神社

2017年7月 2日 (日)

あさ爺の徒然日記(589) 6月30日(金) 寒川神社へ

今日は大祓の日。寒川神社へ出かける。先日、娘は後厄でお詣りしたそうだ。最先端の医療技術に接している彼女も、ホンネの部分は神頼みか縁起担ぎがあるのだろうか?

ここの神社では大祓式は午後2時からと定められ、それまではちの輪くぐりもできない。我々は簡略化して、本殿前で後半の無病息災を祈る。今月は神様のご利益がなかったのではと疑ったりしてみるが、最悪の事態にはならず入院も免れたのは、とりもなおさず神様のお陰ではあるまいか?と、今年前半のお礼も申し上げる。

JAのわいわい市で買い物をし、農園に立ち寄ってささやかな作物を収穫。近くのゴルフ倶楽部のレストランでお昼にする。ここはゴルフされないお客さんも多い人気のお店。東京の一流ホテルの直営レストラン。有名なプロゴルファーの生花がいくつか飾られていた。

こうして早くも、今年の前半が終了しました。

2017年4月22日 (土)

あさ爺の徒然日記(555) 4月22日(土) 今年初めて寒川神社へ

4月16日(日)、横浜市港南区にある「ひまわりの郷」のコンサートへ。地下鉄で上大岡へ。ミハル・カニュカのチェロリサイタル。ピアノ伴奏は三輪郁さん。自身もピアノが趣味のカミさんの話では、今日の伴奏者はとても良かったと。ただ、譜面めくりのお嬢さんが不慣れなのか、もたつく場面があって、それが気に入らないらしい。

4月17日(月)、茅ヶ崎市浜見平の現場で終日の仕事。1年10ヶ月ぶりの仕事場だった。

4月18日(火)、近所の八重桜の並木道を散歩がてら見物。八重桜は濃いピンクが相場と思っていたが、全体的に白っぽいのも多い。種類が違うのかな?小糸川を泳ぐカルガモが突然飛び始めて、裏門公園に移動した。ねぐらがあるのだろうが、泳いでいるだけと思ってた水鳥が空を飛んだので、老夫婦は腰を抜かした。

4月20日(木)、藤沢市藤が岡で先週と同じ現場に仕事で入る。

4月22日(日)、どんよりとした曇り空の一日。今年になってようやく相模一之宮の寒川神社を参拝。毎年、初詣に出かけるお社だが、年初早々に体調を崩したりして延び延びに・・・。4月も下旬、桜も散った後の初詣だ。

カミさんと畑の手入れ。とは云ってもあさ爺は枯草運びや枝切りなどのお手伝いしかできない体たらく・・・。畑から間近に見える慶応キャンパスの看護医療学部前に建設中の総合病院の外観が、ほぼ完成していたのに驚く。畑も久しぶりだったのである。

2014年8月28日 (木)

あさ鉄の車窓日記(23) 8月4日(月) 式年遷宮後のお伊勢さん

13時45分松坂発の電車で伊勢に向かいます。昨年に式年遷宮を終えたばかりの伊勢神宮、モチロン遷宮後は初めてですが、今回で3,4回目の訪問の筈です。しかし、正確にははっきり覚えていないのです。

初めて訪れたのは、今から60年前の昭和29年(1954)。小学校の修学旅行でした。四国の草深い田舎の小学校が、それも同じ郡部の3校合同で。当時は、今のように短い旅行ではなく、往復は夜行列車で、宿泊は二見ヶ浦の宿に泊まったことを覚えています。

五十鈴川の河原で神妙に手を清めたことはよく覚えていますが、後は旅館の中での記憶。もうあれから3度遷宮が行なわれていた計算になりますが、今回のように1954年は遷宮の翌年にあたっていますので、社殿は真新しいものだった筈です。しかし、どうもそのような印象はありません。同行した写真屋さんが撮影した写真があったのを覚えていますが、それを見ても古い印象を受けました。いずれにしても、川で手を洗ったことくらいしか覚えていないアヤフヤな脳内風景です。

その後は、貸切バスや近鉄電車などで行ってますが、仕事で団体客を案内していたこともあって、ほとんどの記憶は雲の彼方です。要するに今度が初めてのような新鮮さがありました。

14時05分にJR伊勢市駅で下車。昨年の遷宮に合わせて、駅も参道もほとんどがリニューアルされたらしく、皆、新しくなっています。しかも、真夏と云うこともあり、昨年の大混雑はありません。静かに手を合わせました。外宮に続いてバスで内宮へ。いずれもご朱印をいただきます。

テレビで遷宮のニュースを何度か見ましたし、その後の皇族の方々による参拝も見ました。それと同じ場所、同じ風景の中を歩いています。真新しい社殿は木の香りが漂ってくるような気配さえします。

あさ鉄は一昨年の秋に出雲大社を参拝しましたが、その時も遷宮を控えた時期でした。新しい巨大な社殿には、まだ神様は引っ越しなさる前でした。日本民族は、はるか昔からこうした遷宮を途切れることなく続けています。これは大変なことです。技術の継承もさることながら、その巨費をほとんど民衆の浄財で賄ってきた事実は、民族の誇りにしていいでしょう。

話題になった「おはらい横丁・おかげ横丁」もぶらつきました。高校同期のW君が、この地にある皇學館大學の教授をしていました。還暦同窓会と銘打った卒業40周年の大同窓会には、神官の正装に身を固めた彼が祝詞を奏上。乾杯の前に神妙な面持ちでこうべを垂れたことを、校舎を見ながら思い出しました。

旅の初日は念願のお伊勢さん参拝。夕方、16時59分伊勢市発の「快速みえ号」で再び松坂に戻って、今夜の宿に入りました。

2014年8月12日 (火)

あさ坊のぶらりハマ歩き(68) 7月13日(日) 富岡八幡宮神事

研修で横浜の金沢区にある富岡八幡宮の神事「祇園舟」を見学しました。市の指定無形民俗文化財の第1号に指定されたもので、鎌倉時代から続く伝統の行事です。

1年間の穢れを沖合に流し、五穀豊穣と海の幸に感謝する「夏越の祓」(なごしのはらえ)の行事でもあります。青茅で作った長さ70cm程度の草船にお団子等を乗せて、海に流します。珍しい行事ですが、この富岡地区での素朴な行事とも云え、大勢の観客が押し寄せることもなく、激しい動きもありません。太鼓や笛の音は流れますが、静かに厳かに淡々と進められました。

今日は、これを最後に見物しましたので、それに先立ってこの地区の名所旧跡を地元のガイドさんに案内していただきました。旧川合玉堂別邸(二松庵)、明治期の高官が別荘を構えた地区、富岡八幡宮、慶珊寺(けいさんじ)、孫文上陸記念碑等々を見て廻りました。

金沢文庫の称名寺とか金沢八景等には何度か訪れたことはありましたが、京急富岡駅周辺のこの辺りはあさ坊にとっても初めてのハマ歩き。神事の見物は船溜まりに面したその名も富岡八幡公園の土手に腰を下ろして、鎌倉から参加していた旧知のTさんと眺めます。見物もさることながら、鎌倉に関する最近の情報について彼女からいろいろ教わりました。

このような機会でもなければ見ることもなかった珍しい行事でした。海辺の街でしたが、蒸し暑い一日となり最後の打ち上げで、ようやく一息つくことができました。

2013年1月12日 (土)

asataroおでかけ日記・湘南編(32) 1月9日(水) 寒川神社初詣

新年に入って8度目の初詣?、相模一之宮の寒川神社に出かけました。初詣って何回もできるのか・・・、それとも神社が変わればいいのか、そんなことも考えます。しかし、我が家にとってはここ数年、寒川神社の「八方除」は必須です。とにかく、息災で1年を生き永らえることができましたので、ご利益は大です。

混雑を敬遠して大晦日の日にお参りしたり、今年のように松の内が明けてのお参りと、まことにアバウトな初詣ですが、神様も見て見ぬフリをなさっておられるのでしょう。特にお咎めを受けたことはございません。

もうお正月気分も抜けてきました。世の中も、普段の姿に戻ってきたようです。それでも、参拝客はまだまだ大勢おられます。地元の氏神様は、すっかり静かになってきていますから、これは神社の知名度・集客力の違いでしょう。これも、格差社会?

先行き不透明な世の中です。そんな時は「神頼み」でしょうか?おみくじも人気がありますね。若い人やもっと若い人(つまり子どもたち)は、とりわけ御神籤に惹かれるようです。めでたいお正月には、「凶」のおみくじは入っていないそうです・・・と、信じていました。asataro自身も、家族もいまだかって凶を引き当てたことがありません。地下街などの抽選会では、いつもコンスタントにティッシュを引き当てるおめでたい家族ですが、不思議にオミクジでの凶にはお目にかからずじまいです。

ところが、ホントに凶は存在することがわかりました。ある方が、鶴岡八幡宮で凶をゲットしたそうです。7日のことだそうですから、まだ松の内です。最悪と解釈すべきか、これ以上の落ち込みはナイと考えるべきか。ま、誰でも後者でしょう。きっと、その方にもこれからは運気上昇の1年になる筈です。真鶴から浅草へお帰りになられる途中に、わざわざ凶を引く為に鎌倉に立ち寄ったようで、これも得難い思い出になる筈です。

asataroも、七福神を含め、まだまだ1月中は初詣に挑戦です。

2013年1月 2日 (水)

asataroおでかけ日記・湘南編(29) 1月1日(火) 近くの神社

皆さま、新年明けましておめでとうございます。昨年は、あさちゃんのブログに所属するメンバーにお会いいただきありがとうございました。本年も、お時間のある時に是非このブログを覗いてやってください。

初日の出は例年にならって、自宅のベランダから拝みましたが、最初は雲間に隠れて出足は遅れてしまいました。お雑煮は、ふるさと四国・讃岐のあん餅入り雑煮です。これは全国的にも珍しいようです。

初詣は近くの神社へ出かけることにします。近くと言っても、3時間近く歩きました。茅ヶ崎市北部の丘陵地帯にある健彦神社と腰掛神社の2つのお社(やしろ)です。それぞれの神社の間に、文教大学の湘南キャンパスと県立茅ヶ崎里山公園が大きく広がります。

共にこじんまりとした神社ですが、鎮守の森は立派です。歴史もあります。特に後者の神社は日本武尊が東征の折に立ち寄って、腰を掛けた石が祀られています。以前に、このブログでも取り上げさせていただいたことがあります。

最後は、慶応義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)を左手に見上げながら、小出川のあぜ道を歩きました。秋は彼岸花の群落が見事な所。

今日は、初めから終わりまで青空の中に聳える白銀の富士山を眺めることができました。まさに霊峰富士です。初日の出は少し出遅れましたが、日本一の富士山がついてまわり、幸先良い新年のスタートになったようです(o^-^o)。

2012年11月17日 (土)

asataroおでかけ日記(82) 11月9日(金)  出雲大社

何十年ぶりかで出雲大社を参拝します。最初は学生時代に来ていますが、あまり神社の思い出はなく、関心は国鉄大社駅の神社風の建物にありました。その大社線も平成2年に廃線となり、大正時代に改築された建物は平成16年に国の重要文化財に指定されています。

今回は出雲大社そのものがお目当てですので、賑やかな神門通りから境内の入口にある二の鳥居をくぐります。ここからはいきなり下り坂で面喰います。三の鳥居からはゆるやかな上り坂となり、四の鳥居をくぐると国宝の出雲大社本殿に到着します。昔の記憶が徐々に蘇ってきました。

現在、出雲大社は平成の大遷宮で60年に一度の御修造の真っ最中。参拝者は御仮殿と呼ばれる拝殿でお参りします。通常は「二礼・二拍手・一礼」ですが、ここでは「二礼・四拍手・一礼」が正式な作法だそうです。

平成25年5月に、現在御仮殿にお住まいの御祭神、大国主大神が御本殿に御還りになる「本殿遷座祭」が行なわれるそうですが、asataroは今生の見納めのつもりでお邪魔しましたので、再び訪れるのは難しい気がします。

参拝後は、名物の出雲そばをいただきます。天明年間に創業したと言う老舗の「荒木屋」さんに入りました。縁結びそばセットを注文します。お汁粉にナントおみくじもついています(中吉でした)。

果たして、asataro爺さんたちにも、スバラシイ縁が結ばれますか(*゚▽゚)ノ?

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