仏像

2017年10月31日 (火)

あさ爺の徒然日記(699) 10月31日(火) 運慶の勉強

東京と神奈川にまたがる奇怪な事件が明るみに出た。若い男のアパートの1室から9人の遺体が発見されたと云う。身元も事件の経緯もこれかららしいが、その部屋の住人たる男が犯人として逮捕された。自殺願望者の自殺ほう助なのか、残忍な事件なのか、いずれにしても猟奇事件のようにも思える。アパートの他の居住者も腰を抜かしたことだろう。

全容解明はこれからだが、高速道路での進路妨害で夫婦を「殺した」男は危険運転致死罪で起訴された。当然だろう。内容は殺人事件そのものだ。性犯罪も含めて、刑が軽いのでは思ってる人が多いのではないか?こんな暗い話はいやですね。

明るいかどうかはわからないが、運慶仏について。毘沙門天や大威徳明王のように、よこしまな心の持ち主には怖~い仏様もいらっしゃるが、大日如来、阿弥陀如来、弥勒菩薩など運慶や慶派の作による展覧会が東京国立博物館で開催中。その予習である座学に出席。EFG会員のMさんが講師となってのお勉強会。知らないことばかりで如何に今までうわべだけの知識だったかと、反省しきりのあさ爺でした。

2017年6月23日 (金)

あさちゃんの鎌倉日記(493) 6月22日(木) 運慶と鎌倉仏像

とうとう今年の鎌倉のアジサイを、直接見る機会がないままに過ごしている。家で静かに読書をして、鎌倉、それも本堂や仏殿の奥深くにおわしますホトケサマを思い浮かべている日々。

断捨離に逆行するので新しい本は買わずに、図書館で読みたい本があれば借りてくる。今、目を通しているのは「運慶と鎌倉仏像」(平凡社)で3年前に発行された本。写真中心の読みやすい本だ。副題に「霊験仏をめぐる旅」とある。鎌倉には様々な因縁話と云うか、エピソードに彩られた仏像が多い。ガイドとしては説明もしやすく、お客さまも興味を持って耳を傾けてくださる。

これだけのお寺があっても、本堂の中まで立ち入ることができるお寺さんは限られている。当然、ご本尊や中に安置されている仏像を間近に拝観できるとは限らない。寺院からいただけるパンフレットや、この類の書籍にどうしても頼ることが多い。その意味でもこの本は優れものだと思う。同時に、今までオモシロおかしく説明して、笑わせてきたことにも反省しきり。

本ではないが、テレビ番組で「五木寛之の百寺巡礼」も再放送されたりしている。巡礼番組には強く惹きつけられる。そんな毎日を過ごしています。

2016年3月 7日 (月)

あさちゃんの鎌倉日記(174) 3月7日(月) 鎌倉大仏

大雨警報発令下、「かまくらFM」の生放送に出演のため由比ヶ浜通りにあるスタジオに入りました。同じ警報でも空襲警報とは違って、防空壕に飛び込むことはありません。しかし、鎌倉駅から20分ほど雨の中を歩いてFMさんの建物に飛び込んだ時は、ホッと一息つきました。

もう足かけ5年目を迎えたFM出演。お陰さまで一度も休むことなく(2ヶ月毎の年6回放送)続き、今回から又新しいシリーズでお話しさせていただくことになりました。

放送終了後に、大異山高徳院清浄泉寺に向かいます。聞き慣れないお寺?・・・、つまり高徳院のこと、これもわかりにくければ要するに「鎌倉大仏」です。現在は調査点検のため大仏の拝観は中止されています。それがわかってて敢えて、しかも土砂降りの雨の中、出かけたのには大仏を覆っていた工事用の幕が取り払われたと聞いたからです。

拝観が中止されている間も境内へは無料で立ち入ることができます。一度機会があれば工事用シートで覆われた大仏さまを拝みに行くのも、得難い経験になるかと思ってはいました。しかし、数日前に足場も取り払われシートも外されて、化粧直しをされた阿弥陀如来さまがお姿を現されたと聞けば居ても立ってもおられず、しかも高徳院へはFMから徒歩10分の距離。大雨は難儀ですが、正式に一般公開が再開される前の滅多にない千載一遇の機会。

この拝観中止期間に合わせて、大仏前の鳩サブレーのお店は改装工事で休業していました。また、入口の段差のある石段に真新しい車椅子用のスロープが設けられています。そして、目指すは大仏さま。800年近い歴史を誇る鎌倉大仏も、天災には勝てず幾多の災難に見舞われています。

近くは関東大震災でも激しい揺れで前にずれていますし、明応大地震(1495)では津波で大仏殿が流され、以来露座の大仏になってしまいました。500年余もの間、風雨にさらされてきたわけです。今日も大雨。化粧直しをしたばかりのお顔を更に容赦なく雨粒が叩き続けます。美男と謳われた大仏です。水も滴るいいオトコなんて洒落てる場合ではありませんが、今回はその傷み具合などを調べるのが目的でした。

修復ではありませんから、わずかの期間の拝観中止にとどまりましたが、結果次第では将来大がかりな修復が必要になるかも。まだ下半身はシートに隠され、お顔のそばにはクレーンが伸びています。3・11の例の日に、一般公開が再開。有料拝観となりますが、それまでのわずかな間だけでもこの珍しい風景を拝ませていただくのもよろしいかと思います。

今日も雨の中、大勢の外国人観光客が訪れていました。また、回廊の土間に座りこんで一心に合掌を続けている信心深い若い女性の姿もありました。さすがに修学旅行や遠足の子どもたちの姿は皆無。もうすぐ賑やかにはなるでしょうが、今だけは大人たちだけで心静かにこの国宝阿弥陀仏との対話が楽しめそうです。

2013年7月 2日 (火)

asajiroの湘南日記(64) 6月25日(火) はなさんの仏像の見方

やや雲の多い梅雨特有の天気が続きます。しかし、今日は晴れ間ものぞきました。海と言うか漁港に面した街に、今日は仕事でやってきました。潮の香りだけでなく、魚の匂いが風に乗って漂ってきます。空にはトンビが獲物を捜して、輪をかいています。

新聞にはなさんの写真が出ていました。さては仏像の話か?と思ったら、当たりでした。彼女の本業はモデルでありタレントなのですが、仏像に詳しいことでも知られています。

京都の仏像の中で、一番好きな仏像として東寺講堂の帝釈天像を挙げています。数ある有名な仏像の中で、アッと思うような選択。さすがに通ですね。驚きました。asajiroなら、迷ったあげくに広隆寺の弥勒菩薩さまか三十三間堂の千手観音さまか・・・。

仏像でも時代背景や作られた土地の雰囲気を反映して、その違いを知ると興味が更に湧くと言う。大学でしっかり学んでいる強さもあるのでしょうが、彼女の豊かな感性からくる何かがあるのでしょう。

でもそのはなさんが、大学で勉強するまでは鎌倉の大仏さんしか知らなかったと言うのは、ナンダカ嬉しくなりますね。それまでは、日本史ではなく米国史を習っていたためのようです。そう言えばオバマさんも大仏さんだけはご存知だった・・・。

2013年2月14日 (木)

あさちゃんの鎌倉日記(126) 2月5日(火) 庶民信仰の阿弥陀さま

鎌倉探訪Yの会に参加して、大町・材木座周辺の阿弥陀さまを巡りました。中座山大聖院教恩寺(時宗)の本尊阿弥陀三尊は県重文で運慶作と伝えられています。鎌倉時代前期で両目のつりあがった厳しい表情。一の谷合戦で敗れ、鎌倉に護送された清盛の子重衡に、頼朝が一族の冥福を祈るようにと与えた阿弥陀さまです。「重衡の帰依仏」とも言われていますが、彼自身はその後奈良に送られ、南都焼き打ちの張本人として打ち首となりました。阿弥陀さんを一心に祈った彼が、東大寺や興福寺などをホントに焼き打ちしたのか、にわかには信じ難い話ではあります。

円龍山向福寺(時宗)の本尊阿弥陀三尊は、南北朝時代で理知的な表情。市の文化財に指定されています。両脇侍は軽く膝を曲げて前に傾けた来迎の姿勢をとっています。小さなお寺ですが、「丹下左膳」の作者林不忘が新婚生活を送った所でもあります。高級外車を乗り回し、雪ノ下(旧巨福呂坂切通近く)に豪邸を構えた彼も、新婚時代は意外と質素な生活だったようです。

来迎寺(時宗)は同じ名前のお寺が鎌倉にはもう1ヶ所あります。それも同じ一遍さんの時宗です。同名のお寺さんが同じ市内にあるのは異例のことのようです。京都や奈良でもないそうですが、あさちゃんが確認したわけではありません。今日、案内して下さったガイドのM氏から聞いた話です。ここの阿弥陀三尊も鎌倉前期で運慶作と伝わっています。頼朝旗揚げの時に彼に尽くした、三浦義明の守り本尊だったそうです。

ここまではすべて一遍さまの時宗でこじんまりしたお寺さんですが、最後に訪ねたのは浄土宗の本山光明寺。こちらの阿弥陀三尊は鎌倉では珍しい京風仏像(県重文)。京仏師の手によるもので、穏やかで洗練された表情です。

今日参加された方は約60名。本堂に上がり、間近で阿弥陀さまと対面しました。それぞれに表情も異なり、言い伝えられる物語もあります。庶民に親しまれた阿弥陀さま、特に脇侍の向かって左側の勢至菩薩は、あさちゃんの守り本尊でもあり、懇ろにお祈りさせていただきました。

無料ブログはココログ
2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30