湘南

2018年3月25日 (日)

あさ爺の徒然日記(829) 3月23日(金) 3月の宿場寄席

大相撲春場所が13日目を迎えて、優勝争いは大詰めを迎えている。今場所も折角白鵬が休んでくれたのに、日本人力士は早くも脱落しつつある。相撲の世界で外国人だ、日本人だと云ってるようじゃ時代遅れなのか?しかし、あさ爺はいまだに割り切れないものを持っている。

柔道や空手では感じないこの違和感。何故だろう?と自分でも思う。まず、日本古来の神事が継承されていることと、江戸の昔より「江戸の大関よりもおらが国の三段目」と言い慣わされてきた郷土意識が強くインプットされているせいかと。柔道なんかにはそんな言葉はゼロではないが余り云われない。

落語の世界でもそれ程強くは意識されない。大月の小遊三に秩父のたい平とは笑点の影響。その落語を聴きに藤沢宿交流館での「宿場寄席」に出かける。2度目の今日は三遊亭萬橘と三遊亭好吉のお二人。よく笑わせてくれた。春休みで子供も何人か来ていたが、ひときわ甲高い笑い声をあげている。古典落語の世界でも落語家の仕草が面白くて、年寄り以上に素直に楽しんでいる。無料なのでいつも満席のようだ。爺と婆が殆どでほぼ半々。ヒマ人が多いわけだ。

2018年3月 4日 (日)

あさ爺の徒然日記(812) 3月2日(金) 藤澤宿ひなめぐり

藤澤宿ひなめぐりと云うイベントが開催中。宿場町で商いをしていた古いお店とかで、昔のお雛様を展示している。遊行寺の境内で営業している和菓子店「いもと」では、先々代のおばあさまが大事にしておられたお雛様が。数年前までは移転前の店舗の店先でお客様とも、にこやかにお話をされておられた。101歳の天寿を全うされた。

「旧石曾根履物店」では昭和の雛壇飾りの他に、大正から昭和にかけてのお店の営業日誌なども展示。もう今では営業されておられないが、関東大震災の後に建てられたお店の建物は築95年目。昔ながらの店先に、当時の履物も展示されていた。店を閉じられた時の奥様も、いいおばあちゃんになられて、昔話をいろいろと聴かせていただいた。

その他、数軒の展示場をカミさんとハシゴして、最後は「ふじさわ宿交流館」の吊るし雛を見る。もう、昔の面影が少ない藤澤宿ではあるが、最近は観光案内板や古写真の展示も増えてきて、それなりに昔を偲ぶ工夫もなされている。藤沢市は江の島だけではないですよとの、地元の熱い思いが伝わってくる。

2018年3月 3日 (土)

あさ爺の徒然日記(811) 3月1日(木) 曾我梅林ウオーク

高校同期の仲間5人で、小田原近郊の梅の里「曾我梅林」を歩いた。関東地方は未明から春の嵐であったが、家を出る頃には青空が広がり始めた。幹事のI君は山のベテランで冒険家としても知られている(但し、仲間内で)。しかし今日は登山ではないとの誘い文句があり、ならばと出かけたわけだが結構キツイ登りがあった。

曽我山の中腹にある見晴らし台からは眼下に足柄平野と35,000本の梅林が広がり、秀峰富士山から箱根の連山が大きく広がる絶景。あさ爺には日頃から見慣れた馴染みの山々とも云えるが、埼玉県から来た2人は撮影に忙しい。プロのカメラマンW君もいるので、出来上がりの写真が楽しみだ。

この辺りは仇討で知られた曽我兄弟ゆかりの郷でもある。法蓮寺、兄弟の母親満江御前の墓、二宮尊徳遺髪塚、東光院と廻り、宗我神社を遥拝してスタート地点のJR御殿場線下曽我駅へ。4km程度の散策だったが、紅枝垂れ、紅梅、白梅に加えて河津桜もいずれもが満開。梅まつり開催中だが、平日と春一番の強風予報で客足は静か。まつりは3月4日で幕となる。

2018年1月30日 (火)

あさ爺の徒然日記(782) 1月30日(火) 藤沢七福神めぐり

風邪も癒えて一念発起、地元の七福神巡りにカミさんと出かける。ここ藤沢では1月7日から1月31日までがご開帳。つまり七福神巡りとしては最後の駆け込みのようなもの。ただ、今日の冷え込みは半端じゃないので、江の島弁天橋を歩いて渡るのは寒くて辛いし、半日で廻るには忙しいと云うことで、結局車で廻ることにした。

養命寺(布袋)→皇大神宮(恵比須)→龍口寺(毘沙門天)→江島神社(弁財天)→常光寺(福禄寿)→白旗神社(毘沙門天)→諏訪神社(大黒天)→感応院(寿老人)の8ヶ寺社を廻ったが、さすがに車だと楽々巡り。しかも江島神社も石段がきついので、エスカーを利用すると云うぐうたらぶりだ。

龍口寺では鎌倉ガイド協会の下見ご一行さまに遭遇。旧知のM氏やNさん達とバッタリ。今年初めてなので新年の挨拶を交わすべきだったが、すっかり頭から抜けてしまった。来月のBコースの下見で、これは今度の訪問ガイド研修の鎌倉担当のコースでもある。山門の彫刻について質問攻めにあったが、これは確かにガイド泣かせの難所だ。

2017年8月24日 (木)

あさ爺の徒然日記(637) 8月23日(水) 再び「モース展」へ

日大博物館の「モース展」を再び見たくなり出かけた。今日は「処暑」で暑さも次第におさまり、秋の涼気がしのびよる日だそうだ。しかし、これまでの涼しい夏がおさまり、一転厳しい残暑に見舞われた一日となった。

あさ爺の棲家からだと日大藤沢キャンパスへは歩けない距離ではないが、この炎天下、しかも療養中の半病人には不可能なので車で出かける。幸い、このキャンパスは緑がいっぱいで木陰の中を散策できる。

時折、冷房の効いた建物で涼んだりしながら、まずは図書館棟の中にあるレストランでランチ。今日はカミさんに付き添いを頼んだが、2週間前に入ったばかりのレストランの場所がわからず、ボケがひどくなっていると叱られて、ひどく落ち込んだ。

最近、勝手に間違った思い込みがインプットされて、後でナンデあんな間違いを・・・と後悔することが多い。認知症は忘れた頃にやって来るのではなく、どうやら間違いなく現在進行形のようだ。

夏休み期間中でも、熱心な学生は勉学に励んでいる。ここは生物資源科学部と云うこともあり、緑が溢れていて夏場の散策には助かる。午後は博物館でじっくりと江の島ゆかりのモースの足跡を辿った。ボケても知識欲旺盛なあさ爺なのです。

2017年8月 7日 (月)

あさ爺の徒然日記(615) 8月1日(火) 引地川流域に避難勧告

午後から激しい雷雨となった。こんな予報ではなかったので仰天する。カミさんは所用で東京に出かけており、サテ、傘は持って行ったかな?日傘ではなかったか?

暴風を伴っているので、再び、空け放っていた窓を大急ぎで閉めるが、間に合わずにだいぶ降り込んでしまった。室内に置いていた防災ラジオが、突然、絶叫を始めた。藤沢市内の各地域に避難勧告が発令されたとのこと。引地川の水位が氾濫危険水位に達したのだ。こりゃタイヘン。急いで、テレビのスイッチも入れる。

上流の海老名では1時間に120mmの猛烈な雨が降ったと・・・。幸い、あさ爺の住処は勧告の出た地域でも川からは少し離れており、高台でもあるので避難まではせずに済んだ。ただ、市内で冠水の被害が出ているとのことで、駅まで車で迎えに行くのが、どうなるか心配だった。途中に冠水の恐れがある箇所があったのだが、幸い、激しい雨のなかではあったが、無事、駅まで往復することができた。

山の中や川の側だと、ホントに怖い思いをするだろうなと、ひとまず胸をなでおろした8月の初日でした。

2017年7月13日 (木)

あさ爺の徒然日記(596) 7月10日(月) 烏帽子岩遊覧

Y会の例会で、茅ヶ崎海岸の沖合にある烏帽子岩を周遊船に乗って見物した。自宅療養中の身なので最後まで参加に迷ったが、薬の効果もあって症状が安定してきているので思い切って出かける。

烏帽子岩は茅ヶ崎サザンビーチの沖合1.4kmに点在する大小30以上の岩礁群。形が昔の烏帽子に似ていることから、そのように呼ばれてきた。長い砂浜が特徴の湘南海岸にあって、江の島と共に目立つ存在でもある。

戦後は米軍の砲術訓練の標的にされて、形状が崩れる等の受難の歴史も刻んでいる。あさ爺も海岸から眺めて楽しむものと思っていたが、幹事の計らいで周遊船に乗って岩礁を一周する40分の遊覧が実現した。

普段は釣り客を運ぶ小型船なので、波をかぶったり上下に大きく揺れる中、島を廻る。なかなか得難い体験であった。正式名称は姥島(うばじま)。昔は神社の鳥居もあって、姥母神社と云う海の神様も祀られていたようだ。釣り客以外は原則として上陸はできないので、岩礁に生息する生き物などを観察することはできないが、資料によると様々な生物がいるらしい。

梅雨の合間の炎天下、楽しい体験であった。

2017年7月 7日 (金)

あさ爺の徒然日記(594) 7月7日(金) 平塚七夕祭り

今日は「小暑」。そろそろ暑さが厳しくなる頃とされているが、イヤハヤもう十分に暑い。九州北部の豪雨は、北九州市に移動して更なる被害が懸念されている。

鶴岡八幡宮では七夕祭が行われている筈だが、今年はしばらくご無沙汰していた平塚の七夕祭りを見物することに。暑さが厳しくなる前に、しかも一番空いている初日の午前中を狙って一人で出かけた。それでも駅の構内は臨戦態勢で、七夕飾りの商店街は多くの人で混雑していた。

中心部で約500本、市内全域では約2,000本と云われる七夕飾り。今年は稀勢の里に高安、藤井聡太四段も登場している。曇ってる方がいいとは思ったが、青空の炎天下。自称半病人のあさ爺は、倒れても織姫さんが助けに来てくれる保証はないので早々に引き揚げる。それでもアーケード街の中心部の飾りは堪能でき、雰囲気は十分に味わえた。

今まで、仕事が入ったりして出かける機会のなかった地元の行事やイベントに、無理のない程度に行ってみたいと・・・。生きている間に見られるものは見ておきたい。遠方であれば諦めるが、せめて近くなら・・・。

2016年9月24日 (土)

asajiroの湘南日記(137) 8月31日(水) 真夏の仕事

7月から8月にかけて今夏も猛暑が続いた。その暑さの中で連日のように仕事が入り、asajiroはいささかバテ気味である。この老いた身に暑い中での仕事はコタエルが、その年寄りを雇ってくれていることには大いに感謝しているのも確か。

ほぼ2日に1回の割で招集がかかり、いそいそと出かける。出かける先は様々だが、それが又楽しい。この夏は海に面した現場が多かったことも、真夏の輝きが感じられて満足している。横須賀、湘南台、逗子、藤沢、鵠沼海岸と云った風光明媚な場所が多い。

仕事の合間には自治会の仕事で、担当の防災訓練が繰り返し実施される。熊本地震が起こってからは、参加者にも緊張の色が現れている。asajiroは歳でもあり、若い人と同じようには動けない。それが防災の責任者なのである。高齢化社会のひずみでもある。そのうえ、これから先長い避難生活を続けてまで、長生きをしょうとも思わない。あのストレス100%の避難所生活に耐えられる自信はハナからない。

その前に建物の下敷きになるやも知れず、生きるも死ぬるも運次第。こんな無責任な考えの持ち主が、自治会の防災を担当している。そのasajiroも多くの子どもたちだけは絶対に助けたいと思っている。未来ある人生を災害ごときで落とさせてはならないと。

仕事現場の眼前に広がる海岸には、多くの海水浴客が見える。サーフィンを楽しむ若者の褐色に焼けた肌も見てとれる。湘南の夏だとつくづく思う。夏の暑さとヒマのなさで、特に8月はあっと云う間に終わろうとしている。リオでやっているオリンピックもほとんど見る機会がなかった。asajiroの今年の夏は終わった。

2016年7月16日 (土)

asajiroの湘南日記(136) 7月13日(水) 高齢者講習

この1ヶ月はお梅雨さんと過ごしている。前回のasajiroのリポート以後、世の中は激しく動いているが、まずは平穏且つ小市民的なわが生活を振り返ってみると・・・。

6月8日は歯科の6ケ月点検で、痛くも痒くもない歯のあちこちを削りまくられて気の弱いasajiroは、大口を開けたまま号泣した。お掃除しましょうねと、優しいお姉さんによだれかけをかけて貰って、ニヤニヤしながら目じりを下げて座った途端に、優しげだった姉さんは奪衣婆(だつえば:地獄の入り口で出迎えてくれる婆さん)に変身、もう恐ろしくて目の開けられない状況に陥ってしまったのです。考えてみれば6月8日は、「無茶な日」とも読める最悪デーだったのです。ハイ。

11日は地元にあるお寺さんを所用で訪ねました。寺庭(じてい:ご住職の奥様)さんにお目にかかっていろいろお願いをして参りました。この日は11日と云うことで、とても感じの「いい」ご婦人でした。

13日は小田急の六会日大前駅に所用で人と待ち合わせをしていましたら、旧知の小学校の先生であるNさんとバッタリ出会いました。鎌倉のS小学校におられた時に何度かお会いしましたが、そこを退職されてこの近くの小学校に移られていました。彼はタイ語に堪能で、以前、八幡宮でオレンジ色の僧衣を身に纏ったタイの僧侶10人位と出会った折、Nさんはそのリーダー格とおぼしき方と親しく会話をされました。鎌倉でタイ語を話せる市民と出会ったことで、感激したのはタイのお坊さんたち。たちまち取り囲まれて、いろいろ会話が弾んでいました。草の根国際交流でしたが、ニホン語しかしゃべれないasajiroは、ただただ感心するだけ・・・。

22日は茅ヶ崎の史跡巡りに参加。大岡越前守の菩提寺として名高い浄見寺や高座郡衙(たかくらぐんが)跡の下寺尾遺跡群などを見て回りました。

6月23日、26日、30日、7月1日と藤沢市内藤が岡の現場で仕事、5日、6日、7日は3日連続で逗子市小坪の現場に通い、更に8日、11日は横須賀市久留和の現場通いと梅雨の雨やら、真夏の日照りの中を仕事にも励むasajiroでした。10日は、カミさんと参院選の投票に。12日にもカミさんを誘って、所用で慶応湘南藤沢キャンパスに。当然のことながら、教室には真面目に授業を受けている学生たちが見られます。女子学生が多いのが特徴でしょうか?福沢諭吉さんはasajiroの財布の中にはいませんが、キャンパスの中で胸像となって目を光らせています。

そして今日13日、初めて高齢者講習を自動車学校に出かけて受講しました。教室内にはハンドルと画面がセットになった装置が並んでいます。ゲームコーナーでよく見かける奴に似ています。asajiroは失敗ばかりしましたが、ナントか通してくれました。代わりに孫を連れてくれば良かったと後悔します。チビの方がはるかにウマい。

眼の検査装置も並んでいて、下手な眼科やメガネや顔負けです。ここでも目をパチクリしながらもナントかパス。最後は難関の実車です。自動車学校は免許を取って以来半世紀ぶりですから、そこの車で学校内のコースを走るのも当然のことながら半世紀ぶり。昔とほとんど変わっていません。チョコチョコ走っては停まり、左右を見てはまた走り出す。後輪が2度も縁石に乗り上げるど派手な事故も起こしながら、これもナントかお慈悲で合格です。

無事、終了証をいただきましたが、とても疲れました。週に何度か運転していてもこの体たらく。そうそう、認知症の検査は次回にはありそうです。問題例を教えてくれましたが、もう覚えていません・・・。

そして、世の中、参院選の後は都知事選。恒例の人気投票が始まります。

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