映画・テレビ

2015年8月26日 (水)

あさ彦の爺(じじ)放談(49) 8月14日(金) 日本のいちばん長い日

一昨日にチケットが取れず断念した映画は、「日本のいちばん長い日」でした。今日は早めに出かけて無事ゲット。結局と云うか奇しくもと云うか、この映画は70年前の今日、昭和20年8月14日の一日を追った大作です。

asajiroが学生の頃だったか、実は終戦の日に陸軍の叛乱があったと云う話は耳にしたことがあったが、映画化されるまでは詳しい経緯は知らなかった。漸く知ったのは、前作の東宝映画(1967)を見た時。今でも阿南陸相の自決場面を印象的に覚えている。三船敏郎が演じた。

今回の松竹作品では、それを役所広司が演じている。登場人物が多いので、誰が主役とは云い難いが、やはり本土決戦を叫ぶ陸軍を束ねていた陸軍大臣の動きを中心に描いている。

前作と今回の大きな違いは、昭和天皇がほとんどお姿を見せず、強いて云えば後ろ姿とか白い手袋をはめた手だけが映されていた前作に対し、今回は本木雅弘が主役に近い形で登場したこと。当時は陛下が御存命だったことで、恐れ多かったのだろう。

当時の映画を後に昭和天皇がご家族でご覧になっていたことが、最近判明している(昭和天皇実録)。どのような感慨をお持ちになったのだろうか?それこそ恐れ多いことだが、知りたいところであった。

それにしても陸軍の青年将校らは、国民の命なんぞ虫けらと同じ程度にしか発想できなかったようだ。佐官、尉官クラスで中枢の参謀本部に入ってた連中は、陸士から陸大を出たエリートだったろう。もっと遡れば陸軍幼年学校からかも知れない。

多感な少年時代に教条主義的教育を洗脳の形で徹底的に叩き込まれてきたわけだから、ポツダム宣言受諾と決まって急に新しい自由主義的な考えに発想転換できるわけがない。海軍が或る程度英米を知っていたのに対し、敵性言語として英語の使用を禁止したのは他ならぬ陸軍と云われている。

リベラルなお考えをお持ちと伝えられる昭和天皇が、東條英機を信頼されたと云うのがasajiroには不思議である。前作では登場していなかったと記憶している東條英機が、今回は終戦に大ブレーキをかける黒幕的な存在として描かれている。

阿南陸相が古武士然として終戦の日の朝に切腹したのに対し、東條は最大の責任者として断罪されるのが判っている筈なのに、自決しなかったのも以前から疑問に思っていた。A級戦犯として逮捕されそうになって漸くピストルで自殺しょうとしたが、頭ならともかく外れてもおかしくない心臓を撃って未遂に終わると云う醜態を演じている。同じように戦犯容疑で出頭命令を受けた近衛元首相が、覚悟の服毒自殺を遂げているのにである。お公家さんの方がよほど立派であったと思う。

東京裁判を勝者による裁判と批判する一部の保守論客(自民党議員にも多い)がいるが、仮に日本人自身の手で裁けたかどうかは疑問だろう。靖国神社にA級戦犯を合祀した日本人である。絞首刑は1名も出なかったかもしれない。せいぜい公職追放か禁錮10年程度でお構いなしだったのではないか?

今日の映画は、そんな後日談には触れていない。あくまでも14日から15日にかけての1昼夜の出来事をドラマティックに描いている。玉音放送が流れた裏に、こんな重大事件があったことを国民が知ったのはずっと後のことだったのである。

開戦は事前段階で用意周到に準備されて緒戦の成果は挙げたが、終戦(敗戦)は追い込まれてから1億玉砕を平然と唱える軍とのせめぎ合いの末に、漸く決まったと云うことが改めて判った。昭和天皇が極めて良識ある決断をされたので、国民はこれ以上の犠牲を出さずに済んだ。たとえ遅かったにせよ・・・である。

映画館には若い人たちや女性の姿も多かった。戦争体験者はホトンドおられなかったに違いないが、皆さんどのような感想を持たれたかが気になります。

2015年8月24日 (月)

asajiroの湘南日記(127) 8月12日(水) 海街diary

猛暑の夏は、外出も億劫になる。仕事をしていれば別だが、ヒマな老人は外へ出るのも命がけの今日この頃であります。昔は熱中症と云う言葉はなかったように思う。もっぱら「日射病」だったと記憶している。カラダの弱かったasajiro少年は、日射病の常連さんだった。

そのせいか古稀を過ぎた今も夏には弱い。でも、冬と比べると夏の方が好きだったことも事実。冬はよく風邪をひいて学校を休み、おかげで小学校の6年間で皆勤賞は一度も貰えなかった。要するにどちらもダメなのであるが、老人となってからは好きだった筈の夏が怖くなってきたのである。

と云うワケで涼しい映画館へ行きたいのだが、夏休み期間中はアニメ映画にホトンドのスクリーンを占領されてしまっている。8月は平和について考える季節でもあるが、大人向けの映画が少なくて寂しい。そこで今日は、映画「海街diary」を見ることとなりました。

これも種を明かせば、お目当ての映画が満席でチケットがとれずに、第2希望の映画をとなった次第。舞台が鎌倉なので、一応見ておきたいと云うアヤフヤな理由です。主演女優はasajiroの好みの人ではないが、ストーリイは面白そうと・・・。

ホームドラマ的内容だが、見慣れた鎌倉の風景が出て来て、それなりに楽しむことは出来ました。ベテラン女優が脇を固めて、青春ものと云うより大人の映画に仕上がっていました。大竹しのぶや風吹ジュンと云ったかってのアイドルも、今や婆さん役がよく似合ってきた。

最近、映画を見ることが多い。劇場と云うかシネマズで見ることもあるが、ホトンドはテレビでかっての名作を上映してくれるので、それで済ませることが多い。特に8月は各局ともそうだが、ケーブルテレビで戦争物を終日放映している。中でも「戦争と人間」は良かった。3部作で8時間近い長編ものだが、以前に映画館で興奮した記憶がある。

今と違って、当時は演じる俳優さんたちも兵隊帰りが多かった。つまり、戦争体験者でもあるので、演技も真に迫っていたように思う。この映画の豪華俳優陣もホトンドの方が故人となってしまった。中学生を演じていたasajiroよりもはるかに若い中村勘九郎(当時)までが亡くなってしまった。

いい映画は何度でも飽きずに見られる。感銘を受けた映画に「人間の条件」もあるが、これももう一度観たいものと願っている。共に原作が五味川純平で、この映画も長編。学生時代に映画館で徹夜上映したのを見たと記憶しているが、今はその記憶もあやふや。

日本の夏は戦争と平和について、静かに想いを寄せる季節である筈だが、今年の夏は極めて憂慮すべき暗い雰囲気が漂ってきている。アベノミクスの3本の矢を語っている内は頼もしくも見えたが、今のお顔はかっての東條英機と重なって見える。

そう云えば彼の母方の祖父は東條内閣の商工大臣として開戦に尽力した人物。しかし、彼を総理に押し上げたのは他ならぬ大多数の国民自身であり、メディアも委縮したり自己規制を始めたりと、戦前以上の暗い世相になりつつあるようです。その内、特高や憲兵が復活されては、もう既に時遅しになります。その時は恐らくasajiro老人、もうこの世にはいませんが、子や孫たちが戦争に巻き込まれることが本当に怖い。クワバラ、クワバラ・・・。

2014年11月24日 (月)

asajiroの湘南日記(114) 10月16日(木) 柘榴坂の仇討

浅田次郎原作の映画「柘榴坂の仇討」を観る。主演は中井貴一で、主人公に追われる役は阿部寛。世に桜田門外の変と呼ばれる幕末の大老暗殺事件が、この物語の発端となっている。

当代きっての俳優の対決で、ぐいぐいと惹きこまれてしまった。中井は彦根藩士で、阿部は水戸浪士。江戸から明治へと時代が変わる中での仇討物語。原作者の発想はまことにスゴイものだと感じ入ってしまう。

幕末から明治初期の時代はasajiroが最も関心ある時期でもあり、日本史上空前絶後の革命だった「明治維新」には虚実織り交ぜて多くの物語が生まれ、映画にとっても格好の題材。その時代を仇討を通して描いた作品だった。いい映画でした。

2014年11月23日 (日)

asajiroの湘南日記(113) 10月14日(火) ふしぎな岬の物語

吉永小百合主演で自らも制作にかかわった話題作、「ふしぎな岬の物語」を観る。岬にある小さなカフェが舞台。彼女が扮する女主人公を軸に、物語が展開する。モントリオール映画祭で賞に輝いた作品なので、是非、観たいものだと思っていた。決して重厚な作品でもないし、どれほど記憶に残るものかは何とも言えないが、一言で云えばメルヘンチックな文字通り不思議な映画になっている。

吉永小百合と云えば、asajiroとほぼ同時代に生きてきた女優さんであり、知的な雰囲気を醸し出す美しさは、多くのフアンを魅了し続けている。キューポラから最近の話題作まで数多くの作品で楽しませていただいてもいる。映画ではないが「夢千代日記」も印象に残るテレビドラマだった。

中学生の時に、同級生のN君がこともあろうに吉永小百合とのツーショットの写真を自慢して持ち歩いていた。羨ましかった。日活の撮影所を見学した時なのか、知人の紹介者の尽力だったのか、とにかく清純な少女の彼女がNの横でにっこりほほ笑んでいるではないか・・・。彼は今でもその写真を持っているのだろうか?そんな昔の記憶までが蘇ってきた隠れサユリストの想いである。

2013年10月 7日 (月)

asajiroの湘南日記(94) 10月7日(月) 許されざる者

渡辺謙主演の映画「許されざる者」を観た。数日前に同じシネマズで観た「そして父になる」とは180度違うアクション映画である。これは女性には受けないだろうなと思ったが、渡辺謙のフアンなのか、お年寄りの女性3人連れがいたし、夫婦連れもいたのが意外。

西部劇の焼き直しだろうが、元のイーストウッド監督の作品を観たわけでもないし、舞台設定も幕末から明治の北海道の荒野。女郎とアイヌの話などは当然、日本の独自色を意識的に出した李相日監督の新たなリメイクでしょう。

渡辺謙と佐藤浩市の顔合わせも今回が初めてと言うことで、これも意外な感じ。共に一見暗い過去を背負っているような陰影の深い顔立ちなので、共演は難しいものがあったのかもしれない。

殺人場面や残酷なシーンも多く、開拓期の北海道の荒んだ歴史を思い起こさせる。実際はこのようなことは少なかったと思うが、これは原作のリメイクと言う背景があるからだろう。

ストーリーは省略しますが、俳優陣は他に柄本明・柳楽優弥・忽那汐里・小池栄子・国村準で監督・脚本は李相日。重厚な俳優陣が最後に大きな見せ場を作る。

少なくとも明るい映画ではないし、差別・暴力を強調して描いているので、或る意味とても乱暴な映画だ。優しい女性にはとてもおススメできない。

2013年10月 6日 (日)

asajiroの湘南日記(93) 10月4日(金) そして父になる

話題の映画「そして父になる」を観に出かけました。ストーリーでは病院側の過失によって発生した赤ちゃん取り違え事件の顛末と言うことで、かなり辛い内容と思われ気が進まなかったが、賞も獲得し評判も高いことからカミさんと2人で映画館に入ります。

以前、こうした事件が度々世間を騒がせたことがあり、その時代の物語かと思っていました。結論から言えばこれは事故ではなく、当時の看護師の故意による事件とわかります。しかし、事件そのものは時効が成立していて、結局2組の家族の悲劇を追った物語でした。

6年間育てた子供が、実は自分の子どもではなかったと知った衝撃。映画の中でも周囲の助言は割れていました。生みの親より育ての親でもうこのままでゆくしかない・・・と言う意見。いっそのこと2人とも引き取ってはと言う意見。そして血は水よりも濃いから、今ならまだ間に合うので交換すべし・・・と。

それぞれの家庭環境も対照的に描いています。福山雅治演じるエリート社員の家族とリリー・フランキー演じる街の電器屋さんの家庭。エリート層と庶民の2極で描き、子どもの母親像も対照的です。どちらの家庭が子どもにとって受け入れられているのかを問いかけながら物語は進行します。

結末は観客に想像させる形で終わりました。後味は良くないけど、考えさせられる映画だったとはカミさんの意見。

asajiroは、映画の中では福山雅治的生き方を暗に批判した内容になってはいるが、日本の中流家庭では模範とされる内容ではなかったか?とも考えます。敢えてどちらがいいとも悪いとも言えない気がしました。

フランキーの家族が温かくていいのはわかっていても、では観たすべての観客がそれを真似るとも思えない。競争社会の中で、子どもは当事者でありながら判断する力も権利もまだ与えられていないのである。悲劇の主人公は取り違えられた(意図的に犯罪者の手ですり替えられたと言うべきでしょう)2人の子どもなのです。

例によって映画のストーリーは省略しますが、夏八木勲が祖父役で登場し驚きました。「終戦のエンペラー」が最後の作品と思っていましたが・・・。命尽きるまで生涯現役を実践した、個性的で渋味のある俳優でした。

2013年8月21日 (水)

asajiroの湘南日記(81) 8月13日(火) 映画「少年H」を観る

今話題の映画「少年H」を観る。戦時中の市井に生きる庶民の家族を、少年の目を通して描いた映画で、妹尾河童の原作。自身の生い立ちを描いたものだろう。

少年の両親は水谷豊と伊藤蘭が演じている。実際の夫婦が映画の中でも夫婦をやっているので、その意味でも話題となった。

舞台となった町は神戸で、空襲場面が実にリアルで思わず手に汗を握る。戦争の実体験者が少なくなっている現在、製作側もそれなりの苦労があったと思われる。焼け跡の凄惨な場面もよく描いている。

あらすじは省略するが、少年が軍国教育やその一環として行なわれる軍事教練などに疑問を感じながら、それに対してついつい口に出して批判をし、教官に殴られたり両親を戸惑わせたりする。少年仲間もオマエは一言多い・・・とたしなめるが、その癖は結局直ることはなく敗戦を迎える。

しかし、一夜にして軍国主義から民主主義に転換し、うまく世間を渡ろうとする大人達(特に教官)の豹変ぶりに絶望したりする。多くの少年は実際はどのように感じていたのだろうか?この主人公は戦時中から疑問をぶつけていたが、子どもたちは純粋なことが多いから、大半は信じ込んで疑わなかったのではないか?

asajiroの亡くなった母親から聴いた話だが、多くの家庭が供出を命じられた筈の貴金属類をたくさん隠し持っていたことを戦後になって知り、正直者が馬鹿をみたことを知って唖然としたと言う。したたかでずる賢い大人がたくさんいたわけである。

この映画は、戦時中の名もなき人々の生活を描いていて、声高に反戦を叫んでいるわけではないが、戦争の愚かさは十分に伝わってきたように思う。

2013年8月20日 (火)

asajiroの湘南日記(80) 8月12日(月) クライマーズ・ハイ

毎日、異様な暑さに支配されている日本列島である。加えて、ここ湘南地方では雨も降っていない。地面の土が干からびてしまっている。埃っぽいのである。

その暑い中を先日に続いて葉山まで仕事で出かけた。この時期、救いは真夏に咲く花々でノウゼンカズラ・ムクゲ・サルスベリ・芙蓉等、とりわけサルスベリは中国原産と聞いているが何種類かの色があり、とりわけワインカラーの花は真っ青な空を背景にして見事なコントラストを見せている。葉山の洒落た住宅街には、南欧風の建物をバックに芝生の庭とそこに植えられて花を咲かせているサルスベリの木々、絵に描いたような景色が広がる。

ところで、今日は28年前に起こった日航機墜落事故の悲劇の日。もうそんなに経ったかと思うのだが、考えてみればまだ昭和の時代であった。あの事件で悲劇のヒロインでもあった川上慶子さんはその後お元気なのか?マスコミを避けておられるのは賢明だが、可愛い女子中学生だっただけに印象に残っている。たまたまasajiroの息子と同年だったこともあり、今は悲劇を乗り越えて奇跡的に助かったイノチを大切に生きておられるに違いない。もしかしたら、亡くなられたお母さまと同じ看護師の仕事に就かれているのかもしれない。

そんなことも思い出しながら、映画「クライマーズ・ハイ」を観た。映画館で見逃していたので後悔していたが、ケーブルテレビで放映してくれた。日航機墜落の大事故報道に直面する地方新聞社それも地元の地方紙で、社全体がひっくりかえるような騒ぎの中の人間模様が、時間経過と共に克明に描かれている。横山秀夫原作・堤真一主演で、長い映画だったが見応えがあった。

あれ以来、幸いにして飛行機の大事故は国内では起きていない。事故の教訓が生きているのだろう。しかし、規制緩和による航空業界自由化で、格安航空会社の拡大などがあり事故の懸念は消えていない。

asajiroも最近は、すっかり空旅とはご無沙汰している。

2013年8月 7日 (水)

asajiroの湘南日記(76) 8月1日(木) 終戦のエンペラー

映画館へ出かけ、今話題になっている「終戦のエンペラー」を観る。夏休みで混雑は覚悟していたが、子供向けの映画ではないので、少し軽く考えてしまい失敗した。今日1日は、映画の日とかで年齢に関係なく誰でも1,000円で入場できるとあって、ほぼ満席・・・。

最近の映画館には立見席がなく定員制なので、満席だと次回の上映まで待たねばならない仕組みになっている。ところで、映画はなかなか良かった。マッカーサーの部下で日本通のフェラーズ准将が主人公。

ストーリーは省略するが、進駐後、直ちに戦争責任者の追及に乗り出したマッカーサー将軍と対峙する日本側の要人達、そして准将と日本人恋人のラブストーリー。亡くなられた夏八木勲さんが出て来たので驚いた。昭和天皇の側近を熱演しているが、恐らく映画出演最後の作品となった筈だ。

西田敏行がまたなかなかいい。吹き替えではなく自らの言葉で英語を喋っていて見応えがある。大河ドラマの「八重の桜」でも重要な役をこなしているが、どんな役をもこなすのはサスガである。

ハリウッドが製作した映画だと思うが、史実にほぼ忠実だろう。ただ、英語の題名がどうだったか?を見逃した。恐らく「終戦」は日本での題名では?

八月は映画・テレビで戦争物が多く取り上げられる月でもある。今日の映画は、東京の焼け跡は出てきても、それ以上の戦争の悲惨さは伝わってこない。反戦映画ではなく、あくまでドキュメンタリータッチの娯楽映画だと思う。でも、戦争を美化しているわけではないので、若い人にも是非観て欲しい映画だと思った。

2013年5月28日 (火)

asajiroの湘南日記(58) 5月27日(月)  映画に泣きました

半年ぶりに映画館(今はシネコンと言うのが一般的か?)に入りました。評判の「くちづけ」を観るためです。題名だけみると、この歳では気恥ずかしい思いがしそうですが、逆に観終わった後で、なんで「くちづけ」と言う題にしたのかな?と疑問にも感じました。わからないでもないですが・・・。

それはともかくとして、涙腺が弱くなったasajiroはもう最後は涙がポロポロ・・・。マンガで描けば、目から涙が滝のように溢れ出てた筈です。結末が悲し過ぎたのがモンダイと言えば問題。

知的障害者の自立支援グループホーム「ひまわり荘」での物語。漫画家の愛情いっぽん(竹中直人)の娘マコ(貫地谷しほり)がこの施設に入所してから死ぬまでの、ここでの人間模様が描かれている。

宅間孝行主宰の劇団「東京セレソンデラックス」でヒットした舞台の映画化だそうで、その宅間がもう一人の重要な人物うーやんを演じている。うーやんとマコは共に知的障害者で、「結婚の約束」を交わした仲。映画のあらすじは省略するとして、なんだか舞台を観ているようなほとんどの場面が部屋の中。

テンポもいいし内容が内容なので飽きることはモチロンないが、先に言ったように結末が悲し過ぎるのだ。舞台と違って、全国で観られる映画ではハッピーエンドにしても良かったのではと思ってしまう。後味が悪いのではなく、悲しいのである。両隣の娘さんたちもオンオン泣いていました。

出演は他に田畑智子・橋本愛・岡本麗・嶋田久作・麻生祐未・平田満。監督は堤幸彦。おすすめの映画であることに変わりはありません(´Д⊂グスン。

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