講座・座学・実習

2018年3月26日 (月)

あさ爺の徒然日記(831) 3月26日(月) 保土ヶ谷宿を歩く

EFGの実習で、東戸塚駅をスタートして旧東海道を保土ヶ谷宿まで歩いた。このコースはいろんなイベントでこれまでに4,5回歩いたと思う。距離が長くてアップダウンの多い、年寄りには決して楽な道ではない。しかし、昔の面影を残す一里塚や古刹もあって歴史を偲ぶにはいいルートだ。

義経を祀る白旗神社、品濃(しなの)一里塚、萩原代官所跡、焼餅坂、境木地蔵尊、権太坂、樹源寺(日蓮宗)、本陣跡、大仙寺(真言宗)と巡り、最後は保土ヶ谷駅近くの宿場そば「桑名屋」でお昼にする。半日コースだが、歩数は約15,000歩に達した。坂のキツイ権太坂は下り坂を選んだが、それでも上り下りが多く、昔の旅人の苦労が思いやられる。

ただ、至るところで満開の桜が目を楽しませてくれた。また、保土ヶ谷区の区の木がハナモモだそうで、街路樹としても植えられ様々な色彩の花が街を飾る。わずか1週間にも満たない前の日に、雪が降ったとは思えない今日の暑さ。さすがにもう雪は降らないだろう。冬山遭難のニュースがあったが、もう下界は桜花爛漫の季節だ。

あさ爺の徒然日記(830) 3月25日(日) 割烹旅館東屋の人びと

藤沢に在住の作家佐江衆一さんの講演会があり、辻堂の藤沢市アートスペースへ出かけた。演題は「割烹旅館東屋(あずまや)の人びと」でサブタイトルには「鵠沼をめぐる人びと・東屋に集まった作家たち」とある。明治20年代に創業し、昭和14年に廃業となった鵠沼の旅館の物語だ。我々ガイドの間では定番のスポットだが、もう今では地元の人でも知らない人が多い。

鵠沼が高級住宅地として発展する過程で、ひときわ光彩を放った宿である。ここに集った作家の群像を知るだけでも、この旅館が想像できる筈だ。徳富蘆花、志賀直哉、大杉栄、幸田露伴、与謝野鉄幹・晶子夫妻、巌谷小波、小泉八雲、谷崎潤一郎、武者小路実篤、里見弴、菊池寛、直木三十五、久米正雄、芥川龍之介、吉屋信子、堀辰雄、斎藤茂吉、佐藤春夫、大佛次郎、宮本百合子、山本周五郎、川端康成等々・・・。

松林と砂丘だけだった鵠沼に、舟も浮かんだ大きな池を持つ宿。鵠沼海岸では蜃気楼も見られたと云う。文人が好む要素をすべて兼ね備えていたようだ。文士の住む街、鎌倉にもこんな宿はなかったのではないか。

2018年3月24日 (土)

あさ爺の徒然日記(828) 3月22日(木) 千本桜の実習

昨日の春の淡雪で薄化粧した雪は、朝にはほとんど消えてしまった。開花したばかりの桜さんも蕾ちゃんも、この寒さに仰天したことだろう。その桜をテーマとした江の島・藤沢ガイドクラブ(EFG)の今月29日が本番の企画、それのクラブ内の実習が本日行われた。日大藤沢キャンパス、引地川湘南台緑道、大和市の千本桜と廻る。急な冷え込みで震え上がったのか、咲き始めたサクラもスタートのやり直し。もう一度、位置について~と。

EFGの募集企画は月平均1~2回の実施で、募集定員は各60名。人気が出ると定員超過も起こるが、大体は50名前後に落ち着く。ガイドはお客さま7名に1名の割合で配置。この人員規模がなかなか好評なのだ。全体で多すぎることもなく、グループの把握も特に安全面から適当と評価されている。

今日のコースも交通量のほとんどない住宅地や川沿いの遊歩道が大半。ただ、心配なのは満開と重なった場合の人出による混雑。川沿いで、かつ桜の木の根っこが至る所で地面を盛り上げている。花に気を取られてつまづきそうだ。ゴールは花の寺常泉寺。特に今頃の三椏(みつまた)が素晴らしい。楽しみである。

2018年2月28日 (水)

あさ爺の徒然日記(810) 2月28日(水) 寒川町の古刹巡り

13個のメダル獲得の余韻が冷めやらぬ中、小平選手は次の試合がある中国へ。スピードスケートの金メダリスト3人は合宿でオランダへと出発。故郷へも帰る暇のない強行スケジュールだ。試合はともかく合宿なら、日程を調整すればいいのにと思うのだが、そういう訳にもゆかないのか?

今夜から春の嵐になりそうな予報。2月最後の今日は、実習で寒川町を巡った。藤沢市とは隣接しているが、鉄道利用だと茅ヶ崎で相模線に乗り換える。安楽寺(真言宗)、西善院(真言宗)、興全寺(曹洞宗)の古刹に加えて、相模一之宮の格式を持つ寒川神社に参拝。更には神奈川県水道記念館を見学。津久井湖から県下へ水道を供給している一大浄水場がこの寒川に存在している。まさに心臓のポンプみたいな役割を持っている場所だ。

紅梅、白梅に濃いピンクの河津桜も満開となり、百花繚乱の春は目前だ。三寒四温だが、どうやら静かに訪れるというより強烈なパンチの春一番を吹かせ、九州から北海道に至るまで、列島は嵐や吹雪に厳戒態勢だ。同時に花粉が大量に飛散する悲惨な季節に。

2017年12月19日 (火)

あさ爺の徒然日記(743) 12月19日(火) 藤沢七福神の実習

昨日までの冷え込みが、ほんの少しばかりやわらいだ。風は多少強いが南風だ。そんな中、EFG今年最後の実習で藤沢七福神を廻った。参加者は21人。講師はN氏、新進気鋭の9期生だ。クラブの中では一番若手の年代だが、もう立派なガイド振りである。

小田急片瀬江ノ島駅をスタートし、江の島弁天橋では富士山を遠望しながらの歩き。江の島神社(弁財天)、龍口寺(毘沙門天)の2社寺を参拝。江ノ電で藤沢に移動して遊行寺近くの感応院(寿老人)、諏訪神社(大黒天)と廻り、お昼は「ふじさわ宿交流館」でお弁当を広げる。

午後は宿場町の中にある常光寺(福禄寿)、白旗神社(毘沙門天)、養命寺(布袋)と歩いたところで、あさ爺はリタイア。最寄りのバス停に向かい、最後の皇大神宮(恵比須)は失礼した。途中、江ノ電を利用したものの、今日はかなり歩いたわけでリハビリ中のカラダには多少ハードだった。

七福神は新春の定番コースであり、鎌倉はモチロン、県内の各ガイドクラブでも計画しているところが多い筈だ。リピーターが多いのも特徴で、やはりお正月は七福神詣でが欠かせぬ行事となっているのだろう。

2017年12月 3日 (日)

あさ爺の徒然日記(727) 12月2日(土) 稲作の歴史

皇室会議で天皇陛下のご退位と皇太子殿下のご即位の日程が固まった。再来年の4月30日に退位され、翌日に即位の礼と改元が行われる予定。本当なら年末に退位されて、元旦に即位と改元であればと思うのだが・・・。宮中儀式がたてこんでいて年末年始は絶対に避けて欲しい、これは宮内庁の意見。国民生活に支障なくとの陛下の思いは無視された感じだ。

宮内庁と官邸の綱引きに官邸が譲歩したのだろう。決まったことは仕方ないが、おかげで「昭和の日」「退位の日」「即位の日」と続き、超大型連休が実現しそうだ。当然、祝日扱いになるからだ。

今日は日大生物資源科学部藤沢キャンパスで稲作の歴史の勉強をした。EFGの勉強会、講師は池橋宏元日大教授。アジアから中東に至る稲作全体の歴史の謎について勉強。我々がナントも思わずに眺めている水田。これが欧米人にはとても珍しく、奇異に感じるのだそうだ。畑や牧草地しか知らない民族に、畔を作って水を貯める、その発想は稲作民族しか知らない。これには目からウロコだ。あまり考えたこともなかった。

そう、田植えや刈り取り、これも宮中の大切な行事である。

2017年11月30日 (木)

あさ爺の徒然日記(725) 11月29日(水) 東海道神奈川宿を歩く

横綱日馬富士が記者会見を開き、暴行事件の責任を取って引退を表明した。横綱審議委員会から厳しい処分を求める意見が出ていたので、自ら引退せざるを得ないのでは思っていたが、結局その通りになった。

初場所の番付編成会議などが迫っており、これ以上は引き延ばせないと判断したようだが、明らかに無念さをにじませ、貴ノ岩に対して一言の謝罪もしなかった。横綱の本音をにじませた会見となったが、時間切れで消化不良のような記者会見。

かつて息子の不祥事で会見を開いた高畑淳子が立ちっ放しで、記者の質問が出尽くすまで対応したこととの比較が思い出された。今回は引退会見であって、謝罪会見ではないと云うことだろう。

今日は旧東海道の神奈川宿を、EFGの実習で歩いた。金蔵院、熊野神社、慶運寺、宗興寺、本覚寺と云った、幕末に諸外国の領事館などにさせられた寺社をはじめ、昔の面影のほとんど失われた横浜の市街地を巡った。各寺社の銀杏の大木が見事に黄葉し、青空に映えて美しい晩秋の都会風景を彩っていた。

風も弱く寒さも和らぐと、秋のウオーキングはやはり楽しいものだ。

2017年11月 8日 (水)

あさ爺の徒然日記(705) 11月7日(火) 松下政経塾を再訪

座間9人殺害事件、徐々に事件の様相が明らかになりつつある。被害者の女子高生については、行方不明と同時に家族から捜索願が出されてポスターが貼られていたのもあると云う。つまり、家族と没交渉の生徒ばかりではなかったのだ。女生徒も日常のありふれた家族との生活の中にいた。ホッとした半面、余計に悲しい思いが深くなる。

模倣犯が出ないよう万全を尽くして貰いたいのと、ここまで事件が大きくなるまで犯人はモチロン、事件そのものが発覚しなかった経緯も検証が必要だ。事件を突き止めたのが警視庁だったのはさすがだ。捜査一課が中心になって事件の全容解明に動くだろう。各県警はカタナシだが・・・。

今日はEFGの実習で、文化の街辻堂を歩く。著名人の多く住んだかつてのお屋敷街は姿を消したが、松下政経塾や宇宙飛行士展示コーナー(いずれも茅ヶ崎市側)が時代の先端を担って息づいている。政経塾は2度目の訪問。幾多の人材を輩出し、これからも松下幸之助の信念を受け継いだ青年が巣立ってゆくことだろう。良くも悪くも卒塾生の政治家は、何かと注目を集めているが・・・。

2016年9月26日 (月)

あさ爺の湘南・鎌倉ガイド(282) 9月14日(水) 夏場のガイド

夏場は予約のガイドも少ない。募集案内は元々催行しないか、しても暑さを考慮して半日コースが主体となる。又、研修もこの時期に行われることが多い。

いささか古い話だが、6月22日には隣町茅ヶ崎の史跡を巡った。かの有名な南町奉行大岡越前守の知行地で菩提寺の浄見寺に代々の墓が並ぶ。

6月27日には小田原の研修があった。戦国時代、小田原北条氏の城郭は極めて広大で堅固だった。その外周を歩いた。景色の良い所もあったが、アップダウンが多くて汗をかいた。希望者は天守閣へも是非と案内されたが、誰もくたびれ果てて入ろうとしなかった。

7月28日には下見で藤沢市の遠藤地区を廻った。本番は9月で彼岸花の時期に合わせて実施する。その担当となっているので、しばらくは夢にも出てきそうだ。

8月2日にそのコースの本格的な下見をガイド仲間7名で行った。これは半日コースで解散後に慶応SFCの学食で昼食をとってもらう予定だ。ここの学食はガイド仲間にも評判だ。

9月1日、長後から大和へのガイド実習に参加。大和では引地川の源流域である泉の森公園を歩く。21名が参加したが、カンカン照りの暑い日だった。市街地では難儀したが、森の中は森林浴もできて涼しい。

9月6日にはあさ爺が担当しているコースの実習を行い、ガイドを務めた。18名が参加。今日はいい天気だったが本番ではどうか?また、彼岸花はちゃんと咲いてくれるか?悩みが多い。

9月8日にはクラブの勉強会で辻堂にオープンして日が浅い「藤澤市浮世絵館」を見学。遊行寺の近くには「藤沢宿交流館」もすでに開館していて共に江戸時代の藤沢や江の島を伝えている。

そして今日、9月14日には鎌倉での実習のガイドを務めた。大仏と長谷寺を巡り、最後は新しく改修された段葛で解散。本番は10月の初旬である。お客様は約60名で県下各地から集まって来られる。

いつも思うが、天気次第で内容は変わることが多い。それもすべて受け入れてのガイド稼業である。

2016年5月 5日 (木)

あさ爺の湘南・鎌倉ガイド(277) 4月8日(金) 花祭り

今日は嬉しいひな祭り、ではなくて「花祭り」。EFGでもお客様をご案内する本番と、実習生を案内するガイド実習が同時並行で開催された。毎年人気の花祭りコース、今年も約100名のお客さまが江ノ電極楽寺駅にお集まりになられた。

いつもは比較的静かな極楽寺の境内も、今日ばかりは華やいだ雰囲気に包まれている。天気も昨日とはうって変わっての好天。お釈迦さまのおかげか。甘茶もいただいたし、お釈迦さまにもかけさせていただいた。鎌倉で活躍されておられる旧知のWさん、Eさん、Iさん達のにこやかなお顔も。皆さん、極楽寺の半纏を着てお手伝いされておられる。今風に云えばボランティア。

普段は非公開の忍性塔も拝観。バカでかいお墓である。いや、言葉が適切ではなかったが、それにしても大きいのが特徴。鎌倉には扇ヶ谷に覚賢塔と云う巨大なお墓もあるが、果たしてどちらが上回っているのか?

江ノ電で江ノ島駅下車、龍口寺の五重塔も特別公開で拝観させていただいた。五重塔の内部を見る機会は滅多にない。ここでも本堂でお釈迦さまに甘茶を。極楽寺は真言律宗で、龍口寺は日蓮宗。忍性と日蓮はことごとに対立し、いがみ合ってきた仲だが、甘茶の風習はなかよく受け継がれてきている。なかなか、いい風習である。

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