横浜

2018年2月19日 (月)

あさ爺の徒然日記(800) 2月18日(日) 春節の中華街

平昌冬季オリンピックは半ばを迎えた。今朝のテレビは各局共、羽生結弦選手と宇野昌磨選手の金銀に湧いている。オリンピックは不思議なもので、ほとんどの国民が熱狂的なナショナリストになってしまう。

普段は右と左の思想間、男と女の性差、年寄りと若者などの世代間、そして都市と農山村の経済格差等々、問題山積の日本であるが、この期間中、特にメダルを獲得した暁には、全国民一体となって、ガンバレニッポン!でかした○○選手!となる。だから、平和の祭典たる五輪からは国別意識を取り除けと云う意見もみられるが、大きな声にはならない。まず、メディアが率先して大騒ぎしているのだ。

今日は、横浜の大さん橋に停泊中のバハマ船籍の3万トンの豪華船「アマデア号」を見物。天気も良い日曜日なので、家族連れが目立つ。更に春節で賑わう中華街へ。山下町公園がイベントの会場だが、見物人で溢れている。行きつけの「新楽」でお昼にし、元町商店街でカミさんはショッピングに忙しい。春節期間中は、各店舗もセールで賑わっている。

夜には小平選手の金メダルにあさ爺たちも再び熱狂したのであります。

2018年1月 4日 (木)

あさ爺の徒然日記(759) 1月4日(木) 横浜港大さん橋

昨日の朝刊に、県下の年間お祭り予定と、横浜港クルーズ船年間スケジュールが掲載されていた。今までは関心があっても仕事をかかえていたりで、なかなか活用する機会はなかった。しかし、今では「サンデー毎日」状態となり、家でゴロゴロしていたりで家族からも疎んじられている有様。

そこで、早速そのスケジュール表を片手に、大さん橋へ向かった。正月は連日のように大型船が入港しているとのこと。今日は郵船の豪華客船「飛鳥Ⅱ」(50,142t)がニューイヤーズ・グアム・サイパンクルーズを終えて大さん橋に接岸した。船長さんが8年間の船長勤務最後の航海を終えて帰航したとかで、桟橋には「長い間ありがとう!おつかれさまでした」の横断幕も。

船首部分のロープも6本が岸壁に繋がれ、さすがは大型客船だ。桟橋には出迎え客とあさ爺のような見物人、デッキには船客が鈴なり。スピーカーからは賑やかな放送や音楽も流れて、なかなか華やかだ。この後、近くの開港資料館を見学。この周辺は博物館も多いので、クルーズ船見学後のオプションにも格好のロケーションだ。これからも通ってみたい。

2017年12月25日 (月)

あさ爺の徒然日記(749) 12月25日(月) 混雑する中華街

昨夜のクリスマスイヴに、あさ爺のお家にもサンタさんがやってきた。贈り物は幼児用のペダルのない自転車。足で地を蹴る「最新式」の「中古車」。実はサンタさんちのおさがりで、サンタさんの妹さんのお宅のお子さんにプレゼントされるもの。つまり、あさ爺は仲介業。Mちゃん達のオバちゃんのところにはHくんやGちゃんの元気な男の子がいる。自転車は立派に受け継がれるに違いない。

クリスマスプレゼントと云えば、歌謡界の大御所北島三郎にデッカイ贈り物が。キタサンブラックの優勝だ。GⅠレース最多タイの7勝目の有馬記念で引退の花道を飾った。若い人で歌手北島三郎を知らない人でも、キタサンブラックはきっとご存知だ。

今日はカミさんと中華街を歩いた。彼女は今年初めてだと云う。クリスマスだからだろうか、平日なのに大混雑していた。冬休みに入ったせいか、家族連れや学生風の若者が多い。中国や台湾からの観光客の人気定番の観光地でもある。方々で行列が伸びている。

行きつけのお店でお昼をいただく。年にたとえ1、2回でも行きつけに変わりはない。観光客向けではない、アットホームな雰囲気の上海料理のお店だ。

2017年12月13日 (水)

あさ爺の徒然日記(737) 12月13日(水) 白根公園のモミジ

12月に入ってからは冬型の気圧配置もあって、関東地方は快晴が続く。今日も午前中は鎌倉扇ヶ谷の史跡巡りに行こうか、それともEFGの神奈川宿に参加してみようかと思ったが、結局は午後からカミさんと相鉄電車で鶴ヶ峰駅へ向かい、白根公園の中にある白糸の滝、白根神社、白根不動のモミジ狩りに。

あるツイッターで見頃だとの情報があり、早速、ヒマな老人は最後の紅葉を求めて出かけたわけだ。やや盛りは過ぎた感だが、それでも日差しを受けて眺める裏モミジは美しかった。更に、帷子(かたびら)川緑道の紅葉も楽しみ、駅前の商店街で買い物。約4時間のじいさんばあさんの小さな旅だった。

日本海側や北日本はもう真冬で吹雪いてもいるようだ。北海道や東北で過ごした通算7年に及ぶ暮らしを振り返ると、春から夏、そして秋へと至る絵のような美しさは、厳しい冬の裏返しなんだと気づく。雪国の人たちには申し訳ないが、もうあの頃の元気は取り戻せない。

純白に衣替えした富士山を毎日眺めながら、雪のない「幸せ」を享受させていただいている。かくして、季節は晩秋から初冬へと移り変わった。

2017年12月11日 (月)

あさ爺の徒然日記(734) 12月10日(日) 世界のクリスマス

冬晴れの一日となった今日は、訪問ガイド研修で横浜山手へ。案内して下さるのは横浜シティガイドの皆さん。ここには友人のT氏が在籍しておられるが、彼は奥多摩の御岳山登山に出かけている。あさ爺もお誘いを受けた山行きだが、体調を崩して以来ハードな山歩きは自粛、と云うよりとても登れないのでお断りした。

今回の研修は山手の西洋館に飾り付けられている各国のクリスマスを楽しむ趣向。EFGからは8名が参加。女性ガイドのIさんが案内。山手111番館(フランス)、横浜市イギリス館(イギリス)、山手234番館(アメリカ)、エリスマン邸(デンマーク)、ベーリックホール(オランダ)、外交官の家(ルーマニア)、ブラフ18番館(ドイツ)と廻る。

大勢の参加者に加えて、日曜日とあって一般の観光客も重なって大混雑。平日にやって欲しかったですねぇ。終わってからは仲間を中華街行きつけのお店にご案内。

その後は藤沢の遊行寺の大書院に駆け付け、「桂歌助東海道先達寄席藤沢宿の会」へ。知人でゲスト出演の笑風亭かん治さんの落語も拝聴。クリスマスの後は、時宗総本山での落語を楽しんだ一日となりました。

2017年6月 1日 (木)

あさ爺の徒然日記(566) 5月18日(木) 野毛を徘徊

5月16日(火)、午後桜木町駅にU会のメンバー8人が参集。この日の幹事&ガイドは弘明寺在住のI氏。同じ横浜でも野毛はあまり詳しくはないと頭をかきつつ、街に繰り出した。

タンメンが美味いと評判のある「三幸苑」でまずはお昼を。午前中、仕事だったあさ爺は腹ペコで倒れそうだったので、まずは一息ついた。夜の部が待ちきれずに、もう昼日中からビールを飲み始めた連中を、憐れみと羨望の眼差しで眺めるのはあさ爺のテーブル。

成田山別院、伊勢山皇大神宮、掃部山公園、県立能楽堂、佐久間象山顕彰碑(野毛山公園)、そして最後は野毛山動物園。初めて入園したが、無料だった。

赤い灯、青い灯が瞬き始めると、みんなソワソワ・・・。野毛は横浜では古くからの庶民的な歓楽街。とある居酒屋になだれ込む。この会は会社のOBなので、どうしても話題が現役の頃の話に飛ぶ。あさ爺はそれがあまり好きではない。若い頃から会社と私的なことを分ける考えだった。社内結婚が当たり前の時代に、敢えて別の道を模索した。この癖は老いても変わらないところがある。

5月18日(木)、借りている自家菜園で野良仕事。雷が鳴りだしたので、慌てて引き上げる。

2017年1月 3日 (火)

あさ坊のぶらりハマ歩き(87-1005) 1月1日(日) 横浜薬科大学の展望ラウンジ

横浜薬科大学のキャンパスは戸塚区にあるが、隣接するドリームハイツの向こうはもう泉区になる。また、境川をはさんで対岸は藤沢市である。それらを一望できる高さ68mの図書館棟最上階にある「展望ラウンジ」が、正月三が日の間だけ一般開放された。

先日の下見の際は正門前で引き返したわけだが、めったにない機会でもあり午後に訪れた。車だと自宅から30分足らずで到着できるが、上がるのはモチロン初めて。実はあさ坊の自宅の窓からも遠望できる、とてもよく目立つ地域のランドマークである。

快晴の青空に雄大な富士山が、丹沢や伊豆半島、箱根連山を従えて聳え立つ。相模湾は陽に映えてキラキラと輝き、江の島やはるかに伊豆大島も見渡せる。みなとみらいのランドマークタワーや都心の高層ビル群もくっきりと眺められる。

この大学は横浜ドリームランドの跡地に建てられ、このタワーもかつての「ホテルエンパイヤ」を改装したもの。今年は元旦早々に雄大な景色に触れることができて、何かいいことがありそうな年になりそうだ。

近くにある春日神社に参拝し、奈良からやってきた神鹿の子孫の皆さまが群れ遊ぶ鹿苑にも挨拶させていただきました。

2016年12月23日 (金)

あさ坊のぶらりハマ歩き(86-996) 12月19日(月) 三渓園

12月7日、晩秋から初冬へと季節が移り変わる横浜の三渓園を訪ねる。EFGの研修で講師はH氏。クラブのベテランガイドであると同時に、氏はここ三渓園の専属ガイドも務めておられる。あさ坊は江の島の勉強でずいぶんとお世話になっているが、かねてから三渓園のお話もお聴きしたいと願っていた。

今日の参加者は15名。このブログでも以前に採り上げた経緯があり、詳しい話は省略したい。今日は何と言っても紅葉の美しさに圧倒された。高台にある三重塔は池に映えて存在感たっぷりであり、檜皮葺の古建築やせせらぎ、モミジや銀杏の紅葉や黄葉は青空の下で更に輝きを増す。白無垢の花嫁さんたちが、何組も園内で撮影に応じていて花を添えている。

今日19日は、藤沢で所用を済ませた後、関内に向かった。さすがに街路樹の銀杏はすっかり葉を落とし、たたずまいは冬そのものとなっている。樹々は淋しいが、代わりに街にはイルミネーションが冬化粧をしている。訪れたのは昼間であったが、黄昏時ともなると光あふれる街並みに変身するのだろう。

イルミネーションで思い出すのは、この時期に訪れたシンガポール。市内オーチャード通りには両側のビル全面を照らし、それが何キロも続く。南国ゆえにクリスマスを控えても真夏の暑さで、日本人には多少の違和感があったものの、強烈に記憶に残った光景であった。残念ながら、国内ではそこまでの規模の電飾にはまだお目にかかっていない。

2016年11月15日 (火)

あさ坊のぶらりハマ歩き(85) 10月25日(火) 帆船日本丸

9月25日はあさ坊の74歳の誕生日。歳はとっても坊やと云う有り難い名前です。バースデイプレゼントと云うわけではないが、上大岡にコンサートを聴きに出かけました。世界最高のピアノ・トリオ(主催者発表)と評価の高い「プラハ・グアルネリ・トリオ」でシューベルトとドヴォルザークのピアノ三重奏曲を演奏。因みにこの日は大関豪栄道が全勝優勝を果たした。あさ坊にとってはこっちの方が誕生祝いにふさわしい。

10月23日にも上大岡のコンサートへ。この日はルートヴィッヒ・チェンバー・プレイヤーズと云う7人の演奏家が出演。管弦楽でブランやベートーヴェンの七重奏曲を中心に小曲も含めて何曲か演奏。ここの演奏会では珍しい多人数。普段は欧州中心の活動だが、日本人演奏家も3人いた。

そして今日10月25日は会社のOBで編成する楽団ならぬ7人の飲み部隊(U会と名乗っている)が出動。ただ飲むだけではなく勉強も兼ねている真面目な集団。桜木町に集合。向かった先は帆船日本丸。いつも横目に見下ろしながらランドマークプラザに向かうのだが、今日は初めて船内を見学。

元日本丸船員OBの方がガイドをしてくださる。やはりこればかりはガイド付きでないと理解が難しい。帆を張るマストのデッキからエンジンルームのある船底近くまで、船内が意外と広く感じたものだ。続いて目の前にある「海の博物館」も見学。幕末の開港から現在までの横浜港の歴史を、写真や模型、ジオラマ等で年代を追って勉強できる展示が興味深い。実はここも建物の屋上にある芝生広場を歩いたことはあったが、内部を見学したのは初めてだった。

下り坂の天気で小雨が降り始めた中を、関内へ向かい駅前の居酒屋で飲み会(正式には例会)が開かれた。隣町の横浜ではあるが、せいぜい月に1,2度訪れる程度しか潜入していないことが改めてわかった次第。

2016年7月 9日 (土)

あさ坊のぶらりハマ歩き(84) 7月2日(土) 黄昏の野毛界隈

週末の今日は、夕方に桜木町駅から野毛界隈を歩いた。県下のガイドクラブが集まっての研修で、今回は横浜がホスト役。あさ坊の友人でもあるT氏もそのメンバーの一人であるが、今度の理事改選でお役御免となったらしい。従って、世話役の中に彼の姿はなかった。

あさ坊のクラブに入った案内状には、「あぶない刑事のロケ地を巡る」とあったが、あさ坊は夕暮れ時の野毛に惹かれて参加。正直、あぶデカにさほどの興味も関心もなくどうでも良かったのだが、結果的にはホスト内部の意思の疎通が悪かったとみえ、末端のガイドにはロケ地巡りはほとんど伝わっていなかった。

新本堂建立の成田山と野毛の飲み屋街を探索すると云うのが、彼らのガイドの目的であった。JR桜木町駅は新橋・横浜間に日本最初の鉄道が開通した当時の横浜駅。明治維新からわずか5年で、鉄道を開通させたとはナントも凄いことではないか。いつも感心する。見物客に多くのちょんまげ姿が見られても当たり前なのだ。

ガス工場の跡地は現在小学校。これも明治5年の話だ。神奈川奉行所跡、掃部山公園、伊勢山皇大神宮、成田山(野毛不動尊)、横浜にぎわい座を廻り、最後に都橋ビル(ここにあぶデカのロケ地があった)と云う、野毛の戦後再開発で誕生した商店街を探索。解散する頃には赤い灯、青い灯が巷に点滅する妖しくも賑々しい黄昏時の野毛の街となっていた。戦後しばらくは、街娼も多かった。今はその雰囲気はなくなったが、街全体にその空気は残っている。

我々もその余韻のおこぼれに預かるべく、魚がうまそうな店を見つけて入り込んだことは云うまでもない。

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