史跡巡り参加

2017年8月 3日 (木)

あさ爺の徒然日記(610) 7月27日(木) 辻堂諏訪神社例大祭

EFGの募集案内に一般客として参加する。真夏の企画である為半日コースであること、リハビリ中の身ではあるが徐々に慣らしてゆかねばとの思いもあって参加。あさ爺は休会中なので、もう半年近く会ってないメンバーがガイドをなさっている。

JR東海道線辻堂駅をスタートして、旧東海道一里塚跡、四ツ谷不動堂を廻り、明治郷土資料室を見学。ここには今から歩く予定の耕余塾跡等の資料が展示されている。この私塾は吉田茂が学んだことでも知られる。

ここからその耕余塾や羽鳥御霊神社を巡るコースは、勝手ながらお断りしてショートカット、東海道線の踏切を越えて真言宗の宝珠寺へ先回り。境内の菩提樹の木陰で、一行の到着を待つ。実がたくさんぶら下がっている。蝉が休みなく鳴き続ける。あさ爺は真夏のお寺の境内が、何故か好きなのだ。しかし、さすがに古稀を過ぎ、病を得てからは無理はできない。

辻堂には昔からの道路が入り組んでおり、その辻々にお寺やお堂が点在している。地名や駅名の由来でもある辻堂は、そこからきている。その辻堂の総鎮守が諏訪神社。今日は例大祭でもあり、住宅街の狭い道路にも、露店がぎっしりと並んでいた。名物の4つの町内会の山車も、午後には勢揃いする。鐘や太鼓の音がいつまでも、耳に心地よく残った。夏祭りは楽しい。

2017年4月18日 (火)

asajiroの湘南日記(147-1030) 3月28日(火) 地名の会

3月11日(土)、東日本大震災の日である。この日、地名の会の例会があり、藤沢市の辻堂・明治地区を歩いた。昔の東海道藤沢宿を京寄りに出た辺りで、それなりに史跡が点在している。帰宅した後に、追悼式典の映像に合わせて、黙とうを捧げた。

3月12日(日)、自治会の引継ぎを行う。管理組合も自治会も、引き受け手がなく毎回抽選に頼っている。自治会はそれでも持ち回りなので逃げることが出来ないが、ここでも会長職は皆さん逃げ回る。

3月27日(月)、荒れ模様の天気の中、江ノ電に乗ってマッサージに通う。最近は肩の凝りがひどい。ももこ先生の指が患部を攻撃?して心地よい。

3月28日(火)、藤沢市藤が岡の現場で終日仕事。桜の並木が美しい場所だが、まだ咲きそうにない。早い年なら満開であってもおかしくないのだが。

2017年3月10日 (金)

あさ坊のぶらりハマ歩き(88-1022) 2月21日(火) 日吉キャンパス

2月16日(木)、元の会社OB仲間で作っているU会の会合に出席。はっきり言えば今回に関する限りは、飲み会である。いつもなら史跡巡りで歩くのだが、冬場は年寄りには寒さがこたえるので初めからお店に避難。

この日はあさ坊がセッティングして、東白楽駅のすぐ近くにある「わんこそば たち花」。以前にも紹介したことがあるが、ホテルで働いていた時の同僚だったK子さんが女将さん。齢を感じさせない若々しさと美しさを保っておられる。

U会も新年最初の会合は、このお店で開くことが恒例となった。ただし、わんこそばを召し上がる元気は誰にもない。

2月21日(火)、藤沢地名の会のさがみ探訪で日吉と大倉山を散策。慶応大学の日吉キャンパスはその昔に少しばかり立ち入った記憶はあるが、ほとんど覚えていない。

学生時代、あさ坊は県人寮で4年間を過ごした。生活費に事欠くビンボーな学生を保護救済するために、旧藩のお殿様が設立された育英会が運営していた。しかし、何故かこの貧乏長屋にも何人かの慶応ボーイが紛れ込んでいた。貧乏で且つ優秀な学生であることが入居条件だった。彼らは恐らく前段の条件が見落とされていたのだろう。逆にあさ坊は後段の条件をゴマ化した。

そのボーイたちとも終生の友となるのだが、彼らも教養課程ではここで学んだのかと感慨にふけった。ま、半世紀も昔のこと故、キャンパスは様変わりしている筈だ。今日はその構内に点在する海軍の戦争遺跡を巡る。裏を返せば、当時はほとんどが残っていたのだろう。現在は、その多くが既に取り壊されてしまっている。学食でお昼をいただく。同じ慶応でもSFC(慶応湘南藤沢キャンパス)の学食の方が設備も味も勝っているように思えたが・・・。

午後からは大倉山記念館と梅林を見物。記念館も戦時中は軍の気象情報基地だったそうだ。あさ坊も初めて入館し、塔屋まで見学させていただいた。これまで気にはなっていたが、機会がなかった。梅林は想像してたより本数は少なかったが、ピンク色のしだれ梅が美しかった。

2017年2月23日 (木)

あさ爺の湘南・鎌倉ガイド(291-1020) 2月14日(火) モノレール沿線

2月9日、EFGの月例会に出席。会場設営の当番だった為、早く出かけて一番乗りだったが、これはバスのダイヤの関係でこうなっただけ。

2月14日はそのEFGの募集に、一般客として参加した。江の島のイルミネーションの見学が目玉なのだが、12月の初めに既に見物していたことと、地域の防災会議が夜に行われるため、島の手前にある片瀬の常立寺までの参加とした。

午後1時に集合し、大船から湘南モノレールを乗り降りして、まずは沿線の古刹や神社を廻る。ガイドは同期のY氏。先月の七福神巡りの際にも、彼のガイドであった。

町屋で下車して、鎌倉幕府終焉の戦いとなった古戦場の跡や大慶寺、等覚寺と廻り、深沢から西鎌倉まではモノレールを利用。龍口明神社に参拝。再びモノレールの客となって目白山下で下車。片瀬の本蓮寺と梅の美しい常立寺と歩いた。

今日の参加者は50名。しかし、あさ爺のように途中で抜けるお客さんもいて、最後の「湘南の宝石」と讃えられる江の島シーキャンドルのイルミネーションまで行かれる方は少し減りそうな予感。でも、これは企画としては面白いヒット商品の一つだろう。

帰りは湘南江の島駅から大船まで、再びモノレールに乗車。一日フリー乗車券を最後までフル活用させていただいた。

2017年2月11日 (土)

あさちゃんの鎌倉日記(185-1018) 2月7日(火) やぐら探訪

2月2日(木)、鎌倉経由で逗子市小坪へ。小高い丘の上にある現場へ仕事で出かける。ここも風光明媚な場所だ。富士山は見えないが、正面に伊豆大島、右は伊豆半島で、左は三浦半島が長く伸びる。

2月3日(金)は節分。若い頃には豆まきによく出かけた。命がけだったが、縁起のいい景品にも恵まれたことがある。しかし、もはやその元気は過去のもの。鎌倉の多くの寺社では今日も賑わったことだろう。

今日、2月7日(火)は鎌倉ガイド協会の史跡巡りに参加。風が強くて寒い一日になるとの予報だったが、見事に外れて穏やかな天気だった。鎌倉に特有のやぐら(中世の横穴式墳墓)を巡る企画なので、人気が出るとは思っていたが・・・。定員150名で打ち切りだった筈だが、ナント、参加者は225名に達したと云う。10日にも予定されているが、それにしても多い。

天園ハイキングコースにまたがる山道が、ハイカーならぬやぐら見学の参加者でごった返した。百八やぐら群、朱だるきやぐら群の内の主な遺跡を見て廻る。滑りやすい急坂が数ヵ所あり、ロープも張ってある。参加者の男女比は女性が約4割?か、男性は高齢者ばかりだし、女性もうら若い娘さんは見かけなかった。つまり、足元のおぼつかない老人とその予備軍。事故がなかったことを祈りたい(未確認です)。

やぐらの説明は省きますが、一見の価値はある。現在、確認されただけで1191ヶ所にのぼると云う。ほとんどが山の中に埋もれている中世の墳墓である。

2017年2月 1日 (水)

あさちゃんの鎌倉日記(184-1015) 1月30日(月) 鎌倉探訪有志会

1月24日(火)、鎌倉ガイド協会のCコースに参加。鶴岡八幡宮、西御門の来迎寺(材木座にも同名のお寺あり)、荏柄天神社、鎌倉宮を廻る半日コース。新年にふさわしく開運招福を願う企画。来迎寺では本堂拝観があって如意輪観世音菩薩さまに新年のご挨拶を申し上げる。鎌倉でも人気の観音様だ。鎌倉宮では正式参拝と神苑・宝物殿の拝観も。これが理由でもあろうが、この日の参加者は約140名。快晴だったが気温は低かった。ガイドさんはS氏。

27日(金)はカミさんと鎌倉でお食事。御成町にある「ヨシノ」で、ランチをいただく。なかなか予約が取れないレストランでこの日の予約も昨年の秋にお願いしていた。三浦の野菜をベースにしたフレンチだが、とても美味しいものの量が少々多かった。店内は女性客が大半で、オトコはあさちゃんの他にはやはり夫婦づれの方のみ。ご婦人たちにはあのボリュームはいかがだったか?男性グループはお呼びでない雰囲気だが、スタッフは親切で好感が持てた。

皆さん、お昼からワインをお替りされてお話も賑やか。オンナ同士はどうしてあのように途切れなく話が続くのか、チラチラ見ていて感心したあさちゃんでした。一つ、発見したのは若いママ友がいなかったこと。幼稚園や保育園の合間には飲めないだろうし、お値段も決してお安くはないからか。第一、予約が難しいお店だし。大巧寺から若宮大路、小町通のお店に立ち寄って、老夫婦のおだやかな午後の鎌倉散歩でした。

28日(土)には小坪(逗子市)の現場で仕事。風も弱く、相模湾の波も穏やか。はるか伊豆大島がきれいに見える。いつもは鎌倉経由で帰るのだが、駅前に週末だけ開店しているコロッケ屋さん目当てに逗子経由に。しかし、もうお店は閉じたのか、居酒屋さんになっていた。名物の「ずっしりコロッケ」を買い損ねた。

そして今日30日、1年ぶりに再開された鎌倉探訪有志会に参加した。主催者のI氏はガイド協会のベテランガイド。今日参加された約50名の方々は以前からのリピーターで、云わば彼のフアンの皆さま。石造物から見た鎌倉の歴史・文化がテーマ。

圧巻は光明寺の内藤家墓地。かなり昔に入ったことはあったが、今日は特別拝観が実現した。磐城平藩、更に転封後の日向延岡藩歴代の藩主や正室の巨大な墓碑が建ち並ぶ。延岡城の美しい勾配の石垣を思い出した。材木座海岸に近い場所なので、大津波が襲ったらどうなるんだろうと余計な心配がアタマの中をよぎる。大名家の墓地はどこも壮大なものが多いが、大体は山の中が多い。ここは外からも眺められる稀有な場所と云ってよい。

今日は五所神社と材木座の来迎寺に存在する石造物も見て廻った。I氏の体調が恢復されての今回の再開。生涯現役のようなガイドの神様と云えるようなお方。どうぞ、いつまでもお元気で、我々を楽しませていただきたいと願わずにはいられない。

2017年1月21日 (土)

あさちゃんの鎌倉日記(183-1012) 1月16日(月) 鎌倉七福神

ひさしぶりに鎌倉ガイド協会の史跡巡りに参加。史跡巡りと云っても今回は新年定番の七福神なので、お馴染みの寺社めぐりと云ってよい。北鎌倉での受付は旧知のCさんがお待ちしてくれていた。ガイドはG氏。これまでにガイドして貰ったことはないが、彼の方があさちゃんを知っていてくれて、江ノ電の車内で話しかけてきた。

北鎌倉で定点ガイドをしていた時に他のガイドさんから紹介してくれて知ったと云う。もう忘れかけていたが、そう云えばあの時の方だったかと思い出す。昨年も1度しか参加する機会がなかったので、新しいガイドさんとはほとんど面識がない。

あさちゃんも身内のあさ爺が藤沢で同じようなことやっているが、彼の話によると常連のお客様を覚えるには、それなりの時間もかかるらしい。ガイドはそこまで余裕のないことが多いから。G氏はお客さんとしてより、別の記憶で覚えてくれていたのだろうか。嬉しいことだ。悪い気はしない。受付名簿にあさちゃんの名前は一番最初に記載(50音順)されていて、事前にCさんからも「要注意人物」として話があったようでもある。これは有り難くない話だが。

今度の七福神巡りは半日コースで参加しやすい。途中は江ノ電を利用する。最後は長谷寺だったので、展望台で持参の弁当をひらいた。弁当とは名ばかりで、焼き芋とバナナである。焼き芋と云っても外見は、トンビの好きな油揚げと色が似ているので、チラチラとお空を見上げながらの昼食。

久米正雄の胸像がいつのまにかなくなっているので、観音ミュージアムの学芸員をなさってる方にお聞きしたら、下の境内に設置する「予定」とのこと。明後日は「初観音」。年の始めは、どこもお忙しい。

元旦以降、体調を崩していたこともあって、運動不足の身には境内の石段が結構きつかった。新しい年を迎えて、また、一つ歳をとったせいかもしれない。これで年明けから3度目の七福神巡りとあいなった。

2017年1月14日 (土)

あさ爺の湘南・鎌倉ガイド(288-1011) 1月13日(金) 藤沢七福神

今年は願掛けすることがいくつかあって、七福神巡りに積極的に出かけるつもりだ。カミさんが正月以来体調を崩している。その早い恢復を願うのもその一つ。

また、あさ爺自身、今年は待ちに待ってはいない後期高齢者突入の年でもある。阿弥陀来迎図のように賑やかにお迎えが来て下さるなら、そのサダメに従うもよし。しかし、長患いは望むところではない。本人もそうだが、家族にとっては厄介だ。口に出せないだけに、共に地獄に陥りかねない。

だから、あさ爺は「長生きできますように」なんては、口が裂けても祈らない。家族の平安は祈るが、その中に自分は入っていない。それやこれやでの七福神めぐりである。先日はasataroが葛飾柴又の七福神を代参してくれた。

そして1月11日には、地元藤沢の七福神巡りに参加して、諸々のことをねんごろにお願いして歩いた。いつもは主催者側のガイドとして、お客さまをご案内させていただいてる身であるが、この日は参加者の一人として江の島、片瀬、藤沢宿の各寺社を詣でた。

担当リーダーは同期のSさん。リーダー役は初めてらしいが、クラブ内の研修では何度かリーダーを務めている頑張り屋さんだ。馬を乗りこなせると云う特技をお持ちだ。この日も、ホントは馬で引率したかったに違いない。あさ爺のグループのガイドさんは、やはり同期のY氏。堂々たるガイドぶりで、あさ爺は逆に落ち込んだ。たまには、お客さんに混じって参加するのも、いい勉強になる。

翌12日はそのガイドクラブの月例会と新年会があった。あさ爺は仕事との両立が体力的にも時間的にもハードになってきたので、しばらくクラブの方はお休みしょうかと考えている。今は仕事を優先しなければ、老後?の生活が心配だ。幸い、あさ爺の所属しているクラブには、休会が制度的に認められている。七福神の神さまたちにお伺いをたてたが、答えはマチマチだった。しかし、カミさんの方は霊験があったのか、祈りが通じたのか、徐々に快方に向かってくれている。

今日は13日の金曜日だったが、今宵の満月は煌々と照り輝いていた。

2017年1月 8日 (日)

asataroおでかけ日記(160-1007) 1月6日(金) 柴又七福神

「藤澤地名の会」恒例の新春企画「葛飾柴又七福神めぐり」に参加。以前は同様の企画で谷中を巡ったこともある。考えてみれば寅さんの町にも久しく出かけていなかった。

京成高砂駅下車で寿老人の観蔵寺を訪ね、北総線新柴又からはひたすら歩く。恵比寿天の医王寺、大黒天の宝生院、福禄寿の万福寺を廻り、新年の平安を祈る。もう紅梅も咲いている。

谷中を廻った時にはカミさんと一緒だったが、元旦早々から風邪(と思われる)でダウンしたため今回は一人で参加。案内役は80歳を超えてからも益々衰えを見せずお元気なN氏。全部で32名が参加した。

案内氏から「お詣りする際は必ず住所氏名を名乗ること。そうしないと先方さんには伝わらない」とのご注意。ただ、七福神巡りは混んでるし、asataroの住所は長ったらしいので、後ろに並んでる方に迷惑がかかる。そこで「マイナンバーカード」をお見せすることで勘弁していただいた。それもポッケに入れたまま。手に握ってると、お賽銭と一緒に賽銭箱へ入れてしまいそう。

お昼は帝釈天参道の「やぶ忠」で温かいお蕎麦。当然のことながら草だんごなどもお土産に。午後は毘沙門天の題経寺、いわゆる柴又帝釈天です。寅さんはここの産湯にお世話になったらしい(自己紹介でいつもおっしゃってる)。弁財天の真勝寺、布袋尊の良観寺で無事結願。

それにしてもお正月とは云え、三が日も過ぎた平日なのにこの混みよう。寅さん映画の世界はあくまで架空で虚構の物語。しかし、実在した人物に思えてのこの人混みである。考えてみれば面白い。駅前に車寅次郎氏の銅像もあるから、歴史上の偉人となんら変わらない。いや、それ以上の国民的人気だ。国民栄誉賞を受賞しているんだもんね。

そして草だんご屋さんはモチロン、ウナギ屋さんも含めて今年も一年大繁盛すること間違いなしでしょうな。

2016年11月15日 (火)

asajiroの湘南日記(139) 11月12日(土) 大磯を歩く

10月7日は仕事で藤沢市鵠沼の現場へ。藤沢駅から歩いて10分で繁華街に近い。

10月9日、この日は地区のレクリエーション大会。要するに運動会である。朝から雨で風も強く当然延期かと思いきや、強行された。しかし、小学校の運動場ではなく体育館での開催。我々、年寄りは応援と云うか観戦で、競技には無理して出ることはない。子どもたちが主役でそれなりに見ていて楽しかった。パン食い競争や玉入れなどは大人向けの種目もあったが、同じ競技でも子どもたちの方が数段マナーに優れている。大人は無茶苦茶・・・。これは教育上も見苦しくて、遺憾なことであります。

10月10日、11日は藤沢市片瀬にある現場で仕事。江の島が近くに見える景勝の地。横を江ノ電の電車が走る。

10月17日、やはり仕事で鵠沼海岸へ。中国の国歌を作曲したニエアルの記念碑が、眼下に見られる。日本滞在中、この海岸で遊泳していて溺死、非業の死を遂げた。まだ若い青年だったが、彼の作曲した義勇軍行進曲は新中国の国歌となった。オリンピックでよく聞くあの勇ましい曲である。アメリカの「星条旗よ、永遠なれ」と共に、人々を鼓舞する力を持っている。個人的にはasajiroも好きな曲である。

10月20日、会社のOBの集まりY会の例会に出る。場所は平塚。坂東三十三観音の札所、金目(かなめ)観音や秋バラが見頃の花菜(かな)ガーデンを廻り、夜は駅前の居酒屋で懇親会。7名が参加。お目当ては夜の部にあるわけだが、今日の昼の部は快晴の秋空で楽しい散策であった。

10月26日は仕事で藤沢の湘南台へ。富士山のアタマに白い冠雪が見られた。いよいよ冬が近づいてきたようだ。冠雪は右半分、つまり山梨側の北斜面だけみたい。

11月12日、カミさんと大磯へ出かける。大磯ガイドボランティア協会主催の史跡巡りに参加。大磯も見どころが多いが、今日は主に東海道線の北側つまり山側で、この付近に点在する文化人の旧宅跡を訪ね歩く企画。坂道が多くて高齢者には大変だったが、ガイドさん達も高齢者なのであまり文句は言えない。仲間のあさ爺がガイドをやっているので、兄弟分として興味深く観察させてもらった。作家もいるが大磯文士と云う言葉は聞かない。むしろ画家や政治家、実業家が多い街と云える。

今をときめくノーベル医学生理学賞の大隅博士も、この町の住人である。

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