鎌倉

2017年7月24日 (月)

あさちゃんの鎌倉日記(497) 7月21日(金) レポの更なる続きです

交流館レポを続けます。観光客は当てにしていないだろうことは、日祝日が休館であることからも窺える。月曜休館が一般的な中での、特異な判断。理由があるかも知れない。市が運営しているので、入館料は300円と安い。

最近、再建開館した横浜の俣野別邸が400円、しかも建物を見せるだけで展示があるわけではなさそうだ。それに比べると入りやすい。現実に、近代建築を調べている在野の研究家が、その入館料で断念したと云う悲しい話も耳にしたことがある。

ところで、八幡宮境内の旧近代美術館の用途は決まったのだろうか?あさちゃんは、あそここそ八幡宮が運営するのであれば、仮称「源氏三代歴史館」とすれば、場所柄も申し分ないし、観光客は外国人を含めて人気が沸騰するだろうと確信する。

そして、ゆくゆくは清泉小学校には移転願って、その跡地を発掘調査し、国指定の史跡に。更に鎌倉幕府の建物を国の手で復元して、鎌倉のシンボルとすれば、子々孫々にも伝えられ、念願の世界遺産への道も夢ではないだろうに。

ここは地方創生に熱意ある?山本大臣に引き続き内閣にしがみついていただき、実現への道筋をつけてもらいたいものだ。

あさちゃんの鎌倉日記(496) 7月21日(金) 交流館レポ続き

鎌倉歴史文化交流館のレポート続きです。あさちゃんが工事現場を覗いた時には、既に鎌倉市に寄贈され、利用方法も決まって整備工事が進められていたと云うことだろう。市議会等のごく一部の関係者には知らされていただろうが、一般には公表されていなかったので、あさちゃんもマッタク知らなかった。

市内の発掘調査で発見された埋蔵文化財が、倉庫代わりに利用されていた旧野村総合研究所の建物に溢れていたことは、ガイド仲間の噂で聞いていた。一時はその野村総研の建物を博物館として使われると云う話もあったが、場所が不便なので立ち消えに。モチロン、そこも市に寄贈された建物だった。

ところで、想像していた通り、埋蔵物の展示が中心で、いわば考古学の博物館。観光客向けとは言い難い。山本大臣得意の「学芸員は(観光面)すべてのガン」と云われそうな内容。観光客が喜びそうな頼朝や義経、静御前は殆ど無視?。源氏三代や北条執権政治の物語性もない。

肝心の鎌倉時代に関するスペースがマッタク少ない。佐倉の国立民俗博物館や横浜の県立歴史博物館にある鎌倉の展示が、はるかに充実している。スタンスが違うから否定はしないが、ガイドとしては案内しにくい施設であることは事実。

あさちゃんの鎌倉日記(495) 7月21日(金) 鎌倉歴史文化交流館

今年の連休明けにオープンした、鎌倉歴史文化交流館を初めて見学した。早い機会に見ておこうと思ったが、例の救急車搬送事件で延び延びに。漸く症状も落ち着き(薬のお陰だけど)、一人歩きも不安が少なくなってきたことにより実現。

場所は鎌倉駅西口の扇ガ谷1丁目。地元ではかつて無量寺谷(むりょうじがやつ)と呼ばれた山の麓にある。因みにこの谷戸の名前はあさちゃんの勉強した鎌倉検定のテキストにも出てこない地名。

この一帯は三菱村とも呼ばれていたように三菱財閥或いは創業者岩崎家ゆかりの地であり、この交流館も岩崎家から2000年にセンチュリー文化財団に売却。2013年に土地・建物・整備費用含めて鎌倉市へ寄贈された。

文士や実業家から別荘や本宅の寄贈をされることが多い鎌倉市だが管理ができずに殆どを断ってきた。今度は公開施設として使えると算段したのだろう、珍しく引き受けた。因みにこの財団は旺文社で知られた出版実業家の赤尾家の居宅を管理していた。有名な建築家ノーマン・フォスター設計なので、建物を殆どそのまま転用し、埋蔵文化財の展示を中心に開館。

工事中に覗いた時に、奥に「やぐら」も多数見られ、個人邸宅内にあることを残念に思ったことがあった。更に、このレポートは次回にアップします。

2017年6月16日 (金)

あさちゃんの鎌倉日記(491) 6月15日(木) ベルグフェルド

体調を崩したのが鎌倉、それ以来の訪問。紫陽花見物で電車も混んでいた。鎌倉での用事をいくつか積み残していたので、カミさんを同行して出かけた。同行二人である。半病人のあさ爺には、彼女は四国巡礼のお大師さまのような存在。そう云えば今日は弘法大師さまがお生まれになった日。

お昼は岐れ道の近くにある「ベルグフェルド」の本店で。初めてスリランカカレーと云うのをいただいた。カミさんはここのベーカリーショップでさまざまなパンを仕入れる。彼女お気に入りのお店でもある。10日前も、最初はこの店を訪ねたが定休日だった。事前のチェックを怠ったのだが、その後に心臓に異変を生じた。暑い日でもあった。

今日も木陰が欲しい。バス通りや小町通りを避けて、雪ノ下の桜並木や線路際のタチアオイの咲く路地を歩いた。もう、これまでのように鎌倉を歩くことはないかもしれないと思うと、一抹の寂しさを感じる。

2016年12月23日 (金)

あさちゃんの鎌倉日記(179-997) 12月21日(水) 冬至

9月9日、アルバイトの仕事で由比ガ浜の現場に向かう。今日は重陽の節句。菊の節句とも云う。長寿をめでる日でもあるが、今や長生きしすぎる人も多く、心から祝ってくれる人は少ないのかもしれぬ。ディーラーに頼んでおいた車検が完了する。

9月11日、やはり仕事で小坪の現場に出向く。日曜日でも要請があればかけつけるのがおいらの仕事。なんて粋がってても仕方がない。ホントは休みたい。

11月7日はFM放送の日。鎌倉駅で史跡巡りのお客さんを案内しているガイド協会のTさんに会う。以前は交番の横で受付していたが、うるさくなって「きらら」(鎌倉市生涯学習センター)の前で集合するよう変更したそうだ。最近、あさちゃんはおさぼりで参加していない。彼女は新江の島水族館でもガイドをしておられる頑張り屋さんだ。

同じくガイドのM氏にもお会いする。ある旅行会社のツアーをお待ちしているそうだが、人数が減ってしまってとボヤイテおられた。あさちゃんのカミさんは、彼のフアンでもある。FMの方は、いつものようにYさんとマイクの前でおしゃべり。

11月24日、再び由比ガ浜の現場で仕事。でもこの日は大変だった。11月に季節外れの大雪(積もってるから鎌倉では大雪だろう)に見舞われた。なんでも関東地方では11月に積雪を記録したのは54年ぶりだと云う。未明から午後3時頃まで降り続いた。

帰りの江ノ電の車窓からとても珍しい現象を目撃した。七里ヶ浜沖の海面から、湯気がもうもうと立ち上がってる。まるで温泉のように。更に江の島が浮き上がってるのだ。上半分が見えないことは時々あるが、今日は下半分が見えないのである。呆然と見惚れるあさちゃんと乗客たち。これは海水の温度が外気よりも高い時に見られる珍しい現象。翌日の朝刊でニュースとして掲載されていた。但し、写真は横浜港。「蒸気霧」と云うそうだ。勉強になりました。

12月13日は小坪で仕事。お昼は小坪の海岸に面した公園で持参の弁当をひろげる。鎌倉歩け歩け協会の参加者たちが大勢昼食休憩をしていた。その中に混じっておにぎりをパクついていたが、出発時間になっても立ち上がろうとしないあさちゃんを見て、オバちゃん達が怪訝そうな顔をしていた。あの様子だと紛れ込んで一緒に歩いても、とがめられることはなかったかも・・・。

12月15日、再び由比ガ浜へ。この日はいい天気だった。そして今日、1年で太陽の高さが一番低く、昼が短く夜が長い「冬至」の日。お粥をいただいたり、カボチャを食べたりして健康を祈願する日だ。字は異なるが発音が同じの「東寺」。この京都の有名なお寺さんでは、境内で「終い弘法」の骨董市が開かれている筈だ。京都に住んでいた新婚時代に、二人で出かけた記憶がある。

息子の誕生日でもあり、札幌のホテルに泊まりこみで誕生日を祝ったりした。それも2年続けて・・・。窓の外はしんしんと雪が降り続くホワイトバースデイだったことを懐かしく思い出す。40年以上昔のことになってしまった札幌時代の話。

2016年7月16日 (土)

あさちゃんの鎌倉日記(177) 7月12日(火) 鎌倉のやぐら

鎌倉には他の地方ではほとんど見られない「やぐら」と呼ばれる、独特な中世の墳墓が点在する。山の横っ腹に防空壕みたいに穴を掘って、中に五輪塔などのお墓が収められている。中世横穴式(おうけつしき)墳墓とも呼ばれている。やぐらの名前の由来については諸説あってはっきりしていない。従って、充てる漢字も意味によって変わる。だから、通常はひらがなで書かれていることが多い。

子どもたちに「防空壕」と云ってもわかってもらえないと、ガイドをしているあさ爺から聞いたことがある。モチロンそうだろう。あさちゃんにしてもガイドのあさ爺にしても防空壕に身を潜めた怖い経験は、したのかもわからないが記憶がない。しかし、幼い頃にはよく見かけた。かくれんぼするには良かったが、あまり気持ちのいいものではなかった。

鎌倉のやぐらにもそんなイメージがある。こちらはお墓だから、怖いのが当たり前。中には観光名所みたいになって、立ち入りを許されている所もあるが、ほとんどは山の中に埋もれてしまっている。今から800年前の遺跡なのだから、もう少し保存の手が伸びないものかと思うが、あまりに数が多くて鎌倉市の手に負えないのだろう。国がやるべきと思うが、調査すら手つかずが多いようだ。

覚園寺の裏手の山に「百八やぐら」や「朱垂木やぐら」と呼ばれる文化財には指定されてはいるが、保存までは手が回らない多数のやぐらがある。今日、あさちゃんは仲間と山の中を歩いて巡ってきた。蛇(幸い出てこなかったが)、やぶ蚊、くもの巣と闘いながら、藪の中のけものみちみたいな山道を歩く。冬はいいが、夏はどうもやぐら見物以前の注意がタイヘンだ。今日も一人が滑落した。3mくらいの高さだが、手術後のリハビリを兼ねた男だったのでみんなが心配した。幸い、傷口がパックリ開くことはなかったようだ。

地元の歴史好きには知られたやぐら群だが、案内板も道の標識もないので、ガイドや知ってる人が案内しないと探し当てることすら難しい。ほとんどが被葬者の名前もわかっていないし、天井が崩れ落ちたものもあって痛ましい。夏はあまりお薦めできないが、秋から冬にかけては紅葉も見られて、いい山歩きにもなりそうな鎌倉のやぐら探訪である。

2015年6月21日 (日)

あさちゃんの鎌倉日記(167) 4月11日(土) ザ・ニュースペーパー

ニュースをネタにお笑い活動をしている「ザ・ニュースペーパー」が、鎌倉芸術館にやってきたので、早速観に出かける。このグループはテレビの「笑点」で見かけて以来、チョッと気になっていたのでいい機会だった。詳しいメンバーの経歴も知らないが、時事ネタをあそこまでうまくしかもリアルタイムに演じれるものだと感心する。

見ている方がハラハラドキドキする不敬罪スレスレの皇室ネタもあって、これは少しやり過ぎ・・・。観客も笑っていいものかどうか戸惑っていた。政治ネタは多少風刺が過ぎても笑えるが、こればっかりは後味もあまり良くない。戦前だとメンバー全員、特高に引っ張られること疑いなし。現在でも日本以外の国々、たとえば北朝鮮や中国、ロシアなら銃殺刑になりかねないので、かの国の宰相を風刺する時は気をつけた方がいいのではと、老婆心ながら思えてしまう。

ことほど左様に微妙な政治風刺を続ける凄さには拍手を送りたい。言論が保障されている平和国家ニッポンだからこその演劇だ。「小泉純一郎」はテレビでも感心したが、舞台でも笑えた。やはり劇場型政治家には劇場はピッタリだ。それにしてもそれぞれがいろんな政治家に化けるのが面白いし、よく特徴を掴んでいる。

ただ、全員が男なので女性を演じるには無理を感じる。清楚な女性政治家(いるわけないか?)役はとても演じられないだろう。田中真紀子なら声色を含めて大丈夫だろうが、最近はニュースに出ないので今夜は見られなかった。つまり旬のニュースを即座に演じるところが、このコント集団の持ち味と云えるようだ。

これからも目が離せないお笑いグループだ。しかし、繰り返すが皇室ネタはほどほどに・・・。日本人の大多数(特に高齢者)は、皇室にはそれなりの敬愛と云うか親しみを抱いているものなので、不愉快に感じることは遠慮した方がいい。売らんかなの覗き趣味まる出しの週刊誌とは違うのだから。

2015年1月28日 (水)

あさ爺の湘南・鎌倉ガイド(231) 1月26日(月) 御霊神社新年のお祓い

Eの会の新年の行事に参加しました。鎌倉の御霊(ごりょう)神社で昇殿してお祓いを受けます。昨年までは女性の禰宜さんが神事を司っていましたが、今年は男性の神職さんです。いつもの禰宜さんも社務所から出て来られて、にこやかに深々と皆さんにご挨拶しておられましたが、どうやら今年から交代されるようです。一身上の都合だそうで、新しい方は八幡宮から派遣されて来られたのでしょう。新年の祝詞が読み上げられ、身の引き締まる思いです。

Eの会はホトンドが鎌倉ガイド協会に所属している現役のガイドさんたちです。あさ爺のようなヨソモノは数少ない存在ですが、この会の世話人の一人として大きな顔をして活動しています。元々も現在も、この会の目的は勉強会。ベテランのI氏とCさんが共同代表みたいな形で、会を引っ張っています。

正式参拝の初詣に参加されたのは31名。参拝後、お神酒をいただき、お守り札を頂戴しました。これで今年一年安泰と願いたいものです。神社を出て光則寺に向かいます。ここでは応接間に通され、日本庭園を拝見しました。日蓮宗寺院らしく、庭の造作に日蓮聖人の教えを具現化したそうです。

このお寺の境内は、他の寺院とは趣が異なっています。山門から本堂へ通常まっすぐに参道が伸びていますが、ここはまるでロータリーのように弧を描いて進むように造られていますし、空き地が殆ど見当たらない位に樹木で覆われています。それが殆ど花のきれいな木なので、いつしか花の寺と呼ばれるようになりました。

今日のご住職のお話では、これはどうやら先々代のご住職さんのお考えからきたものだとか。とにかく、スペースさえあれば、植樹されたようです。お陰で梅や海棠(カイドウ)の美しい寺として、評判になりました。三門には境内の花マップが手作りで用意されている程です。普段は公開されていない本堂にも特別参拝させていただき、数多くの仏像の解説をしていただきました。

最後は鎌倉能舞台の見学です。あさ爺は2度目の訪問ですが、まだここで能を鑑賞したことはありません。一度、見てみたいものです。日本人よりも外国人、大人よりも子どもさんが興味を示してくれるとか。ちょっと反省しなければいけませんね。

そしてお楽しみの新年会。会場はいつもの中華の「三和楼」です。ここには21名が出席。更に半数の11名は新人の9期生の皆さんです。あさ爺にとっても新しいメンバーの人達と知り合ういい機会です。鎌倉ガイド協会主催の毎月の史跡巡りに、あさ爺は165回の参加経験があります。I氏やCさんから、そのように紹介されて、気の毒に皆さん、腰を抜かさんばかりに驚いていました。また、先輩たちが例によって、あさ爺さんはガイドの点数をつけてるぞと脅します。そんなことは決してないのですが、それを真に受けてビビってしまったガイドさんも過去にはおられました。

もう既に何人かの新人さんとは面識がありました。こうして、新しい人たちと知り合うことがあさ爺の楽しみでもあります。特に9期生は人数も多く、有望な人も多いようで我々のクラブの8期生とも、何か相通じるものが感じられました。

風邪が完治していないこともあって、まだアルコール抜きの哀れな身ではありましたが、午後の楽しいひと時になりました。その足で、あさ爺は来月の自主研修の茶話会場探しに長谷周辺のお店を何軒かあたり、無事に手配ができました。これも新人の8期生が中心の勉強会です。負けないようにガンバラネバ・・・。

2014年5月 7日 (水)

あさちゃんの鎌倉日記(157) 4月13日(日) 鎌倉まつり

今まで鎌倉まつりのパレードを見学したことはなかったのですが、今日は午後に若宮大路を練り歩く山車や威勢のいい神輿行列を見物しました。初日の今日は武者行列やミス鎌倉のお披露目、そして舞殿では静の舞が行なわれます。

それに先立って北鎌倉で下車し、「茶房有風亭」に立ち寄り先日のガイドの報告をします。また、お昼は今月に予定されているガイドの下見を兼ねて「ベルグフェルド」に入りました。実はお客として入店したのは初めてです。

宝戒寺の近くでは大手新聞社の記者であるKさんご夫妻にお会いしました。奥さまとも旧知の間柄です。やはりたまに鎌倉の街を歩いていると、知ってる方にお会いします。また、バス通りに面して営業していた珈琲店がクローズしていました。以前、浅草在住のフリーライターのMさん、若手女流作家で通訳もされておられたHさんとこのお店で打ち合わせをしたことがあります。久しくお会いしてませんがお元気でしょうかね。先ほどお会いしたばかりのKさんの奥様はHさんの通訳仲間でもありました。

若宮大路の段葛(だんかずら)でしばらく祭り見物をしました。鎌倉は毎日がお祭りみたいに賑わっているところですから、特に今日が混んでるイメージはありません。観光客もお祭り目当てで来られた方は少数派でしょう。むしろ、サプライズとしてラッキーと喜んでいるのでは?

この後、比企ヶ谷にある日蓮宗の本山妙本寺へ向かいました。やはり、下見を兼ねています。予定のコースを変更して海棠(カイドウ)を見ていただくつもりにしています。ソメイヨシノと八重桜に挟まれた時期に見頃を迎えます。いつ訪れてもココロが落ち着く古刹です。歴史上の逸話も多く、鎌倉文士のエピソードや著名人のお墓もあって、ガイドもお客さんも満足されるお寺かなと思います。

今日は千部会法要と呼ばれる重要な行事があり、可愛いお稚児さんの行列がありました。境内に妙本寺が運営する幼稚園があり、ここの園児さん達が大役を務めています。若いお母さんたちがカメラを向けています。

桜は峠を越していましたが、カイドウや八重は見頃ですし、シャガやヤマブキも咲いていて一年で一番過ごしやすい季節を迎えた鎌倉でした。

2014年1月25日 (土)

あさちゃんの鎌倉日記(152) 1月19日(日) アンケート調査

鶴岡八幡宮で昨秋に続いて、観光客に対するアンケート調査を実施しました。神奈川県からの委託によるものですが、季節がよくて観光シーズンだった前回とは異なり、真冬の厳しい時期で強風が吹いている中での仕事。慣れた場所とは言え、聴く方も聴かれる方もお互いにタイヘンです。

しかも1月はまだまだ初詣の方が多く、県外からの観光客はさすがの鎌倉でも少数派です。主に県外から訪れる観光客が対象の調査ですから、明らかに地元と思われる方は外します。更に対象のお客さまが減るわけで、寒さ同様に聞き取り調査自体も厳しいものがありました。

今日の風は北風小僧のカンタロウで、八幡宮の広い参道が風の通り道となって砂埃を巻き上げながら吹きつけてきます。こんな状態ですから、観光客も立ち止ってはくれません。皆さん、目に砂が入らないよううつむき加減で足早に通り過ぎます。

鎌倉では他に条件のいい所がたくさんあるのに、ナゼこんな場所で?と調査員自身が愚痴をこぼします。同じ仕事でも、仲間のあさ爺がやってるガイドの方がはるかに楽と言えます。

たらたら、胸の中で愚痴と文句を言いながらナントカ目標(ノルマ)の件数をクリアした所で、早々と打ち切りました。寒さでこれ以上はトテモ無理と判断しました。アルバイトとは言え、これは老いのカラダにはこたえました。腰と喉がすっかりおかしくなったようです。

今年の冬は寒さが厳しいとの予報、更に春も遅いそうです。桜の時期は見頃がどうやら4月の入学式あたりになりそうな予感。

明日は1年で最も寒い「大寒」です。冬来りなば春遠からじ・・・、しばらくは猫ちゃんのようにじっとガマンの爺さんです。

より以前の記事一覧

無料ブログはココログ
2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31