講座・座学・実習

2017年12月19日 (火)

あさ爺の徒然日記(743) 12月19日(火) 藤沢七福神の実習

昨日までの冷え込みが、ほんの少しばかりやわらいだ。風は多少強いが南風だ。そんな中、EFG今年最後の実習で藤沢七福神を廻った。参加者は21人。講師はN氏、新進気鋭の9期生だ。クラブの中では一番若手の年代だが、もう立派なガイド振りである。

小田急片瀬江ノ島駅をスタートし、江の島弁天橋では富士山を遠望しながらの歩き。江の島神社(弁財天)、龍口寺(毘沙門天)の2社寺を参拝。江ノ電で藤沢に移動して遊行寺近くの感応院(寿老人)、諏訪神社(大黒天)と廻り、お昼は「ふじさわ宿交流館」でお弁当を広げる。

午後は宿場町の中にある常光寺(福禄寿)、白旗神社(毘沙門天)、養命寺(布袋)と歩いたところで、あさ爺はリタイア。最寄りのバス停に向かい、最後の皇大神宮(恵比須)は失礼した。途中、江ノ電を利用したものの、今日はかなり歩いたわけでリハビリ中のカラダには多少ハードだった。

七福神は新春の定番コースであり、鎌倉はモチロン、県内の各ガイドクラブでも計画しているところが多い筈だ。リピーターが多いのも特徴で、やはりお正月は七福神詣でが欠かせぬ行事となっているのだろう。

2017年12月 3日 (日)

あさ爺の徒然日記(727) 12月2日(土) 稲作の歴史

皇室会議で天皇陛下のご退位と皇太子殿下のご即位の日程が固まった。再来年の4月30日に退位され、翌日に即位の礼と改元が行われる予定。本当なら年末に退位されて、元旦に即位と改元であればと思うのだが・・・。宮中儀式がたてこんでいて年末年始は絶対に避けて欲しい、これは宮内庁の意見。国民生活に支障なくとの陛下の思いは無視された感じだ。

宮内庁と官邸の綱引きに官邸が譲歩したのだろう。決まったことは仕方ないが、おかげで「昭和の日」「退位の日」「即位の日」と続き、超大型連休が実現しそうだ。当然、祝日扱いになるからだ。

今日は日大生物資源科学部藤沢キャンパスで稲作の歴史の勉強をした。EFGの勉強会、講師は池橋宏元日大教授。アジアから中東に至る稲作全体の歴史の謎について勉強。我々がナントも思わずに眺めている水田。これが欧米人にはとても珍しく、奇異に感じるのだそうだ。畑や牧草地しか知らない民族に、畔を作って水を貯める、その発想は稲作民族しか知らない。これには目からウロコだ。あまり考えたこともなかった。

そう、田植えや刈り取り、これも宮中の大切な行事である。

2017年11月30日 (木)

あさ爺の徒然日記(725) 11月29日(水) 東海道神奈川宿を歩く

横綱日馬富士が記者会見を開き、暴行事件の責任を取って引退を表明した。横綱審議委員会から厳しい処分を求める意見が出ていたので、自ら引退せざるを得ないのでは思っていたが、結局その通りになった。

初場所の番付編成会議などが迫っており、これ以上は引き延ばせないと判断したようだが、明らかに無念さをにじませ、貴ノ岩に対して一言の謝罪もしなかった。横綱の本音をにじませた会見となったが、時間切れで消化不良のような記者会見。

かつて息子の不祥事で会見を開いた高畑淳子が立ちっ放しで、記者の質問が出尽くすまで対応したこととの比較が思い出された。今回は引退会見であって、謝罪会見ではないと云うことだろう。

今日は旧東海道の神奈川宿を、EFGの実習で歩いた。金蔵院、熊野神社、慶運寺、宗興寺、本覚寺と云った、幕末に諸外国の領事館などにさせられた寺社をはじめ、昔の面影のほとんど失われた横浜の市街地を巡った。各寺社の銀杏の大木が見事に黄葉し、青空に映えて美しい晩秋の都会風景を彩っていた。

風も弱く寒さも和らぐと、秋のウオーキングはやはり楽しいものだ。

2017年11月 8日 (水)

あさ爺の徒然日記(705) 11月7日(火) 松下政経塾を再訪

座間9人殺害事件、徐々に事件の様相が明らかになりつつある。被害者の女子高生については、行方不明と同時に家族から捜索願が出されてポスターが貼られていたのもあると云う。つまり、家族と没交渉の生徒ばかりではなかったのだ。女生徒も日常のありふれた家族との生活の中にいた。ホッとした半面、余計に悲しい思いが深くなる。

模倣犯が出ないよう万全を尽くして貰いたいのと、ここまで事件が大きくなるまで犯人はモチロン、事件そのものが発覚しなかった経緯も検証が必要だ。事件を突き止めたのが警視庁だったのはさすがだ。捜査一課が中心になって事件の全容解明に動くだろう。各県警はカタナシだが・・・。

今日はEFGの実習で、文化の街辻堂を歩く。著名人の多く住んだかつてのお屋敷街は姿を消したが、松下政経塾や宇宙飛行士展示コーナー(いずれも茅ヶ崎市側)が時代の先端を担って息づいている。政経塾は2度目の訪問。幾多の人材を輩出し、これからも松下幸之助の信念を受け継いだ青年が巣立ってゆくことだろう。良くも悪くも卒塾生の政治家は、何かと注目を集めているが・・・。

2016年9月26日 (月)

あさ爺の湘南・鎌倉ガイド(282) 9月14日(水) 夏場のガイド

夏場は予約のガイドも少ない。募集案内は元々催行しないか、しても暑さを考慮して半日コースが主体となる。又、研修もこの時期に行われることが多い。

いささか古い話だが、6月22日には隣町茅ヶ崎の史跡を巡った。かの有名な南町奉行大岡越前守の知行地で菩提寺の浄見寺に代々の墓が並ぶ。

6月27日には小田原の研修があった。戦国時代、小田原北条氏の城郭は極めて広大で堅固だった。その外周を歩いた。景色の良い所もあったが、アップダウンが多くて汗をかいた。希望者は天守閣へも是非と案内されたが、誰もくたびれ果てて入ろうとしなかった。

7月28日には下見で藤沢市の遠藤地区を廻った。本番は9月で彼岸花の時期に合わせて実施する。その担当となっているので、しばらくは夢にも出てきそうだ。

8月2日にそのコースの本格的な下見をガイド仲間7名で行った。これは半日コースで解散後に慶応SFCの学食で昼食をとってもらう予定だ。ここの学食はガイド仲間にも評判だ。

9月1日、長後から大和へのガイド実習に参加。大和では引地川の源流域である泉の森公園を歩く。21名が参加したが、カンカン照りの暑い日だった。市街地では難儀したが、森の中は森林浴もできて涼しい。

9月6日にはあさ爺が担当しているコースの実習を行い、ガイドを務めた。18名が参加。今日はいい天気だったが本番ではどうか?また、彼岸花はちゃんと咲いてくれるか?悩みが多い。

9月8日にはクラブの勉強会で辻堂にオープンして日が浅い「藤澤市浮世絵館」を見学。遊行寺の近くには「藤沢宿交流館」もすでに開館していて共に江戸時代の藤沢や江の島を伝えている。

そして今日、9月14日には鎌倉での実習のガイドを務めた。大仏と長谷寺を巡り、最後は新しく改修された段葛で解散。本番は10月の初旬である。お客様は約60名で県下各地から集まって来られる。

いつも思うが、天気次第で内容は変わることが多い。それもすべて受け入れてのガイド稼業である。

2016年5月 5日 (木)

あさ爺の湘南・鎌倉ガイド(277) 4月8日(金) 花祭り

今日は嬉しいひな祭り、ではなくて「花祭り」。EFGでもお客様をご案内する本番と、実習生を案内するガイド実習が同時並行で開催された。毎年人気の花祭りコース、今年も約100名のお客さまが江ノ電極楽寺駅にお集まりになられた。

いつもは比較的静かな極楽寺の境内も、今日ばかりは華やいだ雰囲気に包まれている。天気も昨日とはうって変わっての好天。お釈迦さまのおかげか。甘茶もいただいたし、お釈迦さまにもかけさせていただいた。鎌倉で活躍されておられる旧知のWさん、Eさん、Iさん達のにこやかなお顔も。皆さん、極楽寺の半纏を着てお手伝いされておられる。今風に云えばボランティア。

普段は非公開の忍性塔も拝観。バカでかいお墓である。いや、言葉が適切ではなかったが、それにしても大きいのが特徴。鎌倉には扇ヶ谷に覚賢塔と云う巨大なお墓もあるが、果たしてどちらが上回っているのか?

江ノ電で江ノ島駅下車、龍口寺の五重塔も特別公開で拝観させていただいた。五重塔の内部を見る機会は滅多にない。ここでも本堂でお釈迦さまに甘茶を。極楽寺は真言律宗で、龍口寺は日蓮宗。忍性と日蓮はことごとに対立し、いがみ合ってきた仲だが、甘茶の風習はなかよく受け継がれてきている。なかなか、いい風習である。

2015年12月 5日 (土)

あさ爺の湘南・鎌倉ガイド(272) 10月21日(水) 帆船見学

EFGの実習で江の島を歩きました。今日は弁天さまの江の島神社には向かわず、ヨットハーバーを目指します。2020年の東京オリンピックで江の島は再びヨット競技の会場になります。

なんで今さら、又、東京でオリンピックをやるのか疑問ですが、旧国立競技場も壊して更地になってしまった現在、蒸し返しても意味のないこと。あさ爺はやるなら大阪でと今でも思っている。ハシモトくんもよくワカラナイ大阪都構想にこだわるよりも、オリンピックを大阪に!と叫び続けた方が良かった。一度招致合戦で負けてるからと云う負け犬根性では、大阪の「再生」は期待できない。

いや、話が横道に外れてしまいました(いつものことだけど)。ここで木造の大型帆船「やまゆり号」を見学しました。現在、保存運動が行なわれていますが、現役を引退したわけではなさそうです。今でも太平洋を横断できる設備は備えています。ただ、今のエンジンのままでは無理とか。狭い船内を覗きました。モチロン、キッチンもベッドも備えていて、快適にクルージングが楽しめそうです。

ただ、あさ爺は昔からヨットにはホトンド興味なしの人生でした。船酔いの苦しさは想像したくもないし・・・。まだ、地面に足をつけて走るキャンピングカーの方が楽しそうだと。あれで全国一周すると楽しいだろうなあ・・・。高倉健最後の遺作で妻の遺骨を乗せて九州までキャンピングカーで走り続ける場面があった。

若い頃、アメリカで多くのキャンピングカーを目撃した時に、これはいずれ日本でも大流行するだろうと思った。ナンデモアメリカの後追いをするのが戦後の風潮でもあったから。しかし、この予想は大外れとなりました。高倉健のクルマも方々で好奇の目で見られていたから。

日露戦争の英雄児玉源太郎を祀る児玉神社を久々に訪問。中国人が大挙押し寄せている江の島でも、中国「侵略」の歴史に登場する彼に由来するこの神社はかやの外です。逆に台湾の人には慕われている。でも、日本人も含めてお参りする人は少ない。たとえ名将でも軍人は人気がない。

今日の実習も18人が参加。講師はカタさん。同期の中ではおとなしく地味に見えた彼だが、ナカナカどうして堂々たるガイドぶりで、先輩連中も感心していました。ご苦労さまでした。

あさ爺の湘南・鎌倉ガイド(271) 10月19日(月) まんだら堂を歩く

EFGスキルアップ講座で名越の妙法寺からまんだら堂へと向かいます。いい天気で快適な山歩きと言いたいところですが・・・。あさ爺は痛めている下半身(?)をかばってストックを携行。低い山なので気恥ずかしいのですが、特に下る時のショックを幾分かでも和らげる為です。歳を重ねて老いると云うことはこういうことなのでしょう。

まんだら堂を訪ねるのは数年ぶりです。かっての荒れ果てた姿から一変していました。まるで公園のようです。遊歩道やベンチも置かれていました。まるでマンションのようなやぐら群、この中世の横穴式墳墓はこの辺りがかっては葬送の地であったことを物語っています。それだけに今の整備された風景には違和感を覚えますね。

古墳や城跡でもそうですが、あまりにキレイにされると「つわものどもが夢の跡」と云ったいにしえの雰囲気には程遠くなる。一昔前、ここは鎌倉(正確には逗子であるけれども)有数の紫陽花の名所と云われた。そして浮世を離れた老人が庵を構えて住んでいたそうだ。その人が花を増やしたのかも知れないが、あさ爺は知らない。

今風に云えばホームレスに近い存在だったようだが、そのような人たちは戦後の住宅難の時代に家族も住む家も失った人たちには珍しいことではなかった。あさ爺の近くにある大庭城址公園も整備する前には、どこにも届けることなく一人の老人がすみついて畑を耕していたそうだ。人呼んで「大庭の殿様」と・・・。似たような話は各地にあって、世相の裏面史を飾るにふさわしい。あさ爺も天涯孤独になれば、そのような暮らしに憧れる別の自分がいる。

この後、我々18人は山を下って法性寺(ほっしょうじ)、岩殿寺(がんでんじ)と廻った。最後は駅に近い「鎌倉パスタ」でランチ兼打ち上げを行なったのでありました。今日の講師はヒトシさんでした。勉強といい運動になりました。下半身不随のあさ爺はアルコールを控えて、無事の下山にオヒヤで乾杯しました。

2015年10月18日 (日)

あさ爺の湘南・鎌倉ガイド(269) 9月18日(金) 中止になった面掛行列

鎌倉坂ノ下にある御霊神社の祭礼の日です。今日、この例祭に合わせて神奈川県の無形民俗文化財に指定されている面掛行列が行なわれる筈でした。ところが、残念ながら雨天中止となってしまいました。数年前にも中止になったことがあり、天気予報を見て心配はしていました。

神輿渡御であれば簡単に雨で取りやめはしない筈ですが、ここの行列では面掛十人衆と呼ばれる人たちが文化財にも指定されているお面をつけて練り歩きます。普段は宝物館に納められているお面です。濡れてはタイヘンと云うわけです。

我々のクラブではこの行事の見学を目玉にして鎌倉三十三観音を巡り、かつ秋の花を愛でる研修を予定していました。若手で主催しているスキルアップ講座ですが、これも中止となりました。行列はなくなりましたが、湯立神楽や関連の神事は行なわれましたので、それでも雰囲気を味わいたいと云うメンバーが5人集まりました。

コースを午後からの半日コースに改めて、担当のM氏の案内で長谷や極楽寺界隈を歩きました。雨天中止と云っても時折陽がさしています。やれないことはなかったのではないかと空を恨めしげに見上げます。主催者側の神社関係者はもっと複雑な気持ちでしょう。いっそ本降りにでもなってくれればいいのにと思ってるのでは?

長谷駅から収玄寺へ。続いて長谷寺に入ります。今日は観音さまの日でもあります。ほとんどの人が昼抜きで集まってますので境内のお食事処「海光庵」へ。寺カレーをオーダーします。

秋の花々を愛でて御霊神社へ。やはり人出はいつもの3割程度。神楽も本殿の中で行なわれていました。例年ですと境内で多くの見物人の人垣の中で執り行なわれます。集まった人たちも残念がっていました。旧知のE氏も顔を見せていました。

成就院、上杉憲方墓、極楽寺と廻って再び江ノ電に乗り込み、今日の史跡巡りは終わりました。5人の内、女性メンバーが3人。中止にもめげず駆けつけた人たちですから、さすがに皆さん熱心に勉強していました。鎌倉ではややマンネリ気味のあさ爺、反省することしきりです。

2015年10月17日 (土)

あさ爺の湘南・鎌倉ガイド(267) 9月14日(月) 再びSSTを廻る

先日、クラブの下見で廻った藤沢市内の新しい街「S・S・T」を、今日は改めて実習で見学しました。略語の意味は舌を噛みそうでナカナカ覚えられないのだが、サスティナブル・スマート・タウン。新しい街と云ったのは、ここでの先駆的な試みが新しいと云うことで、環境への負荷が少ない街づくりだそうである。

最初に本番と同じようにヤクルト化粧品工場に向かい、中には入らずに道順のみを確認。空乗寺、首塚、万福寺と史跡を巡り、引地川親水広場へ。ここまで来るとSSTはもう隣接している。JR東海道線に沿っているので、この親水広場も隣り合わせの新しい街並み(まだ完成していないが・・・)も車窓から眺めることができる。

長久保公園は本番の時にはハーブ園に入る予定で、スタッフの方の解説も。あさ爺は体調が思わしくない為、午後の打ち合わせには欠席して辻堂駅へ徒歩で向かった。辻堂へ向かうバス便がないのが、不便でこれからの課題なんだろう。歩いて30分近くかかって、体調不良の身には負荷が大きかった。

実は今回の本番ではガイドを務める予定であったが、午後に診てもらった医師の判断から手術が必要となり、この募集企画のガイドを辞退するハメになってしまった。人生何が起きるかわからない。政界ならずとも一寸先は闇夜の世界となってしまいました。

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