テレビこそ国民に向けた責任ある番組を流して欲しい。

女子アナの中にはタレント並みの活躍が見られるが、その程度におさめて本物のタレントは遠慮していただけないかと思っている。

2017年12月26日 (火)

あさ爺の徒然日記(750) 12月26日(火) 明治150年とNHK

来年の大河ドラマは「西郷どん」。これで「せごどん」と読む。薩摩言葉だ。主役の男優をあさ爺は自慢じゃないが知らない。紅白の歌手もだが、知らない人のオンパレードだ。今年の大河は第1回と最終回だけを見た。総集編は見る気もない。

ところで、明治維新は正しかったか?との、歴史見直し論が盛んになってきた。特に保守派から出ている。確かに勝者の歴史観で教科書は作られてきた。おりしも来年は明治150年。長州出身の安倍首相は有頂天だ。薩摩の男(後の反逆者)ではなく、正統派の長州人脈を主人公にして欲しかったと思ってる筈だ。

あさ爺も山縣有朋、岸信介、安倍晋三の明治、昭和、平成を代表する反動宰相列伝をドラマ化して壮大な150年を描けば、視聴率は断トツ最低を記録したであろうに。陸軍、日米安保、改憲(未定)とそれぞれに代表的な功績がある。

それにしてもNHKは節操がない。「八重の桜」で会津を持ち上げたり、「新選組」や「坂本龍馬」等々。勤王なのか佐幕なのか、まさか、時の総理の意向を忖度しているのではあるまいか?

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