講座・座学・実習

2019年3月25日 (月)

あさちゃんの鎌倉日記(562) 3月25日(月) 小栗判官ゆかりの里

4月に行われる藤沢西俣野を案内する企画の実習に参加。小田急善行駅からスタートして田園地帯を歩き、最後は同じく小田急の六会日大前駅までの約7キロの道のり。この地区は単なる田園ではなくて室町時代の小栗判官照手姫ゆかりの里でもある。この昔話は歴史上の物語かどうかはさだかでないし、舞台もこの地区で間違いないと云うものでもないのだが、藤沢では語り伝えられた場所とされている。説教節と云う昔語りや歌舞伎で広く江戸期の民衆に広まったものだろう。ただ、この物語の解説はガイド泣かせである。今の時代にそれほど流布されてるわけではなく、ほとんどの参加者は予備知識がない。そこをどのようにガイドするかなかなか難しいところがある。更に厄介なのは、稀に詳しいお客さんがいらっしゃると云うこと。ガイドよりもよくご存知の方は、いつのガイド案内にも存在する。あさちゃんもこれからじっくり勉強せねばと思ってるところだ。救いは春の花々が咲き始めてる季節と云うことで、今日の実習でも桜(ソメイヨシノ)が至る所で咲き始めていた。本番の時は、峠を過ぎているやも知れぬが、花粉症も終わりに近いのでしっかりと頑張らねばと思っている。

2019年1月21日 (月)

あさちゃんの鎌倉日記(556) 1月18日(金) 野鳥研修

EFGの野鳥研修に参加。冬はバードウオッチングに適した季節。渡り鳥が多く姿を見せる。藤沢市西部にある大庭の裏門公園から大庭城址公園、更に引地川親水公園と鳥を求めて歩く。11名が参加。それぞれに双眼鏡やカメラ、野鳥図鑑を携えて…。今回は30数種の鳥を観察でき、まずまずの成果か。大相撲初場所がなんとも締まらない場所になっている。中日には天覧相撲も予定されている今場所だ。稀勢の里の引退は残念ながら想定の範囲内。しかし、鶴竜が今日から休場。栃ノ心に続いて看板?力士が姿を消し、早くも白鵬の独壇場と云う、一番イケナイ内容になりつつある。白鵬の力は認めるが、この不人気の横綱では相撲フアンが泣くのではないか?今更ではあるが、ハワイ勢に続くモンゴル勢の入門を安易に認めたのは、日本古来の伝統競技にとってマイナスしかなかったのではないだろうか?

2018年10月17日 (水)

あさちゃんの鎌倉日記(542) 10月17日(水) 北鎌倉、逗子

昨日は北鎌倉の東慶寺、浄智寺、円応寺を巡り、茶房有風亭で懇親のパーティーを開いた。歩きは13名、パーティーはEFGを中心に12名が参加。文部省唱歌「鎌倉」を全員で合唱。もう小学校では習わないのか、殆どが歌えない過去の歌になってしまった。明けて今日は逗子を実習で歩く。浪子不動から披露山公園の登りもだんだんきつくなってきた。それでも雨に遭わず、曇り空ながら見晴らしは十分に楽しめた。15名が参加。これの本番は今月28日と30日の2回あり、大勢のお客様が見えられることになっている。不肖あさちゃんも両日ともガイドにノミネートされている。幸い、昔逗子で観光の仕事に携わっていたので、知らない街ではない。道もわかっているし、ガイドとしての説明もそれなりの自信がある。問題は天候だ。100m近い標高の山道を登らなければならない。お客さまは殆どが女性だが、働き盛りの皆さん。体力はある筈で、心配なのは己がカラダ。山道がぬかるまないことを願っている。

2018年10月14日 (日)

あさちゃんの鎌倉日記(541) 10月14日(日) お十夜の光明寺

EFGの実習で材木座の光明寺へ出かける。実は今日がお十夜と気づかずに足を境内に踏み入れてしまった。うかつもいいところだが、露店は店の準備中で参拝客はほとんどなし。本堂から読経の声、山門からは鐘や太鼓のお囃子が賑やかに流れ、雰囲気は祭り気分十分なのだが、肝心の下見には不自由を強いられる。昨夜テレビでブラタモリを見たのだが、湘南はどこの範囲か?と云うテーマで興味を持って見たが、大磯と茅ヶ崎が中心で藤沢のガイドは皆ブーブー。一昨日、大磯を歩いたばかりなのだが、それでも我々郷土愛に燃える小市民グループとしては面白くない。話の中に出てくるかと思ったが、車のナンバーについては触れずじまい。湘南ナンバーがどこを走っているのかを取り上げて欲しかったが、タモさんは地質オタクなので無視された。ま、箱根も湘南ナンバーだから、取り上げると話がややこしくなるだけと睨んだのか?鎌倉が横浜ナンバーというのもなんだか違和感がある。

2018年7月26日 (木)

あさ爺の徒然日記(933) 7月22日(日) 再び稲作の歴史を学ぶ

昨年の12月に日大生物資源科学部の藤沢キャンパスで行われた講座の続編が昨日行われた。講師は前回に引き続いて池橋教授。ご高齢にもかかわらず、この猛暑の中を我々の為に一肌脱いでくださった。ガイドとしての知識、教養を広める為の勉強会。鎌倉や江の島と違って、中国6千年の歴史が舞台であり、稲作が伝わった頃には既に黄河流域では漢王朝が全盛期を迎えていた。農耕民族の弥生人と狩猟民族の縄文人が、日本民族を構成していることはよく知られているが、今の皇室が弥生人に起源を持つことなどを改めて知ると、まことに興味深いものがある。今日から夏休みの孫の国内留学受け入れ先となる。

2018年6月23日 (土)

あさ爺の徒然日記(905) 6月21日(木) ワイン工場見学

EFGの研修で、藤沢市内にあるメルシャンの工場を見学。普段は見学者を受け入れてないが、特別にガイドクラブの研修として3回に分けて工場見学が実現した。ここは日本で最大のワイン出荷量を誇る。フランスに代表される高級ワインのイメージが強いワインが、低価格化を実現して爆発的に需要が伸びた。

実はあさ爺も、ペットボトルに入ったメルシャンワインを愛飲している。コルク栓の開け方が下手なので、このスクリュータイプのねじ栓が助かるのだ。ワインの味とは別に、こんなところも案外売り上げを伸ばす秘密がある。ビール工場のようなガラス張りの通路や案内嬢はいない。食品工場への立ち入りと云うことで、ヘルメットや白い防護服に身を纏っての見学。案内員は各現場の責任者が務める。それだけに臨場感と緊張感がある。最後は座学で正しいワインの味わい方の教授もあり、赤ワインの試飲も。近い将来、ここの工場見学が一般向けに拡大されたら、これは人気コースになる予感がする。

2018年6月19日 (火)

あさ爺の徒然日記(901) 6月15日(金) 宿場歴史講座

藤澤宿交流館で行われた宿場歴史講座を受講。今回初めて出席した。江戸時代の箱根宿と関所について学ぶ。考えてみれば、江戸時代は近世だ。そんなに古い話ではない。しかし、関所の存在や東海道五十三次の世界は、余りにも現代とはかけ離れている。だからこそ、好奇心が湧く。外国人の撮影になる江戸の古写真も興味深い。ビルこそ当然のことながら見当たらないが、はるか彼方まで累々といらかの波が続く。昔から大都会だったことがうなづける。幕末に訪れた西欧人はさぞ驚いたことだろう。極東の地に高度な文明国が存在したのだから。

話は飛ぶが、今の北朝鮮には、昔の韓国の面影があると云う。すっかり近代化された韓国に古き良き時代の面影はもうない。しかし、それがそっくりそのまま北朝鮮には残っているらしい。今後、国が開放されれば、どっと西側の毒々しい文化もなだれ込むだろう。それが彼の国にとって、果たして幸せなことになるのか?江戸時代の日本は、まことに平和な国だったと云われている。今は、凶悪犯罪の横行する、恐ろしい治安の良くない国に成り下がってしまっている。

2018年6月16日 (土)

あさちゃんの鎌倉日記(531) 6月13日(水) 一条恵観山荘

EFGの実習で、藤沢の鵠沼から片瀬を廻り、更に江ノ電を乗り継いで極楽寺から最後は鶴岡八幡宮へと廻る。梅雨の中休みで雨には降られなかったが、本番でもと云うわけにはゆくまい。小町で反省会を行った後に、みんなと別れバスで浄明寺へ向かった。28日に予定している私的な勉強会での食事場所を探す為だが、それというのもアテにしていたレストランが休業している為。元々、少ない場所だ。心当たりを数軒訪ね歩いたが、結局、この辺りでは適当な店が見当たらなかった。その日が定休日だったり、他の予約と重なったりでうまく合わなかった。

その途中で、以前から気になっていた一条恵観(いちじょうえかん)山荘が公開されていたので、迷わず飛び込む。江戸初期の公卿一条恵観の京都西賀茂の別邸を戦後に鎌倉へ移築したものだ。茶道宗徧流の財団が管理保存していて、ちょうど1年前の6月に公開されたもの。国指定重文でもある。公開は庭園部分のみだが、滑川に面して緑が美しい。紅葉もキレイだろう。拝観料は500円。結局、勉強会のランチは駅前の行きつけの店にお願いした。

2018年6月 3日 (日)

あさ爺の徒然日記(887) 5月30日(水) ヤクルト化粧品工場見学

実習で藤沢市内にあるヤクルト化粧品工場の見学に出かけた。あさ爺自身としては2度目の訪問。本番は2回設定されているが、両日とも既に満員御礼で締め切られている。相変わらずの人気だ。市内にはいすゞ自動車、メルシャン、武田薬品等の工場や研究所があるが、工場見学に力を入れてくれているのはここだけ。訪問販売が主体の化粧品なので、工場も決して大規模なものではない。それでも清潔な製造部門での機械化された作業をガラス越しに興味深く拝見。製品を使った即席の講習会もあり、爺さん婆さんたちも差別なく美に挑戦することになる。

工場を出た後は、長久保公園都市緑化植物園、引地川緑道、鵠沼運動公園(通称・八部(はっぺ)公園)と歩き、浄土宗寺院の本真寺で解散。ここでは藤沢が生んだクリスチャン画家長谷川路可の作品にも触れる。路可の名は洗礼名ルカに因み、彼自身、1967年(昭和42)教皇パウロⅥ世に拝謁後、ローマで倒れ帰天した。このお寺との縁は実母の墓があることによる。鵠沼文士の定宿「東屋」との関係がある方々でもあり、ガイドの定番コースにもなっている。

2018年5月30日 (水)

あさちゃんの鎌倉日記(528) 5月25日(金) 光則寺のあじさい

2日続きの鎌倉歩き。今日はEFGの実習で鎌倉文学館、光則寺、長谷寺を廻る。紫陽花のシーズンを迎えて、長谷は混雑している。文学館は「ばらフェスティバル」期間中と云うこともあって団体客でごった返していた。ここでは常設展をほとんどパスして階下の特別展を中心に見学。来月中旬の本番でもそのつもりでいる。

光則寺ではお寺さんの解説で、アジサイを中心とした境内の山野草に見入る。とりわけ混同しそうなガクアジサイと山あじさいの違いについて学んだが、結構難しい。菖蒲の区別もガイド泣かせだが、紫陽花も園芸品種が殆どとあって、「素人」のガイドが訳知り顔で喋るとボロが出そうだ。大山(ダイセン)や伊予、土佐等の品種が多い理由も初めて知った。四国出身のあさちゃんも知らなかったことでこれは勉強になった。光則寺は別名「かいどう寺」としても知られている。その海棠は痛々しいほどにやせ細っている。手を尽くして治療を続けているとのこと。長谷寺は相変わらずの混雑ぶり。来月に入れば、あじさい散策路は入場制限される。近くの成就院のあじさいが消えてから、更に混雑に拍車がかかったようだ。鎌倉はアジサイ一色の季節を迎えようとしている。

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