皇室

2019年10月24日 (木)

あさ爺の徒然日記(1601)令和元年10月24日(木)即位礼を終えて

雨の中の即位礼正殿の儀が無事に終わって2日経った。新天皇は余裕があるようにお見受けしたが、皇后雅子さまはさすがに緊張の表情が見て取れた。多くの国民も、口には出さねどハラハラしていたのでは。だから「無事に」とは安堵の意味もある。更に、女性皇族が全員十二単と云うのは、拝見していて壮観でもあった。更につけ加えるならば、殆ど身じろぎ一つしないのは大変だったに違いない。男性皇族は秋篠宮殿下と車椅子で洋装の常陸宮さま。いかに男性皇族が少ないかがわかる。いよいよ待ったなしで皇室の今後が議論されることになる筈だ。アンケート調査で興味深い結果が出ている。女性天皇、女系天皇いずれもが70%超の賛成、つまり容認論が示されていることで、国民の意見は二分ではなく大多数が賛成に傾きつつあることが明らかになった。でもアベさんは己の支持基盤である保守派をバックに慎重論を崩していない。あさ爺は、元々保守派の唱える「例外なく男系で今まで守り通してきた」との意見を信用していない。歴史的にみて朝廷が危うい時期も多かったし、幼い天皇候補を無理やり探し出してきたこともあった。朝廷を利用してきた勝者たる「権力者(歴代の武家政権)」が、肯定するための史実を作り上げてきたのは間違いない。今の時代、側室も考えられず、どだい男系を主張するのは無理な話なのだ。それを踏まえて現実的な落としどころを見つけることだろう。終戦時の青年将校ではないが、令和の時代の国体護持はどうあるべきか?憲法改正よりも喫緊の課題である。ましてや天皇は、平和を宣明の中で強く訴えられた。戦争は多くの国民と皇室は望んでいない。一部の政治家と財界、自衛隊(一部)だけが戦争もあり得ると考えている今の時代だと感じるがどうだろうか?

2019年7月15日 (月)

あさ爺の徒然日記(1588)令和元年7月15日(月)皇室の今後を考える

参院選の選挙公報を読んでも、どの政党の公約にも皇室の在り方に触れているところはない。政争の具には出来ないと云うことだろうか?久々に真子さまの元気なお姿がテレビに出た。例の話題ではなく、南米への公式訪問のニュース。つまりお仕事である。マチュピチュを訪ねられたとかで、ちょっぴり羨ましくなった。ところで公報には掲載されてないが、テレビ討論で女性天皇の是非を問われたA自民党総裁は、党で議論中なのでと態度を明らかにしなかった。他の党はすべて条件付きを含めて、賛成の意向を示している。自民党が時代錯誤に陥ってる状況がうかがえる。男女同権はさておき、男系男子による万世一系の皇室と云うのがそもそも歴史的に見ても怪しいとされている。先般、世界遺産に認定された大阪の古墳群でも取り沙汰されているが、天皇家も元を正せば、河内、大和、出雲、九州の豪族同士の勢力争いから抜け出てきた一族。帰化人の血も混じっているだろうし、後継ぎがいなければ複雑な養子縁組により命脈を繋いできた筈。万世一系の根拠とされている古事記や日本書紀も所詮は勝者(時の権力者)の記録。彼らに都合良く編纂されてきたのではないか?それらの古典を根拠に、女性天皇や女系天皇は認められないとする保守派の学者には、とても賛同する気にはなれない。現在の皇室典範は明治憲法を根拠として制定されたものなので、まずは女性天皇を「条件付き」で復活させることからスタートすべきだろう。国民の賛同が得られるよう、議論を活性化させてはどうか?9条の改定よりも、急ぐ話だと思われる。否、9条の問題よりも確実に広く、活発な意見が出そうな気がするのである。

2019年5月15日 (水)

あさ爺の徒然日記(1568) 令和元年5月15日(水) ブログを1本化します

前回は平成。今日は令和最初のブログです。新時代を迎えたのを機に、これまでの「あさちゃんの鎌倉日記(565回)」をあさ爺(1002回)が吸収して1本化します。以前は8人兄弟が好き勝手なことを喋ってましたが、やがて2人になり、これからは老境に入ったあさ爺の独り言です。ブログ名の変更は面倒なので、そのままです。平成最後の月の花まつりの日に、ガイド中に倒れ救急車で運ばれたことは先月のブログに書かせていただきました。鎌倉の極楽寺から出た後の話です。そのまま極楽に行くのかと思いきや、三途の川までたどり着けずに戻ってきました。そして時代は平成から令和へ。上皇様の象徴としての強い想いが、頑迷保守の安倍政権を突き動かしました。生前退位と改元が、広く国民の支持と祝福を得たのはご承知の通りです。メディアの騒ぎ過ぎは少し度を越していましたが、国民の多くが笑顔に包まれ、号外を奪い合い、テレビの特番に見入ったのは確かです。心配していた今の皇后さまも一連の行事を成し遂げられました。慶賀の至りです。これからは減少の危機にある皇室の問題です。待ったなしですが、現政権にあまり危機感は感じられません。どうも、悠仁さまに将来男のお子様が誕生されるであろうとの期待から、可能な限り先送りしたいとの「強い願望」があるようです。そうなればそれに越したことはありませんが、それでも議論はすべきです。保守派も納得し、リベラル派も一定の理解を示す平和的な落としどころを探るべきでしょう。令和最初のブログは、皇室のことについてつぶやきました。

2019年3月 3日 (日)

あさ爺の徒然日記(993) 3月3日(日) 皇室に思うこと

改元まで2ヶ月を切った。もう、識者の選考委員により有力候補は絞られてきているのだろう。ここへきて、メディアでは予想クイズみたいなのが大はやりだ。規制は出来ないだろうが、静かに見守られないものか?現憲法下でもその前の明治憲法の下においても、初のケースなので騒がれているのだが、大化から慶応までの千年以上にわたっては何も珍しいことではなかった。と云うより当たり前のことだった。それよりも感慨深いものは皇后さまの存在だ。今上天皇が象徴を模索されて今のスタイルを築き上げられたのは、ひとえに美智子皇后によるところが大きいと思う。従って、次の天皇には大きな負担がのしかかってくるものと危惧している国民は多いのではないか?口には出せないけれど、宮内庁はなんらかの手を打っているのだろうか?たとえば、成年皇族ではないが愛子さまの出番を増やすなどの対策だ。先般、公表された役割分担にはそれが見えない。総理の外遊に娘が代わりに同行する例は過去にもあった。検討すべきと思う。

2018年6月20日 (水)

あさ爺の徒然日記(902) 6月16日(土) 少子高齢化と皇室

若者が集まる街や大学のキャンパスならば、若さに満ち溢れた光景が見られるだろうが、そうでない場合、まことに巷には老人があふれていて、子どもたちの賑やかな歓声が聞こえてこない。これほど少子高齢化社会の到来と、それに伴う喫緊の課題が叫ばれているにもかかわらず、政府が抜本策を打ち出した形跡はない。

話は畏れ多い世界へ飛ぶが、皇室も又、今の世相を反映しているように見える。明治天皇や大正天皇には俗に云う側室の存在があった。それでも男子の後継者はなかなか誕生しなかったそうだ。一般人から配偶者を得る時代でもなく、近親結婚で健康な跡継ぎになかなか恵まれなかった。大正天皇のご生母は柳原愛子(なるこ)様で、二位の局、つまり側室だったし、明治天皇のご生母は公卿中山忠能の娘で孝明天皇の后ではない。昭和天皇のご生母もしかり。つまり戦前まではそれが当たり前の世界。それでも昭和天皇は皇后との間に多くのお子様に恵まれた。珍しく子だくさんの家庭を得られたが、それでも男子はお二人だけ。そして時代は平成へと移り、皇室も少子化で苦労されておられる。それでも、何か対策を取ろうとしているようには見えない。タブーの世界なのか?

2018年2月14日 (水)

あさ爺の徒然日記(796) 2月14日(水) 皇室のご婚儀について思うこと

宮尾登美子さんのエッセイの中に、正田富美子さんとの思い出に触れた「忘れ得ぬ人」の一文がある。わずか2度の出会いだったそうだが、著者に深い感銘を残したそうだ。茶道香道その他のたしなみを極めておられ、その凛とした佇まいに心から納得させられた由。美智子皇后が役割を見事に果たされているご様子に、正田家の子女教育というものがきっとおありだと敬服されたそうだ。

今上天皇が当時の皇太子妃選定に際し、強く美智子さまを望まれ、当時の小泉信三東宮太夫がバックアップされた話はよく知られている。しかし、その後には小泉信三さんのような方は見当たらない。信じたくない話だが、今の宮内庁は各内親王さまのご結婚相手探しには一切タッチされておられないと云う。

それでは身近な同級生辺りしか、姫君たちには接点のある殿方は見当たらないのでは?しかも、今では学習院以外の大学進学も珍しくなく、保守派階層が強く望む旧宮家の方々にたとえ好青年がおられても、赤い糸はなかなかつながらないのではないか。宮内庁のこの話はホントなんだろうか?臣民の一人として心配だが、余計なお世話なのか?

2018年2月 7日 (水)

あさ爺の徒然日記(789) 2月7日(水) 眞子さま延期

福井が豪雪に見舞われている。その大雪の日の朝刊配達に感謝の手を合わせている話。名護市長選で出た民意に疑問。阪大、京大入試の採点ミスに憤まんを抱いた話。これらはいずれもあさ爺がつぶやいた話なのだが、そっくりそのまま新聞の投書欄に同じような論調で投稿がなされていた。まるであさ爺が書いたような錯覚を覚える。つまり、考えることはみんなおんなじなのだ。

ところで、眞子さまのご婚儀が延期になるニュースには驚いた。当然、週刊誌報道の影響ではと、これは我が家の家族の感想。雅子さまのお父上が国際裁判所の判事を辞められる意向だと。理由は85歳と高齢なのでと。確かにいいお歳だが、皇后になられる娘さんをおそばで両親として支えたいとの想いでは?実家至上主義(某週刊誌の受け売り)の雅子さまにふさわしい明るい?話題。

保守派を支持するわけではないが、伴侶を旧宮家から選べば男系男子の継承を唱える皇室の懸念も和らぐのだが、美智子皇后、雅子妃、紀子妃と揃って民間出身の女性が親となっては、眞子さまへの意見や忠告も説得力がなく難しいのだろう。

2017年12月23日 (土)

あさ爺の徒然日記(747) 12月23日(土) 天皇誕生日

天皇陛下は84歳になられた。まだ現役でいらっしゃる。再来年の4月末までは陛下としてのお務めを果たさなければならない。同時に皇太子殿下への引継ぎも本格的に始まるのだろう。秋篠宮との役割分担や皇后陛下からのそれぞれの引継ぎもおありになるから、時間があるようで結構お忙しいことになりそうだ。

仮にその間災害が発生したりすれば、予定は大幅に狂う。お住いのリフォームも庶民とは桁外れの規模になるだろうし、国事行為や公的行事、宮中祭祀などはこれまで通りに粛々と進められる。これは分刻みのスケジュールになりかねない。恐らく両陛下のことだ、手抜きをされるようなことは想像しにくい。最後まで象徴としてのお務めに、全身全霊で当たられると思われる。

あさ爺などは、老体に鞭打ってなんて簡単に己を揶揄するが、陛下をはじめとする皇族方には、そんな失礼な物言いは許されない。ま、凡人たる民草が心配することではないかもしれぬが、お体をいたわりながらと申し上げるしかない。改めて、戦中生まれの年寄りの一人として、ご長寿をお祝い申し上げる次第です。

2017年12月21日 (木)

あさ爺の徒然日記(745) 12月21日(木) 2年後の天皇誕生日は?

あさ爺家では今日はジュニアの誕生日として記憶されている。納めの大師の日でもあり、京都東寺の終い弘法でもある。ただ、45歳になった倅よりも今では孫たちの誕生日の方が気にかかる。成長が楽しみなのだ。

そして明日は冬至。あさっては「天皇誕生日」だ。昔風(今でも神社では大切な日)に云えば天長節。その日だが、報道によると2年後からは平日扱いになるらしい。モチロン、退位により新天皇が即位されるからだ。「平成の日」として祝日になるのかなと思ったが・・・。二重権威になる恐れを避ける為だと云う。

しかし、国民の素直な感情までは左右できないだろう。象徴としてご努力された陛下もだが、それ以上に美智子さまへの国民の敬愛の念は根強い。恐れ多いことではあるが、次の皇后さまに同じ感情は抱かれないのではと心配している。

英国はもっとひどい。エリザベス女王はそれもあって生前退位に踏み切れぬのでは。国情が異なるが、ダイアナ妃を捨てた皇太子も尊敬はされていないだろうし、ナントカ夫人が次のお妃様?雅子さまは気負わずに自然体でいいのでは?

2017年9月 3日 (日)

あさ爺の徒然日記(648) 9月3日(日) 眞子さまご婚約会見

眞子さまのご婚約会見が行われた。皇族の減少などの懸念はあるものの、まずはおめでたいことだ。懸念の方は、代々の政権が先送りしてきたツケであり、ご当人たちに責任はない。

小泉政権や野田政権で、成立寸前にまでこぎつけていた案があった。女系天皇の容認や女性宮家の問題である。これが安倍政権で白紙に戻された。頑強に抵抗する保守層に配慮して、結局、お流れになった。天皇のお言葉をも軽視する安倍首相である。陛下のご心痛は如何ばかりかとお察しする。

あさ爺は旧宮家の復活だけはご免蒙りたい。いくらGHQの指令とは言え、特権階級の復活は国民の理解は得られない。万世一系と云っても、長い歴史の中で太いパイプでつながってきたわけではない。女性宮家や女系天皇の方が、はるかに広く支持されるのでは?

河野首相や小池首相、或いは前原首相が誕生すれば、問題解決に向かって前進するかもしれない。それに期待するが、今日の佳き日に北は核実験の祝砲を撃ってきた。刈り上げ坊ちゃんには困ったものだ。

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