横浜

2017年6月 1日 (木)

あさ爺の徒然日記(566) 5月18日(木) 野毛を徘徊

5月16日(火)、午後桜木町駅にU会のメンバー8人が参集。この日の幹事&ガイドは弘明寺在住のI氏。同じ横浜でも野毛はあまり詳しくはないと頭をかきつつ、街に繰り出した。

タンメンが美味いと評判のある「三幸苑」でまずはお昼を。午前中、仕事だったあさ爺は腹ペコで倒れそうだったので、まずは一息ついた。夜の部が待ちきれずに、もう昼日中からビールを飲み始めた連中を、憐れみと羨望の眼差しで眺めるのはあさ爺のテーブル。

成田山別院、伊勢山皇大神宮、掃部山公園、県立能楽堂、佐久間象山顕彰碑(野毛山公園)、そして最後は野毛山動物園。初めて入園したが、無料だった。

赤い灯、青い灯が瞬き始めると、みんなソワソワ・・・。野毛は横浜では古くからの庶民的な歓楽街。とある居酒屋になだれ込む。この会は会社のOBなので、どうしても話題が現役の頃の話に飛ぶ。あさ爺はそれがあまり好きではない。若い頃から会社と私的なことを分ける考えだった。社内結婚が当たり前の時代に、敢えて別の道を模索した。この癖は老いても変わらないところがある。

5月18日(木)、借りている自家菜園で野良仕事。雷が鳴りだしたので、慌てて引き上げる。

2017年1月 3日 (火)

あさ坊のぶらりハマ歩き(87-1005) 1月1日(日) 横浜薬科大学の展望ラウンジ

横浜薬科大学のキャンパスは戸塚区にあるが、隣接するドリームハイツの向こうはもう泉区になる。また、境川をはさんで対岸は藤沢市である。それらを一望できる高さ68mの図書館棟最上階にある「展望ラウンジ」が、正月三が日の間だけ一般開放された。

先日の下見の際は正門前で引き返したわけだが、めったにない機会でもあり午後に訪れた。車だと自宅から30分足らずで到着できるが、上がるのはモチロン初めて。実はあさ坊の自宅の窓からも遠望できる、とてもよく目立つ地域のランドマークである。

快晴の青空に雄大な富士山が、丹沢や伊豆半島、箱根連山を従えて聳え立つ。相模湾は陽に映えてキラキラと輝き、江の島やはるかに伊豆大島も見渡せる。みなとみらいのランドマークタワーや都心の高層ビル群もくっきりと眺められる。

この大学は横浜ドリームランドの跡地に建てられ、このタワーもかつての「ホテルエンパイヤ」を改装したもの。今年は元旦早々に雄大な景色に触れることができて、何かいいことがありそうな年になりそうだ。

近くにある春日神社に参拝し、奈良からやってきた神鹿の子孫の皆さまが群れ遊ぶ鹿苑にも挨拶させていただきました。

2016年12月23日 (金)

あさ坊のぶらりハマ歩き(86-996) 12月19日(月) 三渓園

12月7日、晩秋から初冬へと季節が移り変わる横浜の三渓園を訪ねる。EFGの研修で講師はH氏。クラブのベテランガイドであると同時に、氏はここ三渓園の専属ガイドも務めておられる。あさ坊は江の島の勉強でずいぶんとお世話になっているが、かねてから三渓園のお話もお聴きしたいと願っていた。

今日の参加者は15名。このブログでも以前に採り上げた経緯があり、詳しい話は省略したい。今日は何と言っても紅葉の美しさに圧倒された。高台にある三重塔は池に映えて存在感たっぷりであり、檜皮葺の古建築やせせらぎ、モミジや銀杏の紅葉や黄葉は青空の下で更に輝きを増す。白無垢の花嫁さんたちが、何組も園内で撮影に応じていて花を添えている。

今日19日は、藤沢で所用を済ませた後、関内に向かった。さすがに街路樹の銀杏はすっかり葉を落とし、たたずまいは冬そのものとなっている。樹々は淋しいが、代わりに街にはイルミネーションが冬化粧をしている。訪れたのは昼間であったが、黄昏時ともなると光あふれる街並みに変身するのだろう。

イルミネーションで思い出すのは、この時期に訪れたシンガポール。市内オーチャード通りには両側のビル全面を照らし、それが何キロも続く。南国ゆえにクリスマスを控えても真夏の暑さで、日本人には多少の違和感があったものの、強烈に記憶に残った光景であった。残念ながら、国内ではそこまでの規模の電飾にはまだお目にかかっていない。

2016年11月15日 (火)

あさ坊のぶらりハマ歩き(85) 10月25日(火) 帆船日本丸

9月25日はあさ坊の74歳の誕生日。歳はとっても坊やと云う有り難い名前です。バースデイプレゼントと云うわけではないが、上大岡にコンサートを聴きに出かけました。世界最高のピアノ・トリオ(主催者発表)と評価の高い「プラハ・グアルネリ・トリオ」でシューベルトとドヴォルザークのピアノ三重奏曲を演奏。因みにこの日は大関豪栄道が全勝優勝を果たした。あさ坊にとってはこっちの方が誕生祝いにふさわしい。

10月23日にも上大岡のコンサートへ。この日はルートヴィッヒ・チェンバー・プレイヤーズと云う7人の演奏家が出演。管弦楽でブランやベートーヴェンの七重奏曲を中心に小曲も含めて何曲か演奏。ここの演奏会では珍しい多人数。普段は欧州中心の活動だが、日本人演奏家も3人いた。

そして今日10月25日は会社のOBで編成する楽団ならぬ7人の飲み部隊(U会と名乗っている)が出動。ただ飲むだけではなく勉強も兼ねている真面目な集団。桜木町に集合。向かった先は帆船日本丸。いつも横目に見下ろしながらランドマークプラザに向かうのだが、今日は初めて船内を見学。

元日本丸船員OBの方がガイドをしてくださる。やはりこればかりはガイド付きでないと理解が難しい。帆を張るマストのデッキからエンジンルームのある船底近くまで、船内が意外と広く感じたものだ。続いて目の前にある「海の博物館」も見学。幕末の開港から現在までの横浜港の歴史を、写真や模型、ジオラマ等で年代を追って勉強できる展示が興味深い。実はここも建物の屋上にある芝生広場を歩いたことはあったが、内部を見学したのは初めてだった。

下り坂の天気で小雨が降り始めた中を、関内へ向かい駅前の居酒屋で飲み会(正式には例会)が開かれた。隣町の横浜ではあるが、せいぜい月に1,2度訪れる程度しか潜入していないことが改めてわかった次第。

2016年7月 9日 (土)

あさ坊のぶらりハマ歩き(84) 7月2日(土) 黄昏の野毛界隈

週末の今日は、夕方に桜木町駅から野毛界隈を歩いた。県下のガイドクラブが集まっての研修で、今回は横浜がホスト役。あさ坊の友人でもあるT氏もそのメンバーの一人であるが、今度の理事改選でお役御免となったらしい。従って、世話役の中に彼の姿はなかった。

あさ坊のクラブに入った案内状には、「あぶない刑事のロケ地を巡る」とあったが、あさ坊は夕暮れ時の野毛に惹かれて参加。正直、あぶデカにさほどの興味も関心もなくどうでも良かったのだが、結果的にはホスト内部の意思の疎通が悪かったとみえ、末端のガイドにはロケ地巡りはほとんど伝わっていなかった。

新本堂建立の成田山と野毛の飲み屋街を探索すると云うのが、彼らのガイドの目的であった。JR桜木町駅は新橋・横浜間に日本最初の鉄道が開通した当時の横浜駅。明治維新からわずか5年で、鉄道を開通させたとはナントも凄いことではないか。いつも感心する。見物客に多くのちょんまげ姿が見られても当たり前なのだ。

ガス工場の跡地は現在小学校。これも明治5年の話だ。神奈川奉行所跡、掃部山公園、伊勢山皇大神宮、成田山(野毛不動尊)、横浜にぎわい座を廻り、最後に都橋ビル(ここにあぶデカのロケ地があった)と云う、野毛の戦後再開発で誕生した商店街を探索。解散する頃には赤い灯、青い灯が巷に点滅する妖しくも賑々しい黄昏時の野毛の街となっていた。戦後しばらくは、街娼も多かった。今はその雰囲気はなくなったが、街全体にその空気は残っている。

我々もその余韻のおこぼれに預かるべく、魚がうまそうな店を見つけて入り込んだことは云うまでもない。

2016年6月13日 (月)

あさ坊のぶらりハマ歩き(83) 6月5日(日) 初夏の横浜

最近、ハマを歩いた日々を時系列でたどってみる。遊びに来て下さる他人さまには面白くもなんともないものだが、あさ坊には余生を送る日々の記録でもある。

4月18日、22日は横浜市栄区の現場で日雇いの仕事。

24日は港南区上大岡の区民文化センター「ひまわりの郷」でのコンサートに。仲道郁代のピアノ。自身の19世紀のピアノを持ち込んでの演奏。楽器や演奏曲もさることながら、彼女の美貌に見とれる不謹慎な観客だった。

25日、27日、5月9日はやはり栄区の現場に行き日雇い仕事。

11日は高校の同期会で横浜の港湾地区を見学。当初はマリンルージュに乗船予定だったが、強風で波荒く欠航となり残念。普段は見る機会の少ない港湾施設を専用バスで巡る。28名が参加。夜は野毛の歓楽街になだれ込む。

15日、ひまわりの郷のコンサートへ。レジス・パスキエのヴァイオリン・リサイタル。ピアノ伴奏は金子陽子。月とスッポンだが同じ名前の姪の陽子もピアニストの端くれ(父親がそう思っている)。ウイーンにも留学したが、今でも弾いているのかなあ?

26日は泉区での史跡めぐり。和泉川に沿って森林浴も楽しみながら歩いた。お昼は天王森泉館でお弁当。18名参加。

6月4日は初めてカミさんを連れて、東白楽の「たち花」へ入る。首都圏で唯一のわんこそばをやっているお店。女将のK子さんとは岩手の職場で同僚だった。彼女はフロント勤務だったが、当時から美人でお客さんからも人気があった。

同じ日、東神奈川にある区民文化センター「かなっくホール」での四季の音演奏会に。久しぶりに邦楽の音色に酔いしれる。われらがT子さんは筝を演奏。彼女は高校の同期生。先日の港巡りでもご一緒した。カミさんを紹介する。あさ坊は夫婦同伴だったが、他に8名の仲間が駆けつけた。

そして今日5日は再びひまわりの郷へ。藤原真理のチェロ演奏。ピアノ伴奏は倉戸テル。バッハやベートーヴェンのチェロの名曲が会場いっぱいに響いた。

あさ坊とその仲間たちはサボっているわけではなく、ただ能率悪くアタフタしてるだけ。真面目に更新もできない怠け者の集まりのようです。

2016年5月 3日 (火)

あさ坊のぶらりハマ歩き(82) 4月1日(金) 三殿台遺跡

鵠沼海岸の現場から小田急・JR・地下鉄を乗り継いで弘明寺へ向かう。仕事の重い荷物は途中の戸塚駅の地下のロッカーに預けた。これからのお花見にダサイな荷物はそぐわない。

弘明寺駅で7名の仲間が集まり、今日の幹事I田氏がまずは三殿台遺跡へ案内してくれる。さかのぼれば石器時代まで行きつくが、主に縄文の遺跡である。高台にあってランドマークタワーなども見える。復元された住居も数軒ある。当時は海をのぞむ岬みたいな土地だったそうだ。

下界に下って大岡川沿いの桜並木の下を歩いた。9分咲きと云うからほぼ満開に近い。この会は花見はいつもここでやるのが習わし。三河屋での飲み会には近くに住むM夫人も加わって無粋なオトコの集まりに彩りを添えた。二次会は門前町の商店街にある中華の華満楼。夜桜見物で遅くまで賑やかな街だった。

2015年7月16日 (木)

あさ坊のぶらりハマ歩き(80) 5月27日(水) 保土ヶ谷宿へ

高校同期恒例(高齢?)の散策会です。春の鎌倉、秋の横浜で数年続いた散策を今年から春と秋をひっくり返して春に横浜、秋は鎌倉にして実施することになりました。

みんな72,3歳の爺さん、婆さんの集まりです。その内、鎌倉も横浜も主な名所は行き尽くす時が来るのは目に見えてます。でもその時は、皆さんお待ち兼ね?の「霊園めぐり」を考えています。男子は早く姿を消すでしょうから、その後は女子が見送ってくれる筈です。

ま、それはもう少し先の話だと思うようにして今日の行程を・・・。JR東戸塚駅に集合。関東一円から集まります。一番遠いのは茨城県つくば市の人かな?10時集合でも皆さん相当早くに自宅を出ている筈です。

旧東海道の一里塚としてはよく面影が残っている品濃一里塚や武蔵と相模の国境にある境木地蔵、そして権太坂へ向かいます。幸か不幸かカンカン照りの青空です。一里塚はうっそうと繁る森の中にありましたが、あとは日射しの中を死の行軍です。

男子19名、女子10名が黙々ではなくわいわいガヤガヤとお喋りしながら保土ヶ谷宿を目指します。途中、和菓子の「栗山」では、皆さんお土産の仕入れに忙しく、食料品店の「鉾立商店」ではトイレもお借りします。ここでの売れ筋商品はアイスクリーム。

樹源寺は日蓮宗のお寺。下見の時はしだれ桜がキレイでした。外川神社、旅籠本金子屋跡、保土ヶ谷本陣跡と相変わらずの炎天下を進みます。さすがに暑さと空腹で口数が少なくなり、29名の行列が100m近くに伸びてしまいます。

そしてようやく今夜のお宿(ではなかった)、お昼のお蕎麦屋さんになだれ込みました。息も絶え絶えです。乾杯や挨拶の前に、我先にとビールに群がっています。それで少し気持ちが落ち着いたのか、幹事のT田氏が挨拶。彼は横浜のベテランガイドでもあり、今日の鬼軍曹でもありました。とにかく全員、生きてこの「宿場そば桑名屋」にたどり着かせるのが彼の至上命題であったわけです。

ご指名によりあさ坊が乾杯の音頭をとりました。モチロン全員無事の到着を祝う祝杯でもありました。お店を借り切っての懇親会で、楽しい同期会兼老人会が華やかに且つ騒々しく繰り広げられたのは云うまでもありません。

2015年6月18日 (木)

あさ坊のぶらりハマ歩き(79) 4月2日(木) 大岡川の桜

大森駅からJRで横浜駅へ。乗り換えて京浜急行で南太田駅まではわずか30数分で到着。大都会は移動にはまこと便利である。

大岡川の桜プロムナードを完全踏破するには2つ横浜寄りの日ノ出町駅で下車して歩くのだが、馬込でたっぷり歩いていたこともあり、お楽しみの懇親会が気になって落ち着かない・・・。と云うわけで実に電車2駅分をパスして、ちょうど半分をショートカット。

山王橋を渡って大岡川沿いの遊歩道を歩く。モチロン桜並木であり、対岸の桜も枝を大きく川の水面すれすれまで垂れ下げて、なかなかの絶景である。夕暮れが迫ってきているので、プロムナードには場所取りのシートも多い。露店も手ぐすねひいて準備に余念がない。平日でも夜桜見物で混雑する。と云うよりサラリーマンにとっては、平日しか花見はできない。今どきの若い社員はわざわざ土日の夜に集まることはないのだろう。

この喧騒は観音橋まで続く。坂東三十三観音の札所でもある弘明寺(ぐみょうじ)。参道は弘明寺商店街としてなかなか趣きがあっていい。下町と門前町の風情を合わせ持っている。アクセスも京急の駅と地下鉄の駅の間が商店街で、ほぼ真ん中に観音橋がある。別名は「さくら橋」。橋の上は両岸の桜を眺める大勢の花見客でごった返している。

我々は地下鉄の駅がある鎌倉街道に出て、予約してある「三河屋」ののれんをくぐった。ここまでは男だけの無粋なグループだったが、今夜の幹事を務めたI氏の夫人と娘さん夫婦、近くの上大岡在住のM氏の夫人も加わって、華やかな花見の宴となった。やはり女性がいると楽しいお酒になる。M夫人は同じ会社にいて、独身時代からみんなも良く知っているし、I夫人はなかなかの美人でお嬢さんもカワイイ。母娘を前にして、Iにはもったいないなどと遠慮のない軽口が周辺から飛び交い、I氏はそれをニコニコと受け止めて楽しい宴となりました。

2015年5月 7日 (木)

あさ坊のぶらりハマ歩き(78) 3月25日(水) 保土ヶ谷宿

高校同期の仲間と3人で保土ヶ谷宿を目指して旧東海道を歩きました。5月の下旬に行なう同期会の横浜散策の下見です。ガイドは横浜のベテランガイドでもあるT田氏が務める予定で、あさ坊たちは云わばアシスタント。

JR横須賀線の東戸塚駅をスタート。品濃一里塚は東海道に設けられた一里塚の中でも、昔の旧態をとどめている貴重な遺跡。狭い街道の両側に高く盛り土された塚が現存しています。

焼餅坂は茶屋で出される焼餅が名物だったそうで、今は残念ながらありません。もしあれば、あさ坊は迷わず茶店に座って焼餅をいただきたいところです。境木地蔵尊では桜がかなり咲いていて目を楽しませてくれます。シツコイですがこの峠に茶店があったらそのまま絵になりそうです。

文明開化は急速に生活を便利にした反面、昔の古き良き面影を消し去ってしまいました。今になってそれが見直され、かろうじて生き残ったものが史跡として認定され、いにしえの面影を残している宿場町などは街全体が保存の対象となったりしている。

一里塚もそうだし、これから歩く保土ヶ谷宿も・・・。しかし、保土ヶ谷宿は余りにも開港場の横浜に近かった為に、街は激しく変貌し昔の面影はホトンドないに等しい。本陣等の建物が戦災も免れてわずかに昔の姿をとどめてはいる。そんな宿場町を伝える展示が「まちかど博物館」として街道沿いに点在している。幕末や明治時代、あるいは昭和30年代の古写真が協力しているお店の中に飾られている。セピア色の写真の中に写る人々の姿も興味深い。

駅伝でその名を知られている権太坂を下って保土ヶ谷に入り、「宿場そば桑名屋」でお昼にする。なかなか風情のあるお店で、ここもまちかど博物館の1軒として宿場町の模型が展示されている。結局、同期会の昼食場所としてお願いすることとなった。前回は横浜駅近くのホテルのレストランでランチバイキング。あれはあれで好評を博したが、今回はぐっと趣きを変えるわけである。みんな平等にお年寄りになっている。この懐かしい雰囲気はきっと喜んで貰えるであろうと、幹事団は勝手に決め込んだ。

もうここまでで十分に歩き疲れているであろうし、酔っ払っている人も出るであろうから、保土ヶ谷駅で解散することにコースを決める。ガイドのT田氏としては寺町やその先の天王町、松原商店街も案内したい気持ちがあったようだが・・・。

ルートも日時も決まり、食事場所も決まった。当日の参加者は見込みで約30名。あとはお天気次第。こればっかりはお天道さまの意のままに任せざるを得ない。

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