ラジオ

2018年8月21日 (火)

あさ爺の徒然日記(958) 8月19日(日) 二十四の瞳

この夏、テレビとラジオで「二十四の瞳」が流れている。テレビでは映画で上映された黒木瞳主演の作品。以前に田中裕子主演の映画も見たが、やはり何度も見た高峰秀子の印象が強い。木下恵介監督の代表作としても名高い作品だった。今年は壺井栄の没後50周年にあたる年だそうで、NHK第二放送の平日午前9時45分から作品の朗読も放送されている。朗読は女優の藤澤恵麻。彼女はあさ爺の高校の後輩でもある。つまり、舞台の小豆島と同じ香川県出身の俳優が、作品に忠実に讃岐弁まる出しで朗読。だから西郷どんのように、わざとらしい薩摩弁とは違って、耳にすんなりと入って来る。大石先生のモデルは原作者壺井栄の妹と云われている。そして、この季節に放送されたり放映されたりするのは、一女教師の眼で戦争を鋭く見つめ、戦死を美化したりしない反戦小説だからなのだ。未来にも読み継がれて欲しい作品である。

2018年3月 7日 (水)

あさちゃんの鎌倉日記(518) 3月5日(月) 最後の放送

足かけ7年間続いたFMかまくらの出演。放送回数にして40回、その前のゲスト出演を含めると約45回の生出演でした。幸い、一度の欠席もなく皆勤できたことにまずはホッと一息です。昨年前半に体調を崩したことがあり、それを機会にパートの仕事も鎌倉や藤沢でのガイドも大幅に縮小。従って、このままいつまでもフリーガイドを名乗って放送を続けることに、いささか後ろめたさも感じていた矢先でもありました。

そのガイドの中には毎年訪ねて下さるルーマニアの観光団もありましたが、それもブカレストの本社にご連絡して今年以降のガイドを辞退させていただきました。期せずして、75歳を境に老い支度、即ち終活を一つづつ進める結果に。

そんなことも云っておれないのが孫からの緊急ヘルプ要請。今日も、放送終了後に鎌倉から都内の尾久まで電車を乗り継ぎ、吹きすさぶ嵐の中、満6歳の孫を背中にオンブして爺ちゃんはかかりつけの小児科へ。この嵐では婆ちゃん一人で連れてゆくのは難儀なことで、終活中とはいえあさちゃん爺さんも少しは役に立ったかなと。おかげでHくんも快方に向かっています。

2018年3月 4日 (日)

あさちゃんの鎌倉日記(516) 3月3日(土) FM放送卒業へ

ひな祭りで昔風に云えば桃の節句。しかし、梅が見頃の季節で桃にはまだ早い。やはり、こうした昔の行事は旧暦の方が季節的には合う。因みに今年の旧暦では4月18日がその日にあたる。

ところで、あさっての3月5日の放送で、足かけ7年間続いたFMかまくらの生放送出演を卒業することとなった。2011年、つまり東日本大震災のあった年の7月にスタート。観光客が激減した年で、日本人はもとより原発災害の影響で、外国人観光客はほぼ姿を消した。そんな中でスタートした「あさちゃんの鎌倉の観光案内」だった。

パーソナリティの女性もYさん、Sさん、Aさんと代わり、現在のTさんも今月で辞められる。あさちゃんも今は鎌倉のガイドを縮小していることもあり、いい潮時でもあった。つたない放送にお付き合いくださった地元のリスナーの皆さんにも、心から感謝申し上げます。最後の放送ではフリーのガイドとしての立場から、鎌倉の観光に関しての自分の思いをお伝えして幕を下ろしたいと考えている。    放送は3月5日(月)午前10時40分頃の予定。

2018年2月 1日 (木)

あさちゃんの鎌倉日記(515) 1月31日(水) 鎌倉のパン屋さん

NHKテレビで全国放映されたパン屋さんが鎌倉市常盤にあり、休業中とわかっていたが場所を確認するため車を走らせた。いささか不便な場所であり、放映された後に休業された為に「穴場のパン屋さん」だが、モチロン訪れる人もない状態。

鎌倉は鎌倉仏教の聖地であり、お寺が市内に100近くあると云われている。しかし、明治の廃仏毀釈で多くが廃寺となり、代わって増えたのがキリスト教会。人口当たりの教会数は長崎に次ぐ。更に多いのがベーカリーショップなのだ。観光客が多いこともあるが、教会と同じ理由で別荘地として発展したハイカラな歴史と関係があるようだ。

番組では市内に100店舗以上と報じられていたが、実際にはどうなのか?今日、下見した店も週末しか営業していない店で、そのようなプチ店舗が多いのが鎌倉の特徴。趣味と実益を兼ねたお店で、あまり派手な商売は考えていない。レストランやカフェにも多いスタイルだ。観光シーズンだけの営業と云うわけ。さすがの鎌倉も、1月の平日だと渋滞もなく走り回ることができた。

2018年1月 8日 (月)

あさちゃんの鎌倉日記(512) 1月8日(月) 初FM

ほぼ1ヶ月ぶりの鎌倉日記です。モチロン、今年初めての「初鎌倉」であり、「初FMかまくら」でもあります。新年早々、遅刻しそうになり焦りました。今日は成人の日の祝日で、バスが休日ダイヤだったのです。鎌倉駅からのバスも少なく、由比ヶ浜通りにあるスタジオまで急ぎ足で間一髪セーフ。駅からのバスよりも先に到着できました。

深呼吸して息を整え、今年最初のトークです。パーソナリティのTさんがインフルエンザで降板、ピンチヒッターのUさんとお喋り。ナントカ、話をまとめました。毎年のことですが、1月放送分は各寺社の新春行事が多いので、その紹介で他の雑談はなしです。

終了後、近くの甘縄神明神社に初詣。鎌倉最古の神社です。川端康成の「山の音」にも登場するお社。拝殿前からきらきら光る海が臨めました。しかし、青空もここまで、急に雲が広がってポツポツ降りだし、笹目と大町のお店の下見が終わった途端に、本降りになりました。予報よりも早い。晴れ着姿の成人式のお嬢ちゃんたちが気の毒でした。なんだか、成人式と共通一次ではいつも雨や雪になってる感じ。ま、新成人の皆さん、おめでとう!

2017年11月 7日 (火)

あさちゃんの鎌倉日記(507) 11月6日(月) FMかまくら出演

今年最後のFM出演。鎌倉駅から徒歩25分のスタジオまでは、雨が降らない限りは歩くことにしている。リハビリの訓練にも静かな住宅街や吉屋信子旧宅跡を辿るこのルートはいい。

今日は台風21号で江の島の岩屋に被害が出て、復旧の見通しが立っていないことにも触れた。鎌倉には大きな被害は出ていないが、総選挙の投票や鎌倉市長選挙も重なって、松尾市長は大変だったらしい。開票当夜も自らの選挙事務所ではなく、市役所で災害対策に備えて詰めていたと云う。さすがは松尾さんだ。モチロン、消防や警察が厳戒態勢を取っているさなかに、万歳三唱できるわけでもないだろう。

長谷近くのスタジオを出て、由比ガ浜通り、若宮大路を歩いて、鶴岡八幡宮の菊花展を覗いた。更に茶房有風亭の女将さんを訪ね、来月のガイドについて打ち合わせ。建長寺塔頭禅居院梅洲庵杮落しの原田寛写真展を鑑賞。最終日で写真家もホッとした表情だった。「kamakuraさくら」にも久しぶりに立ち寄る。宝物風入れで昨日までは忙しかったが今日はヒマなのよとママさんの弁。茶房有風亭の女将もおんなじことを言ってました。今日もよく歩いた。

2017年9月12日 (火)

あさちゃんの鎌倉日記(500) 9月11日(月) FM放送に出演

久し振りにあさちゃんの登場、しかも500回の大台です。北海道旅行の為に1週間ずらしていただきました。その旅の話も少しさせていただきました。

前回から専任のお相手役(パーソナリティ)の女性がいなくなり、殆どを一人でおしゃべりしましたが、さすがにしんどかったので、今日は番組担当のTさんに助け舟を出してもらいました。永六輔や桂歌丸のようなお喋り上手の大ベテランなら何時間でも大丈夫でしょうが、あさ爺には15分足らずの独演会は荷が重い。

鎌倉の駅前で所用を済ませ、逗子へ向かいます。旧知の写真家の個展を鑑賞。ご夫妻ともお元気なご様子に、お互い再会を喜び合いました。写真家は川嶋一成氏で磯辺に生きる生物に愛情を注ぎ続けておられます。退職後のライフワークですが、著作もありプロのカメラマンと云っていいでしょう。

逗子はモチロン、鎌倉を歩いたのも久しぶりのことでした。来月からボチボチ鎌倉でのガイドを再開できるかなと思っております。

2017年7月 5日 (水)

あさちゃんの鎌倉日記(494) 7月3日(月) 7年目のFM放送

2011年7月にYさんに誘われて、スタートした「FMかまくら」の放送番組。ささやかなローカルメディアではあるが、それでも名前を冠した冠番組。まる6年が経過して、今日放送分から7年目に入った。

実はそのYさんが6月で降板され、心細い再スタートではあった。体調を崩した時でもあり、これまでパートナーとして支え続けてくださったYさんの引退に合わせて身を引こうかとも考えたが、ガイドの方はささやかでも継続することもあり、Yさんから強く勧められたこともあって、初心に返って頑張ることを決めた次第。ただ、今回からは相手役を専門に努めて下さるパーソナリティの方が不在となり、しゃべり方に工夫が必要となった。

ガイドのつぶやきの中では、鎌倉に国立博物館がないのが残念・・・と。東京はモチロン、京都や奈良など各時代の政治の中心地に設置されてきた国立の博物館。当然、鎌倉にあってもおかしくない。奈良の平城宮跡のように、鎌倉幕府跡地も国の手で復元して欲しいものと、マイクを通して訴えた。ま、犬の遠吠えではあるが・・・。

2017年1月 9日 (月)

あさちゃんの鎌倉日記(182-1009) 1月9日(月) 初放送

新年最初のFM放送日。暦流に云えば初放送?か。1月は初観音、初天神、初大師、初不動に、夢を見れば初夢、荷物を運べば初荷、商売すれば初売り・・・。年の暮れから正月にかけてを、鎌倉ゆかりの俳人高浜虚子は「去年(こぞ)今年貫く棒の如きもの」と詠んだ。同じような風景が続いていても、新年ともなれば「初」との枕詞がつく。その流儀で更に云えば、あさちゃんの今日は「初鎌倉」でもある。

パーソナリティのAさんが番組を降りられてからは、Yさんとの2人でのお喋りとなった。その分、口を開く時間、回数が増えて、これは決して楽ではない。また、以前のように毎日、鎌倉で定点ガイドや道案内、諸々のガイドをやってた頃であれば、話す材料にも事欠かないのだが・・・。

観光客の方は、ホントに全国各地から、世界各地からやって来られる。その一期一会の出会いがすべて面白いエピソードであり、物語にもなった。今は、そのようなスタイルからは身を引いて、月に何度かのガイドで余生を過ごしているものだから、そんなに面白い話が転がっているわけでもなく、スタジオに向かう道すがら、さて今日は何を中心にお話させていただこうかなと、結構アバウトな放送準備なのです。

だから生放送中もアドリブばかり。公共の電波にふさわしくない言葉を使わないよう、それなりの気遣いはしてますけどね。あさちゃんは小さい時から、あがり症で対人・赤面恐怖症。人前に立つとガタガタ震えるのが特技だった。それが嫌さに、人前に立たなければならない偉い人には決してならないことを肝に銘じて、気が付けばもう後期高齢者まで1年を切ってしまった。

要するに、完璧を期して準備すると、却って緊張してろくなことはない。だから、敢えていい加減な、不謹慎な態度で臨んでる次第。このアバウト放送も今年で足かけ6年目を迎えるようだ。ありがたいことではあります。ハイ

2016年9月25日 (日)

あさちゃんの鎌倉日記(178) 9月5日(月) かまくらFM出演

かまくらFMのスタジオは、由比ガ浜通りにあり甘縄神明神社参道の入口にあたる。いつもは1階のサテライトスタジオで生放送するので、道行く人からもガラス越しに見えるし、放送中に手を振ってアピールすることもある。

しかし、今日ばかりは目の前に御仮屋(おかりや)がど~んと置かれ、放送は3階のスタジオに変更となっていた。甘縄神社の例祭に向けた準備だそうだ。そう云えば去年もその前の年もそうだった。この神社は鎌倉でも最古の歴史を誇るお宮で、川端康成はこの神社の森を念頭に「山の音」と云う作品を残した。その川端邸は神社のすぐそばにある。

ところで、放送も足かけ5年を経てきた。パーソナリティを務めておられたAさんがこの度番組を降板され、お相手は前回からYさんと二人でいろんなおしゃべりをしている。今回はこの夏に出かけた西国札所巡りのお話とそれに関連して、坂東や鎌倉の三十三観音霊場巡りのお話をさせていただいた。

Yさんはあまりこの方面にお詳しくない。つい、皆さんご存知だろうとの前提でお話をしがちだが、それはマッタクの独りよがりだ。限られた時間の中で、リスナーの方にもわかりやすいようにお話しなければならない。でも、結構難しいことだ。

今日もいい天気だったので、江ノ電の踏切を越えてKKRの宿舎「わかみや」へ行きフロントと打ち合わせをする。今日は江ノ電沿線での用事が重なったこともあり、藤沢駅で「のりおりくん」と云うフリー切符を求めた。

FMへは由比ガ浜駅で下車。KKRの後は和田塚駅から江ノ島駅まで行き、観光センターへ。そこで所用を済ませ、賑わうスバナ通りの食堂でお昼を済ませ、今度は柳小路駅まで電車に揺られて行きつけのマッサージ師さんを訪ねた。

最近は70肩(こんな症状はないか?)に悩まされている。ももこ先生からは加齢からくるものと云われそうだが、遠慮されてかそこまではっきりとはおっしゃらない。カレイよりも「カロウ」の方が良くないことはわかっている。しかし、帰宅してからも市民センターでの地区防災会議が控えており、これではホントに過労となってしまいそうだ。

中堅サラリーマンのような真似事は、後期高齢者直前の年寄りには似合わないと反省しきりである。

より以前の記事一覧

無料ブログはココログ
2018年8月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31