横浜

2018年6月 3日 (日)

あさ爺の徒然日記(888) 5月31日(木) 野毛でI君を偲ぶ

高校時代の友人たちが桜木町駅に参集。今月急逝したI君を偲ぶため。彼には自らが「隊長」を務めた山仲間もいるが、今日は飲み仲間が集った。I君とヨーロッパ60日間の親爺2人旅をしたM君が呼びかけた。山仲間もいるが殆どは山には余り縁がない連中だ。紅一点として我らが誇りの画家も駆けつける。彼女は二紀会展でI君がいつも絵を見てくれたと思い出話をする。追悼会場は野毛にある小さなカウンターだけのお店、ジンギスカン料理の「羊ながし」。献杯に先立ち、彼の家があるさいたま市の方向に向けて黙祷を捧げた。

鉄人でありながら運動神経の鈍い人(たとえばあさ爺)や足腰の弱い人(これもあさ爺)達にも等しく細やかな配慮を示した。75歳前後の30人近い集団を山に連れて行く際は、ケーブルやリフトを駆使した。自らは麓からでも登りたかった筈だが、少しでも多くの人に山の魅力を伝えたかったのだと思う。そして鉄板やビールを担ぎ上げて、焼肉パーティもした。山だけなく、サイクリングや飲み会での中心メンバーでもあった。生前の彼が好んだように、我々は賑やかに彼を見送った。我々に手を振る、人懐こい彼の笑顔が見えた気がした。合掌

2018年4月26日 (木)

あさ爺の徒然日記(855) 4月24日(火) 円海山周辺ハイキング

高校時代の仲間8人で、円海山周辺のハイキングに出かける。地元では知る人ぞ知る山。鎌倉の天園ハイキングコースにも連なる山々なので、以前から気にはなっていた。横浜市の金沢市民の森(金沢区)、氷取沢市民の森(磯子区)、瀬上市民の森(栄区)と云った緑地帯が続く広大な森である。

横浜ではみなとみらい地区の開発と並行して、市民の憩いの場の確保として開発の波から緑を守ろうとした努力の結果で、高度成長期の飛鳥田市長の時代。新緑から深緑へと季節が移り、足元には可憐な花をつける草花、樹には野鳥のさえずりが絶え間なく耳に届く。300万都市の中にこれだけの自然が残されているのは素晴らしいと、後期高齢者の男どもが感心する。

アップダウンの繰り返しの低山ハイクだったが、締めは天然温泉の足湯に浸かり、今日の山歩きを呼びかけたU氏の邸宅にお呼ばれして、奥さまの手料理をおつまみにビールで喉を潤した。持病を抱えた老人仲間ではあるが、無事に歩き通せたことにまずは感謝なのだ。常連でありながら病で参加できない友も何人かいる。あさ爺も「復帰」したメンバーの一人。生かされていることの有難さを想う。

2018年3月17日 (土)

あさ爺の徒然日記(822) 3月15日(木) 栄区を歩く

会社時代のOB仲間と横浜市の栄区をウオーキング。根岸線の本郷台駅に集まった7人でいたち川遊歩道を歩いた。川が増水した跡が生々しく、河川敷は荒れた感じで期待したカワセミも見られなかった。緑が息を吹き返してくると、キレイになるのだろう。

川の名の由来は「出で立ち」がなまって「いたち」に変化したらしい。動物とは関係ないが、地元では逆手にとって愛らしいイタチをゆるキャラにしている。証菩提寺(高野山真言宗)を参拝。鎌倉の史跡巡りなどで訪れたことがあり今回で4度目か。この一帯は旧鎌倉郡山内庄で北鎌倉から横浜の栄区、戸塚区にわたる広大な荘園があった歴史的にも古い土地だ。本郷ふじやま公園で古民家の旧小岩井家の移築された建物を見学。江戸時代末期の豪農の建物内部が興味深い。

梅や河津桜は見頃が過ぎ、ソメイヨシノにはまだ早い端境期だが、菜の花はまだまだ鮮やかだ。夕方からは本郷台駅前の「そば処深山(みやま)」で懇親会。途中から区長さんが顔を出され、花を添えて下さった。幹事M氏の大学の後輩。

2018年2月19日 (月)

あさ爺の徒然日記(800) 2月18日(日) 春節の中華街

平昌冬季オリンピックは半ばを迎えた。今朝のテレビは各局共、羽生結弦選手と宇野昌磨選手の金銀に湧いている。オリンピックは不思議なもので、ほとんどの国民が熱狂的なナショナリストになってしまう。

普段は右と左の思想間、男と女の性差、年寄りと若者などの世代間、そして都市と農山村の経済格差等々、問題山積の日本であるが、この期間中、特にメダルを獲得した暁には、全国民一体となって、ガンバレニッポン!でかした○○選手!となる。だから、平和の祭典たる五輪からは国別意識を取り除けと云う意見もみられるが、大きな声にはならない。まず、メディアが率先して大騒ぎしているのだ。

今日は、横浜の大さん橋に停泊中のバハマ船籍の3万トンの豪華船「アマデア号」を見物。天気も良い日曜日なので、家族連れが目立つ。更に春節で賑わう中華街へ。山下町公園がイベントの会場だが、見物人で溢れている。行きつけの「新楽」でお昼にし、元町商店街でカミさんはショッピングに忙しい。春節期間中は、各店舗もセールで賑わっている。

夜には小平選手の金メダルにあさ爺たちも再び熱狂したのであります。

2018年1月 4日 (木)

あさ爺の徒然日記(759) 1月4日(木) 横浜港大さん橋

昨日の朝刊に、県下の年間お祭り予定と、横浜港クルーズ船年間スケジュールが掲載されていた。今までは関心があっても仕事をかかえていたりで、なかなか活用する機会はなかった。しかし、今では「サンデー毎日」状態となり、家でゴロゴロしていたりで家族からも疎んじられている有様。

そこで、早速そのスケジュール表を片手に、大さん橋へ向かった。正月は連日のように大型船が入港しているとのこと。今日は郵船の豪華客船「飛鳥Ⅱ」(50,142t)がニューイヤーズ・グアム・サイパンクルーズを終えて大さん橋に接岸した。船長さんが8年間の船長勤務最後の航海を終えて帰航したとかで、桟橋には「長い間ありがとう!おつかれさまでした」の横断幕も。

船首部分のロープも6本が岸壁に繋がれ、さすがは大型客船だ。桟橋には出迎え客とあさ爺のような見物人、デッキには船客が鈴なり。スピーカーからは賑やかな放送や音楽も流れて、なかなか華やかだ。この後、近くの開港資料館を見学。この周辺は博物館も多いので、クルーズ船見学後のオプションにも格好のロケーションだ。これからも通ってみたい。

2017年12月25日 (月)

あさ爺の徒然日記(749) 12月25日(月) 混雑する中華街

昨夜のクリスマスイヴに、あさ爺のお家にもサンタさんがやってきた。贈り物は幼児用のペダルのない自転車。足で地を蹴る「最新式」の「中古車」。実はサンタさんちのおさがりで、サンタさんの妹さんのお宅のお子さんにプレゼントされるもの。つまり、あさ爺は仲介業。Mちゃん達のオバちゃんのところにはHくんやGちゃんの元気な男の子がいる。自転車は立派に受け継がれるに違いない。

クリスマスプレゼントと云えば、歌謡界の大御所北島三郎にデッカイ贈り物が。キタサンブラックの優勝だ。GⅠレース最多タイの7勝目の有馬記念で引退の花道を飾った。若い人で歌手北島三郎を知らない人でも、キタサンブラックはきっとご存知だ。

今日はカミさんと中華街を歩いた。彼女は今年初めてだと云う。クリスマスだからだろうか、平日なのに大混雑していた。冬休みに入ったせいか、家族連れや学生風の若者が多い。中国や台湾からの観光客の人気定番の観光地でもある。方々で行列が伸びている。

行きつけのお店でお昼をいただく。年にたとえ1、2回でも行きつけに変わりはない。観光客向けではない、アットホームな雰囲気の上海料理のお店だ。

2017年12月13日 (水)

あさ爺の徒然日記(737) 12月13日(水) 白根公園のモミジ

12月に入ってからは冬型の気圧配置もあって、関東地方は快晴が続く。今日も午前中は鎌倉扇ヶ谷の史跡巡りに行こうか、それともEFGの神奈川宿に参加してみようかと思ったが、結局は午後からカミさんと相鉄電車で鶴ヶ峰駅へ向かい、白根公園の中にある白糸の滝、白根神社、白根不動のモミジ狩りに。

あるツイッターで見頃だとの情報があり、早速、ヒマな老人は最後の紅葉を求めて出かけたわけだ。やや盛りは過ぎた感だが、それでも日差しを受けて眺める裏モミジは美しかった。更に、帷子(かたびら)川緑道の紅葉も楽しみ、駅前の商店街で買い物。約4時間のじいさんばあさんの小さな旅だった。

日本海側や北日本はもう真冬で吹雪いてもいるようだ。北海道や東北で過ごした通算7年に及ぶ暮らしを振り返ると、春から夏、そして秋へと至る絵のような美しさは、厳しい冬の裏返しなんだと気づく。雪国の人たちには申し訳ないが、もうあの頃の元気は取り戻せない。

純白に衣替えした富士山を毎日眺めながら、雪のない「幸せ」を享受させていただいている。かくして、季節は晩秋から初冬へと移り変わった。

2017年12月11日 (月)

あさ爺の徒然日記(734) 12月10日(日) 世界のクリスマス

冬晴れの一日となった今日は、訪問ガイド研修で横浜山手へ。案内して下さるのは横浜シティガイドの皆さん。ここには友人のT氏が在籍しておられるが、彼は奥多摩の御岳山登山に出かけている。あさ爺もお誘いを受けた山行きだが、体調を崩して以来ハードな山歩きは自粛、と云うよりとても登れないのでお断りした。

今回の研修は山手の西洋館に飾り付けられている各国のクリスマスを楽しむ趣向。EFGからは8名が参加。女性ガイドのIさんが案内。山手111番館(フランス)、横浜市イギリス館(イギリス)、山手234番館(アメリカ)、エリスマン邸(デンマーク)、ベーリックホール(オランダ)、外交官の家(ルーマニア)、ブラフ18番館(ドイツ)と廻る。

大勢の参加者に加えて、日曜日とあって一般の観光客も重なって大混雑。平日にやって欲しかったですねぇ。終わってからは仲間を中華街行きつけのお店にご案内。

その後は藤沢の遊行寺の大書院に駆け付け、「桂歌助東海道先達寄席藤沢宿の会」へ。知人でゲスト出演の笑風亭かん治さんの落語も拝聴。クリスマスの後は、時宗総本山での落語を楽しんだ一日となりました。

2017年6月 1日 (木)

あさ爺の徒然日記(566) 5月18日(木) 野毛を徘徊

5月16日(火)、午後桜木町駅にU会のメンバー8人が参集。この日の幹事&ガイドは弘明寺在住のI氏。同じ横浜でも野毛はあまり詳しくはないと頭をかきつつ、街に繰り出した。

タンメンが美味いと評判のある「三幸苑」でまずはお昼を。午前中、仕事だったあさ爺は腹ペコで倒れそうだったので、まずは一息ついた。夜の部が待ちきれずに、もう昼日中からビールを飲み始めた連中を、憐れみと羨望の眼差しで眺めるのはあさ爺のテーブル。

成田山別院、伊勢山皇大神宮、掃部山公園、県立能楽堂、佐久間象山顕彰碑(野毛山公園)、そして最後は野毛山動物園。初めて入園したが、無料だった。

赤い灯、青い灯が瞬き始めると、みんなソワソワ・・・。野毛は横浜では古くからの庶民的な歓楽街。とある居酒屋になだれ込む。この会は会社のOBなので、どうしても話題が現役の頃の話に飛ぶ。あさ爺はそれがあまり好きではない。若い頃から会社と私的なことを分ける考えだった。社内結婚が当たり前の時代に、敢えて別の道を模索した。この癖は老いても変わらないところがある。

5月18日(木)、借りている自家菜園で野良仕事。雷が鳴りだしたので、慌てて引き上げる。

2017年1月 3日 (火)

あさ坊のぶらりハマ歩き(87-1005) 1月1日(日) 横浜薬科大学の展望ラウンジ

横浜薬科大学のキャンパスは戸塚区にあるが、隣接するドリームハイツの向こうはもう泉区になる。また、境川をはさんで対岸は藤沢市である。それらを一望できる高さ68mの図書館棟最上階にある「展望ラウンジ」が、正月三が日の間だけ一般開放された。

先日の下見の際は正門前で引き返したわけだが、めったにない機会でもあり午後に訪れた。車だと自宅から30分足らずで到着できるが、上がるのはモチロン初めて。実はあさ坊の自宅の窓からも遠望できる、とてもよく目立つ地域のランドマークである。

快晴の青空に雄大な富士山が、丹沢や伊豆半島、箱根連山を従えて聳え立つ。相模湾は陽に映えてキラキラと輝き、江の島やはるかに伊豆大島も見渡せる。みなとみらいのランドマークタワーや都心の高層ビル群もくっきりと眺められる。

この大学は横浜ドリームランドの跡地に建てられ、このタワーもかつての「ホテルエンパイヤ」を改装したもの。今年は元旦早々に雄大な景色に触れることができて、何かいいことがありそうな年になりそうだ。

近くにある春日神社に参拝し、奈良からやってきた神鹿の子孫の皆さまが群れ遊ぶ鹿苑にも挨拶させていただきました。

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